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ムーミンが死んだ

作者: ノラネコ

俺は何のために生きているのだろう。初めてそう考えた時のことをよく覚えている。小学生の頃だ。旅行の帰り、親が運転する車の後部座席で寝転がって窓から見える夜空を見ながら死んだらどうなるのかと考えた後のことだった。何故か鮮明にその時のことを覚えている。夜空を見てロマンチックな気分になる人がどれほどいるのか知らないが、俺にとって夜空の暗さは綺麗な星を映えさせる背景ではなく、不安を煽るものだった。

 楽しい旅行が終わっての帰路だったから何となくもの悲しい気分になっていたからかもしれない。

小学生のくせに随分と重たいことで悩むものだと言われても仕方ない。俺だってそう思う。小学生の間くらい無邪気に遊んでいろよと。しかし、その頃の俺がそう考えたのも事実なのだから仕方がない。

 ともあれ一度そう考えてしまうと世界は色褪せる。色褪せると言っても劇的に変わるわけではない。現実の救いのなさを知る度に少しずつ世界は色褪せて心のどこかが冷めていくのだ。それは大人になるにつれて、多くのことが理解できるようになるにつれて加速する。

 いつかこの世界は完全に色褪せてモノクロの世界になって、心は完全に冷えきってしまうのだろうか。色彩の無い世界で震えて生きていくのだろうか。俺は次第にため息をつくことが癖になってしまっているのを自覚しながらも止められなくなっていた。




「おい駿、おいってば」

「ん、ああ何?」

「何? じゃねぇよ。全員集まったから行くぞ」

まだ肌寒い三月の夕暮れ、日が沈み暗くなり始めた空を眺めて思考の海に溺れていた僕を現実に引き戻したのは親友の裕太の声。

 大半のクラスメイトの受験が終わるのを待って企画された打ち上げ。その待ち合わせ場所に今、俺はいる。

 辺りを見渡せば裕太の言う通り、クラスメイトのほぼ全員が揃っていた。

「よし、じゃあ行くぞ。あんまり広がって歩くなよー」

 点呼を終えて、裕太がみんなを先導する。

 俺の親友である中村裕太はいわゆる出来た人間だった。小学生の頃からの付き合いだが昔から運動神経は良いし、勉強もできる。野球もサッカーも水泳も、それを部活でやっている人たちには敵わないけどなんでも平均以上に出来た。色んな部活にも誘われていたが裕太は結局どの部活にも入らなかった。なぜ裕太が部活をやらなかったのか俺は今でも知らない。

勉強も学年一出来るとは言わないが五本の指には入る位に出来る。実際、大学もかなり良いところに受かっている。

「小野寺くん、置いて行かれちゃうよ」

 クラスメイトにすれ違い様に肩を叩かれて我に返る。

 既にみんなは仲の良い人同士で固まりながら移動し始めていた。

「駿はさ、時折ぼーっと考え事に夢中になること多いよな」

周りに合わせて歩き始めた俺の隣に浩介が寄って来て声をかけてくる。浩介とは高校で知り合った仲だが妙に馬が合い佑太と浩介と三人で遊ぶことが多かった。

浩介はとてもガタイが良く、中学までラグビーをやっていたらしい。そのためか浩介も運動神経は抜群に良かった。その大きい体からは想像に難いが足も速い。その癖に部活には所属しなかった。理由は遊びたいからという。また佑太とは違い勉学の方はあまり褒められたものではなかった。だが浩介もここにいるということはどこかしらの大学には受かったのだろう。

「なぁ、お前はなぜ自分が生きているのか疑問に思ったことある?」

「はぁ? お前何難しいこと考えてんの? こうやってクラスで集まるのこれで最後になるからって悲しくなっちゃった?」

「あー、難しい話をお前に振った俺が悪かったよ」

「そうそう、せっかくの打ち上げなんだからまず楽しもうぜ」

 浩介の言う通りだ。俺は悲しくてこんなことを考えたのかもしれないということも、今は楽しむべきだということも。はぁ、とため息が一つ口からこぼれ出た。

 ……けど後で佑太にも聞いてみよう。

 打ち上げの会場は安くて様々なものが置いてある食べ放題として高校では有名な店だった。その分すべてセルフサービスだし、店員さんは少なく、味も他の店に比べると少し落ちるがそれでもみんなで騒ぎながら食べれば気になるようなものではなかった。早食い競争をしていたり、複数の食べ物を混ぜたりしているクラスメイトもいた。俺は終始笑いっぱなしだった。店の人からしたら少々うるさかったかもしれないが他にお客さんもいなかったし、物を壊したり、食べ物を残したりは誰もしなかったから許してほしい。

 楽しい時間はすぐに過ぎ去るもので、あっという間に解散の時間になってしまった。

 各々帰っていくわけだが、帰り道が同じ方向の人達だっている。それが少しずつ減っていく様子がこの時は非常に悲しいものに思えた。

 別にもう一生会えなくなるわけじゃない。今の時代、連絡なんて簡単に取れる。でも今のみんなにはもう一生会えない。俺はそれをよく理解していた。人は変わる。外見も、性格も。一緒にいる間はその変化に気付くことすらできないが、少し間を空けて会うとその変化は小さいものではないことに気付く。それは好ましい変化かもしれないし、そうでないかもしれない。しかしそれは関係なかった。慣れ親しんだみんなにはもう二度と会えない。それが俺にはたまらなく悲しいのだった。胸がギュウと締め付けられたような感覚がして口からはため息が出た。




「じゃあ俺こっちだから」

浩介がそう声を上げたとき内心ギクリとした。だけど親しいからこそ俺は努めて平静を装う。

「おう、また遊ぼうな」

 俺の声は震えていなかっただろうか。不安だった。

「俺、大学でぼっちにならねぇか怖いわ」

 佑太はいつも通りの口調だ。やはり俺だけがこんなにも別れに怯えているのだろうか。

「佑太がぼっちは無いわ、むしろ俺の方がこの体格だから怖がられて孤立しそうだよ」

「大学生活不安だよなぁ」

今この別れすら俺には辛いのに二人の話を聞いて出たその言葉もまた本心だった。今にも未来にも負の感情を抱いているのだ。

「駿もあんまりぼーっとしすぎていつの間にかぼっちになってるとか気をつけろよ」

「うるせえデカブツ」

 三人は終始笑顔で談笑しているが俺は上手く笑えてるか不安だった。正直、泣きたいくらいだった。

「じゃあな、またすぐ連絡するわ」

去っていく浩介の背中をせめて見えなくなるまで見ていたかったが佑太がいる手前そんな女々しいことはできない。

とうとう佑太と二人になった。小学校から同じ佑太とは家が近所だったので最後まで一人になることは無い。有り難いことだった。

 「なぁ、なぜ自分が生きているかって考えたことある?」

  頭の良い佑太ならと少し期待して切り出した。

 「どうした突然、哲学?」

  そう言った佑太は少し驚いた顔をしていた。

 「いや、そういう学問的な話ではないんだけど佑太的にはどう考えてるのかなって」

 「実は俺もさ同じことを昔から考えてた。でもさ結局答えなんて見つからないから、その時を楽しむことを優先しようと今では思ってる」

「ふうん」

「お前から聞いといて随分な反応だなぁおい、そうだな……つまりさ、この地球にはたくさんの人が生きてて、なぜ自分が生きているのか、生きている意味はって考えたときそんなもんはねぇよ」

「わかる、でも意味が無いならなぜ俺たちは生きてるんだ?」

「まぁ最後まで聞け、生きている意味は無い、だけど唯一ここにいて、今この感情を持てるのは唯一自分だけだ。俺だけだぞ? 七十億いる人間の中で俺だけ。少しは生きる意味も見出せないか?」

「んー、少しだけわかる……かな?」

「そういうもんなんだろうな。きっと人に言われて納得するものじゃないんだろうと思うよ。まぁ俺はそう考えて生きてるし、唯一俺だけが抱ける感情は少しでも楽しいものをっていつも考えてる。」

「なるほどな……うん、確かに誰に言われたからってストンと自分の中に落ちてくるものじゃないってのは納得できる気がする。」

「そうそう、だから誰かに聞いたら答えがわかるって類のものではないんだと思うぜ」

「あとずっと気になってたんだけどなんで部活どこにも入らなかったの?」

「んー、浩介と一緒だよ。遊びたかったんだ。」

「マジかよ、ちょっと意外だわ。もっとなんか深い意味があるもんだと思ってた」

「あー、なんか浩介と同じって言うとアレだな、頭悪そうに聞こえるな」

「それな」

 暗く静かな夜道に二人の笑い声だけが響く。一人、また一人とクラスメイトが減っていった延長で世界中の人々がいなくなってしまって、もう世界には自分たちしかいないようなそんな錯覚を覚える。

「ちょっと浩介と同じで何も考えてないと思われると心外だから付け加えて言わせてもらうけどな、さっき少しでも楽しい感情を抱いて生きていきたいって考えてるって言ったじゃん? それに基づいて俺は行動してるわけだ、部活に入って一つのことに没頭するのも悪く無いかもしれないけど、いろんな経験をして一番楽しめるのは帰宅部かなって俺は思ったから部活には入らなかった」

「……確かに、三年間すっげぇ楽しかったよなぁ、学校サボって意味もなく海に行って弁当食って帰ったり、自転車でどこまで行けるか挑戦して途中でパンクして帰れなくなったり」

 楽しかった思い出なのに、今は思い出すと、もうそんな馬鹿なことも出来なくなってしまうかもしれない、と実感してただ苦しかった。

気付いたらもう佑太の家の前まで着いていた。俺の家もここから歩いて数分のところにある。

「何か最後の最後に変に真面目な話しちまったな。まぁご近所だしいつでも会えるんだけどよ。じゃあなまたすぐ遊ぼうぜ」

「おう、悪かったな変な質問をして」

家に入る佑太を見送りながらため息を一つ。

「あぁ、そうだ。ため息をつく癖、直したほうがいい。ため息一つにムーミンが一匹死ぬらしいぜ」

佑太は家に入る直前に振り向くとそれだけ言って家に入って行った。残された俺は少しの間、首を傾げて呆然としていた。

 佑太にしては珍しい、どこか可愛らしい表現だったため余計に俺にはその言葉が気になった。

 本当は携帯ですぐにでも検索したかったのだが充電が切れていた。打ち上げの途中、友達とゲームアプリをしていたからだろう。大学の入学式までにモバイルバッテリーを買っておこうと俺は心に決めた。

自分の家に帰ってすぐにパソコンを起動させて『ため息 ムーミン』で検索してみた。確かに検索に引っかかったが、どこにも詳しいことは書かれていなかった。ため息をつくとムーミンが一匹死ぬ、出典は不明。わかったのはこれだけだった。




春休みは思っていたより多忙だった。入学式のためのスーツは買いに行かないとならないし、何より服を揃えなければならないのが俺には苦痛だった。

今までは制服だったし、ファッションに興味を持ったことは一度もなかったから、服や靴を選ぶ基準がわからない。けど、大学は私服で通うものだからあまりダサい格好で行くわけにもいかない。大学への不安は募る一方だった。

大学の入学式は日本武道館で行われた。テレビでしか見たことのない武道館を一日とはいえ、貸し切れることに大学が今までの高校とは規模が全く違うことが実感できた。

慣れないスーツを着て武道館へ向かう道中、数えきれないほどのため息をついた。仲の良い友達は誰も同じ大学にいない。今後の大学生活は不安しか感じなかった。明るい未来なんて全く想像できなかった。

武道館の中に入ってパイプ椅子に座る。学校長の話だったり、催し物だったり、有名人になったOBのビデオレターだったり様々なことがステージで行われた。

でも俺の関心を引いたのはステージで行われているどの事柄でもなかった。周りに大量に座っている自分と同じ新入生の表情。

みんなが不安を包み隠さず浮かべていた。三百六十度不安の表情でいっぱいだった。その時自分の中で何かを納得した。不安なのは自分だけではない。言葉では何も特別なところはないが、それを今、強く実感した。

今まで誰も不安だと口に出しながらもそんな表情はしてなかった。今思い返せば当然だ。自分だって女々しいところは見せられないって考えていた。みんなそうだったんだ。

自分だけしか不安を感じていないわけじゃない。みんな不安を感じてる。それを今はとてもよく理解できている。

多くの人の不安の表情を見て安心するなんて可笑しいことだと少し笑えて来る。少し心に余裕ができた気がした。

やっぱり未来は不安で佑太みたいにまだ割り切れないけど、世界に色と暖かさを戻すために少しずつ頑張りたいと思えた。

とりあえずまずは、ムーミンを殺さないようにしよう。


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― 新着の感想 ―
[一言] 題名で目を引かれてページを開いたんですが、 ちょっと改行とかスペースが少なくて 読みにくかったです…。 あと読みはじめてもどういう物語なのか ちょっと分からなかった…。 せっかく目を引く…
2016/10/12 11:21 退会済み
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