第6話
西条との会話の後、私は西条とは別々に教室に入った。教室には、朝練が終わって少し額に汗を浮かべた和哉くんが、教卓の前で他のクラスメイトの男子たちと雑談していた。和哉くんは教室に入った私に気づき、声をかけてくれる。
「おはよう、香織」
「おっ、おはよう、和哉くん」
一瞬、華形さんと呼ばれるのではないかと不安になったが、和哉くんが優しい声で私の名前を呼ぶのを聞いて、ほっとする。まだ、夢のダメージが抜けきってないようだ。
「あれ、少し疲れてる? 顔色悪いよ」
「えっ!?」
嘘! 完璧に隠してたと思ったのに……。割と私って、ポーカーフェイス下手……? ちょっとがっかりした。
だが、周りの男子たちは、全く気づいていないようだった。
「ヒューッ、さすがイケメン。恋人の不調にはすぐに気がつくってか? 俺にゃ、華形の顔色フツーに見えるっすよ?」
「おいおい、からかうなよぉ。恋人のこと心配に思うのは当然だろ?」
「ケッ、そう言えるのはお前がイケメンの彼女持ちだからだよ」
か、和哉くん……。すごい。和哉くん、そんなに私のこと気にしてくれてたなんて! ああ、それなのに私、和哉くんがあの女とのあんな場面を夢に見るなんて。こんな私でごめんね、和哉くん。私、これからあなたの愛にちゃんと応えられるようになるから。
「ううん、全然元気だよ。心配してくれてありがと」
「そう、なら良かった」
そう言って、和哉くんは天使のようなまぶしい笑顔を、私に見せてくれた。その笑顔は、今朝の夢なんかよりも、ずっと眩しくて、優しかった。
「クソ、オレもイケメンに生まれていれば……っ!」
「いや! まだ俺たちにだって希望はあるっす!! なぜならまだ俺たちの心のアイドル、クラスのマドンナである川崎さんがまだ残ってるんすからね!」
「あはは、元気だなお前ら」
「いやっ、まだロンリーなイケメン枠に西条が残ってる。あいつ、金持ちかつ万能超人だからもしかしたら……」
「言っちゃだめっす! それはだけは言ってはいけないっすっ!!」
「ほんと元気だなお前ら……」
バカな男子2人がバカな話をして盛り上がっている。川崎と西条のどこがいいんだか。和哉くんと仲がいいから言わないけど。あと、西条って金持ちだったのね。知らなかったわ。また利用価値が上がったわね。
「おら、お前ら! 馬鹿な話やってないで席につけ! そろそろ授業開始のベルが鳴るぞ!」
「げ、先生……」
「げ、ってなんだよ、げ、って。尊敬する心優しい教師が、授業開始前にきっちり来てやったんだぞ?もっと嬉しそうにしたらどうなんだ」
「どちらかといえば、遅く来てほしかったっす……」
熱血でクソマジメだが、冗談もよく言うため、結構評判のいい数学教師がいつも通り定刻より早く来た。みんなそれを合図に席に戻って行く。全員着席したところで授業開始のベルが鳴った。
「んじゃ、授業はじめるぞー」
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いつも通りの授業を終え、放課後。私は所属する美術部の部室で、和哉くんのバスケ部が終わるまで絵を描くことにした。美術部に所属してはいるが、私は別段絵がうまいわけではない。良くて学校の廊下に飾られるくらいだ。けれども、自分の気持ちを絵にぶつけられるため、私は絵を描くのが好きだ。絵を見た人が、私の気持ちを分かったためしはないが。
やり直しをする三か月前に描いていた作品を見て、当時の思いを思い出す。この絵は、確か和哉くんと付き合う前に書き始めたもので、彼への思いを表現しようとしていたが、成就したためにやる気を失い、そのまま別の絵を書くことにしたはずだ。和哉くんと過ごす方が大切だったため、ついぞ完成はしなかったが。改めてこの描き途中の絵を見ると、我ながらよく自分の気持ちが表せていると思う。
構図としては、絵の左下方向の泥の中から、女の子が絵の右上、太陽に手を伸ばしている。遠くにある愛しの彼に手を伸ばす、という恋の有様を描いていくつもりだったはずだ。デッサンは完了している。私は、絵具を手に取り、色を塗っていった。
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久しぶりだったために、絵を描くのに集中し過ぎてしまった。慌てて昇降口に走って行くと、和哉くんが待っていてくれた。沈みゆく夕日を背に、下駄箱に寄りかかって私を待っていてくれる和哉くん。ああ、かっこいい……。
「か、和哉くん……、待たせちゃった……?」
「ううん、今来たところだよ。急いで来てくれるなんてうれしいな」
そう言って和哉くんは、またにっこりと笑ってくれた。嘘つき、手に持った小説を見れば分かるよ。前はお昼の時間に読んでたときは三分の一くらいだったのに、今は真ん中くらいのページを開いている。でも、和哉くんのそういう優しさは、やっぱり素敵だな。
「ありがと、和哉くん」
「ん? 僕は何もしてないよ。でもまあ、どういたしまして、かな?」
高校から私たちの家はそれなりに遠いため、二人とも自転車で来ているが、帰りは二人一緒に自転車を押しながらゆっくり帰る。だから、私が遅くなったのもあり、すっかり日が落ちてしまった。
「ちょっと暗いけど、近道して帰ろうか」
和哉くんが近道を提案してくる。私としては、もっと長く彼といたいが、二人とも明日の学校に響くかもしれないため。近道で帰ることにした。
近道とは、あの高架橋の下をくぐる道である。あそこの辺りは夜になるとかなり暗く、通った先もちょっとした森になっているため、基本的には通らないが、今はそちらを通った方が遅くなり過ぎず安全だろう。
いざ高架橋の下をくぐろうとすると、その先に五人くらいの柄の悪そうな男たちがたむろしていた。やばい、この辺のヤクザの下っ端だという噂のチンピラどもだ。ここは何事もないよう静かに通らねば。
「おい、そこの2人」
「GLoop」を読んでくれている友達に、
「和哉くんヒロインじゃね?」
と言われました。
もしかしたらそのせいで、和哉くんがいつもよりイケメン度に磨きがかかっているかもしれません。
そして次回、まさかの展開が・・・!