閑話 ある人物の記録
華形香織の住む街の、ある豪邸の、ある一部屋の中に、一冊の古びた厚手の本に、下記の記録が存在する。
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<第8研究実験記録>
1.前書き
この道を学び続けてはや50年の月日が経った。70歳を超える私の体は、若いころに比べて非常に動きが悪い。時折、若いころに戻れたら、と夢想することもある。
そこで、今回第8の研究として、私の願いを叶えるものを開発することに決めた。その名も、"悪魔との契約"だ。禁忌の術だとのたまう輩が多いが、何せ私の人生は残り短い。一瞬でも願いを叶えてくれるなら、私は命を差し出してもかまわない。老いさらばえるより、若々しい体で死にたいと、最近は思うようになってしまった。昔は永遠を命を強く求めていたというのに。いや、もしかしたら、"悪魔との契約"で不老不死を得ることも可能かもしれない。そう思えば、非常にやる気が湧いてくる。
故に、私はこれを生涯最後の研究とさだめ、悪魔の召喚および契約を行うとする。
––––––––––––––––––中略––––––––––––––––––––
7.経過記録
彼の悪魔との契約後の経過を下記に記録する。
・契約翌日、さっそく彼の悪魔は行動を開始した。私は時を戻りまっさらになってしまったノートを書き直した。
・彼の悪魔は我が家の食に興味があるようだ。私の料理をことごとく平らげてしまった。
・彼の悪魔は割とフランクな性格のようだ。このノートを見て、「彼の悪魔呼ぶのはやめてくれ。せめて彼と呼んでくれないか?」と私に言ってきたのだ。
・彼から興味深い話を知ることができた。彼は悪魔と呼ばれたこともあるが、神と呼ばれたこともあるそうだ。
・前回の話の続きをまた知ることができた。今回は詳細な内容だった。彼は、・・・
––略 以降、箇条書きで経過観察の記録が続く––
8.これを読んだものへの注意
私は禁忌を犯してしまった。悪魔にものをささげることが禁忌だったのではない。彼、いや、あの方を召喚することこそが、禁忌だったのだ。私はもう長くない。故に、後世のこの本を読んだ者に、あの方を封印することを頼みたい。あの方は、薄い笑みを常にたたえており、人間に隠れている。頼む。私の最後の過ちを消してくれ。すまない。私が愚かだった。本当にすまない。
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上記のものは、ある歴史に残らなかった魔術師の、活動記録の一部である。
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「愚かな男だ。最後の最後で、私を危険だと断ずるとは」
ノートを書斎の棚にしまい、薄く笑った男は書斎を後にした。