第2話
「……和哉くん?」
「なんだい、香織」
謎の浮遊感の後、目の前には西条ではなく、私の愛した彼、和哉くんがいた。
彼が私の名を呼んでいる。
あの女に奪われてからは、苗字で呼ばれていたため、本当に辛かった。
けれど、また名前で呼んでくれている。優しげな笑顔を向けてくれている。ああ、嬉しい……。けれど、なぜ?
それに、あの男はどこに行ったのだろう。
「西条……は?」
「西条くん? 彼を呼んだ覚えはないけど……。香織、呼んだの?」
あれ? たぶんこの反応だと和哉くんは何も知らない? じゃあ、とりあえず誤魔化しておこう。その方が、後々面倒が少ないだろう。あの男は只者じゃなさそうだし。
「え、あっ、ううん。そうじゃなくて、ちょっと不意に、西条くんはなんか変な人だなぁって思っただけ」
「あはは、そうだね。彼って格好良くて優秀なのもあって、ちょっとミステリアスなところがあるかも」
よかった。変に勘ぐられなかった。
「ふふっ、和哉くんの方がカッコいいよ」
「そ、そう?ありがとう。お洒落した香織も、とっても可愛いよ」
オシャレ? 私は特におめかしはしてなかったと思うけど……、あれ? 服が変わってる。この服って、少し前までの私の勝負服だったと思うんだけど……。
不思議に思った私は、少し周りを見渡してみた。
もうだいぶ花を散らしてしまったが、まだ花を咲かせている桜の木に、少しだけ湿っぽい芝生。桜の木々の向こう側には、見覚えのある背の高い白い電波塔。太陽はまだ上がりきっておらず、少し涼しい風がそよそよと吹いている。
ここはもしかして……、和哉くんとの最初のデートの待ち合わせ場所?
「そうか、『やり直し』!」
「ん? ど、どうしたの?」
いきなり叫んだ私に和哉くんが驚くけれども、私はなりふり構わずあの雨の中では持っていなかった手提げバッグの中に手を入れ、以前のときもこのバッグの内ポケットに入っていたケータイを取り出す。ケータイのホーム画面を開き、今日の日付を確認した。
「4月27日、3ヶ月前だ……。」
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あの時、日付を確認したあと、現状を把握することは西条に会わないかぎりできないだろうと考えて、私の言動について再度誤魔化し、和哉くんとの久しぶり(和哉くんにとっては初めて)のデートを楽しんだ。
まず、待ち合わせをした公園を出て、ショッピングモールでお昼を食べた。デザートとして食べたクレープのクリームが口についていたみたいで、和哉くんが私の口を指で拭ってくれた。拭ったクリームを食べるのはまだハードルが高かったみたいだけど。けれど、その気遣いがとても嬉しかった。それに、唇に指が触れて胸がドキドキした……。
その後、モール内最上階にある映画館で今流行りのミステリー映画を観た。彼の隣に座り、手を握って、肩に頭を預け、暗闇の中彼の温もりを目一杯に感じた。彼の男の子の匂いがとても心地良かった。これからまた何度も彼を感じることができると思うと、胸が高鳴って、頬が熱くなる。ああ……、大好き。ちなみに映画の内容は全く頭に入ってこなかった。
もちろん、遊んでばかりいたわけではない。万が一のことを考えて、色々なことを自分の記憶を頼りにして、観察、比較を行った。そしてそれで分かったことが3つある。
1つ、あの夜から3ヶ月前の、私が『戻りたい』と願った時間に本当に戻っていたこと。
2つ、あの夜に身につけていたものはなくなり、戻った時間の時に身につけていたものに置き換わっていること。
3つ、状況や建物等は記憶と違いはないが、店員が違う人だったり、何より和哉くんの言動が微妙に記憶と違っていたこと。
自分の記憶との照合によって、ある程度の事実確認ができた。つまり、あの男が言っていた『やり直し』とは、自分の望む時間に戻り、そして元の時間で悩んでいた問題を無かった事にするということなのだろう。たぶん3つ目のこの微妙な違いは、やり直しによる弊害だろう。なにもしなくても、同じ未来を進めるわけではないということか。過去に戻っただけでも未来は変わってしまうのだろう。
つまり、私はこれから和哉くんを守り続けることで、あの最悪の結末を回避することができるのだ。
ならば、ここは……
「わぁ!」
「うひゃあっ! な、なに!?」
「あはは、可愛い反応。いや、香織が今の今まで難しい顔してたから、気になっちゃってね。何か悩んでるのかい?」
か、和哉くんに心配させちゃった……。
和哉くんは、とっくに傾き始めた日を背にして、私に心配するような言葉をかけてくれる。やっぱり優しい。和哉くんのそんなところが私は好き!
「ふふふふっ、心配させてごめんね。悩みはないよ。この通り元気いっぱい!」
私は両手を胸の前まで持ってきて、脇をしめることで元気であることをアピールする。
「うん、それならいいんだ。女の子は笑顔が一番だからね。それと、これからよろしくね。彼氏として、香織に似合うよう頑張るから」
そう言って、彼は私に紅い花の形をしたストラップを私にくれた。このストラップは、あの夜に右手に持っていた物、以前のこの日に彼からもらったものと同じだ。ああ、時間を戻っても、和哉くんは和哉くんのままなんだね。
「ありがとう! これ、大事にするね。けど、私こそ頑張らなくちゃ。和哉くんは私にはもったいないくらいカッコいいからね」
「あはは、ありがとう。それじゃあ、もうこんな時間だし、また学校で」
「うん。また学校でね」
デートは終わり、そう言って彼と別れた。名残惜しさを振り切り、私は家路についた。この時ばかりは、傾くのが早い太陽と、回るのが早い時計が恨めしかった。
そして、日は落ち、暗くなり始めた誰もいない住宅街の道を歩いていたら、前の方に、『あの男』が立っていた。
「ずいぶんと遅い登場ね。女性はしっかりエスコートするものじゃないの、西条くん?」
「お前には、私より格好良くてふさわしい彼がいるだろう? とても幸せそうな顔だったぞ」
こいつ、どこかで見てたのか。こいつに見られるのはちょっと癪だな。さっさと話を進めたほうが良さそうね。
「それで、このことについて説明してくれるんでしょう? いったいなにが起こってるの」
「聡い君のことだ、だいたいは想像がついているだろう? 今日はもう遅い。明後日の学校があるときのほうが都合が付きやすいだろう。4月29日午後5時、『やり直し』開始前の場所に来たまえ」
そう言って、西条は踵を返して去っていった。
「あいつ、どれだけマイペースなのよ」
次話、西条くんによる長めの説明回(予定)