第16話
遅くなりました。
大理石の上に立つ金の獅子が、乳白色の湯を吐き出すことで満たされる大きな湯船。湯気がもくもくと立ち込め、所々にある金と大理石の白がなんとも言えない高級感を表している。
「まさか泊まることになるなんて……」
ここは西条(の知り合い)の家の大浴場。私、華形香織はカンナさんと共に、この大きなお風呂を頂いていた。
「ごめんなさい……」
「い、いやっ、しょうがないですよ! まさかエプロンのポケットに入ってるなんて、誰も思いませんでしたから!」
携帯電話を今の今まで見つけられず、見つけたと思ったらすぐ側にあったことに、当のカンナさんはしょんぼりとしている。西条には悟られたくなかったのか、お風呂に入った瞬間急に肩を落としていた。
私はそれを見て思わずフォローしてしまっている。
「ありがとうございますぅ……」
ガラガラガラ
音を立てて浴場の引き戸が開いた。
「なんじゃ? 今度はなんとも色気がないのう。カンナ、何をそんなに落ち込んでおるのじゃ。ほれ、表を上げい」
入ってきたのは金の長髪の幼い女の子と、銀の長髪の少女だった。
金髪の幼女は年相応の元気なオーラを発しつつも、どこか老成したような言動をとっている。
川崎奈々美と違って、彼女の金髪は不自然な程に輝いている。まるで太陽のような明るさだ。
瞳の色は鮮血を連想させる過激な赤。成長して、顔からあどけなさが消えてしまったら、その赤は見るものに畏怖を植え付けてしまうのではないだろうか。
その金と赤は、合わせると、不思議と神々しさを感じさせた。
銀髪の少女は大人びた雰囲気を纏っており、隣に立つ幼女と比べると、ずっと大人に見える。将来は絶世の美女になるだろう。女である私の目を掴んで放さない。
胸は慎ましく、体格は小さめで、華奢な体型からは私より年下のような印象を受けた。しかしそれが相まって、雪うさぎのような、儚くも美しい風貌だと言える。
錦糸のようなさらさらとした長髪は、風呂場の湯気と黄色の照明で、キラキラとジュエリーのごとく、控えめに光っているようだ。
その白銀の中で、ルビーのように深く落ち着いた紅色が2つ。その双眸には、小さい動物のような、愛嬌と微妙な思考の読めなさが同居している。
「やれやれ随分と落ち込みよってからに…………しょうがない。サキホ、れっつごーじゃ!」
「了解です!」
「ふぇ? ひゃあっ!」
湯船へ飛び込むかのように、サキホさんがカンナさんの元へと向かう。
サキホさんはカンナさんに組み付き……
「この堕肉がぁあああっ!」
「ふゃあああっ、くすぐったいですよサキホちゃんっ!」
血涙を流しながら、カンナさんの胸をめちゃくちゃに揉みはじめた。
雪うさぎの印象は撤回ね。
「ほれ何を惚けておる、小娘。こっちもゆくぞ!」
「え!?」
「むひょひよっ、随分とやわくてスベスベの肌じゃのう……」
いつの間にか背後にいた金髪幼女が、私に抱き着いてきた。
鼻の下を伸ばして、私の胸、二の腕、下腹部を順に卑猥な手つきでサワサワしていく。
「ちょ、ちょっと!」
「良いではないか、良いではないか」
「良くないっ!」
「うぅぅ…………なんで私にないんだよ……その肉よこせよ…………」
「サキホちゃん、おっぱい掴んだまま嘆かないで……」
4人の戯れはしばらく続いた。
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「そういえば」
風呂場での裸付き合いに疲れ、私、カンナさん、サキホさんの3人は風呂を上がって、この家のダイニングへと向かっていた。エロ幼女(キンちゃんというらしい)は、我先にと走って行っていた。
私を真ん中にして、3人で並んでいる。
途中でカンナさんが口を開いた。
「要様はもう終わったかな?」
彼女は私を挟んだ向かいの、サキホさんへと質問を投げる。
「主様は掃除には時間をかけませんから。多分夕食には間に合うと思いますよ」
「それもそうだね。要様なら間に合うかぁ」
掃除ってメイドがするものじゃないっけ……? 私の知らない何かがあるのだろうか。
「それにしても、香織ちゃんが無事になって良かったです」
「え? 香織……ちゃん?」
「あ」
カンナさんが急に名前で呼んできたため私は驚く。その反応を見たカンナさんも、口に手を当てて、少し驚いているようだ。
「えーと……まずかったですか……?」
「え、えっと……まずいかというと……そりゃあ……」
まずいだろ。そう応えようとした時。
『カンナと仲良くしてくれると嬉しい』
一瞬、西条の言葉が浮かんだ。
「も、問題ないよっ! カンナ……ちゃん、と敬語なのは、なんだか変な感じがしてたし!」
浮かんだとき、私はそう応えてしまっていた。
彼女の顔が一瞬にして華やぐ。
「あ、あ、ありがとうっ!」
カンナちゃんは、私に笑顔で礼を言った。青の瞳を煌めかせ、花のように笑っている。
「私も、香織ちゃんに恭しく接するのは、なんだか変な感じがしてたんだ。だからありがとう!」
「うん、どういたしまして」
彼女と親しく話すのは、どこか温かいように感じる。温かな気持ちとともに、彼女につられて私も笑った。
「私も、敬語は使わないで接してください」
サキホさん、いや、サキホちゃんも、私に親しい態度をとるように頼んでくる。
「もちろんっ。サキホちゃん、よろしくね」
「はいっ」
「やっぱり裸の付き合いは親睦を深められるんですね!」
「いや、裸の付き合いが理由じゃないと思う……」
どこがやっぱりなんだろう。
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同所、中庭のテラスにて。
「終わったか?」
暗闇の中、金の髪が揺れる。
幼い女の子の声に、別の声が答えた。
「ああ、問題なくな。そっちはどうだ? また気絶させていないだろうな」
若い男の声だ。
暗闇から現れたのは西条要。その顔には、いつもの薄い笑みが浮かんでいる。
「くはははっ、儂が殺気を当てるのは初っ端だけじゃ。2度目はないぞ」
「どうかな。イタズラ好きのお前のことだ、何かしている可能性はある」
西条要が少し目を細めて、キンを見る。
彼女は肩をすくめて、その視線をやり過ごした。
「なに、お主の逆鱗に触れるようなことはしておらんよ。安心せい」
「そうか」
2人はそう言ったあと、肩を並べてダイニングの方へと向かって、テラスを後にした。
次回、戦闘シーンかな。
閑話の予定。