第14話
「まさか泊まることになるなんて……」
時刻は現在20時半、私は西条の(知り合いの)家の大きな浴槽に浸かっていた。洋風で、かなり大きな浴場だ。お湯は大理石の上に立つ金獅子の口から流れ出ている。湯は乳白色だ。何かしらの美肌成分を含んでいるのだろうか。
自宅にいる両親に了解を取り、今夜はこの家のお世話になることになった。西条から、カンナさんと仲良くしてほしいと頼まれたからだ。
西条から頼みごとなんてとても珍しい。多分うちの学校には、私以外誰も、西条から何かを頼まれた人なんていないだろう。
その珍しさゆえに、私はカンナさんが携帯を見つけるまで待っていた。
「いやー、まさかエプロンのポケットに入ってたなんて。びっくりしちゃいましたよぉ」
「私こそびっくりよ……」
そんなベタなことやる人がいるなんて、思ってもみなかった。
「香織さん、お肌スベスベですね〜。それに、髪もサラサラです〜。さわさわ」
「うひゃあっ!?」
カンナさんが湯船に浸かる私にひっそりと近づき、私をホールドする。そして、私の髪と肌をさすり始めた。
「ちょ、ちょっと、何っ!?」
「何って、裸の付き合いですよぉ。女の子が仲良くなって一緒にお風呂に入ったら、まずはこれだってサキホちゃんが鼻血出しながら言ってました」
「それは聞いちゃいけない人の話じゃないかな……」
鼻血出しながらそんなこと言う人を信じれる方がすごい。
「えー? でもサキホちゃんとはこれで仲良くなれましたよぉ?」
「そりゃご本人だし……」
変態の変態行為に付き合えば、確かに仲良くなれるけど、私は変態じゃないから仲良くなれるとは思えない。
そんなやりとりをしていたら、ガラガラと浴場の入り口が開き、誰か入ってきた。
「なんじゃ? 今日は随分と風呂が騒がしいのぅ」
「……女の子?」
入ってきたのは、ジジくさい言葉遣いの小さな女の子だった。
不自然なほどに光沢を放つ金色の髪。血を連想させる深い紅の瞳。顔の作りは日系に近く、とても可愛らしい。
最初に抱いたイメージは、金。
髪の色もイメージの要因ではあるが、それ以上に、彼女そのものが純金のように、異様な存在感を放っていた。
「ん? おお、これはなかなか絶景っ! ここまで姦しい光景はサキホが来たとき以来じゃ! カンナ、褒めてつかわすぞ!」
彼女は肌をくっつけてお湯に浸かる私たちを見て、非常に嬉しそうな顔で騒ぎ始めた。その顔は幼女というより、好色な老人のようだ。
「キンちゃん、はしたないですよぉ」
「何を言うか。桃源郷がそこにあって騒がぬ男がおるか! そんなのは要くらいなもんじゃ!」
「キンちゃん今は女の子でしょう?」
「そんなこまいことはどうでもいいのじゃ!」
幼女はキンちゃんというらしい。
キンちゃんはカンナさんと軽いやり取りをしたあと、私に視線を向けた。
「して、そこの小娘は何じゃ。三人目か?」
「そうですよ。香織ちゃんっていいます」
三人目?
「そうか。」
そう言ってキンちゃんは湯船に入り、私の元へ歩いてくる。
ひた、ひた、と裸足で歩く音がする。
おかしい。水の中に入れば少なくとも体の動きが鈍るはずだ。なのに彼女は、湯に入る前と後で動きに違いが全くない。まるで彼女は湯になど浸かっていないかのように。
少女の小さな体が私に近づくたび、湯船の温度が上がっていく。燃えるような熱さになったとき、彼女は私の目の前にいた。
「小娘、死ぬ覚悟はあるか?」
少女が口を開き、私に覚悟を問う。彼女の顔には表情はなく、ただ平然と、私に言葉を発した。
だが、それだけで、私は息ができないかのような圧力を全身に感じた。肌が焼けるように熱いお湯に使っているはずなのに、背筋は凍るように冷たい。鳥肌が立ち、心臓が締め付けられるような苦しみが押し寄せてくる。
苦しみから逃れようと、視線を彼女の顔から外して下を見る。彼女のへそが見えた。そう、湯につかって見えない筈の彼女のへそが。
彼女の体の周りには、
湯がなかった。
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「むう、まさか倒れてしまうとはのう」
「駄目ですよキンちゃん。香織ちゃんはただの一般人なんですから。肌で感じれるほどの殺気なんて、経験したことないんですよ?」
「肝に銘じておこう」
カンナの自室にて、この部屋の主と1人の幼女が、気絶した華形香織を挟んで会話している。
「しかしのう、ここまで普通の人間だとは。要のヤツ何を考えておるのか」
「要様だって普通の人間と交流を持つことはあると思いますよ? ご主人様は何を考えているのか分かりませんけど」
キンちゃんと呼ばれた幼女は、布団で眠る香織を見て、
「鬼に憑りつかれた巫女、嫉妬に殺された狂信者、そしてただの愛に敗れた女。なかなか妙な面子じゃの。果たして何が起こるのやら」
ぽつりとつぶやいた。
のじゃロリ、キンちゃん登場。
明日からハロウィンのお話を書こうと思っています。
閑話としてハロウィン当日の朝に登校する予定です。
この話でシリアスになる予定はありません。
お楽しみに!