第10話
遅れました。
ハロゲンって難しいですね。
翌日、月が変わって5月1日、今は学校で体育の授業としてバスケットボールの試合をしている。本来なら、バスケ部である和哉くんたちが主となって進む授業なのだろう。昨日しょげていたらしいバカも、今日の授業前に
「うっしゃあ! このバスケでいいとこ見せて、クラスの女子をメロメロにしてやんぜ!!」
「そのいきっす! 俺たちの力を見せてやるっすよ!」
と、騒いでいた。しかし現在、授業は異様な状況となっている。
「うぎゃあああ、またスリー入れられたっす!」
「マーク外してんじゃねぇよ!」
「外してないっす! けどどうやっても抜けられるっす…。」
クラスのバスケ部全員+運動部で組んだチームvs.クラスの文化部&帰宅部男子チーム。この組み合わせなら、バスケ部のチームが圧勝すると考えるのが普通だろう。相手チームに、あの男がいなければ。
「うそ!? なんでもう後ろにいるんだよ!」
「くそっ、抜かれたか!」
「またそこからスリーかよっ!?」
「か、勝てないっす……」
メガネを外し、黒の短髪を揺らしながら、1人でボールを突いて、バスケ部の男子によるディフェンスをことごとく瞬時に突破する。そして、きっちりスリーポイントのライン上に立ち、ボールを投げる。投げられたボールは先ほどと寸分違わぬ軌道を描いて、ゴールの輪を音も立てずに通る。体育の先生が吹くホイッスルの音が体育館に響き、得点板の数字が片方、3つ増える。
「さすが西条くんだ……これは勝てる気がしないよ」
隣に控えの選手として座る和哉くんがつぶやく。そう、バスケ部相手に単騎で無双する男は、西条要。クラスで数多くの運動部員を、この体育の授業で打ち破ってきた男だ。見ている側の人間はすでに慣れてしまったが、完璧に同じ立ち位置、完璧に同じフォーム、完璧に同じボールの軌道を取り続ける彼は、正直言って尊敬や感動を通り越して気持ち悪い。
「和哉くん、昨日の仕返しね」
「え?」
「期待してるよ。頑張ってね」
前半終了のホイッスルが鳴る。点数は0対60。西条に勝つには、かなり絶望的な状況である。けれども、私は言った。西条の圧勝を見るのがつまらないのもあるが、愛しの彼が当然のようにあっさりと負けるのは、イヤだったから。
「ず、ずるいなぁ……。でもまあ、しょうがないか。香織からの仕返しなんだし。彼に勝ってくればいいんだね?」
彼は私の無茶ぶりに、呆れながらも応えてくれた。もちろん、私の言葉だけで勝てるようになるわけではない。しかし、和哉くんは私の思いに応えようとしてくれるだろう。そう思うのは慢心かもしれないが、私は私の愛する彼を信じたい。輝くような笑顔を見せてくれる彼を。
先生が後半をそろそろ始めると言った。
「それじゃあ、行ってくる」
「うん、いってらっしゃい」
和哉くんを見送り、私はコートの中心を見る。そこには、前半であれほど動いていながら、汗ひとつかかず、息もあがっていない西条の姿が。
西条に和哉くんが近づいて、言った。
「西条くん」
「どうした、沙原和哉。何か用か」
西条はいつもの薄い笑みを浮かべ、和哉くんの声に応える。
「ちょっと負けられなくなったから、宣戦布告ってところかな」
それを聞いて、西条は少し笑みを深めた。クラスの人間には動揺が走る。
「おいおい、西条に勝てんのかよ」
「無理だよ、無理無理」
「でも沙原くんって、バスケ部のエースじゃないっけ?」
「ワンチャンある?」
「いやいや、相手はあの完璧超人だぜ? 勝てっこねーよ」
かなり否定的な意見が多い。しかし、私はそんなのに構わない。和哉くんのコンディションは、そんなものでは下がらないから。
「岳、隼人。俺に力を貸してくれないか?」
和哉くんが、前半から続けて参加することにしたバカ2人に声をかける。
「へっ、しゃーねーな。付き合ってやるよ」
「何言ってんすかかずやん、がくやん。元々俺たち、勝つつもりじゃないっすか」
「そうだそうだ! 俺たち2人だってさっきの前半見てビビるわけねーんだよ。陸上での雪辱、ここで晴らさせてもらうんだからな!」
「おうよ!」
「お前ら……」
クラスの見学組とは違って、試合をする男子たちの戦意は全く衰えていない。
そのやりとりが、私には真似できなくて、ちょっと羨ましく思った。
先生が後半開始のホイッスルを吹き、ジャンプボールによるボールの奪い合いが始まる。
西条とバカの1人の斎藤岳が空中で一瞬の攻防を見せる。
「くっそ、すまねえ。ボール取られた!」
西条が攻防を制し、ボールを自陣の方に叩き込む。帰宅部の男子が自分の方に転がってきたボールをキャッチする。ボールを持て余してるようで、ただ持ってキョロキョロと周りを見て突っ立っている。
「回せ」
しかし西条の一言で、彼は西条の方にボールをすぐに投げる。そこに、伊東隼人がパスカットを狙って走りこんでくる。
「うぉりゃぁあああっ! とぉったっすぅううう!」
見事にパスされたボールをキャッチ。すぐさまドリブルでゴールへと向かおうとする。しかし、
「甘い」
「!?」
スッと音もなく西条が彼の前に現れ、いつの間にかボールを奪っている。
「っ! やばいっす!!」
「沙原っ、スリーに注意しろ!」
「わかった!」
ものすごい速さで西条がコートを上がっていく。バスケ部2人はあっという間に置き去りにされ、ほとんど和哉くんと西条の一騎打ちのような形になる。
「ここで止める!」
和哉くんが西条に迫り、進路を妨害し、ボールを投げさせない。あわよくば、西条からボールを奪おうとする。
しかしここでも、
「無駄だ」
「な、なんだ!?」
西条が不思議な動きをした瞬間、和哉くんの反応が目に見えて遅れた。
その隙をついて、西条が和哉くんを抜いて前に出る。再び西条は前半と同じスリーポイントのライン上に立ち、全くぶれることのない軌道で、ボールをリングに通した。
日常的な回の、ちょっとした戦い。
次の話で、試合は終わる予定です。




