第1話
初投稿作です。楽しいお話を書いていきます。
雨が降っている。夏の夜の温い雨だ。とても強くて、でもどこか悲しい雨だ。
雨降る夜の街は、強い灯りを放ちながらも、どこか不安げに揺れているように見える。
雨の中、家路を急ぐひとは傘を差し、肩や足を濡らしながらも走って、各々の目指す建物の中に入って行く。
けど、私は傘を差していない。この雨が、私のおかしくなりそうな心を濡らして、冷ましてくれる気がするから。
いや、もうおかしくなっているのだろう。だって、今ここで、死のうと考えているのだから。あと一歩前に踏み出せば、私はこの高架橋の上から落ち、アスファルトに赫い華を咲かせるだろう。この右手にある花のストラップのように。
高架橋の上は、雨の降る音と都会の喧騒が遠くに聞こえるだけで、とても静かだ。時は深夜を回り、ほとんど電車が来ることはない。私はここで、ひっそりと新しい世界へと飛び出すつもりだ。
「みんな、さようなら。私の名にふさわしい終わり方をしてあげるわ」
そう言って、最後の一歩を踏み出そうとした瞬間、後ろから声をかけられた。
「死ぬよりも」
「っ!」
おかしい。さっきまで誰も居なかったはずなのに!
「死ぬよりも、簡単に悩みを解決できるとしたら、お前はどうする?」
後ろに立っていたのは、暗い森を背にして、真っ黒な傘を差し、何を考えているのかわからないような、薄い笑みを顔に貼り付けた男だった。
「あなたは……」
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私、華形香織は高校2年生、成績はまぁ上の方だとは思う。運動はいたって普通の女の子並み。容姿にはあまり自信がない。一重のまぶたに黒い瞳、少し茶色っぽい、肩まで伸びた髪、顔は可もなく不可もない感じ。体型は、ごく普通。胸は無いわけではないが、大きいわけでもない。しかも、最近くびれが甘くなった気がしている。
でも私は今とても幸せだ。何故ならば、この世界一カッコいい彼、沙原和哉が『また』隣にいて、一緒に学校から帰ることができるのだから。今は少し傾いているが、これからどんどん長く私たちの頭の上にいるようになる太陽が住宅街の中、私たちの帰り道を照らしてくれている。
「香織、どうしたの? そんなににやけて」
「う、ううん。なんでもないよっ。幸せだなって思ってただけ」
「面と向かっていきなりそのセリフは恥ずかしいんだけど……」
ふふっ、赤くなってる。こういうところはかわいいなぁ。スラッと高い背、バスケで全身に程よくついた筋肉、ぱっちりとした二重まぶたの黒目に、優しさがにじみ出てる甘いマスク。バスケ部で仲間に勧められて染めたという、私のより明るい茶色で癖っ毛気味の髪。本人は染めたのを後悔してるみたいだけど、私はとっても容姿と性格に合っていてチャーミングだと思う。うん、やっぱり私は贅沢な幸せものだ。
けれども、今日はカッコよくてかわいい彼とは一緒に帰ることは出来ない。『あの男』に会う予定があるのだ。
「それじゃあ、私今日はこっちだから」
「うん、わかった。それじゃあ、また明日」
「うん! また明日」
ああ、彼に「また明日」と言えるのがこんなに幸せだなんて・・・、『前』の時には全然わからなかったわ。私って本当に贅沢な人間だったのね。
その後、ガタガタと大きな音を鳴らして高架橋の上を走る電車の音に耳をふさぎながら、高架橋の下をくぐり、従業員用の階段を登って、『あの男』の指定した場所にて少し待った。
「やあ、待ったかね」
そう言って、私と同じ階段を上がって、その男はやってきた。
「女の子を待たせるなんて、男失格よ。それに、私はあなたのことなんて待ちたくなかったわ」
「ははは、これは手厳しい。けれども、そこは『今来たところだよ』と言ってほしかったな」
この男は西条要。クラスでトップの成績(しかも常に満点)で、運動も抜群、黒髪黒目で、和哉くんほどじゃないけど、イケメンと言われるくらいには整っている顔だろう。黒縁の眼鏡をかけて、さしずめインテリ系イケメンといったところだろう。
だが、こいつの纏う、この何を考えているのかわからない雰囲気+ちょっとバカにしてるように感じる口調がすべてを台無しにしている。それがいいと言うもの好きな女子もいるが……。
西条が薄い笑みを浮かべて今回の本題を話し始めた。
「さて、『あの夜』に話したことをここで詳しく説明するとしよう」
すでにお察しだろうが、こいつが、あの夜私にある話を持ちかけた男だ。
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「あなたは……、西条くん?」
「そうだ。お前のクラスメイトの西条要だ。華形香織、お前に提案がある」
提案? 私は今飛び降り自殺でもしようかとしていたところなんだけれど……。
「なに、愛していた彼に裏切られ、別の女に盗られてしまった悲しい乙女のお前に、私が、死ぬことよりも簡単で安全なお悩み解決の方法を与えてやろう、というだけだ」
「っ!」
そう、確かに私は愛する彼、和哉くんを奪われてしまったことに耐え切れず、こんな辛い現実とオサラバしてしまおうと考えていた。けど、なんでこの男がそのことを……!
「私が何故このことを知っているのか不思議に思うかね? 顔に出ているぞ」
西条が薄い笑いを少し深め、言葉を続ける。
「なに、そんなことより大事な話があるだろう。そう、死ぬより簡単な解決策についてだ」
「話についていけないわ。その話ぶりだと詐欺のようにも聞こえるわよ」
「ふむ、詐欺のよう"にも"聞こえる、か。随分と乗り気なようだな」
「っ! ふざけないでっ! 確かにやり直せるなら、対価はいくらでも支払うわ。けれども具体的な話なしに頷くほど私はバカじゃないの」
やはり、この男の口調はイラつく、こっちをバカにしてるんじゃないの?
「説明、か。おそらくお前は聞いても信じはしないだろう」
「ほんと胡散臭いわね」
「そう思われても仕方がないが、とりあえず、私の手をとれ。『やり直し』をさせてやる」
「『やり直し』?」
西条が傘を持っていない左手を差し出してくる。
「詳しい話は、またあとで話そう。今はただ、あの時に戻りたい、そう願う時を思い浮かべたまえ」
こいつ、私の話を聞いているのか? でもまあ、どうせここでゴネてもこの男は話を聞かないだろう。
「結局説明は後回しなのね……。わかったわ。こうでいい?」
差し出された手を私は左手でとり、目を閉じて、私が戻れたら、と思う時を思い浮かべた。
「ふむ、その時か」
「え?」
「では、行くぞ。"ジャンプ"!」
「っ!」
そして私は一瞬の浮遊感に襲われた。驚いて目を開いたら、目の前にいたのは西条ではなく……
「……和哉くん?」
「なんだい、香織?」