スガポン10 すがぽん、肌色の場合
澄み渡る空、大きな帆は潮風をはらみ、バタバタと音をたて、甲板作業はひとまず落ち着き和やかな時間になる。
甲板を赤エルフ先輩が走り抜けていく。
「みんなー、朝ご飯だよー!取りあえず集まれ―!」
今日の朝ごはんは黒パンに燻製ウィンナーが2本とピクルスが1本だった。
島風にお世話になるようになってはや3週間。
昨日までは、新人教育期間だといって、色々な部署の仕事を見学し、船内の物や場所を覚えることが毎日の仕事であったが、今日からは下級水夫として働くことになった。
ひとまずは手がロープに慣れるまでは甲板でロープを引っ張ったりするらしい。
説明を受けるうえで軽いパンフレットを渡され、そこには乗組員たちは本来アズマ国の輸送船に乗るための訓練の内容がポップに記してあった。
アズマ国において、近年輸送船の増加に伴い、事故の件数が多くなっている。
それには母体数としての艦船の数が増えているからでもあるが、さりとて失われる人員、船、各国からの信用などは無視できないものとなってきている。
なので、新しいクルー育成方法が3年ほど前から施工されているとのことだ。
水夫として1年、水夫長過程として半年、船長に1年半の訓練があるらしい。
操船一通りに体力錬成、各種戦闘訓練があり、地獄の日々だった、と誰もがその訓練の事は詳しく教えてくれない。
水夫長は水夫の中で精強と思しき者の志願制で、操船指揮や各種状況での行動設定、事故時の対応や、海賊対処等の延長訓練がある、それをクリアすることで晴れて水夫長となれる。
その中でも船長は別枠で、パンフレットには載っていなかったのだが、船長に聞いたら普通に教えてくれた。
先ず小さい頃から教育を受けている貴族(豪商)の子からなる場合が殆どである。
主に体力よりも知識を重視され、航法や航路作成、糧食の運用、船毎による操船の特色、兵員の管理要領など多岐に渡る教育があるらしい。
アズマ船団としては、特に幹部要員に海賊が紛れ込まない様、教育されてから晴れて船団のクルーとして参加する。
しかし、下級水夫に於いては、航行中の事故や病気、戦闘などでその命が失われしまう場合が往々にしてあるため、その補充としての項目もあるが、航海に出た後は全て船長の独断で物事は決定される、そのため民間人を雇い入れる際は船長が直々に判断するとのことだ。
その時に海賊が船に紛れ込み、不幸なことが起きるかも知れないので、よく注意するように、と言われているらしいが、実際は海賊は結構パッと見で分かるので、結構適当らしい。
さらに、船長が言うには、この船は試験船で、本来のキャラック船の5倍の資材を使った、いわば虎の子の新鋭艦で、船員たちの粒ぞろいも良いそうだ。
輸送業務しかしないのにこの装備は要らないだろう。と制作段階で多数声があったが、実際に乗ってみるとその快適性や、事故に対しての対応の柔軟さが、海での犠牲を確実に少なくすると実感したらしい。
そうしてテスト兼実務とアズマを出てきたが、出航早々舵が壊れて船足が思う様に伸びず航海が滞り、先日も風向きが悪く、船足と航路を測った結果、やや逸れて俺が居た島に近付いていたとのこと。
俺が乗った時にやった船底掃除と補修で大分息を吹き返したとのこと。
舵の修理用の部材が無く、故障したままなのが辛い所だが。等々。
船長の話を聞くうえで帆船の航海の難しさを垣間見た。
まぁー、基本は神頼みだよ神頼み、と言っていたが、きっとこの船長は神様信じてない気がした。
さて、この船にのって思ったのは、船内が思いのほか綺麗だったことだ。
一日の終わりの前には掃除の時間として、全員で30分ほど掃除を行ったりする。
また、本来であれば着たきり雀、水も飲み水しかないから洗濯等は到底出来ないと思っていたのだが・・・。
どうやらこの船の設計者はとてもきれい好きだったらしく衛生を保つための設備があった。
真水ではないが、甲板の隅に大きな樽が二つあり、航行時には水流の圧力でくみ上げ、ゆっくり航行しているときは桶でくみ上げて補給するのだが、これがまた結構つらい。
またこの貯水樽から木の筒を通り、洗濯室と浴場につないであり、洗濯やシャワーを浴びることが出来るのだ。
洗濯した後であるが、なんとこの木造船には乾燥室が設置されている。
なんでも、ドラゴンの核と呼ばれる魔石があり、それが常時発熱しており、それを密閉した部屋に設置すると、サウナのような部屋になるのである。
それを利用して、乾燥室兼、サウナと呼ばれる部屋が作られていて、そこで洗濯物を干すことができるので、衣服に関しても清潔を保てていた。
ここはサウナとしても常時誰かが入っており、疲れた体を癒していた。
俺も使っていいよと言われているのだが・・・。
以前人が居ないので入ってみたところ、後から5人組が入ってきて、お、新人君だ!と囲まれ、こちらはどこを見てよいのか、恥ずかしいやらで居てもたってもいられず、お、お先に失礼しますと飛んで出てきてしまって以来、トラウマとなり使っていない。
気持ちはいいんだがね。
洗濯場と浴室が船首側と船尾側にそれぞれ一つあり、ついでにトイレもある。
トイレに関しては、穴を跨いで座る下に、板が船の外側にかけて斜めになっており、使用後に海水で船外に放出する形式である。
また、上甲板では主に、船首につけられた木の張り出し部分で水夫は用を足す。
風下側で使わないと船にかかってしまうので、ご利用の際は風下でどうぞ。
俺?俺は使ってないよ、だって怖いもん。
足元10mぐらい下に海面ざぶざぶで、まだ座っても居ないけど、あんなとこ座ったらきっと出ないよ。いや絶対。
船内の洗濯場には大きな樽に駄菓子のブドウの木の実を付けるのようなものが設えてあり、航行時には水の力で回り、大きな洗濯機になるらしい。
基本的には小樽に海水を貯め、置いてある粉石けんをスプーン一杯入れて、かき混ぜて終了であるが、樽で洗う時は洗剤を多く入れるため、きれいになると使用者が多い。
壁には「洗剤はスプーン1杯厳守!4分隊」等と書いてあり、やはり船に詰めるものには限りがあるから、口を酸っぱくするのかな、等とした注意書きを読んで一つ気が付いた。
・・・・・なんで日本語で書いてあるんだ?
この異世界で、そもそも金髪エルフは確かに今思い返せば日本語で話していた。
それどころか日本語以外の響きを聞いたことが無い。
若しかして俺は、こちらに来てからのすべてを掛けた壮大な無駄遣いをしてしま・・・いやそんなわけはない。
きっと、船で大陸間を巡行するのだ、だから異なる大陸には異なる言語があるはずで・・・。
しかし、その異なる言語はKokuyoはカバーしているのか・・・
きっと日本語を使っているのだから、ずれても英語や中国語の筈・・・だと
・・・そうだな、そうだ、確かに水夫長はキールだのバウスプリットだのと凄いジャパナイズイングリッシュつかってたもんな。
きっと航法は英国式に違いない。
よかった、じゃあまだ、まだ少なくとも使い道はあるじゃないか。
俺の5年間も無駄じゃ無かった。
等と考えていると、目の前で赤エルフ先輩がこちらを覗きこんで手を振っていた。
「おーい、大丈夫かなシュー君、目がうつろだよー」
「はっ、ええああ、赤エルフ先輩。少し考え事をしてましてね」
「ちょっとー、この偉大にして至高のルッカ様を赤エルフとかチョー失礼なんだけどー」
「あ、ああええ、いやすみません、そういえば自己紹介もしていませんでしたね」
あんなに熱い夜を交わしたのに!と肩を抱き、頬をぷーっと膨らませ、拗ねたように横を向く先輩に慌ててフォローする。
熱い夜というか、涙にぬれた悲しい夜でしたね。
「あー、ソいえばそうかもね、話しやすいから何となく話しちゃったよー。ごめんごめん、私はルッカ、一応4分隊のリーダーです。仕事はこの前も教えたけど、食事作りと船倉整理の部署かな」
この船では部署が4つに分かれており1~4分隊、と呼ばれる集団に、仕事ごとに分かれていた。
1分隊、航海長 船長直轄の小部署 10人
航路作成や緯度経度の計測等。
2分隊、水夫長 半分以上のメンバー 50人
甲板作業に従事する。
3分隊、船大工長 20人
カッター等の船艇を使用し、底の浅い島との連絡船や、潜って船艇を調べたり、時に無風で進む場合にカッターで引っ張ったりするが、余り進まない。
4分隊、コック長 赤エルフ先輩 10人
糧食の管理や、倉庫の物品の管理等となっている。
俺はまだ専門的な事は教えられていないため、どこの部署にも属していない。
一応水夫長の小姓とは言われたが、特にやることもないようだ。
船長は、いずれ君を適正部署に加入させるよ。たぶん。と言っていて、結局どこに行ったらいいのか分からないので、厨房で調理を手伝ったり、甲板でロープを引っ張ったりしている。
「はい、コレ君の分の朝ごはん。まだもらってないでしょ?」
「あ、すみません、ちょいと疲れて休んでたんでとりに行くの遅れちゃいましたね」
「まぁまぁ、いいってことよぉ~。じゃあ一緒にたべようか」
と言って船べりに座り込み黒パンにかじりつく。
「どうだいシュー君、船にはなれた?」
「うーん、どーですかねー、まだ分からない事ばかりで、正直何に手を出していいか分からないですね」
「そうかー、まぁそうだよね、ウチらはみんな教育隊上がりで部署きまっちゃってるしねー」
「そういえば、聞きたいことがあったんですけど、質問いいですか?」
「いいよいいよ~、なんでもこの、偉大にして至高のエルフ、ルッカ先輩におききなさ~い」
「えっと、じゃあ、この世界って、言葉は今話してる言葉しかないんですか?」
「んっ?あー、そう・・・だねー。一部モンスターなんかだと、古代語使ってるやつらがいるとかって、聞いたことあるかもしれない」
「・・・・」
「どうかした?」
なん・・・だと・・・。
軽いつもりで、実はもう伏せたまま行きたかったのだが、話題に困窮してつい聞いてしまったが、日本語以外が無いだと・・・・。
つまり、Kokuyoはおまけで付いてる小説を読む程度の存在になってしまったのである。
えー、やだー、そんなのやだー。
折角知恵を絞って選んだ一品だったのにー、と心の中で悶えていると、赤エルフ先輩が心配そうに見つめてくるので、咳払いをして会話を続ける。
「いえ、ちょっと、…外国語とか、外国語分からないと困るなって思って、あ、じゃあアレです。暦。そう暦ってわかりますか?」
「あー、暦かー、一応一年は480日で、ひと月は40日、1週間は七日、曜日は、太陽の日、ついで月、火星、水星、木星、金星、土星ってなってるよ、シュー君の大好きなカレーは金星の日にでるよー」
と朗らかに教えてくれる。
ふうむ、なんかサラっと言ってくれたけど普通に月火水木金土日じゃねか・・・。
察するに地球の一週間と同じなんだな、あと一年480日か、てか、うん?
うん・・・?
月が無いのになんで一か月になるんだ・・・?
「・・・うん?一か月って何をもとに決めたんですか?」
「え?ええーと・・・よく知らないやー!まぁぶっちゃけちゃえば、今が何月なのかも分からないんだけどね、船長とか多分詳しいと思うよ。私は毎日ごはん作るだけだから、それ以外はちょっと・・・」
と苦笑いで頬を掻く。
その姿は可愛いのだが、サイズ感がな、ちょっと大きいな。等と考えていると、ポツ、ポツ、と何かが落ちてきた。
「おおっ!?・・・雨だー!雨が降って来たぞー!」
と赤エルフ先輩は言うが早いかすっぽんぽんになり、甲板のはしから石鹸を持って配っていた。
すると、続々下甲板からクルーが続々と上がってきて、その全員が裸だった。
衝撃の状況に思わず海を見やる。
すると、今船が居る回り500m程度は雨が降って居るようなのだが、反対側は10m程しか雨が降って居ない。
馬の背を分けるとはこういう事なのだろうか。
とストリップショーからの現実逃避していたが、赤エルフ先輩が石鹸を握りこちらに走ってくる。
「シュー君だめだよ雨が降ったら脱がなきゃね!皮膚病になったら死んじゃうぞー!」
抵抗するも赤エルフ先輩は普通に俺より力が強く、あまり強く抵抗すると服が破れてしまうとか考えているうちにすっぽんぽんになりました。
「はい、石鹸。よくあらうんだぞー!耳の後ろとかもね!」
等と言い残し、赤エルフ先輩は走り去っていった。
仕方がないので石鹸を体に擦り付け、体を雨で洗う、甲板を見やると、思わぬセクシーシーンかと思いきや、2分隊の人たちがマストに上り帆を外していた。
「なにしてんだろう」
「ああ、スガヤが来てから雨は初めてだったな」
と、いつの間にか隣に来ていた水夫長が説明を始める。
なんでも、航海中は真水を補給することができず、また、シケているときの海でもない雨というのは珍しい。
その時には全員甲板で体を清めたのち、真水をマストで集め、補給するまでが教本に乗っている行動なんだそうだ。
甲板に二つあった海水タンクを一度空にし、そこに水が集まるように帆をロープで引っ張り、
あれよあれよという間にタンクがいっぱいになるまで、一連の作業は怒涛の様にすすめられた。
海の上で真水を補給するのは大事な事なのだ。
ここ3か月で船に合った真水は濁り、大分生臭くなっていた。
しかし、海水濃度は30%、飲み水として利用するには、浸透ろ過か、蒸発ろ過を行わなければならず、機械文明が育たない事には海上の小さな船で真水を得ることは出来ないのである。
貯水樽が満杯になれば乾杯である。
「「「「おつかれさま~~~」」」」
何をしてもこいつら飲むのな。
まぁ確かに重要イベントなんだろうけどね、雨って。
いやーしかし、すっぽんぽんで酒飲んだの初めてだわ。
酒池肉林、・・・なんだろうけれど、こう、世界観が違ってなんだかそんなに嬉しくないわ・・・。
俺もしかして凄い幸せな環境なんじゃないか。
思い返して、この船に乗り始めて3か月。
早いものだが、楽しみと言えば、やはり食事であった。
朝飯は簡素にパンとピクルス、ないし何かちょっと。昼飯は米みたいな穀物のお握りにピクルス。
晩飯はごはんに色々なシチュー的なもの、または燻製ハムのステーキなんかも出たりする。
また、七日に1回夕飯にカレーが出る。
何でも、月月火水木金金、という歌にあるように、出航した後は毎日が出勤で、なおかつ当直もあり、当番もありで、24時間いつも誰か働いているし、寝て働いて食って寝て、の繰り返しで、日付の感覚が無くなってしまうかららしい。
栄養価的に、と思った辺りで気が付いたが、最近めっきり緑の野菜は見なくなったなぁ。
等と思いつつ、ラム酒をやっつけた。