第9話「爆ぜる山」
トラブルとともに大英連合王国、その王女……クラリス・アントウェルペンに接近してきた、町川昇の同級生だったという浅間椎子。
出会いから数年経った彼女は、軍事・魔術ジャーナリストと自称した。
その浅間がふと思い出す、サクラサク入学式、その当日の出来事。そのやり取り。
そして、自身が従事している「本当の仕事」を進めているなかで、ある重要データを発見するが………
───side S・2───
町川。
……町川。
町川、昇。
まちかわ………のぼる。
───あいつと出会ったのは、サクラサク入学式。何ともベタな少女の「運命の出会い」というやつだったけど、そんなことよりも。私は国内屈指のイメージ魔術学科を持つこの高校に入学することに誇りを持ち、興奮を抑えきれず、しかし何より激怒していた。
「……歴代の試験結果で全科目満点を叩き出した人物はいない。っていうこの学校の入試試験で満点取っちゃった秀才ってどんな超人なのよ。秀才っていうか鬼才だわ……」
この高校の魔術学科における入学試験はありとあらゆるイメージ魔術の知識、素質の持ち主を厳密に識別して、ふるいにかけていく内容になっている。その出題範囲はこの世界に存在するイメージ魔術の情報全て。
……馬鹿げているにも程がある。世間一般に暮らしている人間だったらその3%さえ知らずに生涯を全うするという。その100%から出題されてくる超難問、鬼問を全問正解するまでに費やされる年数はそれこそ100年を超える。一般人として生きてくれば。
そんなおかしな入学基準を設けているこの学校に入ろうという奇人たちは、遅くとも誕生直後、普通なら誕生の5年は前から入念に教育方針と環境を整備されて訓練されてくる。100年を15年まで凝縮するために。
ただし、それだけの莫大な知識を、それだけ詰め込もうなんて無茶をすれば、人体の働きで、脳がもたない。当然、自然あるいは観念的に学識のみならず、多才ぶりを発揮する、いわゆる「天才」として育つことになる。そのようにして、脳を柔軟に保っている。
だが、そうした天才に至ってしまう人物はどうしたってその才覚を尖らせてしまう。それは逃れようのないもの。何の「個性」もない人物は「天才」と呼ばれない。
有り体にいえば、得意不得意……それはあくまでも「興味の程度」から発生してしまう、極めて人間的な欠落……そういった分野を持ってしまう。
とすれば、魔術に関する知識にさえそれは及ぶ。
────さて、前置きが長くなったが、そんなあらゆる天才たちをふるいにかけて、持ちうる得意不得意を洗い出して、その上で獲得した点数の高い者を新入生として招き入れる。基本的に、入学後は試験結果から最も高く計測された分野のゼミに所属していくことになる。
「何でその『不得意』に引っかからない変態が出てくるわけ?しかも、なにも私の代じゃなくたっていいはずよ……」
前代未聞の全科目満点が登場してしまったこの世代には、もう一人の秀才がいた。
「───この私を差し置いて!あと5点取れれば私も希代の天才になれたのに!」
私の得点は995点。あと一問を正答できれば文句なく満点だったのだ。それくらいの秀才。自分で言うのもなんだけど、もう非の打ち所のない、絵にかいたような、才色兼備。もーとんでもない、圧倒的な「天才」。
その私が越えられなかったとてつもなく途方もなく高い壁を軽々飛び越えていった「バカ」がいるっていう悲劇。
「っていうかあの問題、全員不正解に追い込んだ変態問題じゃない!出題者の頭どーなってんの!?」
私が落としたその問題は。よりにもよって、私が最も得意としてきた「魔術情報処理概論」分野からの出題だった。あの四択から正答を選びとることができるなんて、もはや神か───
「────お前、見た目通り間抜けなんだな。全員不正解だったら満点獲得者なんて生まれようがないだろ」
───悪魔のほうの、開口一番の罵倒が私の耳と頭の中を突き抜けていった。
「それでお前、あんな問題取れなかったのな」
「それ、私以外の新入生の前で口にしないことね。ドン引きされるか袋叩きにされるかの二択に追い込まれるわ。あら私がふるい落とされた四択より簡単ね。良かったわね」
「お前、卑屈なのな」
───私もこいつを血祭りに上げたい側の人間です。
さっきはどうしようもない憤怒を、そのまま声にして撒き散らすわけにはいけない、そんな真似をしたら後ろ指を差される前に退学処分を差し出される。
という状況だったから、校舎の裏側に回って、ちらちら、ひらひらと薄暗い桜色が舞い散るなかで独りになって、脳内……ではなく、電子領域内で騒ぎ立てていた。
「そもそも、アンタ何で私の量子没入に干渉して話しかけられたの?乙女の秘密に干渉してくるなんて外道の所業だわ」
私こと、浅間 椎子はこの男子生徒──見たところ私と同じ新入生のようだ。こいつも私も襟元につけている、男女共通である学年色の校章は、ちょうど一年生に回ってきた緑色だった──に対して毒舌を吐くのを止められなかった。というか止める気がなかった。そんなもの一切合切ありはしない。
私が繰り出す矢継ぎ早の罵りを憎らしいほど涼しい顔で受け流すこいつは、
「アンタ、アンタって連呼してやるなよ。お前、中部地方の至宝っていわれているあの浅間の家の娘なんだろう?名家の気品を保つ努力を怠るな。俺の名前は町川 昇だって教えてやったじゃないか」
町川昇というらしい。ふんっ、マチカワなんてありふれた……
「はい?」
「……どうした、今度は間抜けが顔に出ているが」
どうしたもこうしたもない、マチカワって。イメージ魔術絡みで出てくるマチカワって……!
「アンタ、あの町川博士の息子なのっ!?」
町川。イメージ魔術の研究開発において最先端の最先端で活躍する科学者夫婦。どちらも学界で並び立つ者がおらず、現在はあの魔術大国、大英連合王国の「王立魔術協会」直属の研究機関で「とある一大発明」のために日夜研究に没頭しているときいている。
というより、イメージ魔術を知る者で彼ら、妻のほうが研究を主導しているため彼女たちと呼ばれることが多い、その夫妻の名前を知らない者はいない。とりわけ、「魔術量子力学」の分野での功績が大きく、電子や情報を取り扱う研究者やその志望者からは羨望の眼差しを向けられてやまない巨頭だ。かくいう私も彼女たちの出版物は全て初版あるいは印刷前のデータを収集しては読了した後にも200回読み込んだ書籍を一日に20冊ほどを読み返し、論文が掲載された科学雑誌なんてもう
「……け、おい間抜け、返事しろー」
「はっ!」
マチカワ……町川のやつが性懲りもなく私のことを馬鹿にしている、その声でようやくこっち側に戻ってこられた。こ、これは感謝してやってもいいわ。と…特別に。仕方なくよ勘違いしないでよね。何しろ私は町川博士のことになると気持ちが昂り過ぎてどこかに飛び立ってしまうから。
「……それでアンタ、町川博士のご子息ってことでいいのかしら?」
「ゴシソク、なんてたいそうな呼び方をされる覚えはないが、確かにうちの両親は科学者をやっているな。その第一子長男が俺だよ」
───町川、昇。まちかわのぼる、か。
「それでアンタ…こほん、町川。私のことをあれだけ馬鹿にしてたんだから、あの問題の正答をちゃんと見つけることができたのよね?あとか」
「ああ、簡単な問題だったからな。難なく正解したよ」
後から。って口にする前に何か言われた。
正解した?あの超難問を?満点獲得者以外の全受験生を叩き落としたっていうあの問題を?
………満点獲得者、以外……
「──あの、ちょっと訊いてもいいですか」
「何で急に敬語?」
「あの、あなたが、満点獲得者?今年度の入学生首席?」
「ん?そうだが……言っていなかったか?」
聞いてません。
私、何にも聞いてません。
「ええーっ」
「あのさあ、人を指差すな、って子どもの頃に教わったよな?っていうか、こういうお前がボケ、みたいなやり取りはいい加減やめないか」
「だ、だだ、だって……あんたが首席!?入学生ナンバーワン!?あの試験で満点獲ったの!?ええーっ。えええー!」
超びっくり。
「うるさいな、周りの、俺たちと同じ新入生が迷惑がっているだろう」
辺りを見回す。……あ、確かに。眉をひそめられてる。
でも迷惑っていうか、私の声量にびびってるように見える。
「……じゃあ町川。あなた、あの四択問題で正解の選択肢を選べた理由、説明できるのよね。もちろん歩みを止めずに」
「……ああ。まあなぁ。それよりもお前の間違え方から説明したいんだが。お前はたぶん問題文を斜め読みすることなく読んでから、選択肢も上から読んで、その後検討しただろう。あの問題だけ」
「…………」
こいつに私の問題の解き方が知られているとは思っていなかった。しかも、正確にその問題に対してだけ変えていたことを見抜いている。
私の沈黙を肯定と取ったのだろう、町川は解説を続ける。
「最初にお前……浅間が引っかかった罠。まず、あの問題文に誤りが2ヶ所仕込まれていたのを見落としていたな」
……げ。合ってる。
「お前は試験の時間配分の中で解くために、その設問を解いているタイミングでは問題文を精査している余裕がなかったし、それを読んだことで本来持っていたはずの正しい知識をすり替えられてしまったことに気づかなかった。それでほとんどお前の不正解は決まっていたんだが、それでも選択肢の記述で自身の間違いを修正できる猶予は十分あったはず。それができなかったのは、絞りこむ過程でもミスをしたからだ。選択肢の1、2が正しくないというのはある程度学習している者なら簡単にわかる。だが、お前が勘違いした問題文に沿って読んでいくと、その後の3、4も不正解だと考えられた。どの選択肢にも誤りがあるように感じられる。不思議に思い、また1から読み返す。1、誤り。2、誤り。3」
「───あ……」
まるで私が問題を解く姿を見ていたかのような…ううん、それどころか考えていた…思考プロセスを聞かされていたかのような説明に聞き入って、いつの間にか町川の目を、吸い寄せられるように見つめていた。というか、実際に近づいていた。すぐそこに、そいつの眼がある。私の全部を見抜いている、その両方の眼が。
私の吐息で揺れた町川の前髪を見て、ようやく我にかえってのけ反るように後ずさった。
「……浅間。お前けっこう背あるな」
「───15才の女の子と、息が触れあう距離で見つめあった感想がそれ?」
「え?ああ、だってお前、170以上あるよな」
そりゃ、あるわよ。私、身長、高いもん。そこらの男子より高いもん。けど、けど…けど!
「……っく、ひっく………」
「えっ、なに、何でお前泣いてんの!?俺、なんか間違ったことをお前に言ったか?」
ま、またこいつ人のことを馬鹿に……っ。
そう思って顔を上げてにらみ返してやろうとして、
「………」
「どうした?大丈夫か。体調でも悪くなったか?」
困惑してる。私のこと、本気で心配してる。何で……
「何でやねん!」
「……は?」
「……はっ」
わ、私、まだ混乱してるみたいねっ。あーあ、まーだ取り乱してるんだー……
「ふっ、私、落ち着きないでしょう。滑稽でしょ?おかしいでしょ?なら笑いなさいよ」
「いや、誰もそこまで言っていない……本当に大丈夫か、お前。入学初日で気が引けるかもしれないが、保健室に……」
「うるっっっさい!!もういい!もう大丈夫だから!それより、話続けなさいよっ」
「えええ……お前、そんな状態で自分のミスを指摘されて大丈夫なのか。傷に塩を塗るようなものだが、本当にそれでいいのか?」
……うっ。そこまで丁寧に執拗に蹴りを入れられると、さすがの私も心が折れそうになってくる。
「……はあ。まあさ、3を改めて読んでみると矛盾点が見当たらなかった。その後で目を通した選択肢4はやはり間違いと感じた。ただし、その4を見るときに、お前には先入観があった。3が正しいと思ったその次だから、見方に偏りがあった。普段のお前なら、そんなことはなかったはずなのにな。浅間椎子という人間は、そういった偏見で物事、その本質を判断する愚かなレベルにはいない」
「………ぁ……」
……なぜだろう。
初対面の男子にここまで自分の内面を見透かされているというのに。
不快感。がない。えっ、うそ、この感覚は、
「………もういいわ。よくわかった」
「ん?ああ、確かにここまでいえば、あとは察しがつくからな」
………はあ。
さっきから、こいつにため息ばかりつかれている私だけど、今回は私が呆れる番だった。
「………ん?いや、それにしては、……妙だ。反応が少し変だったな。まさか、お前……」
「なーにバカなこと言ってんのよ!」
このバカが思案顔で立ち止まっていた間に、私は4歩ほど前まで進んでいて。
そして、その男子に振り返ってこう続けた。
「───早く来なさいよ。遅れるわよ、新入生総代さん」
そのとき。
自分では気づくかなくて、後で聞かされて、それこそ怒り心頭に発して否定したけれど。
私の顔は、どうやら緩みきっていたらしい。
「───はーーーあ」
また、あのときのことを思い出してしまっていた。
町川昇と初めて出会った、あの日の桜色の思い出。
最近、なぜか「仕事」をしている最中にそんな乙女チックな思い出へと踏み間違えてしまうことが増えていた。
「はあ。全然集中できてなかった。そんなんじゃ見つかるものも見つからないわ」
集中どころか、雑念とか煩悩とかそういうのにまみれてた。
そんなザマじゃあ、この「仕事」は捗らない。
もう一度だ。
「───………」
深呼吸で思考を切り替えて。
眼鏡越しに見る、目の前の仮想ディスプレイに向き直って。
2回。頷く。
「………───『ぁぁ」、あ』
そうすることで、私の精神は電子の海へと潜り込んでいく。
───量子没入。私が一番得意として、この仕事にも日常的に使う魔術。
実体にかけていたメガネには度が入っておらず、代わりに透明な繊維で編まれた魔術用デバイスが組み込まれている。
そして、量子没入によって、私は電子媒体の情報を「読む」のではなく「見る」。情報が刻まれた道を通り、その壁を手でなぞり、天井などを見回しながら、行き当たる扉の中から選んだものを開けていく。
そういった感覚を得る。
私は。
私は、町川たちには軍事ジャーナリスト、と名乗ったけれど、それは正解じゃない。
本当の私は、情報を得て、それをいくつかの機関に横流しすることを本業としている。
スパイみたいなもの、と表現するのが一番分かりやすいし、妥当だろう。
町川は、学生時代に、私のことを「ひたすら真っ直ぐ猫まっしぐら」と言っていた。
ばか正直で、一本槍で、愚直に「正しい」信念へと突き進むような女だと言っていた。
そして私は、そんな性分のままで、魔術情報学科の首席としてその高校を卒業。大学への進学はせず、その後は本当にジャーナリストとしての職に就いていった。
「………それがこうなっちゃったから、町川にも、お前変わったよな、なんて言われちゃったのかな。情報のために非合法なことをしない、っていう信念も曲げて、それでも町川に知られたくなかったから嘘までついちゃったし……」
らしくもない感傷。
またしても仕事に支障をきたすような邪念が入り込んだように思えたが、
「………ん?これって」
頭の中が「町川一色」になっていたせいか、あるいはそのお陰か。
幾重もの情報のつづら折りの中の陰にあった、なにか異質な情報が、無造作に足元に転がっていることに気がついた。
今回はあいつのお陰で、「見落とし」をしなかったのだろうか。
それを拾い上げて、箱を開いて、その中にしまわれていた紙の束を手にして、表題を見る。
「『マチカワ・レポート』………?」
あの、町川博士が残したレポートだろうか?
いや、違う。これは、町川博士たちが研究してい
「ぁ」
このとき、私はまだ、遠き日の淡い思い出に引きずられていた。
それが今回の「ミス」。
情報の海にひそむウイルスでもなければ、私の侵入に反応したウイルス対策ソフトウェアからの攻撃でもない。
本来ならば、この量子空間に存在するはずのない「何者か」の気配、その接近にも気がつくことなく。
この背中をとん、と両手で軽く押されてしまった。
たったそれだけのことでででででぇなかはやはろあたやはにによにこのにめへよぬ
私の意識は、ブツリ、とシャットダウンした。
───side S・2 了────
ある日、朝食後にコーヒーを飲みながら何気なく観ていたテレビニュースで、何だかよく知っている、身近にいた人物の名を見かけた。
俺、ノボル・マチカワがよく知る誰かの名前だ。
ニュースの内容によると。
欧州の半島国家、ロメリアーニにおいて、とある日本人女性が意識不明…………てんかん発作に似通った痙攣状態で発見されたという。その発作がてんかんによるものと決定的に違うことは、その痙攣状態が数十分にわたって続いていたものという、医師による所見。通常のてんかん発作では数分以内に痙攣は止まる。発見された場所は政令指定都市の一角にある、廃ビルの中の一室。身分証等は所持していなかったものの、国家保安隊がもつ識別記号からその身元が特定された。
氏名は。
「───シイコ・センゲン…………?」
はい、どうも皆様ごきげんよう。
前回投稿から年単位で月日が過ぎていく中でも色々と妄想……こほん。構想を練ってまいりました、エシャロットでございます。
今回はストーリーの主軸で主人公くんであるところのノボルくんの目の前に現れていた、かつての同級生、浅間さんのお話でした。
センゲンさんというだけあって、ついつい連想してしまうような、噴火型のツンデレさん。
一応、出会った時にはノボルを敵視していてツンツンだったものの、その数分後にはデレてしまったちょろい人。
それは当人のばか正直な性格・物の考え方から来るものでしたが、お仕事をしている内にその内面は変質し歪なものになっていったようです。
「情報」を得ること、それを扱うことで、ストーリーの根幹にも触れてしまいかねない危険人物です。これを記している私自身、この女性をどうやって扱ったものか……と手を焼いていたりしました。
その彼女が何やら活躍を見せようかという、せっかくの見せ場に何だかよく分からない横槍が入ってしまいます。
電子の世界ってこんなに怖いところだったのか、知らなかったなあ。
お話が動いているようでいてまったく前進が感じられない、停滞・混迷していくストーリー進行。
久しく描写されていない戦闘シーン。
それらは、次のお話からいくつかの形で動き出していくはずです。後生ですから大目に見てやってくださいませ。
さらに、そろそろ新たな登場人物たちも姿を見せ始めます。
まだ見ぬ彼らは、この緩慢な物語にどのような刺激を与えてくれるスパイスとなるのでしょうか。
さて、相も変わらず「後書き」としての機能を果たしていないダベりはこの辺りで切り上げまして。
また次回、どこかの「世界」でお会いできることを願います。
追伸、新作投稿は停滞していてもストーリー解説の投稿を中心に、ちょこちょこと手入れがされていたりもします。適当に見てやっていただければ幸甚にございます。