魔術師狩りの捗はおいきか(イントロダクション・草稿)
───いいかい?キミの眼は特別製だ。
雪のように白い髪に、血の色を湛える深紅の双眸。
そんな、漫画やアニメみたいな──あなたのほうがよほど現実離れしておられますよ、と言いたくなるような外見をした女性が、その目を爛々と輝かせながら俺に語り聞かせる。
ふと、彼女の長髪が舞い上がり、俺の鼻先をくすぐった。ここは屋内だが、彼女の放つ止めどない吹雪のような魔力の奔流が、その髪を暴れさせているのだ。
──その眼差しは異能を射抜く一本の矢となるだろう。くれぐれも、その使い道を誤らないようにね──
「……っていうか、近い!近いですって!」
たまらず叫んだ俺の声に、その場に張り詰めていた異様な空気は雲散霧消した。
「ドキドキしただろう?」
彼女───クラリス王女殿下は、一歩二歩と後ずさり、くるりと回って悪戯っぽく微笑んでみせられた。
「殿下……そう、歴史ある魔術大国である大英連合王国のクラリス・アントウェルペン王女殿下!」
「人の名前を仰々しい敬称をつけて呼ぶのはよしてくれとあれほど──」
「その仰々しい敬称に見合った立ち居振る舞いをしていただきたいだけですよ、殿下」
こほんと一つ咳ばらいして、背筋を伸ばし改めて殿下に正対した。
「それで、俺の眼が何と仰られましたか?異能を射抜く矢というのは、いったい──」
「ふむ」
殿下は一拍神妙な面持ちになられ、そして───
「ノボル、キミの眼には見えているはずだ。イデアからこの世界に溢れ出している魔力が」
世界のすべてを皮肉るような凄みを持った笑みを浮かべられるのだった。
俺の名は、町川昇。アルバイトで糊口をしのぐ、しがないフリーターだった。
……いや、今の仕事もフリーランスで請け負っている臨時職なのだから、フリーターであるのに違いないのかもしれない。
さて、突然のことでまったくもって恐縮なのだが、この世界には「魔術」という奇跡を、誰でも思った通りに実現できる技術───「イメージ魔術」というものが存在する。
イメージ魔術とは、古来存在している伝統魔術の難点とされていた、多重に及ぶ儀式的工程をMD──マジックデバイスによって簡略化した現代魔術である。
MDの発明は、人々の生活における魔術の地位を飛躍的に向上させたといわれている。
これにより、事実上術者は結果をイメージするだけで魔術が行使できるようになった。
たとえば、目の前の薪に火をつけたいとする。このとき、術者は薪が燃えている様を想像するだけで良いのだ。
あとは、身につけたMDが術者の思考を電気信号として読み取り、術者自身の想像世界「イデア」にアクセスして最適な術式を選択、術者の魔術中枢から魔力を展開させて魔術を実現──この場合、薪に着火するという結果を得られる仕組みだ。
なお、現実に魔術を使うのには個人の精神性に起因する魔術適性や現象の科学的理解が必要となるほか、悪用防止のため魔術の種類に応じたライセンスの取得が義務づけられているのだが、ここではそういった長話は割愛する。
ここで少し話を戻すが、イメージ魔術の要ともいうべきイデアの存在については、その観念性の高さから発見は困難を極めたとされている。
イメージ魔術が普及した現代においても、いったい魔術師のどこにそれがあるのか、MDがどのようにそれにアクセスしているのか、正確に理解している魔術師は実はさほど多くない。
いってしまえば、よく分からないのだ。
ただ、一般には魔術の実現に必要な儀式のイメージを蓄えた倉庫のように認識されている。
「……で、原則誰にでも使えるはずのイメージ魔術を、キミは使えなかった。そんなイレギュラーとして生きてきた──そうだね?」
そうなのだ。俺にはイメージ魔術の適性がまるでなかった。測定用の検査デバイスにいくら強く念じても、何の奇跡も起きはしなかったのだ。その理由はまったく見当もつかなかったのだが───
「結論から言おうか。その原因は、キミの眼だ。より正確に言うなら、その眼に仕込まれたMDとの混線によるものだろうね」
俺のこの眼に、デバイスが……?
思わず右目を手で覆った。しかし、どこか冷静にそのお言葉を受け入れている自分がいる。──だとすれば、あれは……そういうことだったのか。
「もう一度、問おう。キミには見えていたのだろう?ボクが発した魔力の波動が」
──「止めどない吹雪のような」魔力の奔流。
人間の知覚には存在しえないはずの、魔力の様相。
そう、俺の視覚には、時おり尋常ならざるモノが映り込む。
ただ、それは大抵ちょっとしたノイズのようなものであり、まだ語彙も少なかった幼い頃、周りにどれほど懸命に訴えても理解が得られるわけもなく、いつしか俺はその異常を仕方のないものとして受け入れていた。
何も考えないほうが楽だと気づいたのだ。
泣きながら懇願した両親にさえ、病院の一つも連れていってもらえなかったのだから、我ながら無理もないと思う。
「キミのご両親?ああ、そういえば……揃って高名なMDの開発者だったそうだね。今では、彼らに関するデータも一切残っていないとのことだけれど」
両親の仕事……?そういえば、たしかに白衣姿を見た覚えがある。だが、そんな大事なことを、どうして俺は忘れていたのか……?
「……ふむ。記憶操作か……なかなかどうして、手の込んだ真似を──キミ、ちょっと屈め」
仰られた通りに屈んだ俺の視界が、不意に何かで覆われた。
温かくて、柔らかい……良い匂いもする。次いで、後頭部をぽんぽんと優しく叩かれた。遠く霞んだ記憶の中にある、この感覚は───
「キミは時たまこうして無防備になるな。ボクの前で強がる必要もないけれど、悪い女にたぶらかされたりしないようにね」
頭上から、苦笑いを含んだお声が降ってくる。これは、どうやら殿下の胸に抱き寄せられているようだ。
──ああ、そういうことか。
頬を伝う熱いものに気づいて、ようやく状況を理解した。
「こら、動くんじゃない。次に許可なく動いてみろ、キミをその無様な格好のまま凍結させてやる──うん、よし。良いんだよ。記憶が混乱しているのだから、無理もないさ」
どうやら無理もないことらしいので、お言葉に甘えて涙が止まるまで、そうして殿下の胸を濡らしていた。
……これは余談だが、前述の通りファンタジックな容貌をされた殿下、プロポーションもかなりのものをお持ちだったりする。
──side クラリス──
ノボルが泣き止み、部屋から出ていくのを見送った。
窓際まで歩いて、身を預けてみる。
「マチカワめ……面倒な置き土産を遺していったものだ。旦那のほうは研究以外はからっきしだったし、おそらくあの女狐の差し金だろうが……」
大きく嘆息して、窓の外に目を向けた。そろそろ、ノボルが姿を見せる頃だろう。
「記憶操作なんて下衆な真似をしたわりに、イデアのノイズを認識できる機能は残存させたり、気づくための要素が多すぎる……期限付きで隠しておきたい事情でもあったのか?」
疑問はいくらでも湧いてくる。
「奴らのことだ。ノイズ認識は副次的な作用で、何かもっと恐ろしい機能を有しているのだろうが……せいぜい利用させてもらうとしよう。思う壷だろうが何だろうが、その誘いに乗ることが、ボクにとっても最も勝算が高い───腹立たしいことこの上ないけれど」
……ノボル。ノボル・マチカワが歩いていくのが見えた。
「ボクは二度と負けない。負けてやるものか。貴様らが置いた布石は、このボクが残らず──掃してやる」
その背中に、今はもういない仇敵に向けた怨嗟を投げつけてみた。
無論、答える者などいはしない。答は、ボク自身がこれから示していくのだから。
窓に映るボクの歪んだ表情に呼応するように、遠くから雷鳴が響いてくる。
近い将来に訪れるであろう嵐を予感させる雷の音を聞きながら、ボクは窓際を離れた。
「ああ、でも……」
振り返って、言葉を継ぐ。
「ノボル。キミならば……あるいは、このボクを殺せるかもしれないね」
この世界に二人といないと思っていた、ボクの魔術を凌ぎうる貴重な駒だ。
うっかり殺してしまわないよう、大事に育てていかなければ。
──side クラリス・了──
※2020年3月6日編集
編集内容
・改行を入れる手入れ。
・罫線を本来音引きである「ー」から「─」に修正、統一。
・別キャラクターの視点を「─side 『頭文字』─」と頭文字で表していたものを、人物名に変更。
こんな拙い文章をご覧いただいた方がおられましたら、まずは感謝申し上げます。
さて、本作品は執筆者が高校生の時分に書いた未完作品の焼き直しです。
記憶を懸命に掘り起こしながら、思いつくまま自身の好きな部分だけを書き起こした習作であり、あらすじにあるメインヒロイン、フィリアって何だよ!から、本文に至るまで説明不足な点も多いかと存じます。
そういったところも、今後の作品の中で補っていく所存です。
なお、たとえば某劣等生が大活躍する作品に似通った部分も多いでしょうが、その点もご了承いただけると幸いです。
かの作品のテレビアニメを拝見して、僭越ながらその世界観に多大なる共感を覚えたものです。
その時々に好きな作品の影響を受けてしまうのが執筆者の悪い癖ですが、それもまた今後の作品において独自性を前面に出して棲み分けを図りたいと存じております。