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ああ、さよなら男子高校生生活

僕の長所とは何か?

そんなもの知ったことか。

スポーツができるわけでもなく勉強ができるわけでもない。

第一長所とか短所とかというものは自分以外の何者かが自分の持っているものを羨むからこそ発生する。

例えば、仮に僕の足が長かったとする。

(あくまで例えである)

その時、僕以外の足の短い人はそれを羨ましがり長所という。

でも僕にとってはコンプレックスであり、短所でしかない。

(もう一度言うが例えだ)

まあ、負け惜しみは置いておくとして、そんななんの取り柄もなく、他の人よりも運が悪く、間が悪く、人生を無駄に生きている僕こと佐山咲季(さやまさき)(僕は男だと思う)は現在とても不可思議な事態に遭遇していた。

というか不運と遭遇していた。

二日前に遡る。


高校二年の始業式。

春休みは終わり、またまた面倒な授業が再開される。

サボろうかとも思ったが、流石にクラスが決まるだけは今日休むわけにはいかない。

そもそも親戚の援助で生活している以上学校

をサボタージュすることはできない。

そんなわけで僕は去年一年間歩いた通学路を歩いていた。

そして間が悪いことに暴走したバイクに轢かれた。


目が覚めると白い天井が視界に入る。

まだ意識がしっかり覚醒していないのか頭が回らない。

少しずつ思い出していこう。

まずここはどこぞ?

「病院だね」

なんでここにいるんだ?

「なんでだろうね?」

たしか僕は盗んだバイクで轢かれたんだよね?

「そうなんだ」

いや、盗んだバイクかは知らないけど。

というか誰だよ?さっきから僕の心の声にいちいち返して来るのは。

「私でーす」

辺りを見渡すがだれもいない。

「私はいつでもあなたのすぐ後ろにいる」

怖っ。

「さらに私の声はあなたにしか聞こえない」

もはやホラー。

「ひどいな。私は傷つきました」

絶対嘘だ。口調がそんなじゃない。

あと、僕が口に出して話さないのは個室で一人で喋っているという痛い光景を想像してである。

それにこいつに関しては頭で考えれば通じるらしい。

「こいつではありまセーン。神様でーす」

外人?神?ゴミ?

「神!」

なんでもいいや。

「よくないよ!」

これ以上付き合ってられないので、ナースコールを押す。

しばらくして若いナースが入ってきた。

「咲季さん目が覚めましたか?」

無表情に無感情な声だった。

「はい」

「そうですか。退院できそうですね」

「僕ってどのくらい寝てました?」

「二日です。そもそもそんなに大きな怪我ではありませんでしたから」

それはそれはご迷惑をおかけしました。

「ただ、咲季さん。鏡を見られましたか?」

鏡?なんだ?いくら僕がイケメンではないにしろ、それは酷くないか?

「いいえ見てません」

答えるとナースは手鏡をよこす。

赤い縁の鏡だった。

(絶対私物だな)

覗き込むとそこには可愛い女の子の姿。

栗色の長い髪、二重でパッチリとした目、ピンク色の唇、すっきりした顔。

これはあれかな?自称神は鏡にしか写らない的な感じかな?

「それ私じゃないでーす」

まだ続けるか?外人。

というか私じゃない?

じゃあこれはだれ?

そういえばさっきから僕の声が少し高いような気がする。

いやいやそんなバカな。そんなはずはない。

一度鏡から目を話して目を瞑る。

勢いよく目を開き、眼を開き、鏡を見る。

そこにはやはり同じ女の子。

ああ、わかった!これはそういう鏡なんだな。これは僕ではなくむしろ鏡でもなく、覗き込んだ人はみんなこんな風に写るようになっている液晶画面だ!

いや〜すっきりした!

これで今夜も眠れる。

「どんな答えに行き着いたか知らないけどたぶんそれ違いますよ?」

ナースが半眼で言う。

違う?なにが?これこそ正解だろ!むしろ清快かな?

最悪の答えは現実的にありえないし、ならドッキリと考えた方がいいだろう。

よしわかった。盛大に引っかかってやろう。

騙されてやろう。

「いや〜僕女の子になっちゃったみたいですね?」

「やっと現実を見た?」

ナースは呆れていた。

呆れて敬語が消えた。

「大変だな〜、どうしようかな〜」

早くドッキリ成功の看板を持ってこい。

「楽しそうですね?それならこのまま退院させましょうか?」

そして呆れが一周回ってまた敬語。

「え?いや、これってドッキリですよね?」

なんとなく心配になってナースに尋いた。

「さっきから言ってますよね?現実を見たか?と」

「・・・・・・・」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?

いや、それは現実的に無理だろ?

物理的にも無理だろ?

「ごめーんねっ!」

ナースではない。この声は自称神の声。

「ふざっけんなよ!ゴラァァァァァァァ!」

取り敢えず叫んでみた。

美少女にあるまじき叫び方で。

「どうかしました?咲季ちゃ、咲季さん」

この人今咲季ちゃんっていいかけたぞ!

しかも無感情な声すぎて心配が伝わらない。

ってそんなことより、おい自称神。なにした!?

「何って、男たちの夢を叶えてみたけど何か質問ある?」

あるに決まってるだろ!

そもそもなんでこんなことできるんだよ!

「神だからー」

コーラス風に言う自称神。

いちいちキャラ変えるなよ!面倒くさい。

「面倒くさいとはなんだ!私は神ぞ?」

「うっとうし!!!」

つい大声を出す。

ナースはドン引きしていた。

まあ、自称神の声はこの人には聞こえないのだから仕方ない。

「気にしないでください」

無理なことをお願いして自称神への尋問を再開する。

「尋問って私は何をされるのでしょう?もしかして、あんなことやこんなことを・・・・・・」

「するか!!」

即刻否定。というかそれは尋問ではなく、もはや拷問だろ。

ほらまたナースが温かい目で僕を見てるし。

「そうだ。そろそろ帰ろう!」

逃げるな。

「逃げるんじゃなくって帰るんだよ?」

逃げ帰るんだろ!

「あの、もう少し入院していきます?」

僕を心配したのか(主に頭を)退院延期を提案したナース。

「いや、出ます。退院します。大丈夫です!」

「そうですか?大丈夫には見えませんが。特に頭が」

言い切った!ナースが患者に対して言ってはいけないことを言った!

いや、もしかしたら本当に事故の後遺症とかを心配してくれているのか?

「よろしければ精神科医を紹介しますが」

やっぱりそっちか!!

「結構です」

「そうですか」

冗談だったのか簡単に引き下がってくれた。

・・・・冗談だよね?

「もしかしたら本気かもね〜」

うるさい!

「では手続きをしてきますね」

ナースはそのまま個室から出て行った。

さて、説明しろ自称神。

「え〜、面倒くさーいでーす」

説明しろ。

「しかたなーいでーすね。せつめいしましょーう」

鬱陶しいから普通に話せよ。

「わかったわかったヨ。一言で言えば気まぐれたヨ。というか面白そうだったからやったヨ。そこまで怒るとは思わなかったヨ?」

どこから突っ込もうか?

取り敢えず戻せと言っておこう。

「無理だヨ。なぜなら一度やってしまったことはもう取り返せない。それが世界の掟ヨ?それともキミは人を殴った後にそれをなかったことにできるカ?できないだロ?」

もういいから口調を戻せ!

本当に鬱陶しいから!

「まったく冗談の通じない人間だな〜。とにかくそれは怪我と同じで時間が経てば治るから大丈夫。まあそれが何年後になるかはわからないけど」

どうにもならないのか?

「どうにもならないことはないよ。実はこの呪いには穴があって、解呪する方法はあるんだ」

呪いってお前がやったんだろ!

で、どうやるんだ?

「『ラムネ』なる物を食べると解呪できる」

ラムネ?なんでラムネ?

「知らないけどそれでなんとかなるから。そろそろ私は帰りまーす。ばい」

その声を最後に自称神は消えた。

「咲季さん退院の準備ができました」

すぐのようにさっきのナースが呼びに来た。

それからどうやってか家に帰った。



そして今に至る。

辺りは暗くだいたい六時くらいだ。

春は六時でもまだ暗い。

僕の家は普通に一戸建てで二階建て。

両親及び妹は行方不明。

よってここには僕一人で住んでいる。

よく羨ましがられるが僕にとっては不便なだけだ。

だってよく考えて欲しい。

家のことを全て自分でやらないといけないんだぞ。いやだろ?

少なくとも僕はいやだ。面倒くさい。

そんなわけで誰もいない家へ帰宅した僕は気づいた。

あれ?鍵がかかってない。

もしかして二日間ずっと開けっ放し?

いやいや、確かに鍵はかけたぞ!

ということは泥棒か!

僕は玄関に置いてあるプラスチック製のバットを片手に家に侵入する。

二、三回深呼吸してリビングの扉を思いっきり開く。

電気は点いていない。

つまり小心者の僕は安全そうな場所から調べるのだ!

(威張れることではないけど)

しかしながらアテは外れてそこには人が寝ていた。

といっても足が見えるだけなんだけど、ソファーの上に堂々と爆睡していた。

回り込んで顔を拝むと、それは知らない人だった。むしろ知り合いたいくらい美少女だった。

歳は十一歳くらいだろうか?

短髪黒髪の少女は我が家のようにくつろいでいる。

ロリコンとは何か?

それは年端もいかない子を好きになっちゃう現象。

世の中にはそういうお兄さんがたくさんいるらしい。

では一体年端もいかないとはどの辺りからなんだろうか?

つまり十一歳を年端もいかないというのなら十一歳の男の子が十一歳の女の子に恋をした場合もロリコンなのだろうか?いや、違うだろう。

例えば十一歳の妹を十七歳の兄が可愛がったらロリコンなのだろうか?いや、それはシスコンだ。

とにかく僕が言いたいのはロリコンという言葉はあやふやなものだということだ。

なんで僕がこの話をするかというと、一つの疑惑を消すためだ。

自分に対しての確認だ。

僕はロリコンではない!

これが言いたかった。

とにかくそれを明確にしたかった。

そしてこの状況がなんなのか冷静に考える。

少なくとも親戚にこんな子はいないはず。となるとだ、不法侵入して来たってことか?

でもどうやって鍵を開けた?

まずい。疑問が多すぎる。

「ん・・・・ふぁー」

少女が寝返りを打つ。

びっくりだね。起きたのかと思ったよ。

でもよく考えて欲しい。狭いソファーで寝返りを打ったらどうなる?

答えは落ちる。

では、寝ているときに落ちたらどうなる?

まあ、起きるよね?

「イタタタ。また落ちちゃった」

現状確認。

僕は今少女の正面にいる。

少女は起きた。

そして目が合い見つめ合う。

「・・・・・・ども」

「ふぇ?・・・・・」

最初は理解不能といった顔をしていたが次第に涙目になっていき

「ドロボー!!!!!!!」

叫ばれた。



「キミはなんて名前なのかな?」

「そんなことより出て行ってくださいませ。ここはわたくしの住処ですわ」

「違う。僕の住処だ」

さっきから同じようなことばかり言っている気がする。

なんとこの少女はここが自分の家だと主張するのだ。

もしかして自称神が何かやったのだろうか?

それもあり得そうで怖い。

「そろそろちゃんと話を進めよう。キミは誰で、どこから来たの?」

「わたくし、お母様から知らない人に名前を教えてはダメだと言われておりますので」

「じゃあなんでこの家にいるの?」

「答える義理がありませんわ」

そこは答えろよ!!ここは僕ん家だぞ!!

「では、次はこちらから質問します」

あれ?僕のは質問への答えは?

「お姉さんは何方なのですか?なぜわたくしの家にいるのでしょうか?」

お姉さん?あ、そっか今の僕は(以下略)

「正直他人に自分の名前は名乗りたくないけど、名字は『佐山』だよ。佐賀の佐に山で佐山。そしてここは僕ん家だ」

「佐山って外に書いてあった名前ですわ!なんて偶然」

「それは表札といって住んでいる人の名前が書いてあるんだ」

「じゃあお姉さんはこの家の人なのですか?」

「そう言ってるよねさっきから」

やっと話が通じた。

「今度こそ教えてね?キミはなんて名前なの?」

「では、橘恵里亜(たちばなえりあ)(仮)ということで」

「・・・・・」

なに?(仮)って仮なの?偽名なの?

まさかの訳あり少女?

ラノベにするなら『訳あり少女拾いました』的な?

実はマフィアみたいな?

むしろ凶悪犯!?

なわけないよな。

「お姉さんだって下の名前言っておりませんからおあいこですわ」

どこが!?

「こっちはフルネームな分お姉さんよりマシだと思われますが?」

(仮)だろ!?

「これで私たちはお友達ですわ。というわけで面倒な敬語は辞めますね。わたくしこの口調結構無理しておりますので」

敬え!!!!!!

「そんなことより他の家族は?」

そんなことじゃねぇ!敬えよ!いきなり変わりすぎだし!

ってもういいや。面倒くさい。

「それは僕のってことでいいのかな?」

「そう」

なんと言ったものか?

行方不明ってことでいいのかな?実際行方不明だし。

「他は行方不明だよ。どっか行った」

「へぇー」

関心薄!

もっと関心持てよ!自分で振ったくせに。

「もういい、僕は風呂に入る。ってまだ沸かしてなかった」

「お風呂ならもう沸かしてあるけど?さっき入ったばかりだし」

勝手に使わないでくれるかな?電気もガスも。まあありがたく入るけど。

「ありがとうは?」

「は?」

なんで僕は今感謝を求められているんだ?

「ありがとうは?」

なんの反応も返さないともう一度感謝を要求してきた。

パッチリとした目は全く変わることなく僕を見つめ続ける。

なんでこんなに感謝を要求する!?もう泣きたい!

「アリガトウ」

大人な僕は取り敢えず言葉だけの感謝を伝えた。

流石ガキ。簡単に騙されて引き下がった。

「じゃあ僕は風呂に行く」

「いってらっしゃい」

ようやく落ち着ける。

風呂に入れば、大人も子供もみんなリラックス。

服を全部脱ぎ、なんとなく鏡を見る。

そこには女の子の全裸。

しかしながら相手は一向に隠そうとしない。

つまりいいのか?見てもいいのか?

すっごい美少女の全裸を脳内に焼き付ける。

でもおかしいな。僕は確か鏡を見たんだよね?

それにこの子見たことある。

確か病院で(以下略)

そうだった。

僕は今、女の子だった。

「ああぁぁああああぁぁぁああああ!!」

なんか自分の全裸を脳内に焼き付けちゃったぞ!

消せ!消去!デリート!!

消えねぇーーーー!!!!

「何騒いでるの?うるさいわよ?」

恵里亜が脱衣所を覗く。

「見るなぁーーー!!」

ガキとはいえ、女の子に全裸を見られた。

もうお嫁にいけない。

このネタは今の僕にとってシャレにならないな〜。

半分狂乱、半分自暴自棄の状態が三十分続いた。


「つまりお姉さんはお兄さんでお兄さんだったのに自称神様のせいでお兄さんからお姉さんになったと。つまりお姉さん(仮)?」

「せめてお兄さんにして!(仮)も外して」

一通り説明したら案外サラリと信じた。

流石ガキ!

ただお姉さんと言われるのは気持ち悪いからやめてほしい。

「しょうがないわね。それで自分の身体が女の子だから一人でお風呂に入れないお兄さんはどうするの?お風呂」

いちいち言わなくってもいいことをなんで言うんだ?

「取り敢えず食べるタイプのラムネがあればこれは解けるらしいけど、生憎今は持ってない」

お手上げ状態です。

どうしよう。

「じゃあ、わたくしが身体を洗ってあげようか?」

「恵里亜が?」

「ええ、別に身体は女の子なんだから私としてはいいのだけど?」

そうか。その手があった。

こんなところに偶発的に女の子がいるじゃないか!

あとは僕が目隠しなりなんなりしておけば万事解決。

「よし、それで行こう。でも恵里亜は確かもう入ったんだよね?」

「問題ないわ」

うん、完璧。


結果から言えば確かに女の子同士という方法は間違っていなかった。

むしろ完璧だった。

でも知らなかったな。僕の身体があんなに敏感だったとは。

もうなんというかボディータオルがあちこち擦れるだけで変な声が出るし、ふわふわするし、あとたぶん目隠しして他人に洗ってもらっているのも原因なのか。

「くふぅ・・・んっ!はぁ」

などと男にあるまじき声が出る。

もう二度とこの身体では風呂に入らない。

心に誓い、恵里亜を寝かしつけ、僕はベットにダイブした。

明日から学校だな。

きっともうクラスではいろんなグループが出来てるんだろうな。

と連想して気づいた。

というか忘れすぎだ。

僕って今佐山咲季ではないのだった。

どうしよう。学校側に話して信じてもらえるだろうか?

まあ無理だろうけど。

クソっ!全部自称神のせいだ!

「全部ってわけではないでしょう?そもそも事故にあってキミが悪い」

この嫌味な声は聞き間違うわけもない。

自称神の声だ。

「だから自称じゃなくて神なの!いい加減直せ!」

断る!この身体が治るまでは呼び続けてやるよ!

「いいのかな?そういう態度で。罪悪感にとらわれて夜も眠れない私がキミが学校に行けるようにしてあげようというのに」

できるのか!?

「まあ、神だからね」

神を強調する自称神。

「だから自称じゃないって言ってるだろ駄人間!」

神は人間をこう思っています。

「ちょっと、こういう時だけ神扱い?やめてよ!神は基本そうだけど私は優しい神だから別だよ!」

ほう、ならその証拠に無償で学校に行く方法を教えろ。

「なっ!一本取られた!」

いや、あんたの自爆だろ?

「つまり他の人がキミの容姿に違和感を覚えなければいいんだよね?」

まあ、そうだね。でもできるのか?

「もち。私は神ぞ?」

それは頼もしいことで。

それで具体的にどうするんだ?

「洗脳してキミが始めから女の子だったことにする」

ふざけるな、おい。

ああ、そういえばラムネで戻れるんだっけ?なら明日コンビニでラムネを買えば万事解決というわけか。

「頼れよ神に!」

あんたに頼ると嫌な予感しかしないんだよ!

「じゃあいいよ、勝手にすればっ!」

自称神は拗ねて消えた。

明日になればこんな容姿ともさよならだ。




目を覚ました僕は急いで支度をして家を出た。

目指すはコンビニのラムネ。

これで男の姿に戻れる!

大きな希望を胸に抱きしめコンビニに入る。

あった。ラムネの瓶をモチーフにした容器のラムネ。

それを一つとってレジに出す。

アルバイト店員らしき男性は僕の気迫に押され、顔が引きつっていた。

ラムネを購入後ラベルを強引に剥がし、何粒か口に放り込む。

・・・・・・変化なし。

まさかデマ?

そう思った時だった。

身体に奇妙な感覚が発生した。

なんというか身体がぐねぐねする感じだ。

正直気持ち悪い。

しかしそれが終わった時僕は元の姿に戻っていた。

解呪に成功したらしい。

これでもうなんの心配もない。

僕は堂々と歩き始めた。

しばらく歩いていると視線が集まってきていた。

なんでだ?もしかして顔がにやけてる?

よくわからないが今はもうどうでもよかった。


校門を抜けたところで友人の中嶋天兎(なかじまてんと)を発見した。

メガネの割には成績が普通な男子生徒で小学校の時からの付き合いだ。

僕は駆け寄ると中嶋の背中を叩き

「おっす!中嶋。僕ってどこのクラスか知ってる?」

挨拶をしつつクラスを中嶋に聞いた。

中嶋はこちらを振り返り僕の顔を見るなり赤くなる。

「え?キミのクラス?もしかして転校生かな?」

何を言っているんだこいつ?

まさかふざけてる?

「何言ってんだよ僕だよ僕。佐山咲季」

「佐山咲季?実は僕の友達にも同じ名前の人がいるんだよ。そいつもこの学校で二年連続で同じクラスなんだ」

同一人物だよ!

てか、また同じクラスかよ!

「じゃあ一緒に行こうか」

同じクラスなら手っ取り早いな。

中嶋と行けば自分のクラスに着く。

「え?転校生はまず職員室に行かないといけないよ?」

さっきからなんだ?人のことを転校生だとか言いやがって。

「中嶋。そろそろ怒るぞ?ってあれ?」

あれ?なんか声が高い。

まさか、いやそんなはずない。

戻ったことは車のミラーやカーブミラーで確認済みだ。

ではこの声の高さは?

「ちょっとごめん」

中嶋に断りを入れて走った。

後ろから中嶋が

「クラスはF組な!」

と教えてくれた。

入ったのは男子トイレ。

誰もいない。

なぜ男子トイレなのか。

それはきっと希望を持ちたかったのだろう。

僕はまだ男のままなのだと。

鏡を見るとそこにいたのは女の子の姿の僕だった。

話が違うぞ、自称神!

どこかで見てるんだろ!?

説明しろ!

僕はトイレの個室で自称神を呼ぶ。

「言ったでしょ?私はキミのすぐ後ろにいるって」

やっぱりいたのか。

「それに行ったはずでしょ?勝手にすればって。私の話を最後まで聞かないからこうなるの。まあ今回だけは許してあげるけど」

一体どういうことなんだ?

「確かに『ラムネ』を食べれば元に戻れる。三分間だけね」

三分間だけ?

コンビニで食べてからここまで数十分。

じゃあ早い段階からこうだったのか?

「女の子モードでも胸が小さいみたいだしね。気づかないのも仕方ないね」

もしかして今貶された!?

たぶん貶された!

「小さいことはいいことだよ」

と自身の小さい胸を主張するように張りながら言う。

「同志よ!」

一緒にするな!

「そんなことよりどうするの?学校の授業って五十分なんでしょう?三分間じゃあ足りないよ?」

まあ、女の子になったそばからラムネで戻るしかないよな。

「そういえば言い忘れてたけど、ラムネは一粒一分でMAX三分。つまり四粒食べても四分ではなくって三分だから気をつけね」

よくわからないけど三分間が限界ってことか?

「そういうこと。でももっと簡単な方法があるよ」

なんだ?教えろ。

「神に命令するか!?」

いいから早く!

「仕方ないな〜。昨日も言ったけど、洗脳するの。洗脳といっても女の子モードのキミを不思議に思わないようにするだけだから問題なし」

本当に大丈夫なのか?

「大丈夫デース」

まあ、信じてみようか。

「ありがとうデース。早速やるデース。はい完了」

早っ!?

何も起こらないけど。

「大丈夫、大丈夫。ちゃんと成功してるから。じゃあね!」

自称神は姿を消した。

元から姿なんて無かったけど。

「ごめん、言い忘れてたけどちゃんと女の子らしく振舞わないとダメだからね〜」

また出てきたと思ったら、それだけ言ってまた消えた。

しかし、女の子らしくか。

どんなだ?

ん〜。

「私咲季だよぉ。よろしくねぇ」

キモイ!

今少しだけ女子の気分を味わった気がした。

確かにこれはない!

ぶりっ子路線はなし!

じゃあ

「佐山咲季だけど、なんか文句ある?べ、別にあんたなんてどうでも良いんだからねっ!

なんか恥ずかしいな。

男モードだと有りかと思うけど、自分でやるのはきつい。

というか聞いてる方もストレス溜まりそう。

こういうのは二次元に求めよう。

次は

「わたくし佐山咲季といいますわ。不束者ですがよろしくお願いしますわ」

確かに無理するな。この喋り方。

恵里亜の気持ちがよくわかった。

次っ!

「あたし佐山咲季。よろしくね!」

これか?これなのか?

でも『あたし』はないよな。

じゃあ

「わたくし佐山咲季ですが何か文句ある?」

違うだろ!?

何を思ったんだ僕は!?

なんかいろいろ混ざったぞ!

よしやり直し

「私は佐山咲季っていいます。よろしくね」

これだぁ!!!!!

これに決まりだ!

超自然。ビバ普通!

さて、行きますか。

個室から出て気づく。

あ、僕は今までこんなところで何をやっていたのだろう

男子トイレでキャラ作りの練習をする女子。

普通に異常だ!!

トイレにいる男子全ての視線を浴びながらトイレを逃げるように出た。


自称神のありがたさを知った四時間後、僕は昼食を中嶋と一緒にとっていた。

自称神の作戦は成功していたらしくみんな僕の女の子モードを個性と思っているらしい。

つまり、太っているだとか痩せているだったり、ブサイクだとかイケメンだとかくらいの感じで扱われている。

だから僕が男子トイレに入っても

「ああ、女の子な男が男子トイレに入ったな」

くらいにしか思われない。

洗脳というのは僕が生活する上で不都合なことを他人に不思議に思われないようにするらしい。

でも今の状態を素直に喜ぶことはできない。

なぜなら僕は今、男であると同時に女なんだ!

不都合な時だけ男扱いになって、それ以外では女扱いになる。

そして自分で言うのもなんだけど、今の僕はめちゃくちゃ可愛い!

これが僕じゃなきゃ惚れてる。

そのくらい可愛い。

つまり、女の子で可愛い。

これが揃えば結論はもう出たも同然。

僕は今、モテている。

ただし男子軍から。

教室前にはすごい男の数。

僕の席の周りもすごい男の数。

これが今の僕の状態。

正直、中嶋がいなかったら大変なことになっているだろう。

「ごめね中嶋。こんな人払いみたいなことさせて」

「いいよ、俺たちは友達だろ?正直なんでいきなり佐山がこんなにモテ出したのかはわからないけど、まあ女の子としてはいいことだろう?」

よくないんだけどね。

むしろ心まで女の子になれればと思うよ。

そうすれば男にモテることを気持ち悪く感じなくても済む。

「そうだ中嶋。実は昨日謎の少女がウチにいてさ。えらく驚いたよ」

「謎の少女?どんな子なんだ?」

どうやら話に食いついたようだ。

「十一歳くらいの女の子でなんか『わたくし』とか『ですわ』とか言ってた。それにちょっと大人っぽいけど可愛いかった」

「お嬢様みたいな喋り方だね。それと後半は佐山が女の子じゃなかったら危ない発言だぞ」

あれ?もしかしてロリコンって女には適用外なのか?

いやいや、たとえ男でも僕はロリコンじゃない!

「お嬢様か。でも家事はできるみたいだけど?お嬢様ってそういうの無理でしょ?」

「おいおい、それは偏見ってやつだぞ。お嬢様が全員そうというわけでもないと思うぞ?それにお嬢様だからこそ家事とかそういうのが完璧って可能性だってあるんだから」

「お嬢様だからこそ?」

「そう。例えばどこか嫁ぐ時の為の準備とか」

「十一歳でそれは早いでしょ?」

「婚約者がいれば別に早いことないと思うけど。むしろそういうのが嫌で家出したのかもね」

婚約者か。

好きでもない人と結婚ってどんな気分なんだろ?

そういうのが想像つかないな。

「でも、なんでウチに来たんだろ?」

「たまたまだと思うよ?場所はどこでもよかったんだよ、きっと。まあ強いて言うならそういう運命だったんだよ」

「運命ね」

僕が女の子モードになるのも運命だったのかね?

いや違った。全部自称神の悪意ある悪戯だった。

「でも、まあその子が本当にお嬢様かはわからないけどね」

「そうだね」

そうだ。まだそうと決まったわけじゃない。

「そろそろ昼休みが終わるな。じゃあ佐山また後で」

「うん、また」

そして昼休みが終わった。


「ただいま」

「おかえり」

僕が鍵を開ける音を聞きつけたのか恵里亜が玄関前に待機していた。

「お兄さん、もうお風呂入ってるけどどうする」

おいおい、まだ五時前だぞ。

早過ぎないか?

ってあれ?

「恵里亜はなんともない?どういうことだ?」

「何が?」

「いや、今の僕は女の子ってことになってるはずなんだけど・・・・」

「え?違うの!?」

そんなマジで驚かなくてもいいのに。

それにたぶん違う意味で取ってるなこの子。

というわけで説明会。

「わたくしにその洗脳が効かないのは、わたくしがお兄さんの呪いのことを知ってるからだと思うわ」

確かにそれは一理ある。

後で自称神を呼び出して聞いてみよう。

「それでどうするの?お風呂」

「いや、まだいいよ」

「ねえ、お兄さん」

二階にある自室に帰ろうとしたところを呼び止められた。

「何も聞かないのね?追い出そうともしないし」

「聞いたら教えるのか?」

恵里亜は首を横に振った。

「なら聞かない。聞いて険悪になるくらいなら僕は聞かずに呑気に暮らす。それに追い出したら気分が悪い」

「ふっ。随分と自己保身が強いのね」

ほとんど笑わない恵里亜が初めて笑った瞬間だった。

「ほっとけ」

そう言って僕は自室に戻った。


今日の夕飯は恵里亜が作ったものだ。

メニューは野菜サラダ、味噌汁、焼き魚、そして何を思ったか釜飯。

焼き魚の焼き具合が完璧すぎるしサラダの盛り付けも綺麗にできていた。

そしてどうして知ったのか味噌汁の味が僕好み。

何者なんだこの子は。

本当に十一歳か?

実際に聞いたことがないからわからないけど。

少なくともこの容姿に似つかわしくない腕前だ。

「なに?文句があるなら食べなくてもいいのよ」

一口ずつ食べたまま動かない僕を見てきっと不満があるようにでも見えたのだろう。

「文句はないけど、本当にこれ恵里亜が作ったのか?」

「この程度作ったなんて言わないわ。ただのママゴトよ。それに一流の方々に失礼だわ」

お前は全世界の料理に携わる人たちに失礼だ!

「それでも美味いから嫌味だよな」

「やっぱり嫌な味なのね」

言ってないからね。

「だって嫌味なんでしょう?」

「そういう意味じゃねよ!?」

「わかってるわよそんなこと」

クソッ!からかわれた!

本当に子供らしくない。

「ほら、食べるぞ!」

「お兄さんが食べなかったんでしょう?」

恵里亜は人を馬鹿にするような笑みを浮かべた。


自称神出てこい。

「そろそろ名前で呼んでよね」

じゃあ名乗れよ。

「神ですわ」

恵里亜の真似か?

「違いましてよ。キミの真似ですわ」

あの朝のやつか!

見てたのか!?

「愉しませていただきましたわ。もう腹筋が壊れるかと思いましたわ」

大丈夫。お前の頭は既にぶっ壊れている。

「まあひどい。そんなんだから未だに童貞なのですわよ?ごめんあそばせ。処女でしたわね」

もう死ねよお前!

「そしてこう言うのですわね『神は美しかった』と」

『死んだ』の間違いだろ。

しかも姿見たことないから美しかったかどうかなんてわからないし。

むしろどうでもいいし。

「どうでもよくありませんわ。大事なことですわ」

もうその口調やめろ。

鬱陶しい。

「気に入りましたわ。これからはこれでいきますわ」

やめろ。本当に。

「・・・・しょうがないな〜。気に入ってたのに」

それはいいから本題だ。

どうせ見てたんならわかるだろ?

「あれでしょ?恵里亜ってこの子に洗脳が効かなかった理由」

そうそれ。どういうことなんだ?

「大方、むしろ全部あの子の言う通りよ。キミの呪いのことを知っている人間には効かない」

じゃあみんなに教えれば万事解決なんじゃないか?

「キミはバカだね。恵里亜って子が理解してくれたからって他もそうだと思わない方がいいよ。中には呪いを信じない人もいるし、呪いを気持ち悪がる人もいるんだから。そういう人への対策で洗脳をしたんだから」

確かにそうだな。

なんか僕が異常だってことを忘れてた。

「そう、キミは今異常な状態なの。それを忘れないで」

意外だな。心配してくれてたなんて。

「私は神だからね。全ての人間の心配をしてるよ。キミは私のせいで迷惑かけてるから余計にね」

自称のくせに良いこと言うじゃないか?

「自称じゃない!」

僕はもう寝るから静かにしてくれない?

「こら寝るな!自称を消せ!」

悔しかったら叩き起こしてみろ。

「くっ!神体さえあれば・・・・」

ぷっ。ざまぁ。

「ムキー!もういいよ!おやすみ!」

律儀におやすみの挨拶をして行った。

神って寝るのね。





そして日は変わりカレンダーの数字が一つ進んで今日は土曜日の昼。

恵里亜の姿を見てふと思った。

昨日と服が違う!?

「そういえば服とかってどうしてるんだ?」

「家にあったやつを使わせてもらってる」

なんか見たことあると思ったらこれ妹のじゃないか!

「おいおい、勝手に使うなよ。それ妹のなんだから」

「あるものは使わないと勿体無いじゃない」

そうだけど!

「それとも妹の服は誰にも触らせないと?シスコン」

「違う!」

僕はロリコンでもないしシスコンでもない!

「服を買いに行くぞ」

「はい?何か言った?」

「服を買いに行くって言ったんだ」

流石に妹のを勝手に使うのには抵抗がある。

あと僕のも買わないと。

「つまりわたくしはお兄さん好みに着せ替えられるということね」

「違う!」

なんてことを言うんだこの子は。

「ほら行くわよ」

いつの間に準備をしたのか恵里亜は既に行くばかりになっていた。

「ちょっと待て、すぐ準備をするから」

急いで制服(ブレザーなので男女関係なかったり)を着替え、玄関に走る。

「遅いわよ」

「ごめんごめん。行こうか」

恵里亜の手を握り家を出た。

「変態」

横から恵里亜にひどいことを言われた気がした。

「さて、どんなところで買えばいいんだ?」

「お兄さんの服はどこで買ったの?」

「その辺の安売り物」

「ダサ」

グサっ!

言葉の刃物が僕に刺さる。

「じゃあ、恵里亜はどこで買ってるんだ?」

「お兄さんが逆立ちしても買えない場所よ」

もう死んでいい?

「そういえば下着ってどうしてるんだ?」

睨まれた。

確かに今のは失言だったな。

でもよく考えたら僕は今女の子モードだった。

「ほら流石に下着って他人の着けるわけにもいかないだろう?それに僕もこの姿だと必要になるし。っていうか擦れてなんか気持ちいし」

「っ!変態!」

「真面目に聞いて!」

「きゃー、変態ー」

棒読みになった。

「とりせず下着を優先しよう。で、結局どこで買おう」

「こっちに来て」

見かねたように僕を引っ張る恵里亜。

行き着いた先は下着専門店。

なんだこのピンクゾーン。

すごいアウェイ感だ。

「行くわよ」

「いざ出陣!」

「何と戦うのよ」

僕らはそんなことを言い合って下着専門店。通称ランジェリーショップへ突入して行った。

そして一時間後

「ありがとうございました」

店員のお姉さんの声を背にランジェリーショップを出た。

気に入ったものを買ったというよりは店員のおすすめ商品を購入しただけだ。

対照的にショーツ?とパンティーだけだった

恵里亜は自分のお気に入りを購入した。

「次は服ね」

「そうだね。うんそうだね」

ランジェリーショップで予想外に疲労し、正直僕はもう帰りたくなっていた。

でも服は買わないとまずいよね。

というわけでまた恵里亜に連れられて服屋に来た。

ウニシロとかいう割とメジャーな服屋だ。

「恵里亜は決まったのか?」

「ええ、あとはまたお兄さんだけよ」

しょうがないまたあれを使おう。

僕は女性店員を見つけると

「すみません、どんな服がいいでしょう」

聞いた。必殺プロに聞く。

「そうですね。お客様なら何を着ても似合いそうですがこちらなんてどうでしょう?」

そして店員も快く協力してくれた。

差し出された服は水色ベースのワンピースなるもの。

スカートみたいなひらひらのところが白い。

早速試着。

まずい。着方がわからない。

「恵里亜、助けて」

恵里亜の助けを借りて僕はワンピースを攻略した。

なんだこの心許なさ。

ワンピースのスカートはそんなに長くないため風が吹いたら見えてしまいそうだ。

やっぱりズボンタイプの方がいい。

それに緊急で男になった時にスカートだと本物の変態になってしまう。

というわけで、

「ズボンタイプので見繕ってください。上もできれば男が着ても不自然じゃないやつで」

店員にそう頼んでおいた。


「疲れた〜」

家に着くなりソファーにダイブした。

時間も既に八時を回っていた。

「ごはん作るからお風呂入ってきて。もう沸いてるから」

「いやもう冷めてないか?」

「さっき追い焚きボタン押したから体洗ってる途中にでも沸くわよ」

できる女ってこういう子のことを言うのだろうね。

僕は寝巻きと下着、そしてラムネを持って風呂に向かった。

「三分おきにラムネを三粒食べるのも面倒だよな」

湯船に浸かりながら一人でボヤく。

ラムネは濡れた手に乗せるとどんどん溶けていってしまう。

まあいいや。何も考えたくない。明日は日曜日だし今日はしっかり寝よう。

風呂から上がり恵里亜の手料理を味わってから、眠気に負けた僕は深い眠りに身を委ねた。





僕が女の子モードになり、恵里亜がウチに居候を始めて二日が過ぎた日曜日。

四月なだけにまだ風が強い。

うちの学校は土曜に授業がないという素晴らしい学校だが、昨日はそれのせいで酷い目にあった。

外に出るのも風が強いから嫌だし。さて、二度寝しよう。

まだ八時だしいいよね?

「二度寝は許さないわよ?」

「恵里亜・・・・」

部屋の扉にもたれるように恵里亜が立っていた。

「洗い物が片付かないから早く朝ごはん食べてくれないかしら?」

「はいはい」

しぶしぶ僕はベットを抜け出し昨日買った服を着る。

白い無地のシャツとジーンズだ。

本当に男でも違和感なさそうだな。

着替えると僕は朝食を片付けるために下へ降りた。

「相変わらず美味いな」

僕は味噌汁を啜りながら恵里亜を見る。

「水に味噌で味付けしただけよ。誰でもできる」

澄ました顔でそっけないことを言う。

「それが難しいと思うんだけど」

誰に言うわけでもなく一人ボヤく。

「そんなことより早く食べてしまってくれる?」

「・・・・わかったよ」

僕は朝食に専念することにした。

「今日はちょっと外へ出ようと思うの。でも、ついてこないでね」

「ついてかないよ。面倒だし」

「そ。ならいいわ」

「帰ってくるのか?」

「ふふっ。心配しなくてもちゃんと帰ってくるわよ。居心地いいし」

そりゃどうも。

一瞬寂しそうな目をしたように見えたが、次に見たときはいつもの澄ました目に戻っていた。

さて、今日は何をしようかな?

やっぱり寝るに限るかな?

なんて思いながらいるとインターホンが鳴った。

「わたくしが出るわ」

恵里亜が玄関に向かう。

ってちょっと待て、お前が出たらまずいだろ、いろいろと!

僕も急いで玄関に向かう。

そこには黒ずくめに眠らされて攫われかけている恵里亜の姿があった。

黒い目出し帽をかぶっているため顔は見えない。

この家に子供がいるのを知っていたのか?

いやたぶん昨日見られたんだな。

「お前ら何をやってる!」

女の子モードだということを忘れて男口調で言ってしまう。

今は気にしていられない。

ポケットらラムネを取り出し三つ食べる。

その間僅か一秒。

蓋がどこかに飛んで行ったが気にしない。

僕は男モードに戻ると黒ずくめに殴りかかった。

でも、よく考えたら僕って長所なかったんだっけ?勉強もそんなにできなければ、運動も人並み。

しかしそんなこと関係ない。

今は恵里亜を取り返すことだけに専念だ。

恵里亜を抱えているやつに拳が届きそうな時だった。

僕は躓いて転び、運の悪いことに頭を打って、気絶した。


気がついた時にはもう恵里亜はいなかった。

どうやら二時間ほど気絶していたらしい。

リビングに座って、さっきのことを思い返す。

やっぱり警察に通報したほうがいいのだろうか?

後のことは警察に任せてしまおう。

よく考えれば面倒ごとが減ったんじゃないか?

面倒な子守もしなくてもいいし、また一人に戻るだけだ。

元通りになるだけだ。

「なのになんでこんなに気分が悪いんだよ?わかんねーよ」

「それはキミがなんだかんだでこの二日間を楽しんでいたからだと思うよ?」

「自称神か?」

なんでだか今は言葉に出して誰かと話したい気分だった。

「キミは恵里亜って子のことが好きだったんだよ。だから心に穴が空いたように感じる」

「僕はロリコンじゃない」

「好きにもいろんな形があるんだよ。キミがあの子に抱いていた『好き』はどんな好きなのかな?」

僕が恵里亜に抱いた『好き』?

どんなんだろう。

恵里亜との二日間を思い出す。

口ではなんだかんだで言いながら僕のために動いてくれていた。

まるで本物の家族のように接してくれていた。

そうだ。家族だ。

僕は恵里亜を家族のように思っていた。

手がかかる妹のように、実の妹のように感じていた。

そうか。僕はロリコンじゃない!

シスコンだったんだ!

「そうなっちゃったか。それよりあの子が使ってた部屋を見てみ」

僕は自称神の言う通りに恵里亜が使っていた部屋に行く。

そこには一通の手紙があった。

「これは?」

「あの子が昨日の夜のうちに書いたんだろうね。ま、読んでみ」

僕は手紙を開き読む。

そこには恵里亜の本音が書いてあった。

『この手紙を読んでいるということはわたくしはもうこの家を出て行った後なんでしょうね。まず最初にごめんなさい。二日間お兄さんには迷惑をかけたわね。それに感謝してるわ。

お兄さんがわたくしを居候させてくれなかったらわたくしは家に帰ろうとは思わなかったわ。だからお兄さんには私が家を出た理由を知ってほしい。

まずはわたくしの本名だけど、柏木蓮華(かしわぎれんげ)と言うの。知ってる?柏木グループの一人娘よ。橘恵里亜はわたくしの親友だった子の名前よ。去年亡くなったね。

死んだとはいえただの病死よ。大きな事故があったとかではないわ。わたくしもその点はもう納得してるわ。でも、恵里亜の死が家出の原因の一つでもあったわ。わたくしは恵里亜の葬式に出たいと思っていた。そしてその旨を両親に伝えたわ。でも、ダメだと言われた。葬式の日は仲のいい商売相手との会談でわたくしも出ることになっていた。勝手に決められていたのよ。向こうにはわたくしの婚約者がいたし。

結局わたくしは恵里亜の葬式には出られなかった。親友の葬式だったのに。

それからもわたくしは親の言う通りお利口にしてきたわ。でも、四日前に両親がイギリスの中学を受験するように言ってきたわ。

エスカレーター式の中学だから一度行けば次に帰ってくるのはあっちの大学を卒業した頃になる。わたくしは恵里亜と過ごしたこの日本を離れたくないし、両親が決めた婚約者にも反対だわ。でもわたくしは両親のお人形。

わたくしの意思は関係ないの。そしてわたくしは家出を決意した。両親へのささやかな抵抗にね。そのあとは適当に人の住んでいなさそうな家を探していたら、鍵もかけずに外出している家を発見して勝手に住まわしてもらったの。その家に変態が住んでいるとも知らずにね。でもその変態は家事以上に家族のように扱ってくれたわ。あんなに楽しかったのは久しぶりね。だからわたくしはもう満足したの。また両親のお人形になってもお兄さんとの思い出があれば耐えられそうだから。だからさようなら。もう二度と会うことのないわたくしのお兄さん』

この手紙を読んだ感想を言えばこうだ。

「本当に鍵をかけ忘れてたのか!!」

思わず突っ込む。

恵里亜だか蓮華だか知らないけど僕にとってはどちらでもいい。

家の事情も知らないし関係ない。

ただ今は恵里亜を助けに行く。それだけだ。

「自称神。知ってるんだろ?」

恵里亜の居場所を聞く。

「どっちの恵里亜?」

「オリジナルはもういないんだろ?なら偽物に決まってる」

「そうね。案内する。ちゃんと鍵はかけなさいね」

「わかってる!」

待ってろよ偽物。助け出したら僕がお前を蓮華にしてやるからな!

僕は自称神の案内を元に恵里亜のいる場所へと走った。


「それっぽい場所だな・・・・」

案内されたのはのは廃工場。なんとも月並みな場所だ。思い返せば目出し帽の誘拐犯ってのも月並みだな。

「勝算はあるの?」

正直ない。男に戻っても女の子モードより少し力があるくらいだし、どうしよう。

「確かキミには短所がたくさんあったよね?それでなんとかならない?」

短所っていうのは悪いところだぞ。そんなんでなんとかなるか。

「キミの持論だったと思うんだけどな?長所と短所は取り方次第だってやつ」

なんで知ってるんだよ!

あの時お前いなかっただろ!

「神はいつもキミの後ろにいる」

だから怖いっつうの!

でもそうだった。長所も短所も取り方次第。

現状僕の短所は長所になりそうだ。

そのために準備がいる。

自称神。ここを見張ってろ。

ちょっと準備してくる。

僕は走り出した。


なんとか必要な物を買い揃え、廃工場に戻ってきた。

「おかえり〜。どうだった?」

なんとか何そうだ。

そっちはどうだった?

「えっとね〜。確かさっき家に身代金要求してた」

通じたということは実家の方か?

そうなれば時間もなさそうだな。

じゃあ行ってくる。

僕はラムネを三粒噛み砕く。

「そっか。どうかキミに神の加護があらんことを祈ってるね〜。アーメン」

じゃあお前が加護しろよ!

さて、救出劇を始めよう。


だからと言っていきなり大声出しながら突入するほど僕も馬鹿じゃない。

僕の短所その一。影が薄い。

こっそり入ればまず見つからない。

そのまま犯人と恵里亜に近づく。

犯人は三人だけだ。

そして短所その二。力がそんなに強くない。

だから思いっきり首の後ろあたりにチョップを入れても、運が悪くて気絶する程度。

そして実行。

僕の短所その三。運が悪い。

おかげ一人撃破。

僕の短所その四。間が悪い。

その瞬間を一人に目撃される。

「誰だ!」

叫ばれた。その声にもう一人が反応する。

「お前はさっきの!」

はい、バレました。

「ガキが!」

一人がこっちに走ってくる。

僕はポッケからパーティーようクラッカーを出す。さっき百均で買ってきた。

そして犯人の目に前で紐を引っ張ると、パン!と音を立てながら、紙テープと紙吹雪が舞う。

それに犯人が怯んでいるうちに人間が殴られて痛い場所である鼻を全力で殴りつける。

そして鼻を押さえているうちに鳩尾を殴る。

身をかがめたところで男の弱点を蹴り上げる。(声質からして男だと確信してました)

それでその犯人は泡を吹いて倒れた。

あと一人。

幸い恵里亜は目隠しされていて何が起こっているのか理解できていない様子だ。

まあ、大体の予想はついているだろうけど。

その上で黙って状況判断って肝が座りすぎだ。

だからと言って殺すのはまずい。

そこで短所その五。大嘘つき。

「なんなんだお前は!」

犯人は冷静さを欠いているのかナイフを振り回して威嚇する。

「ナイフごときでどうするつもりだ?言っておくけど僕にはまだ山ほど武器がある。ナイフなんて無意味だぞ?」

まあ嘘なんだけどね〜。

僕の大嘘つきは正しく言えば度胸の大きさだ。嘘を吐くことに後ろめたさを感じないし、殺人犯にだって突っ込んでいける。

だから基本嘘がバレることはない。

「なんなら試してみる?」

ポッケを探る振りをして見せると犯人は恵里亜の首元にナイフを当てる。

「動くな!動いたらこいつを殺す!」

おっと、流石にまずいな。

「嘘だよ。本当は武器なんてもうない」

「な、舐めやがって!」

騙され激昂した犯人は武器を持っていないと言う僕に大股で近ずいてくる。当然恵里亜は置いてだ。

「殺してやる!」

僕にナイフを振り上げたその時だった。

パトカーのサイレンの音。

そして何人かが車から降りる音が続く。

「動くな!警察だ!」

どうやら柏木家の人が警察に通報したらしい。やれやれ、また面倒なこちになった。

「黙れ!お前らこそ動くなよ。こいつを殺すぞ!」

案の定僕が人質に。

ああ、面倒くさい。

「構わん人質ごと撃て!」

警察側から酷いお言葉。

出てきたのはガタイのいいおっさん。

「その声、お父様!」

流石の恵里亜も驚きを隠せない様子。

「やめてくださいお父様!」

恵里亜、本当に見えてないんだよね?

直感で僕が人質だと判断してるんだよね?

まあそれにしても凄いけど。

その冷静さが。

「構わん撃て」

恵里亜に発言権がないことは知っていたけど流石にこれはダメだろ。

「待てよ、おっさん」

「喋るなっ!」

「黙れ!カス!」

「何っ!ぐっ」

犯人を黙らせる。

持っていた催涙スプレーを巻いて目を押さえているうちにさっきのコンボで黙った。

武器を持っていないってのも嘘でした。はい。僕は大嘘つきですから。

「と、取り押さえろ!」

警察は一斉に犯人一行を逮捕し、恵里亜を解放する。

「お兄さん!お父様!」

解放された恵里亜は僕の元に走ってきた。

父親ではなく僕に。

「僕はあなたに話があります」

「私にはガキと話すことはない」

「お父様!聞いてください」

「帰るぞ蓮華」

父親は恵里亜を引っ張る。

「いやですわ。やっぱり家には帰りませんわ」

「口ごたえするな!お前は私たちの言うことを聞いていればいいのだ!」

「うっ」

恵里亜もやっぱり子供か。

あまりの気迫に言い返せないようだ。

だったら僕が代わりに言ってやろう。

僕がお前を人形から蓮華にしてやるからな。

「そうやっていつも恵里、蓮華の気持ちを無視してきたのか?あんたは」

「貴様には関係のない話だ」

父親は僕を見ずに一言いう。

「そんなだから蓮華が家出した理由もわからないんだろ?」

「なんだと?」

「そうやって蓮華を威圧して意見を言わせずに自分の人形にしてきたんだろ?」

「何を知った風に!」

知ってるよ。全部蓮華に教えてもらった。

「あんたは自分の娘と向き合わず全てを勝手に決めてきたんだろ!?」

「黙れ!貴様に何がわかる!蓮華はこの先柏木グループを支えていく立場にあるんだ!そのための最短ルートを歩かせてやっているんだぞ!」

「それは本当に蓮華が望んだ事なのか!蓮華がそう言ったのか!」

「言わずとも蓮華もそう思っている!それが当たり前だ!」

だから蓮華が家出したんだよ!

「人の気持ちを勝手に捏造するな!僕は蓮華の本音を聞いたぞ!でもあんたはどうなんだ!?蓮華の本音を聞いたことがあるのか!?

ないだろ!だから教えてやる!」

父親にさっきの手紙を渡す。

それは蓮華が僕に当てた手紙だ。

そして僕の出番は終わりだ。

「これを蓮華が?」

「はい、お父様。それがわたくしの本音ですわ。ただ一つを除いて」

「なんだ?」

「わたくし、もうお人形は嫌ですわ。もうお人形に戻りたくありませんわ。いえ、もう戻りたくない!わたくしの生き方はわたくしで決める。柏木グループを継ぐことに不満はないけれど、勝手に結婚相手を決められるのも勝手に道を決められるのももうごめん。わたくしの好きな道を歩ませて。それが家に帰る条件よ」

やっと柏木蓮華として父親に本音を言えたようだな。

さて、問題の父親はどうだ?

「柏木グループは継ぐのだな?」

「ええ、そのことに対して不満はないわ」

「ならばいい。好きにしなさい」

「お父様・・・・・」

父親は蓮華から僕に視線を移す。

「キミはなんと言ったかな?お嬢さん」

「佐山咲季です」

ってあれ?お嬢さん?

「そうか。蓮華の気持ちを教えてくれたことには礼を言う。ありがとう」

「これからはどうするつもりですか?留学の件とか」

「それも蓮華に任せるつもりだ。そういえばキミは女の子だったか?」

そっか。もうとっくに三分経ったのか。

「まあ、事情がありますが一応男だと思います」

「そうか、男か。まあ事情が何にせよ男だというのなら問題ない。どうだ?蓮華もキミを気に入っているようだし蓮華の婚約者にならんか?」

ちっとも反省してないなこの人。

「折角ですがお断りします。相手は蓮華自身が決めるべきだと思いますから」

「それもそうだな」

そう、全ては蓮華が決めること。

今の蓮華はもう人形ではなく柏木蓮華という一人の人間なのだから。





あの事件から数日後。四月末期のことだ。

「わたくしイギリスに行くことにしたわ」

「へ?」

いきなり家に来たかと思えばこの発言だった。

「なんだよ急に」

「ちょっとした心境の変化よ」

あんなに嫌がっていたくせに何があったんだ?

まさかまた!

「お父様は関係ないわよ」

違ったようで一安心だ。

「好きな人ができたからその人に釣り合う女になるために行くの」

「ほう。好きな人ができたのか。どんな人だ?」

蓮華は意地の悪い笑みを浮かべて言った。

「一言で言えば馬鹿ね」

ぷっ!なんだそれ!馬鹿と釣り合うために賢くなりに行くのか?

「なんとなく何を考えているかわかるわよ」

半眼で睨まれた。

たぶん本当にわかってるな。

「それに馬鹿といっても勉強云々じゃなくて馬鹿みたいな変態って意味よ」

「余計まずいだろ!」

全く、そんな奴のどこがいいんだか?

お兄ちゃんは許しませんよ?

「ぷっ。クククッ」

「なんだよ?」

「いえ、ただお兄さんといると飽きないなと」

「そりゃどうも」

蓮華から目を逸らす。

蓮華は自分を手に入れてからよく笑うようになった。

あのちょっと大人っぽい笑い方はなんとかならないか?

「だからイギリスに行くまではまだ時間もあるし、それまではちょくちょく遊びに来るからよろしく。咲季様」

そう言って憎らしい笑みを向けられた。

全く、仕方がないな。

「こっちこそよろしく」

僕と蓮華の関係はまだまだ続きそうだった。

読んでくれた方々ありがとうございます。

先月終了した小説から早二週間以上たちました。今回は前と作風を変えてギャグを入れてみたりと少しPOP系の作品に挑戦してみました。また、主人公の名前を女の子っぽくというのもただの閃きのようなものでして、最初はヒロインの名前にするつもりだったんですよね(笑)

知っている方もいると思いますが咲季(さき)といえば前作のメインヒロインと同じ読み方ですね。

そのうち咲ちゃんと咲季くんの対談なんてあるかもしれませんね。(未定です)

それでは長々と読んでくださりありがとうございました。

これからも咲季くんの活躍をどうぞご期待ください。

あと私の前作『理不尽な世界の中と外』も未読の方は是非読んでみてください。

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