序章
人は誰しも「罪」を背負っている。
「殺人、強盗、レイプ…その数は増加の一途を辿っている。その意味はあなたにも理解できていることでしょう。」
貧しさに耐えられず、生きるために罪を犯す人間がいる。
己の欲望を満たすためだけに罪を犯す人間がいる。
金と地位と権力、それらを守るために罪を犯す人間がいる。
優劣のみを意識し、差別し、迫害し、罪を犯す人間がいる。
いわれもない無実の罪を背負わせて、高見の見物にひたって知らぬかおをしながら罪を犯す人間がいる。
つまらない偏見のために相手を潰すことで罪を犯す人間がいる。
ー人間は誰しもが性悪であるといった学者は誰であったか。さながら現状がすべて当てはまっていて、笑えない。
この世界には平気で罪を重ねる人間が多く居すぎている。
それをどれほど理解し、対処しているであろう人間がいくら居ようとも変わらない。
「はい、マスター。存じております。」
「ならば貴女はなにをすべきかわかっていますね?」
「はい、マスター。」
「ならば貴女はどうあらねばならないか、わかっていますね?」
「はい、マスター。わたしはーーー…」
ーーーーわたしは“ハイエナ”、時には獲物を掠めとり、屍をも貪り喰らう。すべては、そう、弱きもののために。
わたしたちが住む国は犯罪が横行する犯罪大国と呼ばれるほど、事件数が多い。そのなかでも最も治安の悪い州にわたしは生まれた。
昼夜問わず、所も構わず銃声が鳴り響いて死者が大勢出るこの州では夜外出しようなんて呑気なことを考える人間 なんて居ない。
もっと治安がましなほうで、流行の最先端をいく他の都市と比べてもそう大した差はないのにあまりにも活気がないのは、犯罪件数の多さと不況の波がもろに直撃したあとの名残が未だに消えないからだろうか。ましてや不良が蔓延るなどまだかわいいとさえ感じられるほど劣悪極まりない連続殺人犯や、凶悪犯が横行してしまったら人は希望を容易く見失える。
そのようにひどい状況でも人はどうにか生きていけるものだけれど、捻れた環境は人々の感性を歪にさせてしまうにはそう時間をかけないもので一般人が一般人を喰らい潰すなんてことは日常茶飯事だった。
万引き、泥棒、スリなどほんとうにささやかに思えるほど殺人、レイプなどの凶悪犯罪が人々の心を傷付けていく。
ちょっとした裏路地に入れば、自らの体を売る人間もいるし小さな子供さえもいる。だから誘拐なんてしょっちゅう起こる。
あまりに膨大な数の事件、事故、トラブルに警察は機能停止を余儀なくされるほど追い込まれていき日に日に悪化していく財政が安月給に拍車をかけてしまって、一番酷いときなどは警察自体が大規模な暴動デモを行ったことさえあった。
次々と噂される汚職疑惑や賄賂の気配は濃厚で、人々は、よりいっそう他人を信じられなくなっていく。
それを引き金としてか、いかにもといったほど胡散臭い宗教さえも蔓延る始末だった。
それらを憂いたのがわたしのマスターたちだった。
また、警備員は退役軍人や元外人部隊などといった歴戦の男たちが選ばれ、その人格も洗いざらい調べられたのち厳選されて配置されているのも手伝ってか今だかつて侵入者があったことはないし死者も出たことがない。
州政府がその存在を認め、国にも称賛されたこの孤児院の創設は人々に明るい希望をもたらしたーーー
ーーーーそれが表向きの名目であり建前であろうと、希望は希望そのもの。
孤児院を運営し、全てを指揮する立場にある男“ルパート・チェンバレン”は先天的に両手、両足がなく代わりに義手義足をはめた天才科学者。
彼は、創設者の人々と根強い関わりをもっており、その関係は軍にも繋がっている。
孤児院には地下が存在し、地底に根を張るように施設があり子供たちはそこで特別な訓練を受けた。
あくまでも名目は“自分の身は自分で守れるように”とのことだけれど、訓練を行う人間は軍人、外人部隊、元犯罪者、職人、一般人など幅広いため別の可能性も考えられた。
そう、“ハイエナ”になるため私達はここで育てられているのだ。
ある者は、わたしのように私立探偵のような存在になるか警察・特殊組織・軍隊に入っていることもあるしその例外も多い。弁護士、医者、教師、公務員などといった職を選んだものや自営業を営むひとも多かった。
けれど、その誰もが裏で繋がりをもち“クラン”を形成している。
クランはもともとネット用語で“同じ目的を共有したゲーマーたちのグループのようなもの”を指していて、ハイエナの習性においては“狩りを実行するときのための群れ”を指している。どちらともとれると言えるのは、現実世界においても電脳世界においても、“犯罪者を獲物としてどこまでも追いかける”ことを目的としているのだから。
例えば、そう、わたしが依頼された仕事を請け負ったときなどその効果はよりはっきりとわかる。
ターゲットの位置を絞り混むためには機械の力が大いに役立つ。そのために地下施設で交代制で働いている仲間のうちの一人にでも連絡を取り、調べてもらえばすぐ現在位置がわかる。
その位置により近い場所に点在している仲間たちに連絡し、情報提供とともに共有し、確固たる確信を得てから地元警察あるいは軍関係者に連絡をとって出張することがわたしの場合多いケースだ。組織のなかに仲間が一人か二人でもいればより楽になるし、それが叶わなくても現地にいる仲間たちや現地の人々の協力をあおぐことも手段のひとつ。
ターゲットに近づくための囮も確保できるし、あえて接近させることでより真新しい情報を得ることもできる。
この連携こそが鍵なのだ。
だから、たとえ何処へ逃げようとわたしたちの“視界”に捉えられれば彼らはおしまい。ゲームオーバーとなる頃には“逮捕”か“生きながら死ぬような人生”が待ち受けている。
と、いうようにわたしたちは常に繋がっている。
わたしたちのことを快く思わない人間も多いけれど、すべては、弱きもののためにしていることだ。
“ハイエナ”という悪名がつきまとったとしても構わない。
わたしは、わたしたちは、…罪を犯す人間を決して許しはしないのだから。
.