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レッツ・ネガティブコントロール

作者: 山側 森

「あーだめ、もうだめ無理無理」

「はいはい、大丈夫いけるいける」

 上半身を前傾に折り曲げながら右手を引かれて歩く女子高校生、マチ。

「ずぅえったいだめだってばぁ」

「はいはい分かった心配ないよー」

 自分で足を進めない友人の右手を引っぱって歩く女子高校生、ホタル。

「いーやーだー」

「ん。いやだね頑張ってー」

 嫌がる友人を適度に受け流しながらなだめて歩かせる友人。知り合いの中では一種の名物と化している。

「お、マチまたやってんのか」

「ホタルも毎日大変だな」

「たすけ」

「ありがとー」

「いやあぁぁたすけてえぇぇ」


 マチはネガティブだ。もうこれは校内類を見ないほどのネガティブっぷりで、ポジティブの反意語を述べよとの問いにマチの名前を書いて提出されたら先生も思わず丸を付けたくなるほどの周知の事実である。マチのネガティブを見れば自分のネガティブなんてポジティブの域じゃないかと意識改革が起こる。

 おかげでマチのクラスの進路面談は約一名を除いて滞りなく進み、担任は己の全鋭気をもってその一名との闘いに臨むことができた。


 そんなマチにどうやら春がやってきた。

「お帰り、マチ。いつもありがとうねホタルちゃん」

「うぅぅ」

「樹さんもお迎えごくろうさまです」

「さようならあっぐえっ」

「はいはい上手にホタルちゃんにお別れ言えました、と」

 明らかに樹に背を向け去ろうとしたマチはどこかをどうにか掴まれ、気付けば樹の車の助手席におさまっていた。

「…あれ?」

「じゃあホタルちゃん、部活前に悪かったね」

「いえいえ。それより卒業まで一年切りましたからね、頑張って外堀埋めてください」

 右手をグッと握りしめてホタルは可愛らしく笑い。

「抜かりはないよ。残すは本人だけだから」

 親指をグッと立てて男は爽やかに笑う。

「もし卒業式までに落とせなかったら、何でも言ってください。私に出来ることといえば婚姻届の代筆ぐらいですが」

「さすがにそれを頼んだらあとで届けを無効に出来ちゃうからね。そこは本人の筆で書いてもらえるように頑張るよ」

 ぶっ飛んだ補助を言い出すホタルに樹は無効にならなきゃお願いしたいくらいだけど、と本気か嘘か分からない発言を返す。


 どこがどうなってこうなったのか、樹はマチのいわゆる婚約者である。

 高校生のうちから婚約だなんて!と言い出す人間はマチぐらいで、周囲の人間は家族から親戚から学校関係者までもろ手を挙げて喜んだ。何せこのネガティブっぷり。このチャンスを逃せば嫁に行くことなんてこの先なさそうなのである。

 身元のはっきりした誠実な大人の男がお付き合いの申し込みに来たとき、誰より真っ先に返品ききませんからねと飛び付いたのは母親だ。続いて父親、親戚、と続く。マチは一人娘なのだ、孫の顔だって見てみたい。

 いつか飽きるよ絶対飽きるよ面倒くさくなって放り投げるよほらほら今のうちに止めとこう?なんてマチの発言は誰にも聞き入れられない。だって結局マチも相手を好んでいるなんてことは周知の事実、樹の掌の上でころころ転がされてマチの人生は続いていく。


「ぜったい飽きるんだから。止めたほうがいいのに今なら間に合うよ?」

「こんな面白い子他の人に渡すはずないじゃないか」

 正直言って樹の趣味はどうかと思う人間はいないこともないのだが、本人が心底楽しそうにマチのネガティブ発言を受け入れて今回はどう切り返そうかと考える姿を目にすると、まぁ本人がいいのだからいいか。という結論に至るのは当たり前とも言える。

「あとで別の女の子見て、あっちが良かった早まったとか思うんですよ。だから私なんか相手にするのは止めときましょう?」

「そうだね、マチが別の男を見て気を逸らされるのは危険だね」

「ちっがーう!そんなことは全くなくて」

「ほう、マチはもう僕にぞっこん惚れ込んでくれていると」

「ちちち、ちがーう!だめなんですってもうだから絶対無理!」

 真っ赤になって反論するマチはもう樹にとって可愛くて可愛くて可愛くてかわ以下略の存在でしかなく。

 きゃんきゃん喋る子犬ちゃんの頭をぐりぐり撫でながら、樹は早くこの娘が卒業しないかなぁなどと今日も思うのであった。



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