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正しい最終決戦の演出法

作者: 蟹井公太

 ずうぅぅぅん……。

 遠く、唸るような低い音が響き、静寂が再び空間を支配した。

 ここは魔王城最奥、魔王の玉座の間である。

 常人であればひと呼吸の刹那に全身の神経が焼き切れる程の濃密な魔力で満たされた部屋の主こそ、すなわち魔王である。

 その玉座は荘厳な装飾がされつつも、見るものに本能的な恐怖を覚えさせる禍々しさが形に現れており、腰掛ける魔王の威圧感も相まってまるでその一点が異世界のような異様な雰囲気を醸し出していた。

 暗い部屋にある明かりは二つ。玉座の左右の三叉槍を模した燭台の青白い炎だけだ。

 幽かに揺れる炎に照らされた魔王は、じっとりと闇に埋もれた扉へ視線を向けながら、形の良い唇を開いた。

「雑兵を下がらせよ。もはや事ここに至った以上是非もない、勇者との決着に彼奴らは不要だ」

 深く鋭い声が響き渡ると、ざわり、と闇が揺れた。

 それは魔王の腹心たる部下たちが揺らいだ気配だ。

 これまでに幾度と無く刺客を放ち、その尽くを返り討ちにしてきた勇者一行。その実力を考えれば、例え精鋭揃いとはいえ一兵卒に倒せるような相手でないことは自明。

 ならば取りうる手段はただひとつ。真の意味での総力戦。

 魔王とその側近の実力で勝てないのならば、そもそも魔王軍では勝負にならぬ。

 そういう存在なのだ。

「奴らが……来るな」

 魔王の言葉に再び空気が揺れる。緊張と熱気がうねり、それが頂点に達した時。


 ごぼどがごんっ!!


 異様な音と衝撃に扉がひしゃげ、爆裂四散した。

 爆煙の向こうに見える影を鋭く睨みつけた魔王は玉座から立ち上がり、その右手を大きく振るう。

 さあ、いざ征くが良い魔の精鋭。世界に降り積もった混沌から生まれし真の闇の化身たちよ。


「よく来たな勇者よ……!! だがしかし、我の首をそう簡単に獲れると思うでないぞ!! 九の闇の精鋭が貴様らを屠ってくれるわ――さあ、征けい!!」


 その瞬間、天井から二体の魔物が現れた!!

「よくぞここまでたどり着いたな勇者よ!」

「我らこそ魔王様の最も古き部下、最古の双璧が右壁、金剛!!」

「そして我こそが最古の双璧が左壁、銀城!!」

 それぞれ金色と銀色に輝く瞳を持った珍しいゴブリンだった。

 さらに。


「双璧だけだと思うなよ! 我らこそ魔王様直下の攻撃部隊、ブラッディトライデント!!」

 魔王の背後から二匹のゴブリンと一匹のバーサークドラゴンが巨大な三叉槍を担いで現れる。


「くくく、当然それだけでもないぞ! 貴様ら人間を真っ先に恐怖に陥れた我ら四天王を倒さずして魔王様に辿り着けると思うな!!」

 床板を割って二匹のゴブリン、リッチーとダークスライムが一匹ずつ、肩を組んで現れる。


「はっはっは! 我ら闇の力の本領をしかと目に焼き付けるがよい!! 我々魔天五将の力をなぁ!!」

 暗闇の底から木火土金の水晶を兜にそれぞれつけた四匹のゴブリンと、それに担がれた水の水晶を兜につけたダークアイが現れる。


「勇者と言えども我らの力に抗うすべなどないのだ……我ら、六魔力柱の力にはなぁ!!」

 空間が歪み、二匹ずつゴブリンを背中に載せたツインヘッドドラゴン二体が現れた。


「ボクの顔をお食べよ! 七不思議!!」

 七つの謎の三頭身シルエットが薄明かりにぼんやりと浮かぶ。


「真の絶望を与えるのは僕達八極さ……」

 いつの間にか背後に回っていた四匹のゴブリンと四匹のボーンジェネラルが現れる。


「愚かな人間どもめ、格の違いというものをこの九龍城(ガウロンセイジャーイ)が刻み込んでやろうぞ!!」

 黒い影が集まり八体のゴブリンを従えたオールドヴァンパイアが現れる。


「ふはははは、この俺、ザ・ワンを倒さずして魔王様に挑もうなど笑止千万! 貴様らの命運もここまでよ!!」

 床板の隙間から高笑いしながらグリーンスライムが現れた。


 端的に言って。

 凄まじい人口(?)密度だった。あと全員テンションがアレ。

 精鋭たちが我先にと勇者に殺到する。しかし数が数な上にたまにとんでもない巨体が混ざっていたりで押し合いへし合いになっていた。


「ふははいざ参る」「おいじゃまをするなここは俺が」「血ダァー! 血をみせろォー!!」「この一撃に全てをかける!」「おいどけ通れない」「誰だ今刺したの、痛いだろ」「足踏んだの誰だよ」「ボクの顔をお食べよ!」「おい、俺の骨が一本ないぞ」「こっちは二本増えた」「さあ勝負……痛い痛い噛むな、噛ーむーなー!!」「だから押すなつってんだろ!」「お腹すいた」「じゃあ俺がこうするから、お前がこうで、こう」「せんせーおしっこ」「ボクの顔をお食べよ!」「きしゃー!」「だから俺が行くつってんだろ」「我こそがここは」「いや俺がやるって」「僕でしょ」「いやおれが」「どうぞどうぞどうぞ」「いつやるんだよ」「今だろ」「ボクの顔をお食べよ!」


 あらゆる意味で悲惨な光景だった。

 醜悪というか劣悪な光景を目の前で展開された勇者は、ひとまず。


「――――――ゴブリンが多いッ!!」


 聖剣を一振り。

 玉座の間に極光が満ちた。





 五分後。

「で?」

 ずらりと座らされた魔族の面々を睨みつけながら、行儀悪く肩を聖剣の腹で叩いて勇者が言葉を放つ。

 やだ威圧感半端ない。怖い。

 誰もが勇者の雰囲気に恐れおののき口を閉ざすが、そこはやはりというべきか、魔王が口火を切った。

「あの……『で?』というと……?」

「うんまあ確かに、私の聞き方も悪かったわ」

 深々とため息をつく勇者。今の言葉からわかるように女性である。しかも、少女と言って差支えのない年齢だった。

「何、何なのあの集団? 普通魔王の玉座の間にあんなにボスを置く?」

「いや、ほら……人気無いですか、ボスラッシュ……」

「そういうのは過去の積み重ねがあってモノを言うんだけど。あいつらの誰とも戦ったことないわよね? ていうか、今までいろんなダンジョン回らされてきたけど、どこにもボスがいなかったわよね? 何、なんでここにそんなに詰め込んだわけ?」

「いやだって……勇者パーティーに幹部一体差し向けても負けるじゃん……」

 はっきり言って勇者の強さは規格外である。その上、相対する魔族が強ければ強いほど上限ナシに強くなるという加護を持っている。はっきり言ってキリがないのだ。

「うん、まあいいわ。けどそれにしたって何であんなにゴブリンばっかりなわけ?」

「ボクの顔をお食べよ!」

「あんたは黙ってろ」

 シルエットに向かって腰だめに構えた聖剣を横薙ぎにフルスイングすると、シルエットの顔の部分が半分に切れた。

 確かに勇者の言葉通り、ほとんどがゴブリンである。多少その中でも力のある連中を選んでいるようではあるが、所詮ゴブリンはゴブリンである。

「で、でもみんないい人なんだぜ!?」

 魔王が必死に言い訳を重ねるが、完全に裏目である。

「いや人じゃないし……何で最終決戦でゴブリンの群れの相手をさせられないといけないわけ? 意味分かんないんだけど」

「で、でも魔法が得意なゴブリンとか、剣が得意なゴブリンとかそういうの集めたんだぜ!?」

「だから何なのよ。聖剣軽く一振り下くらいでミディアムレアに焦げてるんじゃ話になんないでしょうが。見た目もどれも大して変わんないし」

「で、でも例えばブラッディトライデントの右のやつは昔コメディアンを目指してて、結局芽が出ずにこの業界に入ったっていう変わった経歴が……」

「で! その経歴の・いったい何が・あたしを倒すのに使えると思ったんだああん!?」


 ゆうしゃ の アイアンクロー!

 まおう は いたみ に もだえている!!


「で、他になにか言いたいことのある奴は!?」

 魔王をアイアンクローの刑に処しながらじろりと魔族達を見る。

 すると、おずおずと言った様子でボーンジェネラルが手を上げた。

「はい」

「あ、うん……あの、そろそろ足解いてもいいですか? 正直、正座とか慣れてなくてキツ」

「ダメはい次」

 食い気味に話を打ち切られたボーンジェネラルが絶望そのものといった表情で天を仰ぐ。骨だから表情は変わり様がないのだが、まあ、気分だ。

「えっと、自分もいいですか?」

「はいどうぞ」

「結局……あれですか、被り物が必要なんでしょうか」

「だから違うっ!!」

 どうも魔族と勇者――人類の間には根本的な感覚の差があるらしい。

「え、何、じゃあ何? アンタはゴブリンの上にマンドラゴラの被り物でもするの、あたしそれと戦うの?」

「……イケる!?」

「イケンわ! 大体あんたら何、そのグループ名、趣味なの? 馬鹿なの!?」

「か、かっこいい、んじゃ、な、ないかなって」

「アンタに発言を許可した覚えはないんだけど」


 ゆうしゃ は てのひら に ちからをこめた!

 こきゅう の ほうそく が みだれる!!


「単純に数が多い! そしてゴブリンが多すぎて絵面に代わり映えがないの!!」

「えっと、じゃあ俺たちがブラッディトライデントを抜けて」

 二匹のゴブリンが手を挙げる。

「双璧と組んで新しい四天王を……」

「違う……違うのよだから……! 大体それじゃあ四天王が二組できる上に余ったバーサークドラゴンはどうすんのよ!!」

「あっちの四天王に入って五人目の四天王に……」

「四天王の意味を辞書で引け!!」

 やたら分厚い辞書がバーサークドラゴンの眉間(急所)にぶち当たる。盛大な悲鳴を上げてのたうち回った。

「まあ、今までの旅の経緯からして嫌な予感はしておりましたし、一旦抑えて、抑えて」

「そうだよぉ、薄々気づいてたことじゃない」

 勇者パーティーの僧侶と魔法使いがまあまあ、となだめる。ちなみについさっきまで勇者の後ろで壁によっかかってクッキーを食べながら水筒に入れた紅茶でティータイムをしていた。クッキーがなくなって暇になったから出てきただけである。

「それにしたって酷すぎるじゃない! なんだったのよあの連携も何もない動き! お互いに邪魔しあったり好き放題暴れるだけで……あんたら仲間じゃないわけ!?」

「いや……でも闇の精鋭が全部揃ったの、今回が初めてだし……」

「はぁ!?」

「だって狭いし、なぁ……?」

「普段は自分の担当地区にいたりするよな……」

「ていうか、俺たち五人揃ったの初めてなんだけど……」

「うちも九人全員の顔揃ったの、結成以来初めてだぜ……ていうか何人か初対面だし……」

 さすがにその発言は彼女の中の許容範囲を大きく逸脱したらしい。ぴくぴくと眉間に青筋が浮かぶ。

「魔……王……!!」

「いやいやいやいや! だってほら、みんなそれぞれ都合があるじゃん! そこのゴブリンなんかすっごい笑えるエピソードが」

 めりっ☆

「なあ、やめようぜ……魔王だから頭が多少ひしゃげても平気だけど痛いものは痛い……おいなんで力込めて……あ、あーっ、あーっ!!」

「あの……さすがにそれはビジュアル的にきついから、やめよう?」

 魔女の言葉にどうにか自分を抑えた勇者は、深くため息をついて魔王を開放した。

「ぐほっ……は、はー、はー……! じ、地獄を見たぜ……!!」

 余裕を失って割と素の状態を晒している魔王を一瞥して、さてどうしたものかと両腕を組む勇者。

 ぶっちゃけ。

 戦うような雰囲気じゃない。

 ていうかこんなバカの集団と戦うなんてゴメンだった。

 これでも勇者としてある程度自負を持っている。魔物で困っている村のために対策を立てたり、バカな政策を立てる領主を懲らしめたり。

 そういうのを解決して人に感謝されたりたまに恨まれたり、なんというか、そういう生き方をある意味楽しんでいるのだ。

 自由人として生きるのに、勇者という肩書きは便利だった。逆に言えば、その肩書に縛られるつもりは毛頭なかった。

 つまるところ、この魔王の素っ首撥ねるというモチベーションが一気にゼロを突き抜けてマイナスになってしまっていた。

 端的に。

「……ていうかなんであたしこんなの倒しに来たんだろう……」

 そんな気分だった。

 だがその言葉に息を呑んだのはパーティーの二人……ではなく魔王の方である。

「……えっ? 戦わないの?」

「なんでそんな縋るような目つきしてんのよ。逆に聞くけど、戦う空気、これ?」

「いやでも……え? だって……今日だってそのために色々準備したのに……」

 超勝手な都合だった。

「いや知らんし……ていうか準備しっかりしてこの結果なわけ……?」

 そろそろ勇者パーティーの認識が確定してきていた。

 こいつら馬鹿だ。

 男は何歳になっても子どもだというが、どうやらコイツらにもそれは適用されてしまうらしい。

『俺将来世界征服する~』とか言っているのをついやっちゃった、みたいな。

「うん……まあ、無理」

「え?」

「だから、無理」

「いや……いやいやいや、とか言いつつ実は……だろ?」

「いやないから」

 言いながら勇者は聖剣を鞘に戻した。完全に戦意喪失である。

 呆然と腰に収められた聖剣を見て、勇者を見て、聖剣を見て、勇者を見て……を数度繰り返した魔王。

 最後に勇者を見て、ぽかんとして。

「……………………………………からの?」

 だからねえつってんだろ。





「原因は何なんでしょうか」

 ブチ切れた勇者にマウント取られてぼっこぼっこにされた魔王が正座していた。

 立っているのに疲れた勇者は魔王の玉座に腰掛け、肘掛けに手をついて額を抑える。なんだこの図。

「端的に言って、あんたらにやる気が感じられない」

「め、めっちゃやる気じゃん! あんなに手下も集めたじゃん!!」

「部隊の構成が甘いし作戦も何もない! ぶつけるならせめて一個ずつぶつけろ!!」

「う……あ」

「あと部隊の数もムダに多い! せめて半分! ていうかラスダンでゴブリンと戦わせるな!!」

「……はい」

 はあ、と勇者は息を吐いて立ち上がる。びくり、と魔王が怯える。本当に酷い絵図だった。

「…………来週」

「え?」

「来週、また来るから。とりあえずまともな対応考えときなさい」

「お……おおう! ふ、ふはははは! よかろう勇者よ! 今この時はその命あずけておいてくれるわ!!」

 急に元気になった魔王に、勇者は思う。

 困った人を助けた時に感謝されるのは嬉しい。バカ野郎を懲らしめるのはスカッとする。

 ……困ったバカをどうにかするのは、初めてだなぁ、と。

 ある意味で過去最強の敵に対して、ため息が止まらないのだった。

 三人の少女が粉々に砕けた扉を越えて出て行く。会話の内容はこの後食べに行くスイーツについて、だった。





 やがて魔王たちもああでもないこうでもないと話しながら部屋を後にする。

 そして最後に残ったのは。




















「ボクの顔をお食べよ!」



書いててすっごい既視感に襲われて書き終わって気づいたけどこれゴレ○ジャイ……。

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