第5話 -事態-
「ーーーーーーーーーーーーーーーーッ」
獲物が射程圏内に入るのを待っていたような初速だった。
目前に迫る"人影"は、その右腕を大きく振りかぶった。
「右のっ」
「手だっ」
俺とユズは左右に散った。
"人影"の身体は大振りの右パンチごと、空振った勢いで反対の方向へ流れた。
「野郎ッ」
ユズは体勢を立て直した。
床に軸足を残し、そのまま"人影"の背面に蹴り掛かった。
ズンッッッ、っと。重い音を一つ。
"人影"の身体は廊下の壁に叩きつけられた。
「ーーーッッ…」
"人影"から『知らせ』の光が消えた。
同時に、"人影"は短い呻き声を残し、動かなくなった。
「(あの『光』が消えた、俺の警戒し過ぎなのか)」
俺はユズの手を借りながら、尻もちついた腰を上げた。
「やべーや、センセー来る前に逃げようぜ」
ユズは頭を掻いていた。
"人影"、もとい、蹴り飛ばした相手の生徒を見ながらそう言った。
「だな。早く部室に――」
俺が返す時だった。
『光』が、うずくまる"人影"から再び現れた。
「ーーーーーーーー…」
"人影"が、動いた。
"人影"はそのままゆらりと立ち上がり、再び俺達の方向に首を向けた。
「俺の蹴りを食らって、なんとも無えのかよ」
それはグラついた足取りで歩み寄って来た。
うめき声にも聞こえる、"人影"が発する声のようなもの。
それに意思っぽいのは感じなかった。
「ちっ、先制キックッ」
ズンッッッ、っと。
ユズは"人影"の間合いの外側から、先程より重い蹴りを"人影"に叩き込んだ。
「ーーー、ーーー、」
"人影"は廊下を転がっていった。
だが、何事も無いようにむくりと起き上がり、すぐにこちらに向かって来る。
「こいつ、変だ。気味が悪い」
その光景を見たユズは、困惑の表情だった。
ユズは俺と"人影"の間に位置取り、再び蹴りの構えを取った。
「もういい、相手すんなユズ、こっちだ。早く」
俺の声に、ユズが応えるのが見えた。
俺達はその空間から足早に立ち去ろうとした。
"事態"に気が付いたのは、その時だった。
「GRR、"こいつら"は何だ」
ユズが尋ねてくるより早く、俺の足は止まっていた。
『知らせの光』が、再び発生したのだ。
「分からない。気を付けて、1人や2人じゃない」
"人影"は1体ではない。
『知らせ』は階段、東側への廊下、屋外へ出る西の出入り口側から、俺を囲うように発生した。
「俺はウンコしにきただけだっつうのによ」
俺達は取り囲まれながら、"そいつら"に身構えた。