表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/38

ようやくの救出――その爪は朱に染まることなく

 彼女の名前を、私は知らない。けれど、彼女は私をよく知っているようだった。変に詮索してくる彼女と適当に話していたら、救世主がやってきた。

 コンコン。

 救いの音は、そんな軽いものだった。

 窓の外を見上げ、私は笑う。そこには、死んだと思っていた金色の竜が浮いていたのだ。ああ、なんてことだろう! 嬉しさのあまり、涙腺が緩む。ああ、この窓の向こうにいる彼は幻覚じゃない。あの巨大な体躯、鋭い牙に大きな翼、金色の鱗。私のことが好きな、物好きなロードドラゴンだ。

「ロウ」

 私は笑う。こんなにうれしいことはない。死んでいなかった。あの日、もう死んでしまったと思っていたのに。あはは、はは。

「ロウ」

 私はここ。両手を広げて、助けを求める。連れて行って、母の元から連れ去ってくれたあの時のように。さらって行って、あの時みたいに!

「ロウ、助けて!」

 部屋の壁を突き破って、金色の腕が私を包み込んだ。轟音と共に、瓦礫が私の周りに落ちる。とっさに、私はすぐそばにいた女性を手元に引き寄せた。

「遅くなってすまない」

 にっと、私は嗤う。最後にロウと会話していた時はどんな口調だったかを思い出し、記憶から言葉を紡いでいく。

「遅い! ぼんくら性欲お化けの餌になっちゃってたんだよ!?」

 そう、気丈に、力強く。それが、ロウの知っている私だろう。

「……それは、なんと詫びればいいのか」

 私は笑う。金色の絶対者が、私なんかの赦しがほしくて、困ったような声を上げてる。今までの人生ではなかったことだ。権力者や絶対者は常に私の敵で、こんなふうに困った顔をする人はいなかった。ああ、長い転生人生で初めてのことだ。なんだかちょっぴり楽しい。たったそれだけで、今までの理不尽すべてを許せてしまうような気がする。

「じゃあね、お腹減ったから、いっぱい、いっぱいご飯食べたい! 食べさせてくれたら、赦してあげる!」

「し、しかし、ミオ」

「それとも、もっと重い罰のほうがいい? でもね、その後悔の気持ちだって十分罰だよ」

 指にさえびっしりと生える金色の鱗を撫でながら、私は語りかける。

「では、取ってくる。調理も済ませるから、ほんの少しだけ待ってほしい」

「いいよ。もし間に合わなくて私が捕まっちゃったら、この国滅ぼしてでも助けてね」

 間に合うにきまってる。そんな確信があるからこそ、私はこんなことをいえるんだ。ロウが完璧だから、私は悪ぶれるんだ。

「無論」

 そう言って、ロウは私をもといた部屋に戻して、ものすごい速さで飛んで行った。

 それと同時に、兵士や騎士と共に、国王がやってくる。

「なんだ!? 何があった!」

「友達が来たんだよ」

 そう言って、私は国王に語りかける。

「……ナンナ? お前、本当にナンナか?」

 元気そうな受け答えをする私にびっくりしているみたい。なんだか、かわいらしいと思った。なんだろうね、私をひどい目に遭わせたというのに……恨むことができない。生来のものなのか、それともロウが来てくれたからなのか。

「そうだよ? ふふふ、陛下、今までお世話になりました。本当に気持ち悪かったです。このロリコン野郎。何度その粗末なモノかみちぎってやろうと思ったか!」

 国王は顔を真っ赤にして、腰に下げた剣を抜いた。

「貴様!」

「そんな武器で私をどうするつもり? 首でも飛ばす? そうしたらお前の心臓えぐってやる。かかってこい性欲お化け!」

 私は両手を猫のようにして、威嚇する。まだダメ。まだ戦えない。私には栄養が足りない。ロウを待たなきゃ。

「なっ……」

「あの糞野郎から聞いてなかった!? 私、『半竜半人』だよ!」

 まだ、力のほとんどは生命維持に使っているから鱗も爪も牙もない。でも、ロウが食料を運んできくれたら、私は完全に復活を遂げる。

「ふふふ、もう人間と仲良くなんてするもんか。あの糞野郎と一緒に、いつか葬り去ってやる!」

「貴様私怨で国を滅ぼすとほざくのか!」

「踏みにじられた私の体と心! お前の命だけじゃ足りないの!」

 国王は顔をしかめさせて、そして、剣の切っ先を私に向ける。

「殺せ!」

 と、王が叫んだ瞬間。豪風が吹き荒れ、兵士たちの動きを封じた。空を見上げると、ロウがいた。

「ロウ、危なかったよ」

「すまない。ほら、食糧だ」

 ロウがそう言うと、私の前にひとかじりサイズに切り分けられた肉があった。こんがり焼けていて、おいしそう。匂いを嗅ぐと、豚に近いということが分かった。なんのお肉だろうか。まあ、いいや。

「ろ、ロードドラゴン!? な、なぜこの国に……」

 驚いている兵士と国王は無視し、私は肉の前にひざまずく。感謝の気持ちを込めて、手を合わせる。

「いただきます」

 この城に来てから一度もしたことのない挨拶。それはそうだ。一度たりとも物を口にしなかったのだから。私は素手で肉をつかむと、動物のようにかじりついた。

 ガブガブ、ガブ。

 味は薄い。でも肉のジューシーな感じと生きているっいう喜びが、食欲を増進させる。塩気すらないのだから、きっとごく普通の食生活を送っていたら、こんなもの不味くて食べられたものじゃないんだろう。でも、今は違う。私は飢えていて、そして、ようやく安心して食事ができるのだ。

 しばらく物を口にしていなかったのに、急に食べても私の体は驚かない。なんでだろう。ロードドラゴンの逆鱗の力かな。不思議だなぁ、私の体。人体だって神秘の塊なのに、それに加えて異種族の力もミックスされて、きっと私はこの世に二つとない不思議体質だ。ふふふ、なんだかおかしいね。

 ロウが持ってきた肉を食べ終わる頃には、私はすっかり、元気いっぱいになっていた。

「ふっかーつ!」

 ガッツポーズして、生まれ変わるように天に吠える。

 私の四肢にはびっしりと金色の鱗が。指の先には鋭い爪。口には牙。眼はまっすぐと、国王を見据える。

「な……なっ……」

「さあ、ロウ、一緒に悪いことしよう!」

 私は完全に回復した体で、ボウっとしている兵士に肉薄し、その首を飛ばそうとする。けど、その寸前で私の爪は止まった。その兵士にはさんざ手を焼かされている『奇跡』の形跡はない。けど、身体が止まった。

 ――人を殺すことを、体が拒否しているんだ。

 殺せない。私は愕然とした。いくら悪役を気取っても、いくら恨みつらみを蓄積しても、私は他者を、人間を殺すことができない。

 殺せるわけがない。だってこの人はただの兵士で、この人の隣にはもしかしたら奥さんがいるのかもしれない。子供がいるのかもしれない。私がここで彼を殺せば、二人も不幸にするんだ。

 できない。そんなことできない。

 私は苦し紛れに彼の剣を斬ると、ペロリと爪を舐める。お行儀悪いけど、これってすっごく悪役っぽいしぐさだよね。『ぐっど』だよ『ぐっど』。

「うむ。殺さぬなら、それでもいいんだ」

 ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! と、国中を震わすんじゃないかってくらいの大声で、ロウが吠えた。私以外のみんなが耳を押さえて、それができなかった人は耳から血を流して倒れた。私には聞かないからね。私の鼓膜は特別製ですよ。

「国王様、いっただきー!」

 耳を押さえたまま動かない国王に迫って、爪をふるう。狙いは、剣。

「くっ!」

 国王様は剣を盾代わりに私の爪を防ごうとするけど、残念、狙いは最初っからその得物なんだよね。

「きゃはははは! どう? おもちゃに逆襲される気分は! 絶対に許さないから、殺してやる!」 

 おののいたように一歩下がる国王の後ろにほとんど一瞬で移動して、軽く背を撫でるようにひっかく。それだけで信じられないくらいの血液が彼の体から流れ出た。

 ――死んじゃわないよね?

 怖くなって、つい謝りそうになる。ダメ、弱気になっちゃダメ、弱みを見せたら付け込まれる。強気に、狂気に侵されたふりをして、強く振る舞わなきゃ。

「ぎゃああああっ!」

「あと何回かな!?」

 国王は床にのた打ち回って、もう誰一人いない兵士に向かって命令を続けている。どうやら、ロウに恐れをなして逃げ出したようだ。でもだからって油断はできない。私とロウが出会った時、ロウは死にかけていた。ロウを殺す手段がないわけじゃないんだ。長期戦には持ち込むべきじゃないんじゃないかな。

「ロウ、あとどれくらいで後続が来る?」

「あの二分もすれば来るぞ。大丈夫か?」

「ま、いいんじゃない?」

「というか、ミオ。この女はどうする?」

 ロウの腕の中には、さっきまで私の部屋にいた女の人がいた。

「うーん。助けてあげて。助けてくれたし」

「悪に生きるのではなかったのか?」

「……じゃあ、その人はあとで利用するから、生かしといて」

 なんて、その場しのぎの理由を考える。――ダメだ。あとであの女の人は殺さないと。このままだとまた『いいこと』をしてしまう。もういいことなんてぜったいするもんか。でも、だからって殺すなんて。ダメ、悪いことしなきゃ。

 ちらりと、うつぶせて、私をにらむ王を見る。血は止まってるみたいだけど、辛そうだった。それだけで、罪悪感に押しつぶされそうになる。

「ひ、ひい、なぜ、なぜ、お前のような小娘が、今まで……」

「ほら、たとえ嘘でも、リュカを探してあげるって言ってたし?」

 私がそう言うと、国王ははっと何かに気付いたような表情になって、私を見た。

「わ、私がリュカだ! い、今まですまなかった、ナンナを思う気持ちが、その、暴走して」

「あははははははは!」

 私は大笑いした。あーおかしい。さいっこうのジョークだ。あー面白い。私はゆっくりと近づいて、王様の首に手をかける。

「国王様、確かに私はリュカの顔も容姿も性別もしらないよ?」

 でもね? あはは、面白いなぁ。

 私は少しづつ、手に力を込めていく。

「リュカなら、私をあんな乱暴にしないよ? しても、愛してるっていうもの。というか自分が今回男に生まれたってまず出会った時に言うもの。というか!」

 プツ、プツ、と爪が肌を突き破る音がする。

「というかね、あなたが本当にリュカなら、私を抱いてるときに『ナンナ』なんて呼ばないよ。死ね、偽物」

「ゆ、ゆるし――」

 パシュ、と、このまま殺してやろうか。何度も何度も思った。何度もためらった。それでも最終的に、私は。

「仕方ないね。しょうがないから、生かしておいてあげる。次はないよ」

 泡吹いて気絶した王様の上から立ち上がり、迫ってくる兵士たちを炎で焼いているロウに向かって叫ぶ。

「いこう、ロウ! もうここに用はないよ!」

「そうか」

 そう言って、ロウは私をつかんだ。つかむ瞬間、ふわっと力加減がゆっくりになって、私は包まれるかのように手の平に収まった。乱雑に見えて、すごく私を気遣った動作に、思わず頬がほころぶ。右手に私、左手に女の人を抱えて、彼は飛び上がった。

「今だ! 攻城魔法を!」

 あの時の光景が脳裏に浮かぶ。落とされる。そう警戒した私だけど、ロウから緊張は感じられなかった。

 どうしたのだろう? と思っていると、あの時みたいに視界が真っ白に染まった。

 視界が元に戻るまで数十秒かかったけど、元に戻ってからも彼は傷一つないまま空を飛んでいた。

「どうやったの?」

 私が聞くと、彼は低く笑った。

「修行した。今の私に魔法は効かない」

「あはは、強いね、ロウ」

「キミも強いよ、ミオ」

 こうして私たちは、人間の国から飛び立った。

 

 あとから聞いたことだけど、私はこの国で第一級犯罪者として指名手配されることとなった。どんなからくりを使ったのかは知らないけれど、私を王に献上したあの男は、お咎めなしだったそうだ。

 まあ、もう二度と近づくことのない国の事なんて、どうでもいいのだけれど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ