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ロードドラゴンとして――神からの祝福

 私は敗北者だ。私は愚か者だ。私はただのトカゲだ。私はきっとこの世界の何者よりも劣った生物に違いない。

 そうでなければ私の隣に彼女がいない。なぜ私はあの時むざむざ彼女を敵に渡してしまった。

『雌を守る』

 それが雄の役目であり、そして弱々しく儚げですぐに死んでしまうような人間を『つがい』にするときに心に誓った条文であったはずなのだ。

『ミオを守る』

 それが私が彼女に理解してもらえる唯一のことわりだったはずなのだ。彼女自身はわかっていないだろうが、彼女は本能的に男を恐れている節がある。性格とかそんな生易しいものではなく、心の奥の奥、感情の根底に『男への嫌悪』が存在しているのだ。言葉の端々から、かつて男性にどれほどの仕打ちをうけたのかということは容易に予想できた。父親にだって乱暴されていたかもしれないと彼女は気づいていた。

 そんな彼女に認めてもらうには、相応の努力が必要なのはわかりきっていた。それを面倒だと思ったことはないし、むしろ認めてもらえさえすればもう一切の邪魔なく愛し合えると確信していた。


 のに。


 なんたるザマだ。世界最強種? 絶対者? 笑わせる。そんな称号が何になる。臣下を殺され、最後に残った友人、ドランさえ失い、国を追われ、最後に失ったのは、逆鱗を、婚礼の誓いに必要な唯一の鱗を渡した女性だった。

 ばかばかしいにもほどがある。万の人間を殺せても、大切な女性一人守りきれない無力さが腹立たしかった。彼女にもうほほえみかけてもらえないと思うと胸がねじ切れるように苦しい。だがそれは当然の罰なのだ。

 守ると誓った。あらゆる苦しみ、あらゆる痛みから守護すると何度も何度も言い聞かせた。半信半疑だった彼女も、いつしか信頼してくれるようになった。『ロウにだったら、任せられるよ』という言葉さえかけてもらえた。だというのに、肝心なところで私は彼女の信頼を裏切った。人間どもの魔法なぞに羽をやられ、愚かにも気を失い、そして、目が覚めれば周りは焼け野原だった。黒ずんで炭になった鱗を脱皮し、完全な姿に戻って最初に私がしたことは、慟哭。

 なぜミオが。そんな嘆き。なぜ守れなかった。そんな後悔。なぜ攫った。そんな憎しみ。

 何もかも、私はあきらめた。私はもう自身の生存さえ放棄してミオのためにすべてをささげることを決めた。するなと言われたことをすることさえ、厭わなかった。

 禁忌の領域に足を踏み入ることに、なんらの躊躇もしなかった。その一歩は私にとっては非常にたやすいものだった。

 心を遠くに飛ばす感覚。遠く遠く、高いところにあるこの世ともあの世とも違う世界に行く感覚。心をすり減らして、私の心は『そこ』にたどり着いた。

『……その方は、ロードドラゴン』

「貴様の力をよこせ」

 目の前にいるのは、この世界を作りし神のうちの一柱。名を、守護の神『セフィリア』と言った。彼女に姿はなく、私のような世界をも超える力を持つもののみがその強大な精神力を行使して初めて到達できる『神階』にてただの光として存在する。私とてこの神階では意識を保つので精一杯だ。だが、心が擦り切れようと精神が焼切れようと知ったことか。すべては、囚われの彼女のために。

『ミオ、だな。あの異界の娘がそんなに気になるか?』

「当たり前だ。生涯の……主人だ」

 伴侶、というのは憚れた。当たり前だ。私は、彼女を守れなかった。彼女とて、失望しただろう。もう私は彼女に言い寄るつもりはない。応えてもらう必要はない。彼女に、ただ彼女に生きていてほしい。ただ彼女に幸せになってほしい。私はそのために彼女の下僕となろう。

『守れなかっただけで婚約者から従僕に転落か。竜とはやはり難儀な生き物よな』

「力をよこせ」

 光が笑うような気配がした。

『我ら神階の掟として、ここにたどり着いて最初の願いはかなえるようにしている。その願い、聞き届けた。私の力、お主に授けよう。だが心せよ飛びトカゲよ』

 その罵倒も、甘んじて受け入れる。私はただの空飛ぶトカゲ。だから愛する人を守れなかったのだ。

『お主の想い人、ミオの相手はすぐに現れる。お主が三年以上かけて開いた心をその『相手』は出会った一瞬で開くのだ。さぞ悔しいだろうな?』

 私は否定した。

「リュカ、だろう? 知っている。あれほど彼女が恋い焦がれるほどなのだ。よほどの男なのだろう」

『ははは。惚れた女をとにかく高いところに置くそのお前の性格、嫌いではないぞ。私の力は守護だ。守ることしかできん。いいな?』

 うなずく。

「十分だ。いや、それこそ、私が欲したものだ」

 セフィリアの光が明滅した。

『ここで誓え。何があろうと、もう二度とミオには求婚しないな?』

「……誓う。私は、もう彼女にふさわしくない。だから」

 続きを言おうとしたところで、声が出なくなった。

『言うな。少しからかっただけだ。確かに今まではお前にその資格はなかったかもしれん。だがお主はもう資格を手に入れた。ならば、果敢にアタックせよ』

 なぜ? 目で問うと、彼女は嗤ったように明滅した。

『決まっておる。ミオとリュカ、二人を我らこの世界の神々は哀れに思っているのだ』

 神が憐れむのか。神が人をかわいそうに思うのか。

『そうだ。彼女はお前が生まれるよりはるか太古にあらゆる世界の原初の神と契約し、記憶を保ったまま輪廻する権利と幸せになる義務をおった。しかし、そんな彼女をほとんどの神は面白半分にからかって遊んだのだ。神のせいで運命を翻弄された彼女らが憐れでな。ロードドラゴンよ、おかしいとは思わんか? なぜあの幼子がああも擦れた考えを持っているのか。彼女は億を超える人生のうちのほとんどで、十から先になったことがない。つまり、愚王の性玩具になりさがろうとも十四になるまで命が存続しているということ自体、彼女にとっては初めてなのだ』

「そんなことはどうでもいい。愚王の玩具とはどういうことだ!?」

 私が問うと、光が悲しむように減退した。

『お前はわからなかったのか? 東の国の王がどれほどの強欲なのか。そんなところに年若い娘をやれば、その娘がどんな仕打ちを受けるか』

 私は絶句した。そんなバカな。私を殺そうとしたあの男は彼女を保護しようとしていたのではなかったのか。

『そんなもの、ただの口実よ。あやつはただ王への献上品を彼女に決めただけに過ぎない。よいな、ロードドラゴンよ。お前が彼女を守るのだ。そして幸せにしろ。子供が泣き叫びながら犯される様など、痛々しくてみていられないのだ』

「わかった。わかっている。言われなくともやってみせる」

 光が輝きを取り戻した。そのとき、安堵するかのようなため息が聞こえたような気がした。

『お主ともう一人の異界人が、彼女の幸福のカギだ。よいなロードドラゴン。お主はただ彼女らの幸福を願って生きるがよい』

 応。と答えたのと同時、私は神の領域から追い出された。

 一生に一度のみたどり着けるという神の領域。その一度を彼女のためにつかうのなら、構わない。

 神から思いもよらない情報が手に入った。東の国にいるのか、彼女は。

 神から受け取った絶対防御を携えて、私は飛翔した。

 向かうは東の国。

 ミオ、あなたは私を恨むだろう。世界最強などと謳っておいてむざむざやれらた私を軽蔑するだろう。だが構わない。私はあなたを守る。今度こそ守る。必ず救う。

 だから、幸せになってくれ。

 愛している、ミオ。あなたのためなら世界のすべてを捧げてもいい。


 東の国の王城まで辿りつくと、私は全ての部屋を見て回る。後宮のような豪奢な屋敷の一室一番端の部屋に、彼女と見知らぬ女がいた。

 コン、コン。

 私は窓をノックした。

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