影を追い求めて――前世の彼女の面影を
平伏している豚のように醜く肥え太った男を、私は見下ろす。私の隣には、一人の幼い少女がいる。何の後ろ盾がないただの町娘だ。
対する男は爵位もちの貴族。成り上がりで爵位を金で買ったような人間だが、確かに貴族。本来ならこのような『差別』は許さないのだが、今回だけは特別だ。
この娘は、私の大切な人に似ている。私の大切な人、ミオに。と言ってもこの世界での彼女の容姿を私は知らない。男かもしれない、大人かもしれない。美しいかもしれない。醜いかもしれない。
だがこの娘は前世のミオそっくりだった。彼女自身でないことはもう確認済みだ。だが、だからといって放っておけない。前世のミオに似ている女の子が苦しむ姿は、見たくない。
「さて、釈明はないな。わが国では満十二歳以下の男女に対する姦淫を禁止していることはすでに周知のとおりだ。綿密な調査の結果、この娘は未だ七歳。両親を賊に襲わせ殺害し、身寄りがなくなった娘を半ば誘拐するように屋敷に招き入れ、そこでお前は己が色欲のためにこの娘を利用した。間違いないな?」
「……間違いありません」
この男も嫌な人間だ。こうして頭を下げ、私の言うことを聞いていれば心象がよくなると思っている。
――私の心が女でなく、前世でこのような男に謀殺されたのでなければ、まあ、この男の思うとおりになったのだろうな。
「そうか。では、お前には罰金刑を科す。以上だ。おって沙汰は通達する。下がれ」
「はっ」
男は立ち上がる。しかし頭は下げたまま。そのまま男は後ろ向きに歩き、この部屋から退出していった。
「お前は孤児院へ行け」
「……こじ、いん?」
抜けた声が、痛ましい。薬物で脳みそをとろとろにされたこの娘は、もうダメだ。話を聞くに、この娘が初めてあの男の毒牙にかかったのは五つの時。価値観がゆがめられ、人格が壊され、まともな判断力を奪われた。日常生活を送って社会生活を営み、人並みの幸せを手に入れることはできないだろう。
だから孤児院で、歪んだすべてを少しずつ修正しながら、鳥籠の中で生きていくしかない。
今までの人生では、このような子たちはすべて見捨てるか、共に落ちるか、楽にしてあげるしかできなかった。
でも今は違う。今の私には力がある。私の――カイル・クリムヘルト・ローエングリン王という権力があれば、こういう子に鳥籠を用意してやることができるのだ。
「そうだ。そこでお前は、お前なりに幸せを見つけろ」
「しあ、わせ? それって、なぁに?」
「大きくなればわかるさ、カナ」
私は近くにいた女の衛兵に目配せする。衛兵は小さくうなずくと、棒立ちの幼女を連れて行った。彼女はこれから孤児院で来ることのない両親を待ちながら大人になり、やがて孤児院の姉か母として同じ境遇の人間を助けていくのだろう。別の道を選びたいというのなら、それもまた。
「大丈夫ですか、陛下」
「問題ない、優奈」
私の隣に、十三歳の少女が立った。彼女は私の宰相、ラインツィッヒ・テスカート。というのは仮の姿で、彼女はずっと社長秘書をしていたという駒鳥優奈。謁見の間に使ってくれと言ってやってきたときには目を疑ったが……まあ、私が何度も人生を繰り返しているのだ、ほかの人間がそうならないとは限らない。
彼女はこの世界では珍しい魔法に精通しており、当然のごとく科学にも詳しい。彼女の魔法は主に服の生成に使われる。ゆえに今彼女が着ているのは女性用のスーツである。似合っているのだが、やはり少女が着るには過ぎた代物だと思うのは私だけだろうか。
「それから、陛下。臣下から『貢物』が送られています」
私は深いため息をついた。
「今度はなんだ。剣か。盾か。魔道具の触媒か」
優奈は首を振り、私の耳に口を寄せた。こんなことを許されるのはこの国で優奈だけである。
「人です」
ぎょっとするのを、私は必死で押さえた。
「ほう」
「書類上は十三歳となっていますが……どう見ても十を超えることはないかと」
私は今日のように、ミオ似の少女を助けることが多々ある。ゆえに、貴族の中では私がロリコンであるといううわさが流れているのだ。
「事情を洗えるか?」
「難しいです。どことも知れぬ子を攫ってきたようですから」
「暗殺者だったらその貴族はどうするつもりなのだ?}
私はあきれ返った。贈り物をして私に気に入られたいという気持ちはわかる。が、いくらなんでも人間はやりすぎだ。
東の暴虐王とはわけが違うのだ。私は、愛する人――ミオとしか交わるつもりはない。せっかく男になったのだ、目いっぱい彼女を愛そう。女性同士だった前世とはちがう。誰にも後ろ指を指されることなく、結婚できるのだ。
そのために私は長い間準備してきた。私が即位したのは十歳の時。前世までの経験がそのまま引き継がれる私は、様々な世界で経験した剣技、武道を全て使いこなすことができる。そして、この体は底なしの魔力を有している。魔力さえあれば、この世界の魔法だけでなく異世界の魔法だって簡単に扱える。宮廷魔術師だってファイアーボール一発撃つのが限界なこの世界で、隕石さえ落とせるというのは非常に有利だ。そして、この世界は――この国は、武力が物をいう。敵を内倒し旗を持ちながらも万の敵を滅ぼせる私は、王になるべくしてなった。利権関係の調整は毎日血反吐を吐く思いでやっているが、それでも難しいのだ。正直、書類仕事よりは鉄火場で敵を殺している方が性に合っている。十歳を超えたことがほとんどない私たちの輪廻で、十五歳から先は未知の領域だ。体も心もどう変化するのか予測がつかない。今十三歳。その領域に達するまであと二年。それまでにミオを見つけ出して、共に過ごそう。不安と恐怖、そして快楽と歓喜をミオと共有したい。
「まあ、いい。私はその子に会ってくる」
「どうなさるおつもりですか?」
「さあね」
くれるというのならもらうつもり。愛でる用の侍女がほしかったところなんだ。
自室に戻ると、全裸の子供が完全な無表情で私を見つめていた。
――この娘を送ってきた奴は誰だ。こんな子、ロリコンでも抱く気が起きないだろう。
「お前、名は?」
「――?」
『名前』の意味が分からないようだった。はあ、とため息をつくと呪文を唱える。彼女の体の状態を調べる魔法だ。
その結果、彼女は重度の精神障害、ようするに失語症にかかっているようだった。記憶にも蓋をして、感情も摩耗している。
「――ミオ? 私、リュカだよ」
呼びかけてみても、返事はない。はあ。ため息をつく。また、違う。この子はミオではない。
「……殺してあげようか? 楽になるよ?」
私が問いかけると、その少女は涙を流して何度もうなずいた。最後の理性が、そうさせたのだろうか。
「せめて、次の人生では、幸せにね」
ひゅん、と私は腰に携えた宝剣を抜き、彼女の首を斬る。血をまき散らしながら、彼女は床に崩れ落ちた。
「誰か」
「はい、って、また派手にやったわね」
かちゃりと、優奈が部屋に入ってきた。追いかけてきたのか。私専属とはいえ、コトに及んでいたらどうするつもりだったのだろうか。
「彼女はもう救いようがなかったよ。人として生きることはもうできなかった」
「だから楽にしてあげたって?はあ」
優奈は周りの人間を呼ぶと、名前も知らない幼女の死体を片づけさせる。
「それからさ、陛下。ニュースだよ」
「ニュース?」
もったいぶった言い方は、彼女らしくないな。
「東の暴虐王の腹心が殺したっていうロードドラゴン、生きてたみたい」
私は眉を潜ませた。ロードドラゴンが? たしか、幼い子供を誑かして、監禁していたのだとか。
「東の国も、もうすぐなくなるかもね」
「かもな」
いつか東の国には遠征するつもりだった。鉱山や豊富な大地、川、海と自然の恵みに富んでいる。最近食糧問題が表面化し始めていたので、そろそろあそこを攻め落とそうと思っていたのだ。
それに、東の国にはミオがいるかもしれない。
そう思うと、やる気が出てくる。兵士の中にいるかもしれないが……その時は、その時だ。確かに私はミオさえいればそれでいいが、だからといって王としての責務を放棄するわけにはいかないのだ。
「それで、ミオは?」
優奈は首を振った。
「いなかった。貧民窟まで出張したのに、空振りよ。たぶんこの国にはいないわね」
優奈にだけは、私の真実を告げている。
幸せになるべく神と契約を交わし、何万何億と転生を繰り返した『転生者』。そして、そのパートナーミオ。彼女がいないことには、私の幸せは始まらないのだ。
『悪』に染まると彼女は言っていた。
今私は悪に染まっている。王宮の中で成功しようと思えば、悪にならなければできはしない。ミオは今どうしているだろう。きっと彼女のことだ、変わらず人助けをしているのかもしれない。
彼女の善人気質が、彼女を追い詰めなければいいが。
ああ、ミオ。会いたいよ。私の相棒。私の幸せ。願わくば、幸せにあなたと出逢えますように。