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囚われの生活――さらに深い闇へ

 城に連れてこられてから、三年の時が経った。十四歳になったただのミオはナンナ・フォン・アイゼンというたいそうな名前を授かり――お姫様として、城で軟禁生活を送っていた。助けも来ず、誰も私を人として扱わない、そんな檻の中で私は飼い殺しにされていた。


 目を開けると同時に、そばに侍っていたメイドの一人が私に近づこうとする。

「そこから一歩でも近づけば、殺す」

 新人なのだろうか、許可なし私に近づくなんて不用意なことを。私があくびをしながらベッドから降りると、そのメイドは恐々とした様子で話しかけてくる。

「あ、あの、み、ミオお嬢様。私が何か粗相をいたしましたでしょうか?」

「先輩から教えてもらわなかった? 理由もなしに私に近づくな。近づいたら殺す」

 淡々と言いながら、私は服を爪で裂こうとして……。爪が全部剥がされているのを思い出して、嘆息した。ゆっくりと服を脱いで、そのまま部屋の外に出ようとする。

「あ、あのお嬢様、お召し替えは」

「人間の服なんて着たくない」

 そう言って廊下に出ようとすると、隣のメイド控室からメイド長が出てきた。

「お嬢様。わがまま言わずに着てくださいな」

 メイド長が手にしているのは、人形に着せたらさぞかしかわいくなるであろうピンクのドレスだ。

「人形遊びかしら、メイド長。朝食食べたら付き合ってあげるわ」

「御冗談を。これはお嬢様のドレスです」

 私は露骨に舌打ちをする。

「私がお人形って? いい度胸ね」

「滅相もございません。しかし、旦那様がお怒りになりますよ?」

 その言葉を聞いて、私はほとんど反射的にメイド長からドレスをひったくった。

「……いちいちあの屑を」

「お父様」

「……ちっ。『お父様』を引き合いに出さなきゃガキ一人しつけられないわけ?」

 毒づきながら、ドレスを着る。メイドが手伝おうとするのを、殴って止める。この体に触っていいのは、リュカとロウだけだ。メイドは数歩よろめいたあと、殴られたお腹を押さえ、呻いている。ちっ。嘔吐するほど殴りつけたつもりだったのに。毎日四肢を折られているせいか、体力の低下が激しい。今なら熊にだって負けてしまうのではないだろうか。

「お嬢様。新人を赴任早々殴るのはおやめください」

「『お父様』が私の手足を折るのをやめたんなら、考えてあげるわ」

 アイゼン家の折檻は三通り。

 関節折りと、爪剥ぎ、牙抜き。実にわかりやすい。半竜半人であるこの体でなければ、一生モノの傷になるようなことだって何度もされた。驚異的な回復力を持つことが、逆に仇になっている。この回復力を得たのだって、善いことをしたせいだ。いいことなんてするもんじゃなかった。いまさらながら、再認識する。

 昨日だってむしゃくしゃして『お父様』の首を爪で刈ろうとしたらまた不思議な力に止められて、両手両足折られた後、じっくりねっぷり一枚一枚爪を剥がされた。泣き叫んでも懇願してもやめてくれるはずがなく、これで生え変わるまで、爪が使い物にならない体にされた。指先に走る激痛にはもう慣れた。おとといには牙を全部抜かれた。一週間で生え変わるにしても、その間ずっと液状のものしか口にできないというのは辛いものがある。

「それは、旦那様の方針故」

「……あんたらイカれてるわ」

 この新人は違ったとしても、このメイド長は間違いなく狂人のそれだ。もし私が私と同じ境遇の娘がいたら、なりふり構わず助け出すのに。

 ……誰か助けてくれないかなぁ。三年待っても誰も来ない。それでも、最近はここで一生を終えるのだと諦めかけている。この家が持っている軍事力は並大抵ではない。私はまだ三年前の、ロウが魔法で殺される瞬間が忘れられない。未だに夢で見てしまうほどあの瞬間が焼き付いているのだ。きっと、彼は恨んでいるだろう。私のせいで死んだのだから。トラウマ、というやつだろうか。『お父様』を前にすると体の動きが鈍くなって、何も考えられなくなる。

「いえいえ、お嬢様が少々お転婆なだけですよ」

「あんただって頭のネジが抜けてるだけよ」

「旦那様に報告ですね」

「好きにしろ」

 私はドレスを着て、部屋の外に出た。

 広い部屋、広い廊下、広い食堂。たくさんの使用人に金持ちな家族。奇跡に魔法。外からの危険は皆無で、侵入の可能性はなし。中からの出入りも徹底されており、門番の許可なくして出ることも入ることもできない。

 これらを『生き地獄』と呼ばず、なんというのだろう。

 

 やっぱり、善いことなんてしても、幸せになんてなれない。人助けなんかしたから、私はここでこうして生き地獄に落ちているんだ。悪に生きなきゃ。この世界の誰よりも悪くなって、幸せにならなきゃ。

 幸せになりたい。幸せに。

 

 いいことなんて、しなきゃよかった。


 コンクリートで塗り込められ、外の状況がわからない、何のためについているのかわからない窓を見て、私は切実に、そう思うのだった。


「やあ、愛娘ナンナよ。今日もいい天気だぞ」

 食堂に入ると、そう言って三年間も私を『教育』の名の元ここに閉じ込めた張本人、リッター・フォン・アイゼンが両手を広げて私を出迎えた。無意識的に、全身がこわばり、脈が早くなり、心臓が高鳴る。これをもし恋だなんだと言った奴は殺してやる。これが、こんなおぞましくて恐ろしいものが恋であってあるものか。

 私は『お父様』を恐れているのだ。

 胸に飛び込むとでも思っているのだろうか。もし飛び込むのだとしても、その時私の両手には、鋭いナイフが握られているのだ。その瞬間を思い浮かべる。ほほえみたっぷりなその太りきった腹に、思い切りナイフを突き立てるその瞬間、私はヤツの穢れた血を浴びながら、解放の喜びと仇の死を味わうのだろう。そうさ、いつかこの男は殺してやる。生きながらに地獄に突き落として、自分から死をのぞむよう徹底的に痛めつけてやるんだ。

「そうですね『お父様』。コンクリートで閉ざされた景色はまことに美しいものです」

 ふう、と彼はため息をつくと両手を下ろした。

「まあ、そういじけるな。お前が窓を突き破ろうとしなければそれでいいのだぞ?」

「まあ、『お父様』は私のこと何もわかってくださらないのね」

「私はすべて、お前のことを理解しているぞ?」

 反吐が出る。殺してやろうか。

 私が殺意を高めたところで、『お父様』は踵を返した。『お父様』の顔が私の視界から失せ、こわばっていた全身がいくらか和らぐ。

「今日はお前に縁談を持ってきた」

「お断りしま」

「させるわけにはいかないんだ。相手は国王様だからね」

 国王? 私は全身が逆立つのを感じた。どの国王かはわからない。でも、『国王』がロウを裏切り、殺しかけたのは間違いないのだ。そんな奴のところに嫁ぐ? 死んでも嫌だ。そもそも、リュカかロウのところ以外に私は行くつもりはない。リュカが男なら一択なんだけどな。

「お断りします」

「まあ、いいさ。国王様に一晩でもお逢いしたら、気持ちも変わるだろう」

 それは、私を犯させるということ? それが、仮にも父親を名乗る者がすることなの?

「さ、ナンナ。朝食を食べたら、着替えて王城へ行こうな。国王様にお目通りするんだ」

「……ッ」

 『お父様』が席に着くのと同時、私も座る。骨の髄にまで染み込まされたテーブルマナーをきっちり守って、まるで上流階級の貴族のように食べる。全然食べてる感じがしない。私は、がっつり焼いた肉をわき目も振らずかぶりつくのが好みなのに。行儀が悪くても、生きているって実感できるあの瞬間は忘れられない。こんな食事じゃ、いいとこ飼いならされたイヌだ。

 と、そうして味だけが濃くて食べてる感じのしない料理を食べているうち、身体に異変が起こった。ぐらり、と視界が揺れる。頭をつかまれて無理やり揺さぶられているような感覚だ。今日は特に味が濃いと思ったら、これか。

「グっ……」

 毒、か。私は喉に手を突っ込んで、無理やり毒物を排出する。ものすごく苦しい上に汚くて正直したくなかったけど、ここで気を失えば待っているのは今より辛い地獄だ。

「こら、ナンナ。行儀の悪い」

「こ、この……性悪野郎……!」

「私には悪口を言ってもいいけれど、国王様には間違っても汚い言葉を使うんじゃないよ」

「ぐっ……」

 ぐらり、ぐらり。無理やり吐いただけでは毒を排出できなかったようだ。倒れ込むのも、時間の問題だろう。

 ここまでか。ここから私は、どうなるのだろう。

「いいこだ、ナンナ」

「……呪ってやる、糞野郎」

 何か月でも、何年でも何十年かかってでも、いつかこの男を殺す。

 私はそう誓いを立てて、気を失った。

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