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遠ざかる心―『悪』事を働く元同郷

 突入した先にあったのは、身の毛もよだつような光景。赤い絨毯の敷かれたエントランスホールには、たくさんの人が並んでる。全部男性。照明は絞ってあって、薄暗い。大きなカウンターには料金表が書いたプレートが置いてある。奥には扉がいくつもあって、扉の向こうからは女の子の甲高い悲鳴が絶え間なく聞こえて来る。『関係者以外立ち入り禁止』の札が掛かっている階段は、吹き抜けの二階に続いており、ここからでは二階の様子をうかがうことはできない。左側の壁には大きな額縁があり、そこにははがき大の女の子の顔写真が規則正しく無数に張られている。写真の下には名前があって、中にはバッテンが書かれている女の子がいて、『右腕損傷』や『心神喪失』と言った恐ろしい言葉が注意書きみたいに書かれている子もいる。

 ここは、つまり。前世でいう、風俗みたいなもので、馴染みのある言葉に直すのなら――

「ここ、しょ、娼館……?」

 でも、この写真に映っている子はみんなどう見ても私と同年代かそれ以下……酷い子は七歳くらいの子に『損壊』やら『欠損』の文字がある。

『しょうかん? 召喚するの? だれを?』

「悪魔崇拝でもしているのかしら、この人たち」

 お決まりの世間知らずジョークが、私を落ち着かせた。

「ロウ、と、とにかく支配人を」

「抹殺するのだな。まかせろ」

「ダメだって! とにかくなんとか話し合いで……。リュカの名前を出せばたぶん、話は聞いてもらえると思う」

 問題はリュカに無断で王の権限を振りかざすことだけど……リュカなら、きっとわかってくれる。

「悲鳴の子はいいのか?」

「こんな大がかりな施設で一人の子を守るために突撃したらほかの子が大変な目に遭う! 一人だけ救ってほかの子は見捨てるか、しばらくみんなに我慢してもらって、みんな救うかの二つに一つだよ、ロウ」

「だが」

「ロウはこういう施設の仕組みをわかってない!」

 一人だけ救うんじゃ、そのこの穴を埋めるため、ほかの子の負担が増える。救うんなら、全員を救わないと。そうしないと、みんな不幸になる。

「ライン、ついてきて」

「……は、はっ」

 ラインはすっかり緊張しているようだった。

「ロウとメグ、アイはここで殺されそうになっている女の子がいたら助けてあげて。そうじゃない子は、もう少しだけ、我慢してもらって」

『……わかったよ』

 そう返事を聞いた後、頭の中に私にしか聞こえない声でアイが言った。

『ここにいる連中全員凍らせるっていうわけにはいかないの?』

「……」

 そんなことしたら……。

 どうなるの? 私は答えられない。娼館に行って嫌がる女の子を無理矢理組み敷くような男なんてみんな死ねばいいと思っているのは、ほかならぬ私。

「……もう少しだけ、我慢して」

 私は人の波を抜けて、階段を上る。並んでいる人全員がそう言う目的でここにいるということを考えるだけで、嘔吐しそうになるくらいの嫌悪感が全身を駆け巡る。

 二階に上がると、『管理人室』と書かれた部屋がすぐそばに見えた。そこの前に立つと、突撃しようと体に力を込める。

「あの、ミオ様、本当に突撃なさるおつもりですか?」

「当たり前だよ。ライン、こんな施設があって何にも感じないの?」

「いえ、そうではなく。この町に必要だからこのような場所があるのでは、と思うのです」

「そんなの私だってわかってる。でも小さな女の子がはけ口にならないといけない理由にはなってないよ。こういうのは大人の女性が、納得の上で、職業として従事するべきことなのであって、無理矢理なんて、そんなのだめだよ」

 理想を語っている自覚はある。普通の娼館だって、借金のカタに、なんてことは山ほどあるだろう。それをなくすことはできないのだってわかってる。でも、それでも、ここは間違ってるのは間違いないんだ。全部救えなくても、せめてここだけは。

「とにかく、行くよ!」

 私は扉を開けた。不用心にも、カギはかかっていなかった。

「……ん?」

 ぴっちりと礼服を着こなした男性が、私たちを見た。葉巻をふかして物思いにでもふけっていたのだろうか。彼はそれなりに容姿が優れていて、服のセンスも悪くない。黒い瞳に黒い髪。リュカに聞いたけど、この二つはこの世界にはないもので、その両方を備えているということ、それはつまり、異世界、それも――

「日本人……」

 私のつぶやきに、彼は敏感に反応した。

「おや、私の出自がわかるのか。お前の身近に同郷がいるのかな? 私は結城 大介。結城組の組長、と言ってもわからんか。ははは」

 結城組。ヤクザ?

「ヤクザがこの世界に何の用?」

 私の言葉に、彼は心底驚いたような顔をした。

「……まさか知っているとは驚きだ。名前を聞かせてもらっても?」

「私はミオ。こっちは ライン、私の護衛」

「ははは! ずいぶんかわいらしい護衛もいたものだ。護衛というのはいわば外付け筋肉のようなものだよ? もっとガチっとした人間を雇わないと」

「この世界では、武器があるから」

 私が言うと、結城は楽しそうに顔をにやけさせた。

「そうだなぁ。それにしても、ミオか。日本でもよく聞いた名前だ」

「?」

「私はね、ミオ。元いた世界でもここと同じようなことをしていてね。つまり、だ。身寄りのない少女――まあ時には攫ってきた子も含まれるのだが――そう言う子を自慰用の道具として提供する仕事だな。元の世界は規制が厳しくて商品は数体しか用意できなかったが……国や町の外に出たら無法地帯、なんていうすばらしい世界では大量に用意することができた」

 ゾクリと、背筋に冷たいものが走る。結城の目は、間違いなく私もその『商品』として認識していた。思わず、体が震える。捕まったら、終わりだ。

「この世界じゃ医者の死亡証明書がなくても埋葬できるしそもそも戸籍を管理している人間がいない。なぜなら私が領主だからだ。親は知らないだろうね、それなりに美人の間に産まれた子供はそもそも出生届が受理されていないということに。この町には多くの子供がいる。しかしそのうちの何割かが、『書類上存在しない』のだ。領主になってからかなり時間がかかったが、もう誰も私を邪魔できない」

 聞かされたのは、恐ろしい計画。現在もなお進行している、邪悪な所業。

「だから、お客様にはどんな遊び方もしていただける。そう、それこそそう高くない値段で『一夜限りで使いつぶし』てくれても構わない、なんていうこともできる」

 あのバッテンは、まさか。

「お、表のあれは」

「ああ、腕とか心とか命とかなくしちゃった子には表の写真に注意事項を書き込むんだ。死んだ子にも保存の魔法をかけて、数日は置いとくんだよ。『死体愛好』のお客様もおられるからね」

 ラインが槍を構えて、結城に飛び込んだ。彼女の顔は怒りで真っ赤に染まっており、周りが見えていないようだった。

「ライン!」

 我を忘れてしまうのは仕方ないだろうけど、それでも飛び込むのは――!

「確かに、この世界には武器があるね」

 すぱりと、ラインの槍の柄が切り落とされた。ラインはその瞬間にバックステップを踏んで、私のところに戻ってきた。この反応の速さは、さすが騎士。

「あなたは……」

「魔法だよ。私に近づいたものに攻撃する素晴らしい奴さ。でも護衛を伊達に名乗ってないね。あと数秒速度が速かったら、私に届いていた。それで、どうするの? 武器をなくした護衛は?」

「ミオ様、逃げましょう。いったん引いて、陛下に上申すれば」

「国王にチクられるのはまずいんだよね。あの国王は娼館にすら否定的だから。男の癖に」

「陛下によくも……」

 結城は笑みを深くした。

「そして。残念だけどお前らを逃がすわけにもいかないんだよね。わかる?」

 後ろの扉が開いて、そこからたくさんの人がやってきた。

「!? たすけっむぐっ!」

 口を押えられ、取り押さえられた。両手両足を四人がかりで押さえつけられる。

「ミオ様! グッ」

 私が捕まったことに動揺したラインが、お腹から血を流して倒れ込んだ。

「ダメダメ。敵がいるのに視線を外しちゃ。私は魔法使いなんだから」

「ば、ばか、な……こ、ガフッ! こ、攻撃魔法は……大人数でしか、撃てないはず……! ごほっ! ごほっ!」

「お前らの常識だろ? それ。私は違う。私はこの世界に来たとき、自由に魔法を扱う力を得た。ここの連中は効率の悪いことばかりやっている。愚かなことだ。だがだからこそこうしていつでも不意を打てるというわけだ」

 大笑いする結城。ラインは意識が薄れているのかもうお腹に力が入らないのかわからないけど、声が聞こえない。私の視界に映るたくさんの男の人。喜色満面で、『よし』を今か今かと待ち望んでいるかのよう。私はごはん?餌?

「まだ殺していないよ。ただ、少し危険だからな、この護衛は。少しアレを使わせてもらおうか」

「んん! んんん~~!」

 何をしようとしているのか、私からではまるで見えない。でも何か凄まじく恐ろしいことになっているような気がする。

「両手両足を斬られた少女の画像、見たことはあるかい?」

 頭の中が疑問で埋め尽くされる。なぜ今?

「二次元では盛んだが、三次元の画像は皆死体だ。なぜだと思うね。ほら、しゃべらせてやれ。叫ぶんならふさげ」

 口に当てられていた手が外される。

「ぷはぁ! ……血が出すぎて死んじゃうんでしょ?」

「頭がいいな。その通り。では血が出ないのならどうなると思う?」

「そんなことできるわけが」

「私が今握っている剣はな、もとは医療用に作られた技術――つまり出血しないようにする魔法を刃にかけること――が用いられている。つまり!」

 さくり、と音がした後、ラインの悲鳴が聞こえた。

「わ、私の腕がああああああああああ!」

「痛みはない。けど、それが逆に恐怖だろう? さて、このまま達磨にしてあげよう」

「待って! 私、なんでもする! だからラインは助けて!」

 ぴたりと、結城は動きを止めた。

「ほう?」

「お願い、ラインは助けて」

「……いいだろう。では、この剣で自らの目を突いてみせろ」

 結城が歩いてきて、私を見下ろす。剣先が、私の視界のすぐそばにある。

「普通の剣だ。激痛が訪れるだろう。だが、自分でやって見せろ。ほら、少し顔を上げるだけでいい」

 息をのむ。私の目と、ラインの四肢。

「だ、ダメ、です! ミオ様! わ、私のような取るに足らない護衛のためにミオ様の目を――」

 自分の呼吸がやけに大きく聞こえる。ラインの言葉は、聞こえない。無視する。

 逃げてしまえ。ラインもそう言ってる。悪いこと、するんでしょ?

 私の闇が、そんなことを言う。

 違う。違う。

 剣先の奥にいる結城をにらむ。私が葛藤しているのを楽しんでいるふうだった。この男に弄ばれてる。そんな状況が一秒でも続くのが、嫌だった。

「ぅ……・ぅああああああああああああああ!」

 思い切り、顔を上げる。右の視界が、真っ赤に染まった。痛い、熱い、痛い! 

 目の奥がズキズキと悲鳴を上げる。今すぐどうにかしろと叫ぶ。でも私の両手は押さえつけられていて、もがくことすらできない。

「すごいな、お前」

 剣が引き抜かれると、ほんのちょっぴり、痛みが引いた。

「はあ、はあ、はあ……次は、何をすればいいの」

 折れそうになる心を支えるために、気丈に振る舞う。

「じゃあな、お前の護衛がバラバラにされて、悲鳴と命乞いをするところを聞いていろ」

「な……約束が違う!」

 私が目を犠牲にすれば助けてくれるんじゃなかったの!? 

「うん、一瞬だけ、許した。ほら、この護衛、お前のものでしょ? なんでも、なんだからそりゃお前の大切なものを壊すのを黙って聞いてるのも『なんでも』のうちのひとつだよね」

「やめて! やめて! 約束が違う! やめて、やめなさい! くそ、離せ! 私は、ラインを!」

 思い切り抵抗しようにも、完全に押さえられていて力を込めることすらできない。

「次は利き腕だ。これでお前は廃業だな」

「ま、待って、待ってください」

 ラインが弱々しく声を上げる。

 そうだ、ライン。私を売ってでも自分を守って!

「どうしたの?」

「私のすべてを差し上げます。だから、ミオ様を解放してください」

「へえ。賢い言葉じゃないか」

「私の体も、心も、魂さえもあなたに捧げます。だから、ミオ様だけは」

「い、や」

「そんな!」

 ザクリ、と音がした。

「へえ、避けるんだ」

「ええ、あなたとは交渉しても無意味なようですから」

「お前ら、そいつ、好きにしてもいいぞ」

 いきなり、服を破かれた。いろんなところを、なめまわされる。舌が這う感覚が、気持ち悪くて仕方がない。

「ミオ様!?」

「気にしないで! 早くロウに言って! 助けを求めて!」

「は、はい!」

 ラインが扉に向かった。扉を開けようとノブを回す音が聞こえる。でも、開く音は聞こえない。

「もう音は漏れないし誰も助けには来れない。そして誰も、出ることはできない」

「そ、そんな」

 ずるずると、音がした。へたり込んでしまったのだろうか。

「暴れる女をここで調教するんだよ。三日も経てば、自分からおねだりするようになる」

 私の心は、だんだん絶望で塗りつぶされていく。

 ロウは来ない。アイも、メグも。

 ラインも、もう抵抗する気力がないようだ。

 男の一人が、私の脚の付け根に手を這わせた。

 ここからは、どの人生でも体験したようなお決まりのルート。

 今から私は筆舌に尽くしがたいほどに弄ばれて、心が壊れて、死ぬまで玩具になるのだ。体は特別丈夫で、回復力が常人離れしてることが悟られたら、心が壊死するまですぐだろうな。

「いやっ……!」

 軽く抵抗してみるけど、もちろんやめてくれない。付け根に這わされた舌は、不快感と嫌悪感しかなく、気持ち悪いばかり。せめて気持ちよければ、快楽をむさぼることだってできるのに。子供の体じゃ、どう頑張っても快楽は得られない。薬を使われたら別だけど、きっとこの人たちは私の悲鳴が聞きたいんだろう。

 

 ……嫌だな。

 

 だって、あとちょっとだったのに。


 嫌だな。

 

 リュカと出逢った。絶望なんてかけらもない出会いだった。友達ができた。しかもその友達はとてもいい人だった。

 幸せで、絶好調。

 それが、まさか友達を増やしに来た旅先でこんな目に遭うなんて。ここで終わるなんて。ここが終わりだなんて。

 嫌だ。嫌だ。いやだいやだいや!


「助け、助けて」

 だれか。


「やっと命乞いか。おっそいなぁ。不感症なんじゃないか?」

「ミオ様! ミオ様! 私が必ずやお助けいたします! っきゃ!」

「護衛さんは黙ってみてなって。ほら、なんか結構開発されてる感じ? 血も出てないし」


 だれか。


 助けてあげる。でも、その代わりに。


 声が聞こえる。


 友達になって。

「なる、から! 友達に、なるから! 助けて!」

 

『わかった。手伝って、夜の精霊』

『あなたがいたら協力できないの。夜じゃないし』

『あなたは昼間無力だものね。この子の眼窩を媒介に何とかならない?』


 ミオ、聞こえる? 孔の空いた目を、少しもらいたいのだけど。

 ナイトの声だ。

「あげる! 助けて、ナイト!」

「なんだこいつ? 強がってた割に、壊れるの早くないか?」

「ま、ガキだし」


「あなたの目、とっても素敵よ」


 ナイトの声が、私の目から響いた。


「ほら、力を貸してやる。だから、やっちまえ、こんなやつら」


 女の子の声が聞こえた。活発そうな、元気そうな声だ。

 私の手に、熱い力が灯る。それはまるで溶岩のようにどろりとして、ちょっとやそっとじゃ消えない力だ。この力は感情を源にしている。

 その力の根源の名を、『怨恨』と言った。

 ナイトの昏い力と、『誰か』の熱い力とが合わさって。


 私の憎しみを、表現した。

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