たどり着いた町―狂気と恐怖の……
夢が怖くないようになった次の日、私はみんなにナイトのことを話さなかった。お友達を自慢するようでいやだ、というがひとつと、昼間に呼ぶのはナイトの負担になるんじゃないか、と思ったのがひとつ。ナイトの容姿――つまり大人の姿をしているということ――は、ラインやエヴァ、ロウに危機感を抱かせるようになるのでは、というのが最後のひとつ。
でもなんか隠し事してるみたいで嫌だなぁ、なんて思いつつ、私は馬車に揺られている。
「ミオ様、もうそろそろですよ」
景色を眺めていると、エヴァがそう言ってきた。確かに、随分と自然が少なくなってきている。
「そう。そういえばどんな街なのかしら。ヴァーミルナ、だったっけ?」
「ヴァールミナです、ミオ様」
すかさずラインに訂正された。
「火の神が住まうとされる火山を中心に土の氏族が築いた街ですよ」
「土の氏族?」
エヴァは頷いた。
「今は滅んだとされる種族で、鍛治の腕がどの種族より優れていたそうです」
「へぇ……」
でも、滅んでしまった。いくらすごくても滅びの道は避けられない、ってことなのかな。
「今は、彼らが築いた街を修繕しながら住んでいるのです」
ふうん。前の人が住んでたところを間借りしてるのか……。
「ミオ様、見えましたよ」
「え、ホント!?」
馬車の窓から身を乗り出して、馬車の行く先を見つめる。低い塀からところどころ見える赤い屋根。
その奥にそびえる赤い山。
そしてその山を守るかのように建てられた、巨大な建物。
「なに、あれ?」
「申し訳ありません、最近建てられた物のようで、私たちには見当もつきません」
私が聞くと、エヴァもラインも申し訳なさそうな声で言った。
「なんなんだろ、あれ?」
私は馬車に座り直す。
「私は知らん。ミオ、自分の目で確かめるのが一番ではないか?」
「ん、そだね」
ロウの言うことはもっともだ。
「じゃあ、夏の精霊のところに行く前に、ちょろっと情報集めてみよっか」
私が言うと、ロウ以外の二人は神妙に頷いた。
「わかってると思うが、護衛。お前はミオのそばだぞ」
「言われなくとも理解しています、ロウ」
「お前にその名を呼ぶ許可を出した覚えはない。竜王と呼べ。『陛下』を付けてくれてもかまわんぞ」
「私が陛下と仰ぐのは今の陛下ただお一人だけです」
「そうか。ふふふ……」
ロウは楽しそうに笑う。
「……なんですか」
「いや、なんでもない。なんでもな」
不適に笑うロウはまるでお話に出てくる魔王のように、邪悪なオーラを放っていた。
うーん、こんな調子で大丈夫かなぁ?
入国手続きをしている様子を眺めながら、私は思った。
「到着! ヴァールミナ!」
宿の前で停まった馬車から降りると、私は両手を広げて子供っぽくそう宣言した。
「ふふ、ライン、ロウさん、今にも飛び出しそうなミオ様をよろしくお願いします。私は御者と一緒に必要な荷物を運んでいますので」
「わかった」
「了解しました」
よし、じゃあ、行くか!
「みんな、ついてきて!」
私は駆け出した。未知を既知にする喜びを感じるために。
ヴァールミナの街並みは土の氏族が作ったものらしく、色合いが赤茶っぽい。家の背も低めで、塀の外からでも見える屋根は宿屋や豪邸などがほとんどで、普通の家は平べったくて背が低い。土の氏族は背が低かったのかな? 私から見たらぴったりなくらいなんだけど、ロウとかくらい大柄だとここで暮らすのは大変そう。
「宿屋からだいぶ離れたね」
「そうだな」
「道は私が覚えているので気にせず探索なさって結構ですよ、ミオ様」
「ありがとう、ライン」
ラインってすごいなぁ、なんて思いながら歩く。ふと、そういえばラインにはメグを見せていた。ならいいんじゃないか?
「アイ、メグ、出てきてもいいよ」
私の両隣にメグとアイがポン、と音を立てて現れた。
「なっ」
『やっと出てこれた。話したいこといっぱいあったんだ、ミオ』
「私は昨日いっぱいおしゃべりしたから別にいいのだけど」
「ま、またお前らか」
ラインが震える声で言った。槍を掴む手は私からでもわかるくらいに力が込められている。
『見ててずっと思ってたんだけど、この人何? メグのこと魔物扱いするし偽名使うし』
「なっ……」
「ん? 偽名を使っていたのか、お前」
ロウが面白いものを見つけたような口ぶりで言った。
「……ははあ、わかったぞ、偽の名を語るのは魔物対策だな? この二人を魔物と勘違いしていたのか! ははは! これは傑作だ!」
何がそんなに面白いのだろうか。
「ほっといてください! 当然の警戒です!」
「そうだな、そういえば人間は精霊と魔物を見分けることができなかったな。哀れな生き物だ」
「竜王から見ればどの生物も『哀れな生き物』でしょうね!」
「そうだな、だがその中でも人間は特に下劣で愚かだぞ? 魔物相手に真の名を知られないようにしたりするところなどがそうだな。特に幼子に発情したりするところは本当に理解しがたい!」
「ロウ、言い過ぎ!」
怒鳴るようにして言うと、ロウは驚いたような顔をして口をつぐんだ。
「ラインも、ロウにあまり突っかからないで。ロウもいちいちあざ笑ったりしないで! 聞いてるこっちが気分悪くなるの!」
「しかしだな、ミオ。ミオだって人間は嫌いだろう?」
「大っ嫌い! でも面と向かってバカにしたりしないよ! そんなことしたらそれこそ私が嫌いな人間そのものじゃない!」
ロウはそれでもよくわかってくれていないようだった。
「あ、あの、ミオ様、私が悪うございました。これからは竜王とも仲良くしますので」
ので、何? なんだっていうの? 私何か間違ったこと言ったの!?
「別に無理に仲良くなんてしてほしくないよ。嫌いなら嫌いなままでもいい。でもケンカしないで」
感情までとやかく言わないけど、喧嘩しないで。罵倒なんて聞きたくない、悪口なんて聞きたくない!
「か、かしこまりました。それでは、参りましょうか」
ラインが言うと、ロウは不満そうにうなずいた。
「ああ。……ミオ、嫌いのならば好きに罵ればいいだろう? 我慢は毒だぞ?」
「……ロウには、わかんないよ」
好きに罵って好きに嘲って、そんなことをすればあっという間に人は去っていく。あっという間に、愛想を尽かされる。一人は嫌、一人きりは怖い。一人になったことがないから、ロウは簡単に言えるんだ。
「……そうか」
楽しいはずの旅行は、険悪な雰囲気で始まった。
「あの宮殿? ん~残念だけどお嬢ちゃんには教えられないなぁ」
町の中央にあるという宮殿について町の人に話を聞いてみると、たいていそんな反応だった。
「ライン、ロウ、アイ、メグ、どう思った?」
宮殿のすぐそば、行商人らしき人たちがたくさん集まっている広間で私はみんなに話しかけた。
広間には宮殿に続く巨大な階段があり、そこには多くの観光客らしき人たちが並んでいる。白髪で長身、色白の男性が多いのはどうしてだろうか。というか女性と子供の影が見えない。町の中は人口分布に差があるように思えなかったけどここだけ異様に女性がいない。子供もいない。遊びやすそうな広間なんだけど、どうしてだろう。
「私はさっぱりわからんな」
『僕もよくわかんないよ。なんでミオには教えられないんだろうね?』
「さあ。でもなぜか嫌な予感がするわ」
町の人は一様に私には教えてくれなかった。でもラインは耳元でささやいてもらっていたような気がする。
「ライン、知ってる?」
「……ミオ様にお聞かせするような内容ではありません。ミオ様、一刻も早く宿に戻ってこの町を出ましょう」
「そう言うわけにはいかないんだって」
聞けば、山に行くのは領主の許可がいるそうだ。その領主が住んでいるところはなぜか誰も教えてくれなかった。知らないわけではない。でも私には教えられないそうだ。
私が知ってはいけない情報で、かつ大人には教えてもいい物。そして護衛がその情報を知ったら護衛対象を町から出したくなるような情報。
ロクなモノじゃなさそう。これはあきらめた方がいいかもしれない。
「……やっぱり、ラインの言うとおり、この町から――」
「いやあああああああああああああああああああああっ!」
その時、宮殿の奥の方から女の子の声が聞こえた。
「ロウ、あの悲鳴なんだと思う?」
「幼児の悲鳴だな」
体が震える。あの悲鳴は、あの声の出し方は、私も上げたことのある種類の悲鳴だったからだ。
想像通り――そういう施設。逃げよう。標的にされるかも。
ダメ! 声の子を守らなきゃ。どうやって!? だって私はただの女の子で――
違う。私のバックにはリュカがいる。国王がいる。精霊だっている。
「ライン、この町ってリュカの勢力下だよね?」
「は、はい」
なら、それならばリュカに言えば……。
助けられないこともない。
わかっているのに、体が凍りついたように動かなかった。恐ろしかったのは、外で何かの順番を待っている人たち。悲鳴が聞こえたのに、まるで動揺した様子がない。それがまるで『当たり前』のことのようで。
――ゴクリ。
思わず、息をのむ。ロウの手を取って、強く握る。ためらっちゃダメ。助けられるかもしれない命が消えてしまう。
「ロウ、行こう! 悲鳴の子を、助けなきゃ!」
「わかった」
「アイ、メグ、ついてきて! ラインは後ろで私を守って!」
「はい!」
「わかったわ」
『あの悲鳴はきになるもんね……行こう、ミオ』
私たちは駆け出した。人だかりにロウが突っ込んで、竜としての気迫だけで人を吹き飛ばす。
「わっ! なんだお前ら! 順番守れ! ってか子供連れ?」
「いいからどけ!」
「ごめんね!」
ロウが空けた穴から、私たちは宮殿に突っ込んだ。
そこで、私は――




