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襲撃―魔法と、欲望向かう先

 馬車の周りには、確かにメグが言ったように男たちが立っていた。装備はしっかりと整えられていて、手入れも行き届いている。どこかの軍? これじゃメグやアイが味方だと勘違いするのも無理はない。私だってリュカから護衛はラインだけだと聞かされていなければ勘違いしたかもしれない。それほど高度な『偽装』だった。しかし武器は無骨な棍棒。殺さず嬲ろうとする浅ましく残酷な魂胆が見え見えだ。

「ミオ、どうするの?」

「突っ込む!」

 走りながら叫ぶ。

『作戦とかないの?』

「考えてる時間が惜しいの! エヴァを一刻でも早く助けなきゃ!」

 男たちが私に気付いた。ニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべて、武器を取った。

「おーい、嬢ちゃん、何か用かい?」

「エヴァを返してもらう!」

「ああ、中のメイドか? はは、今頃よがり狂ってんじゃねぇか?」

 カッと、一気に頭に血がのぼった。

 それはつまり、エヴァは……、エヴァが……。

「許さない!」

 私は人類が出せる限界に近い速度で男のうちの一人に近付く。私の両腕と両脚には金色の鱗が生え、爪がナイフのように鋭く尖り、犬歯が牙のように伸びる。私は彼の武器を狙って腕を振るう。

「へっ! バカが!」

 賊の空いたもう片方の手に、いつの間にかナイフが握られていた。私の攻撃に合わせて、腕が突き込まれる。私の攻撃は狙い通り賊の武器の根元を切り落とした。そして、私のお腹には賊の、ナイフ、が……。

「ぐっ……」

 とっさに離れる。

「この姿に騙されたか? バカ野郎が。

『縛』」

「きゃうっ!」

 身体が金縛りにあったように動かない。これは、何? なぜ動けないの? これも魔法なの?

 お腹が熱い。痛みはまだない。でもそれは激情が脳みそを蕩けさせて、痛覚が麻痺しているだけ。致命傷には至らないけどこの状態で何人も相手取るとなると厳しい……か?

『ミオ!』

「ミオ!」

 アイとメグが心配そうな声をあげる。

「大丈夫。これくらいなら……」

 だんだん、お腹の熱さが『痛い』になってくる。しかめっ面が隠せなくなってくる。痛い、痛い。

「へへへ……。武器が一つと思ったか? それにしても、嬢ちゃんあんた面白いな。見世物小屋に売り飛ばしたら高く売れそうだ」

 私の両手、そして両目を見下ろして賊が言った。

 ロードドラゴンの鱗を移植された七歳に見える十四歳。

 物珍しさで言ったらかなり珍しい部類だろう。

「……お前だって。その頭の悪そうなところ、とってもキュートで、見世物小屋でも活躍間違いなしね」

 無力化された今、無意味どころか余計に煽るだけの挑発。もう身動きできないんだから媚びてもいいものなのにね。

 でも、エヴァを汚した。私の大事なメイドを穢した。その張本人達に主人が屈する? あり得ない!

「嬢ちゃん。嬢ちゃんの知らない苦痛ってのを体験させてやろうか? 今お前のメイドが経験してることだ」

「エヴァ……」

 私は突撃しようとして、動けないことに歯噛みする。

「ミオ、やめて。その傷じゃ……」

『そうだよ。僕らに任せて』

 私の隣に現れた二人が、お腹の傷を心配する。

「だ、だったら、早くエヴァを! せめてどうなってるかを調べて!」

 賊たちが近付いてくる。取り押さえられたらどうにもできない。どうする。

「そのなんか変なガキ二人も、いい売り物になりそうだ」

 その言葉に、私の頭は冷えていく。

「この二人は売り物なんかじゃない。触れようともするんじゃない、ケダモノ」

「そうさ、俺ら賊はケダモノさ。ガキだろうが関係なくおいしくいただくだけさ。俺、泣き叫ぶ女を無理やりってのが大好物でな。お前みたいに生意気なのが一番好みの『食材』なんだよ」

 下卑た笑いが周りで起こる。周りの連中も負けず劣らずのゲスさ加減ってわけ?

「メグ、アイ、中の様子は?」

「ご、ごめんなさい、私、部屋の中とか、遮断された空間の中は……」

『ごめんね、ミオ。僕も同じ……』

 くっ……。

「ゆっくりいたぶろうか。手を切り落としても、面白いかもしれないな」

「ダルマはごめんよ」

 二度と抵抗できない、行動できないというのは屈辱感と絶望が凄まじいのだ。そもそもダルマになるまでの『過程』で十分発狂しそうになるものなのだ。

「お前がどう思おうが関係ねぇ! やっちまえ!」

 男たちが私に群がってくる。メグもアイも動転して何もできないようだった。私もナイフが刺さったままで動けない。

 ナイフを抜こうにも身動きできないのでは意味がない。

 ここまでか……。

 いや、まだ、まだ何かできるはずだ。あきらめちゃダメ。戦わなきゃ。あきらめたらそこで、私は彼らに屈したことになる! 戦うんだ! 心だけは渡さない! 何をされても、屈しやしない!

 睨みつけたまま、私は彼らが迫ってくるのを見つめる。ふと、不思議なことに気付く。

 なぜ、まだ誰も来ない? 私の予想では、すぐに捕まって、拘束されて服を脱がされるはずなのに。

 視界をさまよわせ、注意深く周りを見る。そこには信じられない光景があった。

 私達の周りに、光のドームがあった。ドームの表面は幾何学的な模様と魔術的呪文が描かれており、ところどころに『防護』という意味の文字が浮かんでいた。防護のドームは、私達を賊達から守ってくれていた。これは、なに?

「こ、これは……」

「ミオにかけた防護が発動したから何事かと思えば……」

 馬車の上に、高圧的な物言いと声で場を圧倒する彼がいた。

「取るに足らんゴミか。それにしても、ミオ。なぜナイフを腹から生やしている?」

「え? あの、それは、その」

 責められている気になって、舌がこんがらがる。

「いや、いい。責めるつもりはないのだ。気になってな。むしろ心配しているのだ。すぐ治療してやるから安心するがいい

 それから、エヴァは無事だぞ」

「ホント? でもどうして?」

 ダメ。期待しちゃダメ。ロウの無事と私の思う無事が一緒とは違うかもしれない。期待しちゃダメ。

 でも、もしかしたら……。

 悶々としていると、ふと、お腹の痛みがなくなっていることに気付く。試しにナイフを抜いて見る。あ、動ける。

 するとまるで逆再生をするかのように傷口が塞がった。ここまでの再生はなかったはずだ。ロウが治してくれたのだろうか。

「理屈の説明はあとだ。今はゴミ掃除についてだ。ミオ、それにメグとアイ。私は皆を大事に思っている。ミオについては言わずもがな、メグとアイに関してもだ。エヴァとラインについては少なくとも普通の人間より上だ。この気持ちを、ミオなら仲間意識と言うのだろうな。

 私は、そんな大事な『仲間』を傷つけられて非常に怒っている。そうだ。東の王にミオを奪われたときも感じた怒りだ。

 自らに対する怒りと、加害者に対する憎しみだ。この狂おしいほどの想いは発散させてしまうとどうしても地獄絵図を作ってしまうのだ。

 だから、ミオ、アイ、メグ。皆、馬車に入っていろ。見て欲しくないのだ。尋問は私がやっておく。何も心配するな」

 私はゆっくりと立ち上がり、ロウに釘付けになっている賊達の間を抜けて馬車の戸を開ける。中には、後ろ手に縛られ、猿轡をかまされ、スカートを捲り上げられて下着を脱がされた状態で馬車の床に転がされているエヴァの姿だった。

「エヴァ!」

 私はエヴァのそばに駆け寄る。

「アイ、外に出て! メグは扉を閉めて!」

『え? でも』

「アイは男の子でしょ! 早く!」

『なんで? ……わかった、そんな怖いカオしないでよ、ミオ』

 ポムんと音を立てて、アイは消えた。メグはゆっくりと扉を閉めた。

「私も消えてるね」

「でも」

「その人がいるから」

 メグもそう言って消えてしまった。確かにエヴァにはまだ知られたくないって言ったのは私だけど……。

 私は頭を振って、思考を切り替える。今はエヴァだ。

「エヴァ、しっかり!」

 猿轡を外して、涙目でこちらを見るエヴァを抱き締める。

「ごめんね、ごめんね、私が、私があなたを一人にしたから……。もう大丈夫、もう心配いらないわ」

「ミオ様……」

 エヴァの声は震えていた。当たり前だ。力付くで組み伏せられて怖くないはずがない。

「もう安全だよ」

「……ミオ様、私……」

「どうしたの?」

「……乱暴されかけたことが怖いのでは、ないのです」

「どういうこと?」

 乱暴され『かけた』?

「ひ、人が、人がいき、いきなり燃えて、は、灰に……」

 エヴァの視線が私からどこかへと移った。視線の方へ目を向けると、そこは床で、山盛りになった灰が積もっていた。

「大丈夫、大丈夫だよ」

 私は手枷を外しながら言い聞かせる。

 より強く、エヴァを抱き締める。

 よかった。エヴァは汚されたわけじゃなかったんだ。本当によかった。

「しかし、ミオ様」

「エヴァ。気にしちゃダメだよ」

 諭すように、私はエヴァに囁く。

「……はい。わかりました」

 無理矢理にでも、エヴァは納得したようだった。でも、あとでしっかりとしたケアが必要だろう。

「よしよし。それじゃ、身なりを整えよっか」

「は、はい。お見苦しいところをお見せして……」

「いいよ、別に。ほらほら、下着履いて、スカート整えて……はい、いつもと同じの、私が大好きなエヴァだ」

 手を取って立たせてあげると、埃をはたく。

「はい、綺麗になった」

 私がそう言うと、エヴァは安心したように胸を撫で下ろした。

「ありがとう、ございます。もう私は、助かったのですね」

「うん。ね、メグ」

 私が振ると、メグはうんうんと頷いてくれた。

「でもね、エヴァ。もし、乱暴されて穢されちゃったとしても、エヴァは綺麗なエヴァのままだと思うな」

 私はエヴァの目をしっかりと見つめた。

「ミオ様、それは一体……」

「すごく辛くて気持ち悪くて、もう二度と汚される前の自分には戻れないように感じるけど……。そんかこと、ないよ。時間と優しさとぬくもりがあれば、意外となんとかなったりするんだよ」

 私も、東の王に囚われたときは諦めた。もう二度とロウとは話せない。リュカにも会えず惨めに性奴隷として幕を閉じるのだと信じていた。

 それがどうだ。今やロウもいてリュカとも出会えて、それどころかエヴァにライン、メグやアイといった友人にも恵まれている。

「しかし」

「まだわかんないの? 要するに! ハグとベアバッグは違うってことよ!」

 渾身の例えのつもりだったのに、エヴァもメグもポカンと口を開けている。

「な、なに? 変なこと言った?」

「い、いえ、『ベアバッグ』とは一体……」

 ベアバッグのところだけたどたどしい日本語の発音でエヴァが聞いてきた。

「え、えっと、抱きついて、そのまま力を込めて相手の背骨を折ろうとする技、かな? とにかく、暴力とスキンシップは別物でしょ?」

「……ミオ様は、お優しいですね」

「そんなことないよ」

 エヴァは柔らかく微笑んだ。

「いえいえ。世間知らずのお嬢様だと心の傷も癒えぬまま暇を出されることもありますから。それに比べたら、ミオ様は本当に……」

 そう言って、エヴァは私を抱きしめた。

「エヴァ……」

「ミオ様、今日は布団を共にしていただけますか? メイドの分際で恐縮ではありますが……」

 その言葉には、言いようのない不安が見え隠れしていた。

「ううん、そんなことない! 今日は一緒に寝よ!」

 私がそう言って抱きしめ返すと、エヴァから心の底から安堵したようなため息が漏れた。その反応を感じて、ようやく私はほっと一息つけた。よかった、エヴァ、やっと安心してくれた。

「入るぞ」

 返事も聞かず、ロウが入ってきた。

「終わったの?」

「ああ。一人残らず消炭にしてきた。それから、草原にポツンと歩いていたから拾ってきた」

 そう言って、ロウは小脇に抱えたラインを下ろした。

 ラインはそのまま生まれたばかりの子鹿のように馬車の座席に座った。ラインはなんか借りてきた猫のようにおとなしくして、ぶるぶると震えていた。

「ライン?」

「な、な、なんでございましょうミオ様。わ、わた、私はミオ様の奴隷でございます。お好きに使い潰してくださってかまいません……」

「どうしたのライン!」

 なんで虚ろな目でそんなセリフを……。もしかして何かあった?

 私がちらりとロウをみると、彼は不敵に笑った。

「少し教育してみた」

「ロウのバカーーっ! なんでいきなり洗脳してるのさ!」

 私は握り拳をロウのみぞおちに突っ込んで鉄拳制裁する。

「ぐっ……なかなか痛いぞ」

「うるさい! なにやったの!?」

「何もしていない。ただ脅しただけだ」

「脅し?」

「竜の姿で『主人の元を離れるとは、お前は素晴らしい護衛だな。仕事をする気がないなら撫でてやろうか?この万物を切り裂く爪で……』とな」

「本来の姿で脅して心折れない人間がいるわけないでしょ! ほらロウ、ラインに謝って!」

「調子に乗った護衛などこれくらいが丁度いい罰……ぐふっ!」

 二発目を叩きこむと、ロウは苦しそうにうめいた。当然の報いだ。

「あ、や、ま、っ、て! ラインはあくまで今回限定であって、そんな極端な忠誠なんていらないの!」

 もう。私が怒ると、ロウはため息をついてから、ラインに頭を下げた。

「すまなかった。私が言ったことは忘れてくれ」

「え、し、しかし」

「いいのだ」

 ラインは戸惑ったように視線を彷徨わせ、それから、少しだけ緊張の解けた顔になって、頷いた。

「……わ、わかりました……」

 それでも、ラインに植え付けられた苦手意識は取り払いようがなさそうだけど。

「とにかく、ライン、エヴァ、ロウ、ご飯作ろ」

「かしこまりました。ライン、収穫物を見せてください」

 ラインはしっかと握り締めていた袋の口を広げた。

「……随分拾ったのですね」

 袋を覗き込んだエヴァが、不思議そうに聞いた。

「はい。ミオ様のおかげです」

「それはそれは。ミオ様、素晴らしいです」

 エヴァは嬉しそうに笑うと、袋を受け取った。

「では、私は料理を始めます」

「私も手伝う!」

 エヴァはゆっくりと首を振った。

「いえいえ、ミオ様。お礼もかねて、ここは私にお任せください」

「……いいの?」

「もちろんでございます。むしろ、私がここで腕を振るえなければ、いったい私は何のためについてきたのでしょうか」

 エヴァのちょっぴり困ったような表情に、私ははっとなった。

「あ、ご、ごめん。お仕事、とっちゃったね……」

「いえいえ。そんな深刻な話ではなく……ただ、私がミオ様のお役に立ちたいというだけなのです。賊に襲われ、心労もおありでしょう。今はお休みください」

「……わかった」

 エヴァはにっこりほほ笑むと、外に出て行った。

「大丈夫、かな。ロウ、エヴァのこと、守ってあげて」

「わかった」

 ロウは頷くと、エヴァを追って馬車から出て行った。脅すな、って釘を刺したりしなかったけど、大丈夫、だよね?

「ミオ様は、怖くないのですか?」

「え?」

 ふと、ラインが聞いてきた。

「あんな化物と一緒にいて、怖くないのですか?」

 ラインの言葉が、胸に刺さった。

「バケモノ?」 

 私の声は、自分でも驚くくらい冷たかった。

「……ミオ様?」

「私を地獄から救ってくれて、両親からも守ってくれて。エヴァも守ってくれた優しい竜が、バケモノ?」

 ラインは目を見開いた。顔中に後悔の色が強くなる。

「み、ミオ様。し、失言でした」

「……一度は、許してあげるけど。次は、ダメだよ」

 私からしてみてみれば、人間の方が、バケモノに見える。

 容易く他者に理不尽な暴力を振るえる人間の方が、より狂気に満ち満ちて、狂暴だ。

「……申し訳ありません」

「いいよ、もう」

 ご飯ができたことを知らせるエヴァの声が聞こえるまで、馬車の中はずっと無言だった。

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