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ガラスのような煌めく日々―パキン、とそれは音を立てて

 私が嫌いな物、人。ロウが嫌いな物、人。好きなものはてんでバラバラな私たちだけど、嫌いなものはおおむね一致していた。

 私の住んでいた地方から遥か東に移動して、二週間。私とロウ、それからお付のドラゴンさんは小さな洞窟で生活していた。

 人里離れた場所で、さながら世捨て人のように暮らす。勉強も仕事もせずに、ひたすら、ロウと一緒に遊びほうける日々を過ごす。毎日仕事仕事と忙しくしていた日々と比べればとっても優しい時間で、怠けるのは悪いことと教えられた私にとってそれはとても、悪いこと。でも、なんだか心地よかった。両親のもとにいた時は毎日が緊張の連続だったけれど、今はとてもリラックスしてゆったりと日々を過ごしている。

 私が両親から解放された時にロウと一緒にいた男の人はドランと言って、ひたすらに力自慢の黒竜だそうだ。この前も小指でちょんと押しただけで大木を折っていた。私は大木を折るのに全力で体当たりしなければならない分、まだまだ子供だなぁと思う。

 私たちの遊びというのは、狩りだ。お腹が空いたら狩りに出かけて、ウサギやキジ、時には熊なんかと遊ぶ。逆鱗を埋め込まれた私はかなり強くなっていて、素手でも熊と互角に戦えるくらいには強い。ロウはキジを口から吐いた炎で狩るのが好きで、調理の手間が省けていい、とのことだ。ちなみに私は首を刈り取るのがうまいってロウに褒められた。えへへ。

 動物を殺すことは悪いことだけど、でも、食べるためだから構わないよね。こんなふうに考えているせいか、私は自分がしていることがいいことなのか悪いことなのかを判定しながら生活する癖がついていた。これはたぶん悪いことなんじゃないかな? なんていうことがあったら積極的にやってみる。この前なんていただきますを言わずにご飯を食べてしまった。うんうん、順調に悪人の道を進んでいる気がする。

 そんな生活をしていた私だけれど、変化は意外なところで現れた。というか、また私は後悔することになる。

『いいこと』をしたことを。

 その人は、熊に襲われていた。このあたりの森は野生動物の狂暴化が目立つ場所らしく、熊なんかはロウが本気で戦っても二秒立っていられるほどだ。ちなみに、人間が一対一でロウと戦ったら一瞬も保たない。そんな狂暴な森に、その人は家来と一緒に遊びに――これは私たち流の言い方で、本来は狩りというのだけれど――来ていた。けれど、ウサギですら魔法使いの炎魔法を一発耐えることができる森で、ただ魔法が使えるだけの人間は、世界の頂点であるロードドラゴンを追い詰めた種族とはいえ不利でしかなかった。

 いつから私は『人間』と私を区別するようになったのかな。ちょっとだけ不思議に思う。でも私ってドラゴンでもないよね。だったらなんだろう。半竜半人っていう、ちょっぴり特殊な種族、とかになるのかな?

 まあ、とにかく。その人は家来のすべてを熊に殺され、メインディッシュにおいしくいただかれようとしていた。家来たちの四肢が転がって大量の血液と臓物が飛び散っているスプラッタ映画も真っ青な場所に変化した森の中で、その人は腰を抜かしてカタカタと震えていた。その人は手に十字架みたいなものを持っていて、たぶん神の御業を行使できるのだろうけど、動揺しきって今にも失禁でもしそうな彼にそんな余裕はカケラもなさそうだった。熊もまだお腹が空いているようで、恰幅のよい彼を極上の『ごはん』と認識したようだった。

 それを傍で見ていた私は、生来の善人気質……ようするに人助け根性が働き、その人の前に現れ、熊と対峙した。

「……」

 熊相手に何かを語る必要があるわけがなく。私は無言で彼の首を刈ろうとした。熊は私の攻撃を爪ではじいた。私の腕の皮がめくれ、肉が露出する。この程度なら問題はない。めげずに全速力で彼の後ろに回り込み、頭の上に乗る。何か手を打ってくる前に、鋭い爪で彼の目玉をえぐる。一つと言わず、両方いただく。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 叫びを声を聞きながら、私は熊から離れる。えぐった目を口に含むと、一気に飲み込む。森の養分にするには、ちょっともったいない。せっかく殺すんだから、余すところなく味わってみたい。

「ふふふ」

 笑ったけれど、油断はできない。視界を奪いはしたものの、余計に狂暴になってしまった。少しだけ焦ると、私は熊へ肉薄した。

 それからも私たちは拳を交わしあい、命のやり取りをした結果、勝ったのは私だった。崩れ落ちる遊び相手を見届けると、彼の亡骸を背負い、立ち去ろうとする。

 その時、彼は言った。

 君は? と。

「私は、ただの女の子です」

「なぜ君のような子が、こんな森に?」

「それ以上聞くなら、あなたもここで森の肥やしになりますよ」

 目いっぱい脅す。でもその人は引かなかった。

「……いつか、迎えに来ます」

「来たら殺す」

 そう言って、私は森の奥へと姿を隠し、こそこそとしながらすみかへと帰った。


 助けたことを本格的に後悔するのは、数か月ほど経ってからだった。

 もうこのころの私はもはや人としての体裁をほとんど保っておらず、言葉だって竜語(唸り声)だったし、服だって葉っぱを蓑のように寄せ集めたもので腰回りと胸を隠すだけとなっていた。女の子の矜持として、お風呂にだけはこまめに入っていたけれど。洞窟のそばに温泉があって、とても心地いいから一日二回は入っていた。いくら野生化したとはいえ、近くには男の人の目があるのだから、凄まじい臭いを放つ女の子にはなりたくなかった。いくらそれが悪いことでも嫌なものは嫌だった。

 ロウと私の仲は、ほとんど進展しなかった。ロウは無理やり私を手籠めにしようとはしないし、私だって別にロウとそういう関係になる気はない。彼には悪いと思っているけど。

 私はそんなふうに、お互いがお互いに望まない踏み込み方をしない関係が好きだった。正直、リュカの次くらいには好きになっていた。彼と過ごす日々は幸せで、穏やかで。幸せってこういうのを言うんだなぁっていうのを実感していた。

 でもやっぱり、幸せをぶち壊すのはいつだって、人間だ。


「竜王、ロードドラゴンよ! 幼き娘を誑かし、己が色欲を満たすために世俗から切り離した大罪、死をもって償わせてやる!」

 そんな文句と共に、何百人という騎士たちが私たちが住む洞窟になだれ込んできた。その中心で指揮をとっているのは、ずっと前に私が助けた男だった。

 私はとっさにロウをかばって唸るけれど、人間たちの反応は変わらない。

「グルるる……(ロウ、逃げよう)」

「グゥゥゥゥ(その必要はない。皆殺しだ)」

「グルゥ(ダメ。逃げなきゃ殺される)」

「グルウウウ(私を誰だと思っているのだ?)」

「ガルゥ……(ダメだって)」

 私たちが竜語で会話しているのが珍しいのか、男は目を見開く。

「言葉まで染めたか。竜よ。もはやおぬしの罪、許され難し」

「うるさいなぁ! 今私ロウと話してるの! あんたは黙ってて!」

 私が叫んでも、男は肩をすくめるだけだった。

「執行!」

 そう言って、周りの兵士たちが武器を抜き放つ。銀色に輝く刃が、鏡のように私たちの姿を映す。

 じりじりと迫る人間たち。ロウはここで竜に戻ることはできない。狭い間隔で人がいすぎだ。ロウは周りにこんなに人がいては竜の姿に戻れない。そして人間時のロウは私と同じくらいに弱いのだ。そんな状態でこんなたくさんの人を殺せるわけがない。

「……わかった。ねえ、私がそっちに行くから、ロウは助けて」

「わかった。さ、こっちへ」

「ロウを逃がすのが先よ」

 しばらく、男は悩んでいた。それから、うなずいた。

「わかった。おい、お前ら、どいてやれ」

 ロウの前の騎士たちが鶴の一声で道を開ける。統率のとれた軍隊、というわけか。

「グルルルルル……(ミオ、本気か?)」

「うん。じゃあね、ロウ。達者で」

「……」

 ロウは屈辱にまみれた顔をしたまま、ゆっくりと洞窟の外まで歩く。外に出ると、ロウは竜の姿を取ってどこかへ行こうとする。違う、きっと離れたと見せかけて奇襲する気だ。

「撃ち落せ」

 その先手を打つかのように指揮官の彼はそう言った。

「はっ」

「え?」

 十数人の騎士が洞窟の外へと出て不思議な言葉を口々につぶやき始める。もしかして、これがこの世界での魔法? ……魔法!? ロウに撃つの? でも、こんな大勢で魔法なんて唱えたら……!

『トール』

 ピカリ、と視界が真っ白に染まった。一拍遅れて、私は目を閉じ、腕で目元を覆った。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 聞きなれた声の聞きなれない悲鳴が、耳にこだました。

「……」

 恐る恐る、私は覆いを外して目を開ける。それでもしばらく感光したように世界から色が抜け落ち、視力が極端に落ちていた。数十秒が経ってやっと、私は普段通りの視界を取り戻した。

「……」

 そこには、何もなかった。森も、動物たちも、草も、竜も。

 あたり一面が、焼け野原になっていたのだ。たくさんの木も、いっぱいいた遊び相手も、ロウも、みんな死んだ。

「なっ……」

「これでトカゲは滅んだ。さ、行こうか御嬢さん」

 そう言って、男は私の肩に手を乗せようとする。私はその手を切り落とす勢いで振り払った。

「……って、……ったのに」

 驚いたように目を丸くする男に、私は怒鳴りつけるように叫ぶ。

「来たら殺すって、言ったのに! よくもロウを!」

 私は男に迫る。体のバネを使って飛び上がり、腕を振りかぶり、爪を男の首に吸い込ませ、それを刎ねる。それらの動作を私は一瞬で行った。誰にも見えなかったはずだ。

 でも、私の攻撃は見えない何かに阻まれた。

「……なっ」

 私は呆然と爪と男の首の間にある何もない空間を見つめながら、なんとか着地する。

「神の奇跡だよ。この前から私は学習したんだよ。この森に来るときは完全防護の奇跡を使ってから来ると決めたのだ。

 まあ、ともかく。御嬢さんは、あのトカゲに洗脳されていたようだ。私の元で、人らしさを取り戻してあげよう」

「よ、余計なお世話だ! 偉そうにして! お前なんか殺してやる!」

 ガッと、男に手首をつかまれる。

「こんな真似、したくはなかったが。お転婆も過ぎると、ためにならないぞ」

 そう言って、男は空いた腕で私の肘の部分を持った。関節とは逆方向に、力が籠められる。

「ちょ、ちょっと」

「なに、神の奇跡があるのだ、すぐ『直る』」

 ぐ、ぐ、と信じられないくらいの力が私の肘関節にかかる。ミシミシ、と嫌な音が直接響く。痛みもだんだんと強くなり、思わず叫んでしまうほど強くなる。それでも、男は一向に力を緩めてはくれない。

 ――まさか。

 そう思ったと同時、ボキン、と聞きたくない音が響いた、次の瞬間。

「ああああああああああああああああああああああああああ!」

 頭を真っ白にするには十分なほどの激痛が、私の腕を襲った。私はその場に立っていられなくなり、地面にのた打ち回る。痛い。腕が動かない。動かない。痛い、動かない。

「悪戯はダメだよ、わかってくれた?」

 そう言いながら、男は折れていないほうの腕をとり、暴れる私をうつぶせで押さえつけ、無事な腕の肘に足をかけ、手首をつかむ。

「やだ、やだ、やめ、やめ」

 今度は一気に、折られた。痛みで頭がショートし、私の頭はいったん、空白になる。

「この足も、悪いことしたね」

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああっ!」

 ボキン、ゴキン。

 何の感慨もなく、私の両足はおられてしまった。

「さ、連れていけ。丁重にな」

 半ば気絶しかけている私は、その言葉がいかに矛盾しているかの判断すらつかなかった。


 ……ロウ。


 私は、もう幸せになれない。落ち行く意識の中、そう思った。


 

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