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提案―悪だくみ?

 王宮での暮らしに、すっかり慣れた春の日のこと。

 暮らし、と言っても私は部屋からは庭で遊ぶ以外一歩も出ない箱入りっぷりだけど。でも、この部屋にいるとまるでリュカに包まれているみたいで、すっかり安心しきってしまうのだ。エヴァや先生が部屋にいることに気を留めたりしなくなった。だからか、この王宮で私を知っている人は、リュカとエヴァ、先生と庭師の人だけだ。こんなに隠されて、私は一体どこのお姫様だというのだろうか。もとは性道具が、ずいぶんな出世をしたものだ。

 なんて冗談めかすことができるようになる、というのは、やっぱり余裕があるからだろうか。


 文字の練習がひと段落ついて、頑張れば長文も書けるようになってきた頃、リュカが私にある提案をしてきた。

「ミオ、踊りって踊れたかな?」

「踊れないよ。そういえばこの世界ってダンスってどんなのがあるの? 私、小学校のお遊戯みたいなダンスしかしたことないよ?」

「宮廷舞踊なんて、ミオはしなくていいの。私と一緒にリズムを刻むだけでいいの」

「そう。それなら、いいんだけど。ごめんね、リュカ、今私これやってて」

 私は日課の書き取りをやっている。その最中にリュカが部屋に入ってきたのだ。今はお昼頃。食事をしてしばらく経った時間帯だ。王族は初月が一番忙しいのだと先生は言っていたけれど、それなのにこんなところにいていいのだろうか。

「陛下、ご公務はどうなされたのですか?」

 案の定、先生は怪訝そうに聞いた。陛下、と口では言っていても先生がリュカを見る目は完全に生徒を前にしたもので、しっかりとした威厳を感じる物言いだった。

「もう終わったよ。ミオのために終わらせてきたんだ。しばらく会ってなかったからね」

「もう。なんだかバカみたいなセリフ」

 私が笑うと、リュカも可笑しそうに笑った。

「ミオの前だけだよ、私が馬鹿になれるのは。……それでねミオ。ミオのこと、いろんな人にお披露目しないといけなくなるかもしれない」

 

 え?

 

 私は思わず、すべての動きを止めてしまった。

「ど、どういう、こと?」

「ミオ、最近貴族たちがうるさくてかなわないんだ。だから、ミオを婚約者として、世界中に発信したいんだ」

 婚約者? 妹じゃなかったの?

「文句は、出ないの?」

「全部ねじ伏せて見せるさ」

「そんなことして、反乱でも起こったら……」

 私の懸念を、リュカは微笑み一つで拭い去った。

「大丈夫。私に仇なすものは、皆殺しだよ」

 その衝撃的で直接的な物言いに、背筋が冷たくなる。リュカの瞳の奥にある自信は、ほの昏い悪意がよく表れている。

 ああ、そうだ。

 そこで、私はやっと思い出した。前世の記憶、最後の誓いを。

 必死になって頑張って、幸せをつかもうと努力したけど全部無駄になって、命のともしびが消えようとしたときに交わした、リュカとの誓い。


 いいことばかりする人生は疲れた。

 一度でいいから私たちを虐げていた人たちの気持ちを知りたい。

 もう『かわいそうに』で終わる人生は嫌だ。

 どうせ死ぬなら、『自業自得だ』って笑われる人生がいい。

 だから――悪いことをしよう。


 それが、最後の記憶。


「悪いこと、しなきゃ」

「そうだよ、ミオ。貴族連中全員をだますんだ」

 幸せになりかけていたからと言って、忘れてはいけない。私は悪になるんだ。もう理不尽な死は嫌だ。悪に手を染めないと。最期はみんなに唾を吐きかけられて、断頭台に送られるだろう。でも、構わない。だって今までの人生でそんな終わりを迎えたことなんて一度や二度じゃすまない。今までは全部冤罪で、全部権力者の邪魔になってしまったから濡れ衣を着せられた。

 でも今回は違う。悪事を重ねれば、私は納得して『自業自得だ』って思える。だから、そのために。

「ミオは私の婚約者。そうすれば反発してくる貴族がいっぱい出ると思う。直接ミオを排除しようとするやつだっているかもしれない」

「私はそいつらを釣る餌ってわけね。わかったそれじゃあ……」

 詳しい計画、というか今後の展望を話していると、先生が震える感じで咳払いをした。

「も、申し訳ありませんが、陛下。私たちは席を外させていただきますね」

「お、同じく席を外させていただきます」

 エヴァも同じように、恐々と頭を下げ、部屋の扉に近づく。

「今聞いたことは他言無用だよ? もししゃべっちゃったら、その口、縫っちゃうかもね」

 半ば冗談じみたセリフだったが、部下の二人にはてきめんだったようで、二人は何度も頭を下げて部屋を退出していった。


 やっと、二人が出て行った。


「ねえ、リュカ、お友達を呼んでいい?」

「いいよ。ここは私の家で、ミオの家なんだから」

 一応、家主の許可をもらうと、私はゆっくりと名前を呼んだ。

「アイ。メグ。いる?」

 ポン、と音を立てて、私の隣にアイとメグが現れた。

『ミオ!』

「おしゃべりしたかった!」

 二人は現れるなりすぐに私に抱き着いてきた。むぎゅ。

「ちょっと、二人とも。く、苦しいよ」

 ぎゅうー、と痛いくらいに抱きしめられて、ちょっぴり困惑する。

「ずっと面とむかっておしゃべりできなくて本当にさびしかったの、ミオ。この国の魔法使いに話しかけてみたんだけど、全然答えてくれないの。ミオの近くじゃないと実体化できないし……」

 メグの言葉に、私はふいに寂しさと恐怖を覚えた。

 もし、その魔法使いとおしゃべりできていたら、メグは私から離れていくのだろうか? アイもメグも、私が『唯一しゃべれる人間』だからこうして仲良くしてくれるのではないのか。もし私と同じように二人を実体化させることができて、おしゃべりできる人間が現れて、そいつが『ミオを殺せ』と命じたら、二人はどうするのだろうか。

「……ねえ、二人とも。私、みんなと仲良くなりたいな」

『みんな?』

 アイが乗ってきた。

「うん。夜と夏の精霊会ってみたい」

「夏の精霊はここから西に行った火山地帯の奥地にいるわ」

 メグはリュカの方をちらちらと見ながら言った。

「じゃあ、護衛をつけて行ってみる?」

 すると、リュカがそんな魅力的な提案をしてくれた。

「いいの?」

「うん。ここしばらくミオを迎え入れる準備をしたいから、その間ちょっぴり危険になるんだよね、ここ。その間精霊のお友達を見つけてくればいいよ。護衛は信用のおける人間を用意するけど、ミオも連れて行きたい人間がいたら、指名して」

 護衛だなんて……緊張する。知らない人に護ってもらうなんて初めてだ。

「わかった。それで、貴族の人たちをだます段取り、聞かせてもらえる?」

「うん。とりあえずこの国は私と貴族連中が半々で権利を分け合ってるんだ。私はかなりこの国に貢献してるから、表だって対立する人はほとんどいない。でも、後継ぎ……結婚に関してはかなり対立してるんだ」

「どういう風に?」

 つまり、とリュカは咳ばらいをした。

「こういわれてるってだけで、私はミオ一筋だからね?」

 急に前置きする意味が分からなかったけれど、頷いた。

「まず、宰相や大臣たち私に近い人が掲げる『適齢期女性』派」

「は?」

「つまり、私の結婚相手にふさわしく、なおかつ私が望んでいるのはこの国における結婚適齢である14歳から18歳であるとする人たち。もう一つが『低年齢女性』派……まあこっちは要するに私がロリコンじゃないかって信じてやまない人たち」

「リュカはロリコンなんかじゃない!」

 私は反射的に叫んでいた。ロリコンっていうのはつまり、私みたいな小っちゃい子に欲情する人の事なのだ。子供はまだ心身共に『受け入れる』準備ができていない。された子は心にも体にもダメージを負うだろう。要するに、子供にとってそういうことは暴力と変わらないのだ。

 そこまで思って、ハッとなる。

「……暴力……」

 悪いこと。

 もしかして、リュカは……

「リュカ、もしかして、幼い子を無理矢理することも『悪いこと』に入ってる?」

 リュカは肩をすくめるだけだった。

「ミオが嫌って言うなら」

「嫌じゃ、ないけど。でも、かわいそう……」

 私のつぶやくような声に、リュカは目を細めた。

「……まあ、そういう話はまた後で。とにかく、大別すれば貴族は二つに分かれている。この二つを両方波風立たせないようにするなら、君を見初めたけどまだ結婚するには満たないから結婚できるようになるまで淑女たる教育を施し、時が来たら結婚する、という形にするのがベストだ」

「……そもそも私たち、本当に結婚するの?」

「形だけはね」

 ふうん……。

「ミオにしてほしいことは、無垢な小娘を演じてほしいことと、側室と仲良くしてほしいことなんだ」

「やっぱり側室はとるんだね」

「嫌なら、この国は滅ぶんだけど。……滅ぼしてみる?」

 何度も首を振って否定する。いくらなんでも、最初の悪事で国を左右するというのは荷が重い。気がする。

「そう。とにかく、ミオはしばらく避難して。次この城に帰ってきたとき、ミオは『正妃候補』だよ」

 うなずいた。この国の人たちはかわいそうかもしれない。悪いことする気満々なリュカを国王にしているんだから。そして、同じく悪いことする気満々の私が、お妃になるんだから。

「さ、これから何しようか?」

「えっと、遊びたいんだけど、その前に……ロウとマリー、それと、フラウは?」

「マリーは親のところに返したよ。ロウは……まあ、楽しみにしといて。悪いようにはしていないから。フラウもおんなじ感じ」

 みんなが無事なことがわかると、心の奥にたまっていたわだかまりのようなものがきれいさっぱり消えてなくなった。

「よし、じゃ、おしゃべりしよう、リュカ、メグ、アイ」

『やっと難しいお話が終わったの? ようし、じゃあ、この前に氷原に行ったときのお話をしてあげる』

「まって、年中花が咲く『豊穣の花園』のお話もさせてほしいわ」

「おや? ミオはね、そういう話よりも意外と乙女っぽい話の方が興味あるんだよ? この前衛兵と町娘が結ばれてね、なかなか波乱万丈だったみたいだよ?」

「私もそういうお話あるよ! 東の国にある山のふもとにね、とーっても綺麗な湖があったんだよ」

 楽しい時間が、過ぎていく。

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