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恵まれた生活―天と地の差

 私はついに、ただのミオとして生活することを許された。両親の前ではナンナとして、国王の前では道具として。今まで私は『使われて』はいたけれど、ロウと出逢って、リュカと再会して初めて私は『私』として生きることを許してもらえたのだ。


 でも、リュカ、私お姫様じゃないのに。


 まあ、何が言いたいのかと言いますと、私に専属のメイドさんがつくことになりました。もう彼女が来てから一週間も経つのだけれど、自分より立場が下の人がいるということ自体が慣れない。最底辺で生きてきた私が、メイドさんに傅かれるなんて想像もしていなかった。彼女の名前はエヴァンジェリン・イーニッシュ。リュカと一緒に眠った次の日、私は見晴らしのいい庭がある部屋に住むことになった。そこの庭が雪化粧に染まっていたので外で遊んでいたら、『今日からお仕えします』とエヴァがやってきたのだ。

 彼女はお茶を入れたり王宮での作法を教えてくれたりと親切だ。でもだからこそ不自然だ。私に優しくしてくれる人なんて、リュカとロウ、フラウだけしかいないはずなのに。

「ねえ、エヴァ、休んでいいよ」

「お戯れを、ミオ様。まだ昼にもなっておりませんよ」

 朝ご飯を食べながら、私は一人になりたくて暇を出してみたけど、エヴァは優雅に笑うだけだった。この人、監視役なのかな?

 リュカが私を監視? いや、違う。王宮全部、リュカのコントロール下にあるとは考えにくい。もしかしたら、リュカをよく思わない人が監視役をよこしたのかも。

 そう推論したせいで、私はしたいことの半分もできなかった。ロウやフラウとだって会えていない。理由はまだ教えてもらってないけれど、なんだか政治的な意図があるらしい。ってリュカが言ってた。ロウとフラウに会えないのはさびしいけど、リュカが言うのなら、仕方がないことなのだと割り切る。

 割り切ろうと、するのだけど。

「……」

 どうしても、会いたい気持ちが止まらない。会ってお話ししたい。遊びたい。

 アイやメグとも会いたい。でも、エヴァがいたんじゃ呼ぶこともできない。

「ミオ様、今日のスケジュールを覚えておいでですか?」

「食事が終わってから文字の練習、昼食の後は立ち居振る舞いのレッスン、夕食の後は自由時間。それくらいかな?」

「はい。委細間違いありません。ミオ様、陛下より言伝がございます」

「リュカから?」

 ピクリと、一瞬だけだけど、エヴァの眉がひくついた。しまった。リュカは国王様だった。気軽に呼んじゃいけないんだった。

「え、っと。へいか、から?」

「はい。『夕食の後、話がある』とのことです」

 夕食の後? なんだろう。

「わかった。謁見の間に行けばいいんだよね?」

「はい」

 エヴァが頷いたところで、部屋の扉がノックされた。そう言えばそろそろ国語の先生が部屋にくる時間だ。私はマナーに則ったまま、食べるスピードを少しだけ早くした。


「では、ミオ様。今日もがんばりましょうね」

「はい」

 私は部屋にある机まで移動すると、先生が用意した紙に、指定された文字を書く。前世では文字書けていたっけ。たしか十歳ごろに死んだから、たぶん、書けていたと思う。不幸な出来事が強烈過ぎて、あったはずの日常が薄れている。

 もしかして、私が自分の人生を振り返った時『不幸なことばかり』だと思うのは、こういうことが関係しているのではないだろうか。身に降りかかる不幸があまりに過激で、そのせいで一部の記憶を忘却しているのだと。

 こうして文字を教わるときも、今は恐怖を感じなくていい。アイゼン家での勉強は、失敗すれば鞭が飛んで来たり爪を剥がされたりしたから、それと比べれば軽く叱られる程度のここは、楽なものだ。だからと言って気を抜いたり手を抜いたりはしないが。

「……ミオ様は、ずいぶん立派な方なのですね」

「どういうことですか?」

 ふと、先生が声をかけてくる。珍しいこともあったものだ。

「いえ、私はほかにも何人かの生徒に教えているのですが、やはり、ミオ様のようにしっかり机に座って勉強なさる方は少ないです」

 その、まるで幼児を相手にするかのような言い草に、クスリと笑う。

「私、これでも十四だよ?」

 私が言うと、先生は目を丸くした。

「……貴族の出ではないのですか?」

 文字の読み書きができるのは貴族と余裕のある平民だけだ。貧民は文字を書けない、読めない。つまり、先生は暗に、私の素性を知ろうとしているのだろう。……なのかな?

「一応、貴族の養子」

「ではなぜ」

「んー……。なんて言えばいいんだろう。いい『お父さん』と『お母さん』に巡り逢えなかったんだ」

 本当の両親の顔を、私は知らない。なぜ私があの家にいたのか、誰も教えてくれなかった。知らなくてもいいことだとは、思っている。でも。ときどき、本当に時々だけど、思ってしまう。

 お父さんとお母さんは、『いい人』なんだろうか。昔は貧乏で仕方なく私を捨てたけど、今は持ちかえしたから、私を探してる、とか。そんな妄想を時々する。捨てられた理由が貧乏なら、私は許せる。だってお金は生きていくために絶対必要なもので、それが足りないのであれば収入を増やすか『口減らし』をしなければならないのは当然なのだ。私がいなくなることでお父さんとお母さんが少しでも楽になるのなら、私はそれでいい。

『邪魔だから』なんて理由だったりしたら、ちょっと許せないけども。

「……そう、ですか。そのこと、陛下には?」

「伝えたよ? というか、今まで経験したこと全部リュカ、じゃない、陛下にはおつたえしたよ」

「そうですか……。わかりました。さ、ミオ様。続きをどうぞ」

「あ、はい」

 私は再び、文字の書き取りに集中し始めた。

 不安げに揺れる先生の瞳には、気づかないふりをして。


 先生の不安は一体どこから来るのだろう。私という存在が『陛下』たるリュカにもたらす影響? それとも、単に私という存在を憐れに思って? どっちだろうか。それとも私が想像もできないような理由なのだろうか。

 わからない。わからないのが、怖かった。

 

 リュカ以外に私がどう思われているか、知りたくて、知りたくない。

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