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番外編―とあるメイドの独白

 エヴァンジェリン・イーニッシュ。士爵の娘で、王宮でメイドをしてる、十七歳の小娘です。

 私は十四の時に王宮でメイドとして働くこととなりました。何人もの人に仕えてきたそれなりにベテランのメイドなのです。

 私は今日から国王様の寵姫と噂されているミオ様にお仕えすることが決まりました。メイドの格は仕える主人で決まります。国王様のお妃様になるかもしれないお方に仕えるということは、士爵の娘にすぎない私にとって大出世と言っても過言ではありません。

 ただ、不安なのは、ミオ様の噂というのがあまりよろしくない類のものばかりということです。

 どこの誰とも知れぬ淫売、などとも言われている、私のご主人様。気性は荒く、粗野で横暴。聞くだけで気後れしてしまいそうです。

 ミオ様のお部屋は寵姫の部屋とは思えぬほど、庭に近い場所にあります。話を聞けばそこは元々侍女の部屋で、 ミオ様の希望でその部屋にしたのだとか。侍女の部屋で暮らしたがるなんて、と多くの者は嘲っていますが、真に敏い者は気付いています。

 王宮で住む場所を自由に決められるのはたった二人です。私にも王宮に私室がありますが、それはあくまで『貸し与えられている』ものです。つまり『出て行け』と言われたらその通りにしなければならないのです。そんな王宮で好きな場所に住めると言うのは、王宮の持ち主である王様と、王妃様だけです。

 まだ正式発表していないだけで、王様はミオ様を王妃にと望んでいる。それに気付いた者は、我先にと側仕えを志望しましたが、それは全て跳ね除けられ、何の因果か私に白羽の矢が立ったのです。やっかみや嫌がらせにも遭いましたが、それ以上に誇らしい気持ちでいっぱいでした。

 ……ミオ様の評価を耳にするまでは。

 外を見ると、雪が降っています。昨日からしんしんと降っている雪は、庭の美しさを一層際立てることでしょう。それにしても、今年は初雪が早いですねぇ。

 私は余所に行った意識ををリセットするかのように頬を叩くと、静かにノックする。ミオ様の部屋には護衛の騎士がいない。あまりに手薄な警備に疑念を抱かずにはいられない。

「ミオ様。本日よりミオ様にお仕えすることになったエランジュリン・イーニッシュでございます」

 返事がない。

 ふと、思い付く。

 護衛がいないのは警備が手薄なのではなく、もうすでに『仕事中』なのでは?そして返事がないのは、ミオ様が声を出せない状況なのでは?

「失礼します!」

 そう思ってからの行動は早かった。警戒しつつ扉を開け放ち、部屋の中に入る。私はこのとき、血に塗れ、臓腑が飛び散るような賊が作り出す背筋が凍りつく光景を想像していました。ところが、私が想像したような凄惨な光景は全くなく、どころか賊すらもおらず。

「ミオ様?」

 ミオ様は降りしきる雪の中、薄着で楽しそうに遊んでおられました。まるで踊っているような軽やかさで庭を駆ける幼い少女は、この時期だというのに夏に着るような薄着をしていました。ミオ様は私に気付くと、くすくすと言う声が聞こえそうなほど楽しそうに、私に聞いてきました。

「だぁれ?」

 幼い容姿に似合わぬ、少し大人びた落ち着いた声に、多少驚きます。しかし口調は舌足らずで、子供が無理をして背伸びをしているように受け取ることもできないではありません。

「私はエヴァンジェリン・イーニッシュと申します。本日付でミオ様の側仕えに任命されました」

 丁寧に頭を下げると、ミオ様は不思議そうに首を傾げました。

「……任命? リュカ、じゃなかった、陛下に?」

「はい。なんなりとお申し付けください」

 なんなりと、かぁ。ミオ様は複雑そうな顔をしました。ため息をつきながら、庭から部屋の中に入って来ました。

「ミオ様、靴に雪が……」

 注意しようとした矢先、私は恐ろしいことに気付きました。

 ミオ様は靴をはいていなかったのです。この寒い中、雪化粧が施された庭を、素足で歩くなど半ば信じられません。

「ミオ様、御御足は……」

 私はひざまずいて、ミオ様の足をみます。赤くもなっていませんし、凍傷にかかった様子もない。ミオ様の肩には雪が積もっているし長い時間庭にいたのは明白です。それなのになぜ素足が無事……というか全く寒さに影響されていないのでしょう?そもそも薄着なのにミオ様は寒がる様子もみせません。

「むずがゆい」

「は?」

 いきなりの言葉に、私はついそんなことを言ってしまいました。

「おみあし? とか言った次に膝まづいて足の検分って、私は一体どこのお姫様?」

 明らかに不機嫌そうな声に、思わず息を飲んでしまいます。

「エヴァさん、私かなり丈夫だから、気にしなくて大丈夫だよ。それから、女の子が『なんなりと』とか言っちゃだめだよ」

 ミオ様は私の肩に手を置いて言いました。

「ミオ様……」

「楽にしてよ。私まだこの生活慣れてないから、かしこまられると、その、困るの」

「……はい、わかりました」

 多少砕けた物いいになってしまったけれど、ミオ様は満足そうに頷いた。肩から手を離したミオ様は、、なにやら呟きながらソファに座りました。

「自己紹介がまだだったね、ごめんなさい。私はミオ。よろしくね」

「はい、ミオ様」

「丁寧語……は、エヴァの立場があるから仕方ないとして、呼び方もなんとかならない?」

「ご主人様、などいかがでしょうか?」

「……ミオ様でいい」

 ミオ様にとってはご主人様と呼ばれることは様付けよりも上位のようでした。

「それでさ、エヴァさん。すごく失礼なこと聞いていい?」

 失礼なこと? なんでしょうか。しかし私は使用人。なんなりと、と言った手前ここで拒否することは許されないのです。

「はい」

「さっきなんなりと、って言ったじゃん」

「はい」

「もし私が成人男性だったとしても、ああ言った?」

「もちろんです」

 別に口上が決まっているわけではないですが、全身全霊でお仕えすることを示すために『なんでも』を用いることは多々あることです。

「エッチなことされたりするかもしれないのに?」

 ミオ様は一体なにが知りたいのでしょう。もしかして、犯されるかもしれないのにそれを含むことを言う、それはつまり抱かれることを許容する軽い女なのか、という質問なのでしょうか。

「ミオ様、ここでは時折そのような問題が生まれます。しかし私達使用人はそれを許容しているわけでは……」

「わかってるよ、そんなこと。でも権力がある人には、逆らえないもんね」

 ふと寂しそうな顔をするミオ様に、はっとなりました。

「も、申し訳ありません、差し出がましいことを……」

「ううん。失礼なことを言ったのはこっち。それでね、聞きたいことって言うのは、エヴァは、陛下に仕えてるんだよね?」

「これまではそうでした。しかしこれからはミオ様だけの使用人です」

 使用人の所有権は誰にあるのかを明らかにしたがる主人は割と多いので、この答えはテンプレートのようなもので、半ばリップサービスのような意味合いも含まれています。

 しかし嘘では無いのがミソです。事実、王宮から出て行くときに、くっついて出て行く使用人は少なくありませんし、主人のため、陛下に牙向く選択をする者も稀にいます。程度の差はあれ、今仕えている主人に大きく寄ってしまうのは仕方のないことなのです。それが素晴らしい主人ならなおさらです。

「私としては、陛下に仕えたままの方がいいな」

「それは……」

「私まだ子供だし、なんなりと、とか私だけの、ってこと言われても、気後れしちゃう。さすがに立場を混同することはできないけど……仲良くしていこ?」

 ああ、と、ようやく私はミオ様の言いたいことが理解できました。

 簡単にいえば、堅苦しいこと気にしなくていいから仲良くしよう、ということなのです。でも、節度はわきまえていただける。この人は、この年齢でもう使用人との付き合い方がわかっています。いや、違いますね。『仕事』ということがどういうことか、『上下』ということがどういうものなのか、理解なさっているのです。

「はい、わかりました。よろしくお願いします、ミオ様」

 私がおじぎをすると、ミオ様はにっこりと微笑んでくれました。

「ん。それで、さっそくなんだけど」

「はい」

「エヴァって色んな人に仕えてきたの?」

「はい。見習いとして様々なところで勉強させていただきました」

 もちろん私は見習いを外れてもう数年です。見習いから正式な使用人になってからもしばらく経ちました。多少ずるい、というかいけないことだとわかっているのですが、ご主人様に余計な気苦労をかけさせないためにも私はいつも、仕えるご主人様が『初めてのご主人様』なのです。

 この考えを友人に話すと『非処女を隠す許婚みたい』なんて散々な評価をいただきましたが。

「じゃあさ、ご主人様がどうするべきか、してはいけないこととか、詳しい?」

「それなりには」

「じゃあさ、私にご主人様のなんたるかを教えてよ」

 さてどう返事するべきでしょうか。そういう教育は陛下が教育係りを寄こすでしょうし、私が先に何かを吹き込んで、ミオ様に先入観を植え付けるわけにはいきません。

 しかし、今のミオ様は非常に不安そうな表情をしています。

「ご主人様がダメダメだと、エヴァも恥ずかしいでしょ? 私、慕ってくれてる……かどうかわかんないけど、下にいる人にそんな思いさせたくないの」

 しかしこんなこと言ってくれる主人を無碍にするのも問題があるでしょう。

「ミオ様は私に甘すぎることを除けばしっかりと『ご主人様』ですよ」

 実際、驚いています。何せこの年の子が『主人』と『使用人』の立場の複雑性……つまり主人であっても使用人を主人と同等に置くことはできないということを理解しているのですから。甘すぎる主人と優しい主人との違いはここにあります。優しい主人は尊敬されますが甘すぎる主人は舐められます。ミオ様が成人ならミオ様のこれまでの私に対する接し方は『優しい主人』に分類されるでしょう。しかしミオ様はまだ子供。仲良くしようと言っただけで、馴れ馴れしくしてもいいと勘違いする使用人がいても不思議ではありません。煙たがられないほどに偉そうにするのがちょうどよい塩梅なのです。成長するにつれ、接し方を変えるのがベスト……なのですが、さすがにこれを伝えるわけにはいきません。これをそのまま口に出せばそれは使用人の領分を越えています。

「……そっか。よかった」

「使用人に命令するのも主人らしさですよ? 試しにお茶を入れろと命令していただけますか?」

 にっこりと微笑むと、私は淑女の礼を取りました。ミオ様は頬を緩ませると、緊張した面持ちで口を開きました。

「じゃあ、エヴァ、お茶、淹れて」

「はい、かしこまりました、ミオ様」

 私はおじぎをすると、『初仕事』に取り掛かりました。

 こんな寒い中薄着でいたりいきなりとんでもない質問したりするちょっぴり変な子ですけれど、上手くやっていける気がします。それこそ、ずっとついていきたいくらいに、です。

 ――あ、噂のこと、すっかり忘れていました。

 噂とは、当てにならないものなのですね。私は考えを改めると、ここ数日で新しく揃えられたティーセットを手に取りました。

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