お話―今までの人生との違い
眠ろう。そう提案してきたリュカだったけど、それが口実だっていうのはわかってる。きっと、リュカは私を求めているんだ。今までだって、辛いことがあった出会いでは、お互い慰めあったものだ。それに、リュカの体は、『そういうこと』をする準備ができている。私の方は、まだだけど。
「リュカったら、こんなヨゴレモノ欲しがらなくてもいいじゃん」
そんなふうに冗談めかして言ったけれど、本当は少しだけ怖かった。男になったリュカが、心まで変わっていやしないか、ほんの少しだけ、不安なのだ。
「イヤ? 私は、ミオがいいの」
天蓋付きの豪華なベッドの上で、ちゅ、と軽く口を吸いあう。それだけでのうみそが溶け出すように気持ちいい。愛しい人と、大切な人と思いを通じ合わせるということは、こんなにも快楽をもたらすものなんだ。この先に進んだら、どれほどの快楽が手に入るのだろうか。この先に進んだら、どれほど想いを通わせることができるだろうか。それは、何よりも素晴らしいことのように思えた。
力づくで奪われるのでなく、脅されながらに奉仕するのでもなく、私は自ら望んで、リュカに、私を――
「いいよ、リュカ。全部あげる。だから、全部頂戴?」
リュカが息をのんだ。それから、私の服に手をかけた。私はきっと、今日初めて、ちゃんと『交わる』ということがどういうことか、わかるのだろう。
「ミオ、無防備だよ」
そう思っていると、リュカが私を抱き起した。
「え?」
ぴしゃりと、冷水をかけられたような気分になる。なんだか、『おあずけ』食らったような気分だ。
「ミオ、今の私たちは男と女なんだよ? 今までみたいに体を重ねるわけにはいかないよ」
「どうして? 性別は違っても、私たちは私たちじゃない」
前世までは、どうしようもない時はお互いを恋人にしたりしていたのだ。性行為とは愛し合うもの同士がすること、という基本原則を忘れないためにも、それは必要なことだった。無理矢理脱がされて苦痛しか感じないような行為を『当たり前』にするわけにはいかないのだ。女の子同士でちょっぴりエッチなごっこ遊びをするというのも、当然の流れだった。
というか、リュカだって、さっきの目は私を求めるようなものだったはず。それなのに、どうして?
「私は、たとえほんのわずかでも、ミオの記憶にある男たちと重ねられたくないし、私の記憶にあるような男たちのようになるつもりもない」
「あいつらは私たちをはけ口にしか見てなかった。リュカは違うでしょ?」
「言い切れるもんか。もう私は男なんだ。さっきだって、どうしようもない欲望が胸の内から沸き起こった。前世では感じたこともないような強い気持ちだ。
ミオ、私の前だからって、気を抜かないで。ミオ、私に裏切られたら、壊れちゃうでしょ?」
「だけど、でも、私、リュカになら、リュカとなら」
リュカになら、何をされてもいい。リュカとなら、なんでもできる。人殺しも、強盗も、拷問も、戦争も、リュカの命じるままに行動できる。
「ミオ。私たち、もう男女なんだから、体で繋がることは、よそうよ」
「でも、リュカ……さみしくないの?」
「大丈夫だよ、ミオ。私はミオが、大好きなのに変わりはないんだから。さ、眠ろう?」
そう言って、リュカは私と一緒に寝転がった。服を脱がそうとも、キスをしようともしてこない。
「いいの? その、発散しないで大丈夫?」
「私は獣じゃないの」
そう言って、ギュッと抱きしめられた。薄汚れた欲望をかけらも感じない、優しい抱擁だった。
「ん」
ぐずるようにして、顔をリュカの胸元にうずめる。ほっと、今まで感じたことのないような安堵感を覚える。
「……ねえ、ミオ、ミオは、学校に行った?」
「え? 行ってないよ」
「私は行った。父上と母上が行けというので、仕方なく、だけどね。面白かったよ。楽しいことばかりでは、なかったけどね。それでも、今までの人生に比べたら格段に幸せだった。ごめんね、ミオが苦しんでいる間、一人で幸せになって」
なんだろう、リュカが遠くに感じる。今まで、私たちはおんなじ痛みを抱えて、同じ歪みを共有していたはずだったのに。まるでリュカはその歪みが矯正されたかのように、私を憐れんでいる。
「何、言ってるのリュカ。私、リュカだけが心の支えだったんだよ。リュカが幸せで、よかった。リュカが苦しんでいなくて、よかった」
すりすりと、顔を摺り寄せる。リュカの品のいい石鹸の香りに、ほっとする。こんな上質な石鹸を日常的に使えるくらい、リュカは満たされた生活をしていたんだ。よかった。
「ミオも、学校に行こう」
「……どうして?」
学校。確かに知識は入る。でも、安全じゃないし、教師だってまともな人かどうかわからないし……。あまりいい思い出がないのも、二の足を踏ませる原因だ。
「学校って、安全で、先生がまともなら、とっても楽しいところなんだよ。私たちの歪んだ常識を正すためにも、学校に通ってよ、ミオ」
通って、と頼まれたのなら、仕方ない。私はしぶしぶだけど、うなずいた。そんなさびしそうな顔で言われたら、断れないじゃん。
「……わかった。でも、通学途中に攫われちゃったりしたら……」
私の不安を拭うかのように、リュカが私を抱きしめた。
「問題ないよ。何せ貴族用の魔法学校だ」
「どんなこと、勉強するの?」
「魔法の事でしょ? それから、戦術のことや、武道のこと。座学は国語に数学と、歴史。簡単だよ」
「……友達、できるかな」
私は、この世界で精霊の友達が二人できた。人間の友達も、できるだろうか。仲良くできるだろうか。
「できるよ、ミオなら。
……どう? 楽しみになってきた?」
うなずく。
「そう。なら、よかった。お休み、ミオ。今まで大変だったでしょ? ここにいる間、ゆっくり休んでいいんだよ」
「……うん、ありがとう、リュカ」
「気にしないで。私がミオを守るから」
「私だって守るよ!」
元気にそう言うと、リュカは何がおかしいのかくすくすと笑った。
「何? そんなに可笑しい?」
「ううん。でも、嬉しくて」
リュカが柔らかく微笑んだのと同時に、部屋の扉がノックされた。リュカが国王様なのを思い出して、あわててベッドから離れようとする。すると、腕をリュカにつかまれた。
「リュカ? 王様なんでしょ? 私なんかと一緒に寝てたら勘違いされちゃう!」
「誰?」
「私です」
リュカが聞くと、さっき部屋に入ってきて、ロウたちを連れて行った人の声だった。
「あ、入っていいよ、優奈」
私に向けるのと同じように優しい声色でリュカが言った。リュカ、優奈って人を信用してるのかな。
「失礼します」
優奈さんはぴっしりと決まった黒のスーツに似合う優雅な動作で、後ろ手にドアを閉めた。
「フラウ様とロウ様は客間にお通ししておきました」
「ん、ありがと。優奈も混じる?」
「……何にでしょうか」
「おしゃべり」
ちょっぴりだけ、むっとなる。せっかく出逢って最初の一日なのに、二人っきりじゃないなんて。それに、優奈さんは妙に私を警戒しているようだった。こんな子どもに、一体何を警戒しているんだろ?
「いえ、遠慮しておきます」
そう返事してくれて、ほっとした自分がいる。よかった。リュカが私を選んでくれて。
「つれないね。というか、丁寧語外してよ。優奈、ミオの前では、いつもどおりでいいんだよ」
む、と優奈さんは唸った。いつもどおりって、何のこと?
「しかし」
「はあ。仕方ないなぁ。命令だよ」
なんだかいろいろ考えていたみたいだけど、リュカのその言葉で、彼女の腹は据わったようだった。はあ、とため息を吐くと一転して、気軽な雰囲気に変わった。
「わかったわよ。陛下、わかる? こうして臣下にタメ口きかせてるってだけで舐められる原因になるんだから。というか、私これを誰かにチクられたらヤバいんだけど」
「え、日本語?」
優奈が話していたのは、前世で私が使っていた言語、日本語だった。ちなみに今の私はこの世界の共通語でモノを考えている。日本語で考えることはできないけれど、意味は分かるししゃべることもできる。不思議なことに、私は生まれ変わるたびに仕える言語が増えているのだけど、母語……つまり思考の言語は常にひとつなのだ。なぜかは、リュカもわかっていない。不思議な力が働いているのかな?
「わ、わかるの?」
「もちろん。私、前世日本人だもん」
「え、嘘!?」
優奈さんはとってもびっくりしてるみたい。私だって、この人が日本人だとは思ってなかったもん。
「嘘じゃないよ! 優奈さんも、前世は日本人?」
「いや、私は異世界トリップ」
「……なぁにそれ」
『イセカイトリップ』? それは一体なんだろう。イセカイは異世界でいいとして、トリップ? もしかして。
「異世界に急にトリップしちゃうことよ」
「クスリやってたの?」
特におクスリやっている人の特徴は出ていないけど……この世界では、日本ではないような特殊なヤツもあるかもしれない。
「なんでそうなるのよ! 旅行の方よ、旅行!」
ああ、なるほど、そう言えばtripにはそう言う意味もあったっけ。ん? ということはこの人、こっちの世界に旅行で来たの? いや、でも、さすがに異世界に容易く旅行できる技術はないだろう。ということは、この人迷い込んだことを『トリップ』だって思ってるのかな?
「へえ。じゃあ、ここに来る前は何してたの?」
「社会人よ。普通のOL」
社会人、の次がわからない。
「OLって?」
仕事なのだろうか。それとも何かの暗喩? 業界の名前? すごく気になる。
「ね、ねえ、それよりさ、あなたは陛下と知り合いなの?」
質問いっぱいしたかったのに、その返答で私は躱されたのだと悟った。
「片割れ、だよ」
私が言うと、優奈さんはいろいろと考えているようだった。すごい疑念が彼女の中を渦巻いているのがわかる。まあ、怪しいよね、普通に考えたら。でも、リュカが信用している人にくらい、信じてもらいたい。
「えっと、まず、いろいろ確認させてほしいの。いいかしら?」
だから、今まで経験してきたすべてを語る心境で、私は頷いた。




