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『再』会―念願叶いて

 謁見の間に通されて、私は平伏していた。国王の前ではそうするものだと教わったからだ。フラウは頭を下げているだけで地面に手をついているわけではないし、ロウに至っては直立不動だ。ただ、マリーだけは私と同じようにひれ伏して、生まれたての小鹿のように震えていた。

「面を上げよ」

 王様にそう言われて、顔を上げる。


 ――と、同時に、こらえ難い感情が胸に沸き起こった。


 それは向こうも感じているようで、目を丸くして私を見ている。

 向こうが、私を見て口を開く。私も、呼応するように口を開いて、言った。


「ミオ?」

「リュカ?」


 その声は同時だった。国王は――リュカは玉座から立ち上がって、私のそばまでやってきた。ほかの臣下や隣にいるスーツ姿の……スーツ? なんで? まあ、とにかく。スーツ姿の女性は、彼の行動に驚いているようだった。『陛下!』と、小さくなだめる声さえ聞こえる。けれど、リュカはそれを全部無視して私のそばにやってきた。

「ミオ、だよね」

「リュカだよね」

 私は彼のお腹あたりまでしか身長がない。なにせ七歳で成長が止まったのだ。それだけではなく、リュカはとても背が高かいのだ。

「男に生まれてたなんて、びっくり」

「変わらず女性で安心した」

 そう言って、リュカは微笑んでくれた。

「王様だったの?」

「王様だよ。堅苦しいけどね。そう言うミオは、今まで何してたの?」

 何してた?

 王様の玩具。あれは一時期囚われていただけで、私が能動的にやっていたことではない。能動的に、自らの身の振りを考え行動に移した結果、なったものは……。

「――野生児?」

「やせいじ?」

 そう、野生児。野に生き、獣を狩り、草を採取し、その日暮らしをする毎日。

「あはは、可笑しいね、ミオ。さ、私の部屋に案内するね。あ、君、帰っていいよ」

 マリーにしっしっと、仕草さえ加わりそうなお手軽さでリュカは言った。

「……え?」

 呆然と、マリーはリュカを見上げた。

「逃げ出すくらい嫌だったんでしょ? いいよ、嫌がってる女の子無理矢理嫁にしたくないし」

 そう言って、リュカは私の手を取って、謁見の間から出ようとする。

「待て」

 ロウが、リュカに威圧的な声をかけた。ゆらりと、リュカが振り返る。

「何?」

「その子は渡せない」

「渡せない? なんで?」

「その子はまだ傷ついている。男と触れ合うのも苦痛なはずだ」

「……ミオ、君はまた……」

 ロウの言葉で察したのだろう、リュカの表情は痛ましげに歪んだ。

「忠告、痛み入る。しかし私は彼女の知り合いなのだ」

「ありえない」

 ぴく、とリュカのこめかみがひきつる。

「なぜそう言い切れる」

「お前がリュカ? 女だと聞いていたぞ」

「そりゃね。今回は違った。それだけだよ」

「男にミオは渡せない」

 ふん、と、リュカの顔が挑発的な笑みを浮かべた。

「で、だったらどうするわけ? それを言うの、ちょっと遅かったんじゃない? だって、ミオはもう私の手の中にあるんだから。その距離だったら、神様でもない限り、何をしても私より遅れるでしょ?」

 リュカの言うとおりだった。もう私とロウは短距離走ができそうなくらい離れている。いくらロウが素早かったとしても、リュカが暴漢だったらどうしようもない距離だ。

 ロウは人を守ることになれていない。

 ようやく、わかった。ロウは『守る』と言っていたけれど、実際に人を守ったことがないんだ。だから『絶対に守る』なんて言えたんだ。どれだけ守ることが難しいか、知らなかったから。

「……返せ」

「イヤ。ミオは私とお話しするの。ミオを物みたいにいわないでよ」

 リュカのしゃべり方は、女性的なんだけど、でもリュカほどの美少年が言えば、『柔らかい物言い』で通用するだろう。

 威厳も何もないしゃべり方に、周りの人は凍り付いていたけれど。

「危害は加えない。約束する」

「信用できない」

 なお食い下がるロウに、リュカはため息を吐いた。

「仕方ない。おいで。そこの御嬢さんも」

 フラウを指して、リュカが言った。

 こうして私は、リュカにお呼ばれすることになった。


「あ、今から私の私室には絶対入らないでね。緊急時は優奈を通して。それじゃ」

 

 そう周りに言い含めるのを忘れなかったあたり、堅実なリュカらしい。


 リュカの私室はかなり簡素だった。天蓋付きの大きなベッドに大きなクロゼット。あとはドレッサーがあるくらいで何にもない。

「いらっしゃい、ミオ。さ、座って座って。何にもない部屋でごめんね」

 そう言われて、私は自然とベッドに座っていた。

「うわすごい、ふかふか」

「そりゃ、王城の、しかも国王のベッドだからね。これ以上のベッドはないよ」

「へえ……」

 東の国の、後宮でのベッドは、記憶に薄い。ベッドの柔らかさなんて感じる暇もなく、王のいいように去れたから。

「それで、貴様はなんなのだ」

 ロウがたまらず聞いた。

「私はリュカ。ま、対外的には『陛下』って呼んでくれたらそれで十分だから、ほかの名前は名乗らないよ。だって、ミオにその名前を呼んでほしくないもの」

「リュカったら。別に、嫌なものじゃないんでしょ?」

「まあね。でも、やっぱりミオには『リュカ』って呼んでほしい」

「そう。それにしても、本当に王様なんだね、リュカ」

 私が聞くと、リュカは嬉しそうに微笑んだ。私の隣に、腰かけてくる。

「そうだよ。もうこれで、私たちは幸せになれる。財力もある。権力もある。物理的な力だってあるし、魔力だって豊富にある。あとは、幸せになるだけ。ミオと、一緒に」

 ぎゅっと、痛いくらい強く抱きしめられる。私も、リュカの背に手を回す。

「ずっと、会いたかった」

 どちらともなく、そう言った。

「会いたかったよ、ミオ」

「会いたかった、リュカ」

 ジワリと涙腺が緩み、涙があふれてくる。

「リュカ、リュカ……会いたかった! ずっとずっと、心の支えだった……!」

「私も、会いたかった! 会いたかった!」

 ギュッと、抱きしめる。お互いの体を全身で感じる。もう離さないとでも言うように。もう誰にも傷つけさせないと守るかのように。

「リュカ、私ね、私ね……」

「ミオ、私は……」

 そんな言葉と共に、私たちはこの人生であったことを、報告し合った。リュカの人生を知って、ようやく、満たされた感覚がした。

 欲望が満たされる感覚ではない。今まで足りなかった何かがようやく注がれ、元の形に戻ったという安堵にも似た満足感だ。

「ミオ、辛かったね。もう大丈夫。私がいるよ。この国王たる私がいるから、もう何も心配はいらないよ」

 そう言って、髪を撫でられる。くすぐったくて、つい身をよじる。

「……コワイ?」

「違うの。ちょっぴりくすぐったくて」

「もう、かわいいなぁ、ミオ。

 ねえ、ミオ。私は明日から東の国に攻め込もうかと思ってるんだ。ついてくる?」

 思考が真っ白になった。

「え?」

「ミオの体を弄んだ奴を、殺す。国単位で滅ぼしてやる」

「りゅ、リュカ、国王なんでしょ? 国のために行動しなきゃいけないんじゃ」

「大丈夫。あの国は資源の宝庫。しかも土地も肥えてる。山に行けば薬草がそれこそ山のように生えてる。あの国を攻め落とすことに異を唱える者はいない」

「でも、国の兵隊さんがいっぱい死んじゃうよ?」

「死なない。私一人で戦場に出る」

「ダメ!」

 私は思わず、リュカの手を握って、必死に懇願していた。

「ダメ、ダメ。やめてリュカ。お願い、そんなこと言わないで。一人で戦場に出るなんて言わないで」

 私は醜い。こんな時、自分が嫌になる。

『この国の人なんて何万人死のうが知ったことではない、リュカにだけは、死んでほしくない』

 そんなことを考える自分が、大嫌いだ。

「大丈夫。私は、強いから」

「今までの人生で何をしてきたの、リュカ! 私たち、世界最強の剣術だって学んだことあったよね、それでもだめだった! 習得すれば世界を掌握できるって言われる魔法体系を身に着けたよね。でも全然足りなかった! 力なんて『絶対』じゃない! お願い、リュカ。私と一緒にいて……」

 リュカの目が、まん丸くなる。それから、ゆっくりと細められる。

「……ミオ、私、今男なんだよ?」

「そうだね。それが?」

「わからないの? 私、今、オオカミなんだよ?」

 そう言って、ミオが私を押し倒す。

「……え?」

 はた、と気づく。

 そうだ。私とリュカは今、異性なんだ。

 愛し合うことができる?

 

 ――ダメ。


 私は、ヨゴレテルから。私はキタナイから。オトメじゃないから。だから、ダメ。

「リュカ、汚れちゃうよ」

「気にしないよ」

「でも」

「手で撫でるのと、殴るのとじゃ、同じ『触れる』でも全然違うよね。それと、一緒」

 ついばむようなキスをされた。

「……リュカが、そこまで言うなら。お願い、リュカ。私と、一緒に――」

 その先は、言えなかった。急に現れたアイが私をリュカから奪い取って、同じく急に姿を現したメグがリュカの前に立っていた。


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