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ロードドラゴンに惚れられまして。  作者: コノハ
繋がり生まれる絆
20/38

吐いてはいけない嘘―これは嫉妬かな?

 その女の子は、マリーと名乗った。セイクリッドの南にあるイアルサーという町の出身で、攫われてここに来たという。このままでは奴隷市場に流されてしまう。だから、一番背が高くて強そうなロウに助けを乞うた。

 そういう事情だそうだが、まったく信用していなかった。

「……きれいだね、これ」

 彼女はそう言って私に輝く石がはめ込まれた銀の腕輪を付けた。ぞっと鳥肌が立ったことには気づかれなかった。

「ねえ、かわいいよね、これ」

 そう言って彼女は怪しい男が開いている小動物のケージの中にいる小鳥に手を伸ばした。

「これ、似合うと思う?」

 落ち着いた雰囲気のネックレスを、きらびやかなドレスを着た彼女は試着していた。

 でも、どれも買うことはなかった。店主の誘いを綺麗に躱して、買わされずに済んでいるのだ。

 ウインドウショッピングが手馴れすぎている。というかそのドレスで奴隷市場に流されるとか本気で信じると思っているのか。

 奴隷市場なんて、たとえ愛玩用でも『汚くない服』だけを着せるんだぞ。そんなドレス、なんで『使い捨て』に着せるんだ。どう考えてもおかしい。

 でもおかしいと思っているのは私だけのようで、ロウもフラウも特に不思議に思っていないようだった。もしかしたら、二人とも奴隷について詳しくないのかもしれない。ロウは人嫌いだし、フラウはお嬢様だし。

 というか、私はマリーに対してふつふつとこみ上げるものがあった。

 嘘をついているの? 助かりたいのに? 死にたくないのに? 売られたくないのに? それなのに、助けてくれる人に嘘を吐くの?

 私は怒りを感じずにはいられなかった。私が安全を得るために、ほかの世界でどんなことをしたか。どんな風に信頼を、信用を得るのに苦労したか。この女の子は、マリーは、信用というものを軽く考えているのではないか?

 信頼は滅多に得られない。だからこそ、得た時それは宝物になるのだ。簡単に信用して、簡単に寄り添って。いったいこの子は何様のつもりだ?

 そこまで思って、気づく。

 ああ、嫉妬か。私はこの子に嫉妬しているのか。

 追われているというのに鳥を愛で。まるで市井の娘のように装飾品を漁って。さながら貴族のようないでたちの彼女に、嫉妬しているのだ。

 今までの世界では、どんなに努力しても手に入らなかった信頼。それをいともたやすく得て、安全を確保できるマリーが心底羨ましいのだ。

「……マリー」

「どうしたの、ナンナ?」

 彼女には、私の真名を教えていない。渦巻くような暗い感情がそうさせるのだけれど、ほかのみんなは私を察して私をナンナと呼ぶ。そうして、気遣ってくれることが嬉しかった。

「ちょっと、こっちに来て。面白いものがあるよ」

 そう言って、人気の少ない路地へと彼女を誘導する。人の流れが途切れたところで、すっと、彼女の頬に手を伸ばす。ちょっと背伸びするようだけど、その動作でマリーは私を見下ろした。

 じっと、彼女の目を見つめる。彼女の服の手を伸ばす。上質な生地でできたそれは、肌触りがよく、ちょっと触ってみれば、裏地に温かい毛皮が編み込まれていることがわかる。貴族用の冬用ドレスだ。

「奴隷がこんな服着れるわけないよね」

「! ……その、私、愛玩用で……」

 私は薄く微笑む。

「知らないの? 愛玩用でももっとボロッちいんだよ」

「でも、そんなこと……」

「だって、服なんて意味ないよ。どうせ脱がすんだもん。どうせ服なんて着せないしね。あなた、どうして嘘つくの? もしかしてロウを狙ってる? それとも私たちのうちの誰か? ねえ、あんまり口をつぐむようだったら、女に生まれたこと後悔させてあげようか? 女の子を傷つける方法なんていくらでもあるんだよ?」

 精一杯の脅し。拷問もできなくはない。されてきたことを思い出すだけでいい。でもそんなのしたくない。あれはとても痛いことで、とても苦しくてとても嫌なことなのだ。それを他人にしたくないのだ。

 でも、私の『したくない』とロウたちとを天秤にかければ、当然、後者に傾く。『したくない』で、友達を失いたくはない。

「ナンナ、どういうことなの?」

 フラウが聞いてくる。

「こんな上等な服を奴隷に着せるわけないよ。もし万が一逃げられた時に、金に換えられないようにぼろを着せるんだよ」

「……この娘は嘘をついているのか?」

 ロウからほのかに殺気が漂う。そう言えば、ロウは人間に騙されて、死にかけていたのだったっけ。そりゃ、嘘つかれたくないよね。

「みたいだね。殺しとく?」

「や、やめっ……! 助けて!」

 私はマリーを地面に引き倒した。馬乗りになって、両手首を頭の上でまとめて地面に押さえつける。ロウの逆鱗の効果で、私はかなり膂力が強い。こんな女の子くらい、すぐに押さえつけられる。

 冷たい目で彼女を見下ろすと、マリーは怯えたように目を潤ませた。

「嘘つき。嘘ってね、こんな大事なところで吐いちゃダメなんだよ?」

「で、でも、だって」

「だって、なに? 次嘘ついたら、この服びりびりに破いて、素裸に剥いたあと貧民街に放り出すからね」

 マリーは目を見開いた。私の目の奥にある真意に気付いたのだろう。嫌なのは変わりない。でもやると言ったらやる。

「……この国の王様に、私、今度嫁ぐの」

「出世じゃん。何が気に食わないの?」

 その王様から逃げてきた私が言うのもなんだけど、普通なら、それは女にとって最高の名誉であるはずなのだ。

「その、私、十八なの」

「ホントに?」

 私はつい聞き返していた。私の頭分一つくらいしか変わらない身長。多く見積もっても同い年程度かと思っていた。それが、四つも上? この精神構造で?

「はい。私はこの国の側室として、召し上げられるのですが……その、今代の陛下はその、非常に特殊な趣味をお持ちだとか」

「何? 監禁趣味で強姦趣味でロリペド好きの近親相姦野郎だったりするの?」

「不敬ですよ!?」

「逃げ出したあなたが言うの?」

 私が切り返すと、マリーはうっとうめいた。

「でも、少なからずそう言ううわさはあるわけだよね?」

 コクンと、マリーは頷いた。私はため息をついた。

「はあ。助けてあげたいのはやまやまだけどね」

 ついこの間まで、私はマリーの立場だった。絶対的権力者のいいようにされるというのは、なかなか苦痛を伴うものだ。抵抗が許されないというのは多大な恐怖をもたらすのだ。

「でも、さすがにこの国の降臨祭を見ようってときに国を敵には回せない」

 でも、どうせ一つ敵に回したのだからもう一つ敵対国が増えたところで、と思う私もいる。

「あの」

 ふと、フラウが手を挙げた。

「どうしたの?」

「噂話って、当てにならないことが多いです。私の国の陛下も、人がよくて優しい、臣下を大切にする賢王だと噂されていました」

 マリーが驚いたような顔をした。私が渋い顔をしているのがそんなにもショックなのだろうか。

「……その国王様は、噂とは違うのですか?」

「まあ、ね。それじゃ、一回会ってみる?」

 私が言うと、ロウは頷いた。

「まあそれがいいだろうな。ここでかくまうと後で我々にも責が問われるかもしれん」

『こんなことでみんなを裁かせやしないけどね!』

 元気な声が聞こえた。そう言えば姿が見えない。国に入ってから二人の姿は見ていないような気がする。

「アイ、メグ、どこ?」

『さすがに、僕の姿が人と違うってのはわかってるつもり。君に迷惑はかけられないよ』

『そうよ。私の大事な友人を白い目で見させたりはしないわ』

 姿は見えないけれど、確かに存在を感じる。それならいい。

「ありがと」

 気遣いが優しくて、つい視界が潤む。なんだか、慣れないなぁ。

「……っも、もしかして、精霊様、ですか?」

『そだよ。僕は冬の精霊』

『私は恵みの精霊』

「ご、五大精霊……」

 マリーが何か言った。この距離で何かを聞き逃すなんてことはめったにない。

「何、それ」

 なんだか尋問してるみたいで悪いなぁ。

「え、えっと、この世界は精霊によって形づくられています。その精霊を束ねる大きな五つの精霊を、『五大精霊』と呼ぶのです」

 なんだか敬語になってるし。そんなに私ってコワイ? まあ、聞き出す手間が省けていいんだけど。

「低温を司る『冬の精霊』、高温を司る『夏の精霊』、大地を司る『恵みの精霊』、空を総べる『光の精霊』、闇を司る『夜の精霊』の五つです」

『こんど夏の精霊に会いに行こうね。夜の精霊には苦労せずに会えるだろうけど』

「そうなの?」

 私が聞くと、アイの気配がわずかに動いた。

『うん。キミの魂は夜の精霊に一番近いからね。ヴァンパイアなんて目じゃないくらい闇を支配できるよ。光の精霊はちょっと気難しい奴だけど、善い奴だよ。きっと気に入る』

「また会いに行こうね」

 私は言うと、マリーの上からどいた。

「とにかく、王様に会いに行こう。そんで、噂通りの人物だったら、マリーを連れて逃げる。今度は北かな?」

 私が言うと、ロウは頷いた。

「それでいいだろう。よし、では今から王城へ行くぞ」

「わかる?」

「まあ、これでもかつては宮仕えだ。この国の王城にも入ったことはある」

 頼もしい言葉と共に、ロウは歩き出した。

「行こうか、マリーさん」

 私は彼女の手を引いて、ロウについて歩く。フラウは当然のように、ロウの隣。まるで二人は夫婦のように自然で、しっくりとしていた。

「……ねえ、ナンナ。あなた、いくつ?」

「十四」

「は?」

「十四歳」

「……まだ十四歳なのに、そんなにしっかりしてるのね」

「私なんて、まだまだ」

 もっと賢くならないと、生きていけない。自分を守れない。もっと賢く、もっと強くならないとなぁ。

 でも、心の底では、そんなに頑張らなくてもいいと言っている。

 ロウがいるのだ。フラウがいるのだ。たとえ私が両手両足を失っても、きっと二人は守ってくれる。そういう安心が、私を童心に返らせていた。

「まあ、最近はちょっと子供っぽくなってきたかな、なんて思ってるんだけどね」

 そう思いながら、私はロウを見る。


 視線を上に移すと、まるで圧倒するように、大きな王城が見えた。

 大きいなぁ。

 視線をロウに戻すと、私はどうやってマリーを変態王から逃がすかを真剣に考え始めた。

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