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私の事情――人を探しています

 なんだか、ロードドラゴンに惚れられました。

 ことの起こりは三年前、私がまだ七歳ごろのこと。本来なら立ち入ることを禁止された森で両親に頼まれた薬草を摘んでいたところ、手負いの竜を発見。本当なら見殺しにするつもりだったんだけど、気が付いたら薬を調合した上に伏兵からかばったりしていた。なんていうかね、本気で見殺しにするつもりだったんだけどね、前世から続く善人気質のせいで、体が勝手に動いていた。んで、死にかけた。というか、彼の話を加味すると、一度は死んだらしい。

 で、生き残るためにロードドラゴンの逆鱗なんてものが体に埋め込まれていて、そのせいで私、尋常ならざる力を手に入れてしまった。それとはほかに、竜の頂点に君臨するロードドラゴンの恋情も一緒にセットでついてきた。

 まあまあ私はこれでも転生したことのあるほかの人とは経験値が違う人間ですよ。そう驚くことなく、私は彼を受け入れた。恋仲にはなってないけど。友達から、というやつだ。

 私は毎日彼のところに行き、時間と都合が許す限り話す。んで、時間と都合が悪くなったら帰る、という生活を三年間続けた。彼との会話はとても穏やかで、癒される。辛いこと、苦しいことには慣れっこなんだけど、幸せだとか、優しくされることにはなれていなくて、気を抜いたらコロッといっちゃいそうになってて、困る。

 私の家庭は非常に歪んでいる。だから、ロードドラゴンと会っていることは隠してきた。私、隠し事は超得意だから家族の誰にもばれずに今まで過ごしてこれたけど、そろそろ限界が近づいてきている。だからそろそろなんとかしないといけないんだけど……ううん、どうしよっか。

「今日は南の方へと向かってきた。あまり収穫はなかったが、土産がある」

 私たちは洞窟の中で会う。洞窟の広さは大体三メートルくらいで、もし彼が竜のすがたを取ったんならちょっと手狭。でも彼が人の姿を取るときは私の年齢に合わせてくれるので、場所も取らず、気軽に話すことができる。大人の男だとちょっと警戒しちゃうしね。

 彼の腕の中には南国フルーツが山のようにあった。

「これ、バナナじゃん。へえ、ここにもあるんだ」

 この世界は私のような娘が森に出て薬草を摘むのが仕事ということから察してもらえるだろうが、あまり科学技術は発展してない。魔法技術もまた、発展途上だ。人は動物や竜に頼り切った生活をしている。いや、国がお触れを出したので、竜と人間は敵対関係になったのだが。最近になってようやく、各属性の魔法体系が確立された。まだ魔法がどうして使えるのかを解明した人間はいない。そして、私が普段暮らしているような田舎の村では、魔法も科学も縁遠いものだ。私だって、今まで一度も魔法を目にしたことがない。生きていれば、いつかは見ることができるだろうか。

「バナナ、というのか。毒はあるか?」

「ないよ。甘くておいしいから、食べてみて」

 そう言って私は黄色い果実の皮をむき、中身を食む。うん、ぐっと。隣を見ると、ロードドラゴンのロウは皮ごと食べていた。

「……どうりで苦かったわけだ」

「んふふ、ドジなんだから」

 そう言って、私は笑う。たまに、私の知識がロウのそれを上回っている時があって、それは大体前世がらみのことだ。バナナだって、そう。

「リュカはやっぱりいなかった?」

「ああ。名前もきかなかったな」

 はあ、と私はため息をつく。

 私は、リュカという人間を探して生きている。今はまだ力のない子供だが、大きくなったら世界を旅して、リュカを探すのだ。リュカを見つけたら、一緒に幸せに暮らすのだ。性別も容姿もわからない。でも、きっと彼女はこの世界にいて、私と同じように私を探しているに違いないのだ。一緒に暮らして幸せになるということは、前世からの絆で、約束で、誓いだ。魂で私たちは結ばれているのだ。リュカだって、前世までは私と同じ善人だった。でも、今回は彼女だって悪人になると決めているはずだ。だから、きっと、いつか、見つかる。見つかるはずなんだ。今はロウに手伝ってもらっているけれど、いつかは私も、この足で探したい。

「すまない、本当に」

「いいのいいの。簡単に見つかるとは思ってないから」

 そう言って、顔の前で手を振る。なんでもないよ、のサインだ。

「……そう言ってくれて、助かる。あまりミオの落ち込む顔は見たくないから」

「ありがと」

 ロウの愛情は嬉しい。けど、重い。純粋過ぎて、まっすぐで。子供のような恋心が、酷く重い。私がこの世界に生まれる前に経験した人生の多くで向けられた感情とは大きく違いすぎて戸惑ってしまう。

「……で、さ。私、たぶん、そろそろここにこれなくなる」

 ロウは、驚いたように目を見開いた。

「なぜ?」

「両親に、疑われてる」

 実は、この三年間で両親のことを会話に上らせたのは、これが初めて。ずっと、秘密にしていたのだ。

「何を?」

「男と会ってるんじゃないかって」

 本当はもっと口汚く、直接的に聞かれたけど。その時は、何も知らない生娘を演じた。

「……そうか」

「これからも会えるだろうけど、毎日は無理。これから時々、会えない時もあると思う。その間、我慢してね」

「……でも」

 渋る彼に、私は抱き着いた。

「ごめんね。でも、絶対に、両親に近づかないでね。もし、私の家の前にいたりしたら、許さないから」

 ちょっと強い脅し。彼の体がこわばったのを感じた。そうした悪意を大切にしてくれるロウに向けることに、凄まじい後ろめたさを感じる。

「……私は、怖いか?」

 何を勘違いしたんだろう。ロウほど信頼できて安心できる男なんていないだろうに。

「怖くないよ」

 私はそう言って、離れた。

「別の理由があるだけ」

 にっこりと笑って、今日は帰った。


 それから私とロウは、どんどん疎遠になっていく。二日に一回だったものが一週間に一回になり、三週間に一回になり、一年経った今では、一か月に一回だ。寂しいけど、仕方ない。……仕方のないことなの。

 今ロウは何してるかな。リュカは何を考えているのかな。あの子はどこにいるのかな。そんなことを考えながら、私は日々をやり過ごしている。

「……」

 家の前で、私は家族の洗濯物を洗っていた。たくさん量があって、一人でやるのは大変だ。でも、苦にはならない。私はこの家の小間使いとして、こき使われていた。たぶん、このまま大人になったらきっとお父さんに食い物にされる。嫌だけど、逃げることはできない。この世界には児童相談所も家庭裁判所もないんだ。自分の身は、自分で守らないと。……でもどうしよう。今はまだ布団に忍び込んでくるだけだけど、このままだといつか……。

「ミオ」

 ふと、声をかけられた。男の人の声だった。

「はい?」

 考えごとをしていた私が頭を上げると、そこには。

「……」

 そこには、青年の姿をしたロウがいた。大人の姿をしていたけれど、顔立ちには私がいつも話していたロウの面影があった。彼は長身の体に貴族風味の上品な服を身に着け、これまた上品で上等なステッキを持っている。その傍らにはがっちりとした男の人が燕尾服を着て立っていた。まるで、貴族か何かのようだった。

「ロウ、どうしてここに」

「……」

 ロウは、何も言わなかった。しばらくして、家の方からどたどたと駆けつけるような音が聞こえた。

「ナンナ! ぼうっと突っ立って何してるんだい!」

 私はあわてて振り返る。豪華な私の家があって、その玄関からは皮の鞭を手にした『母親』がいた。私は思い切り頭を下げた。

「も、申し訳ありません! そ、その、お客様が」

「客? ……どちら様?」

 『母親』が、ロウにいぶかしげな視線を向けた。

「いえ、私はロウと申します」

「ロウ? どこのロウだい?」

 ロウはにっこりと笑って私の手を取った。

「行こう、ミオ」

「し、しかし」

 私はその手を振り払おうとする。でも、ロウは力強く私の手をつかんでいて、離そうとしない。

「ロウ……さま」

 彼は離れ離れになると言った時よりも、大きく驚いて、そして悲しそうに眉尻を下げた。

「ナンナ、知り合いかい?」

「い、いえ」

「お母様。この人をお連れしてもよろしいでしょうか?」

 ロウ。この人をお母様なんて呼ばないで。思わず叫びそうになる。

「ダメだね。この子が出て行ったらいったい誰が掃除するんだい?」

「娘は、奴隷ではないはずです」

「何を大げさな。ちょっと手伝ってもらってるだけだよ」

「家事のすべてを一人に任せ、できなければ厳しい折檻。最近は、お父様が夜な夜なミオのベッドに忍び込む始末。まだ手は出していないようですが、時間の問題でしょう。その上貴族の義務である子供への就学義務を怠り、召使いか奴隷のようにこき使う。さて、これのどこが『ちょっと手伝ってもらっているだけ』なのでしょう」

『母親』の鞭を持つ腕が、振り上げられた。狙いは、私。私は痛みを覚悟して、目を閉じた。

「……ミオに、手を出さないでください」

 『母親』の腕を、前に出た執事さんが止めていた。

「うるさいね! どうせナンナがあることないこと吹き込んだんだ! あんたも男ならこんな女の言うこと信じてるんじゃないよみっともない!」

「こんな女?」

 ピクリと、ロウの動きが止まった。ぞっとするほどの怒気と殺気が、ビシバシと音を立てそうなくらい発せられる。『母親』だけでなく私でさえ、その圧力を感じさせるほどの空気に怯えていた。

「ロウ、待って、ダメ」

 私は慌てて止めるけど、ロウが止まる様子はない。ロウは怒りをあらわにしたまま、静かに口を開く。

「こんな女? 見くびるなよ人間。ミオのことを何もわかっていないような人間が、ミオを判断するな」

 めり、めり、とロウの体が膨れ上がっていく。

「な、なんだいあんた! ミオは私の娘だよ!? 文句があるってのかい!?」

「ないとでも!?」

 次の瞬間、ロウはロードドラゴンとなっていた。

 金色の鱗。鋭角なフォルムの顔。鋭い爪と大きな翼に、巨大な体躯。

 世界の絶対者、竜を総べるロードドラゴンの、姿。あの時は、ボロボロだったけれど。けど、今のロウは完全で、完璧で。私は、その素晴らしい彼に、見とれていた。強さの象徴。そんな言葉が頭の中に浮かんだ。

「ひ、ひぃっ!」

 『母親』は怯えて腰を抜かしたようだった。それはそうだ。私だってこのロウに凄まれたら、きっと何もできずに頭を垂れるのだろう。

「ミオ」

 そう言って、ロウは掌を私のそばの地面に置いた。乗れ、ということだろうか。手の平に乗る。そうすればきっと、私はもうこの家で苦しまなくて済むのだろう。

「……」

 私はあまりためらうことなく、ロウの手の上に乗った。

「お、お待ち! あ、あんた、誰が拾ってやったと思ってるんだい! だれがそこまで育てたと思ってるんだい! 恩を仇で返すつもりかい!」

 ゆっくりと、掌が占められていく。いくら『母親』でも、竜に護られた私に鞭打つつもりはないようだ。

「お母さん。あなたのような人は、いつもそう言うんです。そしていつも、私はここで立ち止まって、救いの手を振り払っていたんです」

 いつも、いつも『恩』があるから、なんて理由で私は救われることから遠ざかっていた。いつもいつも、ここで私は優しい手から離れて、自ら地獄へ落ちていったのだ。

『恩返し』なんて善いことを、しようとしたせいで。

「お母さん。それで立ち止まるのは、前世までです。今回の私は、違うんです」

「……は?」

『母親』は、驚いているようだ。それも、そうか。

「私、今回は『悪』に生きるって決めたんです。善いことしても幸せになれないから、悪いことしようって。だから、恩だって踏み倒します。それでは、お二人とも、お元気で」

 ぺこりと頭を下げると同時に、ロウは飛び立った。一気に上空に上がった後、凄まじい速さで景色が流れる。

 屋敷が、小さくなる。

「……悪に生きる、か」

 飛んでる最中、ロウが言った。

「うん。私、大悪党になるよ。だから、善い奥さんなんて、期待しないでね。私、あらゆる悪事を、働くつもりだから」

「付き合う」

「ダメだよ、こんな悪い女について行ったら」

 ロウはそこで、クスリと笑った。ドラゴンの姿だったから『ゴフフ』っていうのがすごい重低音で響いたけど。

「そう忠告するのは、善いことではないのか? 真に悪なら、こういう男を利用してこそだ」

「……そうだね。ロウも、気を付けてね。私、これからは、誰もかれも利用して生きていくから」

「では私は利用されて生きていこう。キミのために」

「……馬鹿なロウ」

「ふふふ」

 悪に生きる。リュカが一緒ならできるけど、一人だと、やりづらい。

「ロウ、リュカ、探そうね」

「ああ」

 本当に私は、悪い人だ。外を見れば、クルテア大陸が一望できる。国を覆う大きな城がいくつも見えて、人の集落だってここから全部見える。いつか私は、このすべてを焼き尽くすほどの悪に生きよう。善いことをしても幸せになんてなれない。

 善人と幸せは無縁のものだ。だから悪になろう。悪人ならば、たとえ生き地獄の中で死のうとも、自業自得だと笑えるだろうから。もう理不尽な死は、嫌だ。どうせ善人になって人に尽くしても死ぬときは死ぬんだ。だったら悪いことをしたらどうなるかくらい、確かめてもいいではないか。悪人になるんだ。リュカと一緒に悪いことをいっぱいしよう。

 空を前を見ると、雲がどんどん後ろに流れていく。もう私は嫌な思い出しかない屋敷のことは、きれいさっぱり忘れていた。


 こうして私は齢十一にして、家なしとなった。

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