降臨祭にむけて―暦の確認
年末。寒さは最高潮に達し、ほんの少しでも気を緩めて暖の取り方を失敗すれば即、死につながる。そんな過酷な状況にいるはずなのに、私たちの住処はいつもと変わらず緩やかな空気が流れていた。
『もう、皆ここの冬を舐めすぎだよ。火も焚かずに人間がここで生き残れるはずないじゃないか。……まあ、僕がいるからここの誰も死なせはしないけどね』
ロウとフラウはアイのお叱りを受けていた。確かにここを住処に選んだのはロウだし、冬のたくわえの指揮を執ったのはフラウだった。いやまあみんな手探りでやっていたのだから少しの失敗は仕方ないのだと思う。
「……ねえ、アイ」
『どうしたの、ミオ』
「私ね、思うんだけど……冬を司る精霊が、私たちを贔屓していいの?」
『なんでダメなの?』
素で返された。え? なんで私がそんなふうに『何を言っているんだろうこの子』みたいな目で見られないといけないの?
「だって、アイは冬の王様みたいなものでしょ?」
『うん。まあ、そうだけど』
「王様って国民には平等に接しないといけないんだよ?」
ああ、とアイは得心んしたように手を打った。
『そうかそうか。ミオ、僕は絶対的強者、という意味で王様って言ったけど、実は王様じゃないんだよ。だって、僕の支配している領域に『国民』なんていないもん』
「どういうこと?」
『僕はたった一人でこの世界の冬を支配しているけれど、でもだからと言って、どう支配するかなんて誰にも何も言われてないもの。意識しなかったら自然に、でも意識したら自由に冬を操れる。たぶん、この世界は僕みたいな莫大な力を持った意識の塊が折り重なって成り立っているんだと思うよ。メグだってそうだよね?』
アイが話を振ると、眠る振りをして体を横たえていたメグが、うなずいた。
「ええ、そうです。私もありとあらゆる植物、自然の恵みを操作できるの。でも、『私』が存在するときからそれはできるのであって、別に世界の秩序がどうの、などの御大層な義務はないの」
「でも、力あるものはそれなりの義務を負うわ」
フラウの言葉を、メグは微笑んで流した。
「それは人の理屈でしょう? 社会生活を営むために権利と義務を作って、その中で自由に生きる。でも誰も私たちの権利を認めなかったし、誰も私たちに義務を発生させなかったわ」
「世界を滅ぼすのも自由と?」
「まあ、極端ね。世界を滅ぼしてしまえばあなたたち人間がいなくなるでしょう? お友達がいなくなるのはさびしいわ」
そんな理由で秩序だった世界になっていたなど、誰も知らなかっただろう。人がいるからこの世界が在るのだ。
「……まあ、わかったわ」
「ごめんなさいね。あなたの言い分もとてもよくわかるのだけど、やっぱりそれを……つまり、すべての人を平等に扱うのなんて無理よ。お友達とそうでない人とを分けるなだなんて、そんなことできないわ」
認識の違いなのだろう。私の基準がここにいる人たちとリュカであるように、メグたち精霊の基準は、友達かそうでないか。ひどく子供っぽい理屈だけれど、しばらく付き合ってみて、彼らは子供そのものなのだということが容易く理解できた。大人なのは語彙だけで、理屈と感情自体は子供なのだ。
まあ子供そのものとか言ってるけど、世間一般で言う子供なんて、私知らないのだけれど。
「まあ、そこは仕方ないよ。そんな難しい話よりも、もっと楽しい話をしようよ。ねえ、ロウ。そろそろクリスマスだね」
皆一様に私を見た。あれ?
「なんだそれは」
「あー」
そうだった。最近幸せすぎて忘れていたけれど、ここは前世とは違う世界なのだった。クリスマスなんて意識したことないけれど、今はせっかく幸せなんだから、もっともっと幸せになりたい。
「それはね、ええっとね、神様が生まれた日でね、みんなでお祝いするの! みんなでおいしい料理を食べたり、子供たちはプレゼントを期待してみたり……とっても楽しい日なの」
でもなんか、神様がどうとかは、日本じゃ薄れていた気がする。前世では、薄れていた。キリスト教信者が大多数の日本に生まれたこともあるけれど、その世界じゃクリスマスは本当に神聖な夜として扱われていた気がする。クリスマスとか、余裕がなさ過ぎて意識していなかったから、うろ覚えだけど。
「ふむ、ミオはきっと降臨祭のことを言っているんだろう」
ロウがぽつりと言った。
「降臨祭?」
私がおうむ返しに聞く。
「ああ。世界の神がこの世界に降り立ったと言い伝えられている日だ。暦の始まりにして最初の日、初月の一日のことだな」
初月というのは、ういづきと読み、前世で言う一月を言う。初月二の月三の月、と続いていって、十一の月で序数が終わって、終月、ついのつきで一年が終わる。今はもちろん終月。もうすぐ初月がやってくる。
元旦にあたる日が、この世界ではクリスマスの意味を兼ねているんだろう。お祝い事が一つ減ってしまった気分。
というか私、祝日なんて大晦日、元旦くらいしか知らないんだけど。いろんな世界に産まれて、そのたびにいろんな祝日があって。だいたい年末年始は祝日であることが多いから、覚えただけ。いちいちその世界の祝日なんて覚えていられない。幸せになろうと必死で、暦になんて意識を向けていなかった。というか産まれてからずっと監禁されてて外に出たことすらないなんて人生がかなりの割合で占めているから、実は曜日の感覚だって馴染みがなかったりする。
ふと、こう思っていて、感じる。今までの人生がどれほど不幸でどれほどどん底だっただろう、と。そして、今のなんと幸せなことか。きっと、今ロウとフラウ、アイとメグを失うくらいなら、全てをなげうつだろう。リュカと交換と言われても、かなりの時間悩むと思う。リュカは捨てられない。みんなも切り捨てられない。もしその二者択一を迫られた時、私はどうすればいいんだろうか。
「へえ、じゃあ、あとちょっとだね」
「そうだな。……降臨祭は国全体を挙げて祝う。朝からパレードがあったりして、かなり見ものだぞ」
「きれいなの?」
私が聞くと、フラウが答えた。
「ええ。とっても綺麗よ。選りすぐりの演奏者たちがパレードを盛り上げて、町中に花びらが舞い踊るように散らされるわ。降臨祭をどれだけ美しく、派手にできるかが、国力を誇示することにつながるから、毎年すごいのよ」
「へえ」
祝い事でさえ外国と関係しているなんて、本当に国って大変だなぁ。
「行ってみるか?」
「え? ……どうしよう?」
楽しそうだよね。きっと綺麗だろうね。綺麗なものを見てみたい。今までは余裕がなかったけれど、今は綺麗なものを見たいという心の余裕がある。それなら……。
「ロウ、守ってくれる?」
「ミオを傷つけるすべてを滅ぼしてでも、守ろう」
『僕も守るよ。ついでに連れて行ってくれるとうれしいな』
「私も行きたいわ。精霊の友達にも会えるかもしれないし」
アイもメグも乗り気なようだ。
「……で、でも、ミオ、本当にいいの?」
フラウは、少し不安そうだった。
「大丈夫だよ、フラウ。私、みんなを信じてるから」
何があっても大丈夫。精霊二人にロウ。どんなことになっても、私が傷つく前に助けてくれる。心の底から信じてる。
「……ミオがそう言うなら、行きましょうか。連れて行ってくださいね、ロウ」
「わかった。では、降臨祭の日に近くの国へ行こう。確かここから一番近い国は……セイクリッドだったはずだ」
今後の予定が決まった。
とっても、楽しみだ。ああ、早く明日が来ますようになんて思ったのは、いったいいつ振りだろうか。




