決意を固めて―ミオのために
魂の底から、慟哭するような彼女の声に、私はついにたまらなくなってしまった。ああ、この子はなんて、なんて辛い思いを。城での戦闘を思い出す。兵士を殺せず、恨みつらみの根源を傷つけるだけであんなにも罪悪感でいっぱいになって。
私の胸の中で眠るミオの頭を撫でながら私は愛情を注ぎこむようにして力を込めた。
「……いや……やめて、お父さん……助けて、リュカ……」
その寝言が、胸に痛い。今彼女は夢の中で何をされているのだろうか。
これは、想像だが。彼女の口ぶりからすると、ミオは何度も何度も人生を繰り返しているのだろう。でもその中で幸せなものは一つもなく、痛みと苦しみの中、絶望と共に命が潰えたのだろう。そうでなければこんな悲しく憐れな人格が出来上がるわけがない。
幸せの形を知らないのに幸せを求め。
自らの身を守るために悪の鎧を身にまとい。
自分に向けられる優しさすべてを疑って。
彼女に必要なのは愛だ。優しさだ。ごく普通のありふれた日常だ。この子は悪ぶってはいるが、根は善人だ。それも、誰かがそばで守ってあげないとあっという間に食いつぶされてしまうほどの善き人だと言えるだろう。私なら、あの状況で誰か一人でも殺さずにはいられないだろう。本当に強い子だ。優しさを悪意で返されて、どれほど絶望しただろうか。善意を敵意で返されてどれだけ恐怖しただろうか。そんな中でよく優しさを失わないでいてくれた。芯の強さに、心の底から感心する。
「……」
でも、陛下にしても、ミオの身元引受人だったというリッターという人も、なぜこんな愛らしい子供を何のためらいもなく傷つけることができたのだろうか。今私はかなりミオに感情がよっているが、そんなものまともな感性をしていれば誰だって同情する。誰だって、助けられるものなら助けてあげたいと思うだろう。
なぜ今まで彼女の周りには悪人しかいなかったのだろうか。なぜ彼女の周りには善人が一人もいなかったのだろうか。
物思いにふけっていると、空から翼の音がした。空を見上げると、米粒大のロードドラゴンが見えた。あの距離から寝ているミオに気付いたのか、翼の音はほとんどしなくなり、着地の瞬間もまるで羽毛が地に落ちるように静かだった。竜の姿から人の姿になると、ロードドラゴンは背に背負った箪笥と山ほどの服を私の前に置いた。
「私は服のことはわからん。とにかく持てるだけ持ってきた」
「ありがとうございます。それから、ロードドラゴンさん。言動には多分に注意していただきたいのです。先ほどまで取り乱して、大変だったのですよ?」
私が言うと、ロードドラゴンは面食らったようだった。
「ミオが、取り乱す? あのミオが?」
「あなたはこの子に何を期待しているのですか? この子は傷だらけなのです。取り乱しますし泣き叫びます。もっと酷いことを口走るかもしれません。あなたはミオを受け入れることができますか?」
ふん、と彼は鼻で笑った。
「私を試すか、人の子よ。無論だ。どのようなミオでも、私は愛しているのだから」
「……ミオは、どうも愛と性欲を混同しているようです」
「そうなのか? ……なぜだ? 聡明なミオがそんな……」
どういうことだ。なぜ彼はこうもミオを持ち上げるのだ。確かに頭はいいだろう。だが歪んだ認識は頭がいいこととは無関係だ。
「父や母、本来保護してもらい、愛を注いでもらえる人間から性暴力を受ければ混同もします」
「……そうか。私はまだまだ、ミオを知らなかったのだな」
しゅんとなる彼が、少しだけかわいいと思った。絶世の美形で、高い身長。どう見ても好青年というのに、かわいいと思うのはなぜだ。
「そうです。だから、少しずつ知ろうとしてください」
私は微笑んだ。
「……私はミオのためならなんでもできる。だが、何をすればよいのかわからない。何がミオを救うのかわからない。何がミオを苦しめるのかわからない。だから、助けてほしい。何をすればよいか、何がミオの苦しみなのか、教えてほしい」
びっくりしすぎて、私はしばらく何も反応できなかった。
この世に存在する力という概念と同一視されることもあるロードドラゴンが、教えを乞うている。たかだか十六に過ぎない小娘に。ほんの小さな想い人のために、頭を下げている。
「……はい」
その誠実な想いを無下にするのは女がすたるというものだろう。
――断ったら殺されるかもしれない、という疑念を抱かなかったかと言えば、嘘になるが。
「……やめて、やめて、陛下ぁ……私……生きてるんだよ……おもちゃじゃないよぅ……」
ミオの寝言に、二人して黙り込む。夢の中くらい、幸せでいてほしいのに。それなのに、ミオは現実でも夢でも苦しんでいる。
「幸せにしましょう、この子を」
「もちろんだ」
彼から反対されなかった。まあするわけないとわかっているのだが。
この日から、私とロードドラゴンは『ミオを幸せにする』ために行動することになる。




