魔弾の射手はその仮面を撃ち抜けない
明かりを持たずに夜の森を歩く。
青々と茂った木々の隙間から届く月明かりで、歩くのに苦労はしない。
しばらく歩くと、切り立った岩壁に当たり立ち止まった。その上には城と見紛う程に大きな建物が立っている。
森を歩き回った疲労から岩壁に寄りかかり空を見上げると、大きな月がこちらを見下ろしていた。
「ンだよもう疲れたのかァ?人間は弱いなァ……ゲヒャヒャ!」
「………うるさい。」
懐から聞こえた声の主を引っ張り出す。現れたのはリボルバー型の拳銃。
「フルスよぉ、ンなことでオレ様を扱えんのかァ?」
「問題ない……。やるぞ、ザミエル。」
俺は拳銃—ザミエルの銃口を上に向け、引き金を絞る。
パァン………!
静かな森に一発の銃声が響き、すぐに静寂がそれを飲み込んだ。
「…………………当たったぜェ。ド頭ブチ抜いてやったぜェ!ゲヒャヒャッ!」
ザミエルの報告を聞いて大きく息を吐く。これで仕事は終わりだ。
………これ、また森を歩いて帰らないといけないんだよな。
「………ハァ………。」
俺は肩を落としながらその場を後にした。
「……………ハァ………。」
やっと戻って来れた………。
森を抜けて、目の前に現れたベンチに腰掛け息を吐く。あぁ、早く寝たい。
いっそこのまま寝てしまおうか。ボスに報告するのは明日でも大丈夫だろう。
腰に下げていた水筒を取り、中の水を一気に飲み干した。水筒はもう一本残っている。こいつは明日飲むことにしよう。
ゆっくりと息を吐いて空を見上げると、たくさんの星が瞬く夜空が視界いっぱいに広がった。……空なんて見上げたのはいつぶりだろうか。
「…………オイ、フルス。さっさとズラかろうゼ。ここはマズい。」
綺麗な星空に感動していると、懐のザミエルが小声で話しかけてくる。その声音はいつものバカうるさくハイテンションなそれではなく、まるで様子を窺うかのような静かさだ。
「マズいって、何がだよ?」
こいつと会ってもう二年になるが、ここまで静かに話すところを見るのは初めてだ。周囲に人影なんて無いが——。
俺がキョロキョロと辺りを見ていると、道の向こうから二つの人影が現れた。
一人は若い男。カッチリとしたスーツを着ており、心配そうな表情をしている。
もう一人は褐色の肌をした少女。黄色のドレスを纏い、男に支えられながら両手で顔を覆ってよろよろと歩いている。
二人はそのまま俺の向かいにあるベンチに腰掛けると、男が俺を見て口を開いた。
「失礼。娘が人込みと馬車に酔ってしまってね。しばらくここで休ませてやってもいいだろうか?」
「…………いいだろうかも何も、ここは公共の場だ。いちいち俺に許可を取らなくても好きに休めばいい。」
俺はそう言ったが、正直さっさと逃げ出したかった。少女の手の隙間から、視線を感じたからだ。
それも、興味や関心じゃない。まるで値踏みするような視線。一歩でもその場を動けば狩り取るぞ、と言わんばかりの狩る者の視線。
ザミエルの言うことを聞いておけばよかったと後悔しながら、その視線から逃れるように空を仰いだ。耳には少女に話しかける男の声が断片的に聞こえてくる。
「どう……?………は………い?」
「はい、……様。………、……が…………です。」
……………………あぁ、くそっ!
「あの、これ。」
俺は腰に提げていた水筒を男の前に突き出す。
「水、飲ませた方がいいぞ。口は付けてないから安心しろ。」
「……いいのかい?ありがとう、助かるよ。」
男は水筒を受け取り、少女に渡した。少女が両手を顔から離したことでその顔が露わになる。
褐色の肌に金色の瞳。ダークブラウンの髪を後ろで丸くまとめ、すっきりと額を露出させている。水筒に口を付けながらもこちらを見つめる視線は、どこか虚ろで不気味だ。
「いやぁ、助かったよ。さっきまで社交界に出ていたんだけど、そこで殺人があってねぇ。」
少女と見つめあっていると、男が言った。
「いきなり窓が割れたかと思ったら、男爵夫人が倒れてそのまま亡くなったんだ。あれが噂に聞く“魔弾の射手”の仕業なんだろうね。………聞いたことあるかい?」
「………………いや、まったく。」
男の目はまっすぐに俺を見ている。……いや、俺の懐を見ているのか?
「どれだけ遮蔽物があっても、どれだけ姿を隠しても、ターゲットを確実に撃ち抜く狙撃手。二年前からそんな噂がまことしやかに流れているんだ。怖いよね?」
「そう、だな…………。」
居心地が悪い。まるで全てを見透かしているかのように男の視線が絡みつく。息ができない。視線だけで圧し潰されそうだ………!
「………ングッ!ゲフッ!ゴホッ、ゲホッ!」
「あぁ、ほら。落ち着いて飲みなさい。」
意識が飛びかけた瞬間、少女がむせた。男が俺から視線を外して少女の背中をさする。今だ!
「その水筒はやるから、俺はこれで………!」
「えっ、あぁ………。本当にありがとう。」
男の声を背中に浴びながら、俺はそそくさとその場を後にした。
次の日の昼下がり、俺は未だ竦み上がる胸中を誤魔化したままボスの前に座っていた。
ボスはザミエルと契約したばかりの頃に俺を雇ってくれた恩人で、今は魔弾の射手としての仕事を斡旋してくれている。
「昨日の今日で悪いがな、フルス。また仕事が入った。」
低くしゃがれた声が部屋に響く。
「次の的はエンブレオ・ジョセス・アーベルトとその娘、アミリア・アイナ・アーベルトだ。」
「大臣とその娘………ですか?」
俺みたいなド底辺でも知っている。女王ルミナの腹心—エンブレオと、その娘であり優秀な補佐官—アミリア。
「最近王都に入る積み荷の規制が厳しくなってきてるんだが、どうもエンブレオの奴が規制に一枚噛んでるって話だ。このまま規制が厳しくなりゃあウチの商売にも響くからな。ちょうどいい話だ。」
ボスはそう言ってソファに体を預ける。
「いつも通りヤり方はお前に任せる。頼んだぞ。」
「わかりました。」
俺は懐に触れた。昨日の夜以来、ザミエルは静かだ。あの親子は何だったのか色々話したかったが、まぁこのまま静かにしていてくれれば安眠できるし、しばらくすればまたぎゃあぎゃあと騒ぎ出すだろう。
俺はザミエルの異変から目を逸らしてボスの下を後にした。
あれから数日後、俺は王都近くの森にいた。
ボスが得た情報によると、大臣達は王都の東にある町に視察に行くらしい。大臣自らが視察なんてよっぽどの何かがあるのだろうけれど、そんなの俺にはどうでもいいことだ。
「行けるか、ザミエル?」
懐からザミエルを取り出す。
「あぁ、問題無ェよ………。」
ザミエルの声には覇気が無い。ここまで静かだとさすがに気持ち悪いな。
「お前、大丈夫か?この前から変だぞ?」
「………なァに、ちと考え事だ。テメェには関係無ェよ。」
「なんだよそれ………?」
まぁ、いいか。ただの考え事なら俺がとやかく言うことじゃないし。このまま静かでいてくれたなら今夜もゆっくり眠れそうだ。
「それより、人間が大勢近づいてくるゼ?準備しな。」
「言われるまでもねぇよ。」
俺の目でも一台の馬車とそれを囲むように進む騎士達が見えた。乱雑に並ぶ木々、馬車を取り囲む騎士達。普通の狙撃手なら難しい仕事なのだろうけれど、俺とザミエルには関係ない。
ザミエルの銃口を馬車に向けた。あとは引き金を引くだけでザミエルが弾丸の軌道を操作してくれる。俺はザミエルが弾丸を精製するための魔力を貸すだけだ。
「………。」
パァン………!
軽い発砲音と共に弾丸が吐き出された。これで一人………。
キィィン!
「は………?」
俺が成功を確信した瞬間、森に甲高い音が響いた。どこからか小柄な影が馬車の前に飛び出してきて、銃弾を弾いたのだ。
「なんだよ、あれ………?」
飛び出してきたのは恐らく少女だ。恐らくと言うのはその人物が仮面を着けていたからで、そいつはサーベルを持っていて………あぁくそっ!どうなってる!
「ザミエル!なんだよアイツ!なんで気付かなかった!?」
「知るかッ!アイツの魔力が小さすぎて探知できなかったんだよ!」
とにかく逃げ——!
ザッ——!
俺達が言い争っている間に仮面の少女はすぐそこまでやって来ていた。サーベルが俺の喉元を狙って振られる。
「くっ!」
体を反らせて避け、一目散に逃げる。
「アイツこの前のガキだ!撃て、フルス!」
ザミエルの声に押されて引き金を絞る。弾丸は少女に向かって飛ぶが、サーベルに弾かれた。間髪入れずにさらに二発撃つが、少女はそれらも軽々とサーベルで弾く。その間に全速力で走り距離を取った。とにかく逃げないと!
「魔弾の射手の弾丸は必中じゃなかったのかよ!?」
「バァカ、あんなデタラメな防ぎ方想定してねェよ!」
俺達が言い争っていると、少女は腰に提げていた黒い塊をこちらに向かって突き出してきた。どういうつもりだ?
「!伏せろ、フルス!ありゃあ——!」
バババババ——!
ザミエルの声で茂みに飛び込むと同時に、黒い塊から火花が散って周囲の木々に穴が空く。あれ銃なのかよ!
「サブマシンガンってやつだ。あんな風に大量の弾を撃てる。こいつァやっかいだぜェ………。」
「解説どうも………。どうしろってんだよあんなもん………!」
背後で少女が近づいてくる気配がする。いよいよマズいな。俺もあの木みたいに蜂の巣になっちまうのか………?
…………いや、そうか!
俺は少女にも見えるようにわざとらしく走り、近くの木の陰に隠れる。少女は案の定サブマシンガンを撃ってきた。放たれた弾丸がどんどん木を削っていく。
「………ゲヒャヒャ!考えたじゃねェか!」
俺の意図を察したのかザミエルが笑った。……やっぱりお前は、それぐらいうるさくないとな!
「う、くっ………おらぁ………!」
削れて薄くなった木を精一杯押すと、ミシミシと音を立て始めた。もう少し………!
「撃て、フルス!」
ザミエルの声で引き金を絞る。吐き出された弾が削られた部分をさらに削り取り、木が少女に向かって倒れた。
それと同時に走る。少女は追ってこない。倒れた木が邪魔して追って来られないのだろう。このまま諦めてくれるといいのだけれど。
暗殺は失敗した。ボスはどんな顔をするだろうか………。
「仮面のガキだぁ………?」
ありのまま報告すると、ボスは眉を寄せた。
「なにバカなこと言ってやがる!そんなくだらねぇ言い訳してんじゃねぇ!」
………さすがに信じてくれないよな。
「もう一度、チャンスをください。今度こそ完遂して見せます。」
「信じられるか!テメェは一度失敗してんだよ!俺のメンツまで潰しやがって!」
ボスが机を殴りつけて俺を睨む。拳がこっちに飛んでこない所がこの人の尊敬できる所だ。……今はそんなことを言っている場合じゃないな。
俺が黙っていると、ボスは息を吐いてソファに沈み込んだ。
「次に狙えるとしたら、東の遺跡だな。二日後、奴らが王都に戻る道で決着をつけるぞ。」
「………ボスも行くんですか?」
「当たり前だ。こいつは俺のメンツに関わることだからな。もうテメェ一人の問題じゃねぇ。」
ボスはそう言って部下たちに指示を飛ばす。
………これって、戦争ってやつか?
「フルス!ぼさっとしてんじゃねぇ!行くぞ!」
「は、はいっ!」
こんな時だけれど、誰かと一緒の仕事は初めてだ。俺は少しわくわくしながらボスの後について行く。胸の中に燻る不安から目を逸らしながら。
俺がしくじったあの森を抜けた先は荒野になっていて、東の遺跡はそこにある。昔はそこに村があったらしいのだが何があったのか放棄され、土壁の残骸が並ぶ廃墟と化していた。
俺達はそこに陣取り、大臣達がここを通るのを待っている。ボスはもうすぐ来るというが本当なのだろうか。
「ボス、大臣一行が戻って来やしたぜ!」
「よし、準備しろ!」
本当に来た。ボスの一声で黒服たちが慌ただしく動き出す。俺も隠れないと。
「次はしくじるんじゃねぇぞ、フルス。」
俺が後ろで動いたのを感じ取ったのか、ボスはこちらを見ずにそう言った。その背中から信頼を感じる。
「………はい!」
見ていてくださいボス。今度こそあなたの信頼を——!
——パシュッ!
決意を胸に一歩踏み出したところで、背後で間の抜けた風切り音がした。
俺が振り返ると同時にボスが倒れる。
「……………………………………ボス?」
受け身も取らずに倒れたボス。呼びかけても返事はない。みるみるうちに頭の方から血溜まりが広がっていく。
「ボ——。」
「バカヤロー!狙撃だ隠れろ!」
ザミエルの声が俺を現実に引き戻し、近くの物陰に飛び込んだ。一瞬遅れて俺の頭があった位置を弾丸が通り過ぎる。
「ザミエル、ボスは………?」
「諦めな。もう魔力を感じねェ。」
………くそ。
「狙撃手はどこにいる?」
「………わからねェ。魔力を隠してンのか、もともと少ねェのか、何も感じねェ。」
魔力を感じない、か………。
「まァ、あのガキだろうな。………どうすンだ?」
魔力を探知できない狙撃手、隠れる場所の多い遺跡。もうすぐやって来る騎士共。誘い込まれたのこっちだったわけだ。
「………ならせめて、あのガキだけでも殺してやる!」
「………ゲヒャヒャヒャ!面白くなってきたじゃねェか!」
ボスの仇は絶対にとる。待ってろよクソガキ!
銃声に向かって遺跡の中を走る。音に近づくにつれて黒服の死体が増えていく。
「いたぞ!目の前の一番高ェ所だ!」
ザミエルの声に顔を上げると、正面にある家屋跡の二階から光が瞬いた。
物陰に飛び込むと同時に近くにいた黒服が倒れる。狙いはそっちだったようだ。
「ザミエル、今の俺の魔力を吸ってどれくらい弾丸が作れる?」
「戦いながらだからなァ………せいぜい6発ってところか。」
なら、実質使えるのは5発か。最後の一発は………。
視界の端にあった黒服の銃を拾う。とりあえず、これでなんとかなればいいが………。
「………やっぱりそうだ。あのガキ、普通じゃねェ。」
これからどう動くべきか考えていると、ザミエルが呟いた。
「そんなもん、見ればわかるだろ。あれがただのガキに見えるかよ。」
「そうじゃねェ。アイツ、歪な魂してやがる。いろいろイジくられてるみてェだゼ。」
歪な魂、か。ザミエルが悪魔らしいことを言うのも久しぶりだな。
「前に誰かから聞いたことがある。四年前にあった戦争で、反乱軍がガキを兵器に改造して戦わせてたってな………。」
「ケッ!人間ってのは、どうしてこう愚かなのかねェ……。」
まったくだな。………でもそうか。大人の都合で改造されて、戦争が終わっても仮面を着けて戦わされてる。アイツも大人に振り回された被害者ってわけか。
俺はただ捨てられただけだが、人間扱いされない奴の気持ちは少しわかる。俺がしてやれることはただ一つ………。
「……やっぱり、アイツは殺さないと………。」
俺がそう決意した時、銃声が止んだ。恐る恐る顔を出してみると、辺りは死体だらけで立っているものは一人もいない。
「ガキの魔力以外は消えちまったゼ。後はオレ様達だけだ。」
ザミエルが告げた。俺は拾った銃を握り、先程まで少女がいたであろう二階に目を向ける。………いない?
「上だっ!」
「!」
ザミエルの声に咄嗟に物陰から飛び出すと、数瞬遅れてサーベルを持った仮面の少女が降ってきた。俺は拾った銃を数発撃つが、サーベルで全て弾かれる。
やっぱり普通の銃じゃ無理か。急いでザミエルを抜き放ち、少女の頭に狙いを定める。それと同時に、サーベルが俺の喉元に突きつけられた。
「………ようガキ。調子はどうよ?」
「……………。」
俺の軽口に少女は答えない。仮面から覗く金色の瞳が無機質に俺を見ている。
「よくもボスを殺してくれたなバケモノ。ブッ殺してやるから覚悟しやがれ。」
一瞬、少女の目に怒りが過った。バケモノって呼ばれるのは慣れてないのか?
睨み合う俺達の間を乾いた風が通り過ぎていく。それが完全に吹き止んだ時、俺達はぶつかった。
少女の一振りを避け、引き金を絞る。ザミエルが吐き出した弾丸は少女の背後に回ろうと弧を描く——前に弾き落とされてしまった。
俺が黒服の拳銃を突き出すと少女が腕を振る。すると銃を握る手に衝撃があった。見ると、銃口にナイフが刺さっている。どんな切れ味だ!というかどこから出した!
銃を捨てて走る。黒服の死体からもう一度銃を——と手を伸ばした時、後ろから殺気を感じた。反射的に横に飛び退くとナイフが掠めていく。………よしっ、銃を拾えた!少女に銃口を向け、数発撃ちこんだ。
少女が土壁に隠れ、弾丸がそれに傷をつける。姿が見えなくなるのはマズい!
「ザミエル、気配を追えるか!?」
「微かだがアイツの魔力は憶えてる!見失うことは無ェぜェ!」
背後に向かってザミエルの引き金を絞る。吐き出された弾丸は軌道を変えてどこかへ消えた。数瞬後に近くで金属がぶつかり合う甲高い音が響く。
「ゲヒャヒャ!コイツも防ぐたァやるじゃねェか!」
急いでその場を離れる。また数瞬後に無数の弾丸が通り過ぎた。サブマシンガンか………!
「ザミエル、あのやかましいのを黙らせろっ!」
「ゲヒャヒャ!まかせなッ!」
ザミエルの引き金を絞る。弾丸は螺旋を描きながら飛び、サブマシンガンの銃口に吸い込まれた。
「!」
少女がサブマシンガンを投げ捨てると同時に銃身が破裂する。少女は再び土壁の陰に隠れて姿が見えなくなった。
「右だッ!」
ザミエルの声に体を伏せると、頭上の空気が切り裂かれる。黒服の銃を撃つが、少女はくるりと反転して簡単に避けてしまう。いやなんで避けられるんだよクソが!
少女が回転した勢いそのままに腕を振り抜き、こちらに向かってナイフを投げてくる。思わず顔を庇うと、ナイフが銃に突き刺さった。あまりの勢いによろめく。
その間に肉薄してきた少女のサーベルを、使えなくなった拳銃で受け止めた。もう片方の手には——拳銃!?
こちらを狙う銃口を右手でかち上げ、ザミエルの引き金を絞る。少女は後退しながらサーベルで弾丸を弾き落とした。それと同時にサーベルが折れる。よしっ!これでもう弾丸は防げない!—と思ったら少女は腰に差してある短剣を抜いた。
短剣の刃は見るからにサーベルよりも厚くて太い。刃こぼれさせるくらいならできるかもしれないけれど、折ることはできないだろう。どんだけ武器持ってるんだよ!
少女が力強く踏み込み、一気に距離を詰めてくる。短剣が振るわれる前に左手の銃を投げつけるが、少女はそれを左手で受けて短剣を突き出した。
「ゲヒャッ!」
ヤられるかと思ったその時右手が勝手に動き、ザミエルが短剣に噛みつく。勝手に人の体を動かしたことと、そんなことができるのを黙っていたことに文句を言いたかったが、今はいい。銃口は少女の顔面にまっすぐ向けられている。
「くたばれ。」
引き金を絞る。超至近距離からの射撃!これなら——!
パァン!——キィィンッ………!
「………………は?」
破裂音と同時に甲高い音が響いた。見ると先程まで拳銃が握られていた少女の左手には、ザミエルが噛みついているのと同じ形の短剣が握られている。
……………………弾いた、のか?あの刹那のやり取りで?
ザミエルも驚きで固まっている。その隙に少女は弾丸を弾いた短剣を俺の右肩に突き刺した。
「ぐぅ………!」
鳩尾に蹴りを入れられ土壁に叩きつけられる。鋭い痛みが体中を走り、ザミエルに魔力を渡しすぎたせいか目が霞んできた。
顔を上げると、少女が片足を上げてるのが見える。反応できずにいると、少女の足が俺の肩に刺さった短剣を思い切り踏みつけた。短剣は俺の肩を貫通し土壁に突き刺さる。
「ぐわあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
悲鳴が遺跡に響き渡った。目の前がチカチカと点滅して体の力が抜けていく。微かに見える眼前には銃口が突きつけられていた。
「……………………俺の、負けだ。」
もう戦う気力は残っていない。結局、仇は討てなかった。
「…………なぁ、最後に、名前を教えてくれよ………。」
………わかるよな、ザミエル?
「頼む………俺の、最後の願いだ………。」
頭の中にザミエルの声が響く。
“………あァ。今まで楽しかったゼ、フルス。”
「…………。」
俺の願いを汲み取ってくれたのか、少女が仮面を取る。あの日俺を見上げていた金色の瞳が、今度は俺を見下ろした。
「………サラ………サラ・フルフィールド。」
荒野には不釣り合いな幼い声が響く。………そうかよ。それじゃあ——。
「………ザァミエェル………!!」
血を吐きながら力の限りに叫ぶ。大した音量ではなかったが、薄れていく視界の端でザミエルが笑ったのは見えた。
俺の意思を介さず右手がザミエルの引き金を絞る。弾丸はあらぬ方向に飛んでいくが、問題ない。
——魔弾の射手の弾丸は、五発は必ず狙った獲物に当たる。しかし、最後の一発は………必ず己を貫く。
弾丸が俺の心臓を狙ってその射線上にあるサラの後頭部に向かって走った。
キィィィン!!
………これでも駄目か。
サラが短剣を振り、最後の弾丸を払う。勢いを失った弾丸が足元に転がった。………本当に完敗だ。
サラが銃の引き金に指をかける。………俺は何を間違えた?やけに静かだったザミエルを放置したことか?仕事に失敗したこと?そのせいでボスをここまで連れてきてしまったことか?
………それともあの夜、こいつに会ってしまったのがいけなかったのか?
あぁ………ボス、仇を取れなくてすんません………。
パァン!
その音が鳴った瞬間、俺はこのクソみたいな人生を終えた。
「……オイ、待ってくれよ嬢ちゃん。」
背後から聞こえた声に、サラは再び銃を構えた。
先ほどまで戦っていた男は眉間に穴が空いていて生きているはずはない。警戒を強めながら死体に近づく。
「あァ、ソイツは間違いなく死んでるゼ。こっちだよこっち。」
声のした方を見ると、男の握っている拳銃が目に留まった。銃身の下に大きな口があり、それがカチカチと金属音を鳴らしながら言葉を発している。
「まさか、オレ様が撃ち抜けねェ人間がいるとはなァ………って待て待て待て!まだオレ様の話は終わってねェゼ!?」
男が動かないのを確認したサラは再び歩き出そうとするが、ザミエルに呼び止められた。
「………話し方が下品な人とはお話しちゃダメって言われてるの。」
「人じャねェよ悪魔だ。………なァ嬢ちゃん。オレ様と契約しねェか?」
「やだ。」
「即答かヨ!まァ聞けって。」
ザミエルがそう言うと、一応聞いてやる、という顔でサラはしゃがんだ。
「契約ってのは対等なヤり取りだ。オレ様は魔力を、嬢ちゃんは最強の力と称号を手に入れられる。」
「そうなんだ。すごいね。」
「いやいやいや!最強だぞ!?誰にも負けねェ力が手に入るんだぞ!?何もかもが思いのままだ!」
「わたしに負けたくせに、よく言うよ。」
サラは立ち上がり、ザミエルに背を向ける。
「力にも称号にも興味ないから。他をあたって。」
「……………そうかよ。………いや、そうだよなァ。」
背後でザミエルが呟いた。
「憶えておくゼ、サラ・フルフィールド………。テメェはいつか、オレ様が殺す。この“魔弾の悪魔”、ザミエル様がなァ!ゲヒャ!ゲヒャヒャヒャヒャ——!」
サラは振り返ることなく歩く。悪魔の笑い声を、その背で聞きながら………。
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