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第4種危険生物調査員  作者: 百日紅
9/12

9 10年ぶりの再会

 大部屋会議室を出てすぐ隣にある第一会議室と書かれた扉をノックすると、中から女性の声が聞こえたため声を掛けて扉を開ける。


「失礼します。山田和です」

「どうぞー」


 何処かで聞いたことがある声に首を傾げつつ入室すると、懐かしい顔が目に入り、思わず声を上げる


「山中さん⁉え?え!山中さんですよね!お久しぶりです!」

「やぁ、なごみちゃん久しぶり~。元気そうだね。いやぁ10年くらいぶりかな?」

「そうですね!あと僕の名前はナゴミじゃなくて、カズです!って、林さんめ!えっと、そのお変わり……ないみたいで……」


 部屋の中には赤みがかった茶髪をポニーテールでまとめたパンツスーツの女性が座っていた。この女性は山中真弓、10年前に調査組合主催の体験学習会で命を助けられた恩人の一人である。当時の山中さんは中等学舎に通る美人女学生、対してこちらは初等学舎に通う調子に乗ったクソガキの内の一人であったが、年を重ねた山中さんは幾分か背も伸び、かなり女性らしい体つきになっており、少し目のやりどころに困る。


「しってる。しってるー。ちなみにリンさんには内緒にしておくよう頼んだんだよ。いやーなごみちゃんも大きくなってないねぇ……ええっと、それってやっぱり?」

「っ。どうもそうみたいです。どっか脳分泌系に異常が出ちゃったみたいで、いやでもですよ、学舎の同級生が成長痛で苦しんでるとこ、僕だけ関係なく駆けまわってましたからね!第一ですよ、山中さんが応急処置してくれなかったら、僕死んでましたから。だからあまり気にしないでください」

「そう言ってもらえると嬉しいけどさ、気にはなってたんだよ。あの後、すぐに武蔵の方へ転居してしまってそのまま顔を合わすことも無かったわけだしね」


 10年前、中等学舎に通いつつ既に第4種調査員として働いていた山中さんと共に、職場体験の一環で見習い調査員として調査組合主催の職場体験会参加した。当時から調査組合事体にはよく顔を出しており、年が近い事もあってよく話しかけられたのだが、始終からかわれ続けたのを覚えている。

 その行事は、危険領域の入口の結界魔道具の見回りをするだけで、小鬼どころか水妖も出ない遠足のようなものであったのだが、一連の行程を終え、宿泊所へ帰ろうといった段階で事態は急変した。

 吹きすさぶ風に礫のような雨粒。急激な天候悪化に現場は混乱し、大人たちは泣きわめく参加者の子供を引き連れ避難させようとする最中、一人森の中で逸れ、危険領域の浅層を抜け中層にまで迷い込んでしまった。巨大な木陰で雨風をやり過ごしていた所で轟音と共に意識は暗転。気が付けば、季節も変わり、病室の中。首から下には複雑怪奇な火傷跡が出来、逸れた俺を発見、手当をした恩人は、既に予定していた高等学舎へ進学するため三川を離れていたわけである。


「改めて、あの時は本当にありがとうございました。こうして不自由なく生活出来てるのは奇跡みたいなものです。それにしても……中央から来たって言う人、山中さんのことだったんですね」

「そうそう。高等学舎を出て魔法適正の関係で救命の仕事も暫くはやってたんだけどね。どうにも色々とシンドくて……丁度、植物関係で募集があったからそこに入り込んじゃったわけ。なごみちゃんは学舎出てそのまま調査員専業なの?」

「中等学舎出てから専業ですね。なんだかんだで山の中を駆け回るのが楽しかったので。今は色々魔法を習得して、資格も取ってで、どうにか中級調査員をやらせてもらってます」


 紆余曲折でお一人様生活が長かったため、調査員資格どころかオハギと生活するために使役士免許に始まり、中級の第2種遠話師や図書館での文献調査に関わる下級検索士や報告書の独自封印が許される公文報作成者資格なんかまで取得してしまい、今に至っている。


「調査は第4種だったけ?」

「はい。駆除員は……身長の関係で第1種しか取れなかったですけど、実績と限定認定もあったので4種調査員まで行けました。あとは、まぁ今日初めて知ったんですけど、知り合いの警察の人とかが相当根回ししてくれてたみたいで」

「そかそか。縁に恵まれたんだねぇ。でも大分頑張ったんだよね?聞いたよ?大鬼の群れの駆除実績があるって」

「あぁ。懐かしいですね。中等学舎の時ですけど、あれのお陰で4種まで取れた感じです」

「なるほどね。あとは、そのちょっと言いにくいかもだけど、その後の遺症は……成長不全だけだった?」


 優し気でかつ心配そうな眼差しで問いかけてくる山中さんに、少し気恥ずかしくなりつつも、秘匿していたことを尋ねられて一瞬戸惑う。


「えっと、気にしないでください。そのあまり吹聴したくはないんですが、死にかけて体質変わったのか、魔法の属性適正が増えました」


 が、勘が良いこの人に誤魔化しは通じないだろうと諦めて口にすることにした。


「そんなこと本当にあるんだ。ちなみに増えた属性は?」

「えっと……その雷です」

「うわぁ……稀少属性か。それはちょっと使いづらい」


 本気でそう思っているようで、気の毒そうにそう言われる。魔法には陰陽思想にたとえられる五行に対応する属性とそれ以外の特殊属性があり、雷属性は金行に分類されるも人類が使用することが出来ず、伝承上の超越種などが用いる属性と信じられている。そのため、ことが発覚した際、確認した医者からは、誘拐や排斥される可能性があるため、可能な限り人前では使用しないよう強く言われた。


「医者にも似たようなこと言われました。まぁ人前ではそうですけど、基本単独行動なので問題無いです」

「!。そかそか、良い人が担当してくれたみたいで良かったよ。気にはなるけどなるべく使わないに越したことはないね。ちなみにだけど練度はどんな感じ?放電するくらいまで使えちゃうの?」

「フフフ。実は、二重属性で纏いまで行けます」


 属性魔法は、指先や口から属性魔法の塊を放つ初歩的なものから始まり、基本的に習熟度に伴いそれは大規模化し殺傷能力が高まっていく。そんな中で継続的に属性魔法を使用し、それを体や武具にとどめる纏いは、属性魔法の中でかなりの難度を誇る。基本的に身体強化魔法と併用することが可能で、使用することで属性に応じた様々な恩恵をもたらすため中級以上の駆除員にとっては憧れの魔法である。


「うそっ……。そうかぁ。頑張ったんだねぇ。と言うことは、本当に大型種が駆除出来ちゃう感じ?」

「相性にもよりますけど、大猪の駆除は実績ありますね。中層だと大猪とか結構出ますし」


 大猪は体長4mを超す大型の危険生物で、殺意が高い牙を備えた突進は大岩をも砕く。ただし、動きが直線的であるため、隙をついて纏った属性魔法を体内に浸透させてやれば比較的簡単に駆除出来る相手である。


「大猪かぁ。そこは大狼じゃないんだね」

「大狼は群れますし、気配読むのが上手いんで厄介なんですよね。駆除できなくも無いですけど、基本的に避けるようにしてます。あと、大猪は皮下脂肪が厚いだけなので、個人的にはやりやすいんですよ」

「その皮下脂肪が厄介なんだけどなぁ。単純な重量も脅威なんだけど、関係なしか。まぁ兎に角、元気そうでよかった!今回の件で指名されるだけあるなぁ」

「そうですよ!それ!発注者がなんで僕の名前なんて出すんですか?ここじゃあ、限定認定されたり、諸々の事情知ってる人も多いみたいですから、声がかかるのは分かるんですよ?けど、中央なんてそんな一地方の情報なんて埋もれるもんじゃないですか。なんで態々僕を?」

「いや、地方でも限定認定もかなり珍しいよ。それで……はいはい?なんでしょうか?」


 大鬼の群れの件を話そうとしたところで、入り口の扉がノックされ、会話が中断されると、作業がひと段落ついたのか、林さんの声が聞こた。


「山田さん、こっちの作業終わりました。入って大丈夫ですか?」

「大丈夫だよー。どうぞー」


 山中さんが返事をすると、とりまとめと連絡をしていた林さんが疲れた顔をして入室してくる。


「失礼します。えっと先にこのまま報告しますね。水妖の核石ですけど、178個もありました。山田さん、頑張り過ぎましたね……」

「うわぁ……無心で駆除してたんで数えてなかったですけど、そんなにありましたか……」


 予想よりはるかに多い数で、思わず口元がひくつく。確実に一日で処理する量ではなかったようだ。


「はい。小鬼65匹に水妖178個体。発注元には苦情入れておきます。でもウチも過去の状況を聞き取りしないといけないですね。それにウチの情報共有体制もどうやら問題があったみたいですし。引き締めが必要です」

「あぁ、関所で高橋さんもなんかゴニョゴニョ言ってましたね。そのお疲れ様です」

「正直、山田さんじゃなければ事故が起きてたかもしれないで、助かりました。それでですね。今回の保守業務はウチから報告するので、報奨金の方もちょっと時間いただいて良いですか?……交渉して上乗せさせます」


 思ったより厄介な事態になっているようで、説明する林さんは若干目が座っており、少し怖い。


「だ、大丈夫です。林さんの判断にお任せします」

「リンさんお顔が怖いですよ?それって街道の保守作業だよね?なごみちゃん、かなり頑張っちゃったねぇ。そんんな数聞いたことないけど、なごみちゃんもしかして……一日でやったの?」

「えぇっと、ちょっと頑張り過ぎましたね。オハギが居たので、かなり効率よく駆除出来たのもありますけど、水場があったので霧に隠れて狩れたお陰です。平地やましてや街道上だったら流石に2、3日は掛かってたかもしれないです」

「そう言えば水属性だったか。いや、この感じだったら、是非とも今度の仕事は受けてもらいたいなぁ。さて、リンさんも来たことだし、今回の仕事の件を説明しようか」

「お願いします」

「私も同席させてもらいますね」


 林さんが席に着くと、仕様書が広げられ説明が始まる。


「さて、今回の調査は、因幡県(鳥取東部)の因幡砂丘の調査だね。まぁ実際の所は再調査なんだけど、現地の組合員の経験が浅くて腕が悪いみたいでね。現地の人から再調査を依頼された形だ。調査対象は水妖。イレギュラーな水妖の大繁殖の兆しがあるとかないとかで、現地の酒精組合が騒いでるんだよ」

「酒精組合が?中央から人と調査員を派遣する程ですか?」

「山田さん、因幡の酒精は価格の割に魔具との相性が良いので、儀式系の魔具とか封印系の補助具の原材料として重宝されているんです。多分、その関係で中央の省庁に圧力掛けたんじゃないですか?」

「そうらしいよ。因幡の酒精は、因幡龍絶蘭いなばりゅうぜつらんって固有種の蘭を利用した高濃度の酒精でね。農耕地と危険領域、この場合は海浜の砂丘なんだけど、隣接していて、水妖が大発生したら農業被害がかなり痛いらしいんだよ」

「それ、普通に駆除したら良いんじゃないですか?」

「なるほど、補助金の問題ですね?」

「そういうこと。規模にもよるけど、農耕地での水妖の大繁殖となれば、結構な数の駆除員を揃えて一斉にやらないと対処が難しいからね。因幡県の人口的に駆除報酬を確保するのが難しいんじゃないかな?」

「補助金ですか。そんな制度があるんですか?」

「山田くん……今度お勉強しようか?こういう仕組みはちゃんと理解しておかないと……真弓ちゃん、続きお願いします」

「なんか、すみません」


 首を傾げていると、笑顔に圧力を感じ、思わず頭を下げる。どうもお怒りらしい。


「まぁ、その辺やりくりするのも組合の仕事だからね。えっと仕様書にあった地図見る限りだと結構な面積があるから、農耕地に限っても数十人体制位じゃないとカバーできないんじゃないかな?でも事態が緊急対応案件に認定されれば国から予算が出て、他所からも人員を引っ張れるようになるから、多分それが狙いだろうってこと。因幡は調査組合も小規模だし、駆除員も兼業でほとんど県警の駆除官だけなんじゃないかな?」


 なるほどと、頷くも、水妖の大繁殖と緊急対応が結びつかず、首を傾げる。


「でも水妖だけで緊急対応案件になりますか?」

「難しいところだね……ただどうも100年に一度の因幡百合の一斉開花が近いみたいでね?普段水のない砂漠のような環境に水が満ちて、そこに加えて餌となる植物が一斉に生い茂るとなれば……水妖の大繁殖も可能性はあるんだよね。加えて、現地の伝承で因幡の鰐伝説ってあるんだけど、どうもそれが一斉開花に合わせた水妖の繁殖で大型の危険生物が暴れたって話らしくてね、放置するにはちょっと怖いみたいなんだよ」

「伝承?それおとぎ話みたいなものじゃないですか……緊急対応案件にするにはちょっと弱いんじゃないですか?」


 伝承やおとぎ話には、現代では未確認の超越種の存在を示唆するものは確かにあるが、伝承をなぞらえるように超越種が確認されたなど少なくとも吉田の組合では聞いたことがない。


「それがですね、あるんですよ……。私も新人研修の時に聞いたのですけど、アラビアンナイトの舞台の地方で崖下で大型種狩ったら、超大型のコンドルが飛来したとか、釣りあげた不気味なヤツメウナギらしき魚を捨てたら、古井戸に入り込んで成長して大暴れしたとか……私もまた聞きしたので、あまり知らないですけど、各地の伝承、伝説は事実が大分マイルドになって残されてるパターンが多いそうです。なので、有名どころの伝承については中央も結構気にしているって教えられましたね」

「みたいですね。私も務め先で教えられました。天狗に河太郎とかは割とモデルとなったヤツとの遭遇談があるみたいですよ?まぁ、違う地域の伝承が伝わってるなんてケースもあるから、アレだけど。兆しのない猛烈な大嵐は、龍が招いたとか結構本気で信じてる地域もあるんだ」

「そうなんですか?初めて聞きました……」

「もしかしてだけど、ナゴミちゃんもあってるかも知れないよ?ほら、10年前のあの時の嵐、雲一つない快晴がその気配も無く急に嵐になったし」

「そうでしか?……覚えてないですね」

「山田さんは覚えてないかも知れないですが、確かにいいお天気でしたね。組合も予想外の事態で上から下まで大騒ぎだったんですよ?入念に準備した職場体験は中止、片っ端から組合員集めて捜索隊を出して、まさか中層まで迷い込んでるとは思わなくて、それも深層間際の場所ですよ?5日も探したんですからね?」

「5日⁉5日も行方不明になってたんですか⁉それに深層って初めて聞きましたよ⁉」


 またしても知らない情報に思わず大声が出る。


「あ、すみません。僕の体感では数時間彷徨って落雷で気絶したので……。あれ?でも、見つかったのって落雷で焼け落ちた木の根元ですよね?それだと可笑しくないですか?流石に5日も彷徨った記憶はないです。当時は強化魔法も初級程度しか使えなかったですから、中層の最奥までどう考えても到達できないと思うんですけど」


 朧気であるも、迷い歩いた時間は精々数時間、推定中層の最奥まで子供の足で踏破出来る距離ではない。


「えっと、私が見つけたのは深層のほぼ入り口、広場で焼け落ちた樫の根本だったね。痕跡が全然見つからなくてね?4日目に捜索範囲が深層間際まで広がったんだ。無理言って私もついて行ってようやく見つけたんだよ」

「そうですね。当時は神隠しだの大分騒ぎになったんですよ?けど、山あいで消えた子供がとんでもない距離を移動して見つかるなんてこともあったので、恐慌状態になって迷い込んだのだろうって話になって終わりましたね」

「結局年度が変わっても目が覚めなくて、そのままあやふやな感じで私も武蔵に移っちゃいましたけど、そうだったんですね」


 病室で目が覚めた時は色々と変わったことが多すぎて、記憶もあやふやであるも、自分の認識と事実ではかなり齟齬があり閉口する。懐かしそうに当時のことを話す二人の姿は嘘を言ってる感じはなく、どうやら間違いなく事実であるようだ。


「なんか、僕が覚えてることと大分違いますね……。病室で目が覚めて、気が付けば山中さんも引っ越した後で、僕自身も引っ越したりしたので、そんなに寝てたなんて知らなかったです」

「まぁ、子供の頃の話だからねぇ。色々気になるだろうけど、そろそろお仕事の話に戻ろうか?」

「そうですね。ちょっと気になりますけど、お願いします」


「まぁ、話を戻すと、補助金目当てで再調査をするわけなんだけど、前任者が完全に素人でね。……碌な資料が無いんだよ。どうもあっちは人手不足が深刻みたいで、ウチ御用達の検索師に探してもらってるんだけど、今の所、簡単なリストが出るだけで、他は何もなし。現地の生態系がどんな状態か碌な情報がないわけ」

「因幡は……県庁職員が兼業で組合を運営しているって聞きましたから、かなり小規模なんだと思います。駆除組合の方はそれなりに加入者が多いみたいなんですが」

「えっと、つまり前情報無しから始めるんですね?調査項目はどんな感じですか?あと範囲とか」


 危険領域の調査は多岐に渡る。この国が現在の中央集権制に移行して早半世紀。それまで地方独自で積み重ねられた知見を集約し、同等の精度で情報収集をはじめ数十年。領域調査の項目は多岐に渡る。もっとも、専門の研究機関に比べればその内容は大したことが無いのであるが、一朝一日でこなせるものでもない。砂丘周辺ということもあり、出来ることはあまりないであろうが、調査範囲によっては恐ろしく時間がかかる。


「片っ端から」

「え“……」

「動物相、植物相、分布に密度、個体数は……流石に地点絞ってから見ると思う。流石に測量とか環境条件までやる余裕はないけど、地図とリストに表を作って解説添えて報告する感じかな。あーあと文献調査は既にはじめてるね」

「うわぁ。それ結構時間要りますよ……現地の地図はこれなんですよね?」

「そう。見事に白紙でしょ?多分、聞き取りとかでもある程度情報は埋まると思うんだけど、中央の役人も頭抱えていたよ」

「これ、相当広いですよ?」

「うん。伝承の件もあるからそこまでゆっくりは出来なくてね。毎晩速報を提出して中央でそれを解析するそうだ。まぁ、そんなわけで、書類作成が早くて手ごろな調査員ってのでナゴミちゃんが指名されたわけだ。公文報作成者4級持ってるんでしょ?」

「取りましたね……林さんに事務手続きを簡素化できるからって勉強させられて取りました」

「いやぁ、山田さんは真面目で嬉しいです!報告書を一々確認して封印してから受理って大変なんですよ。確認する度に差し戻ししてって大変なんですよ?」


 そうなのである。公文報作成者の資格は、定期調査の報告書を個人で封印し中央図書館へ複写することが可能になるため、現地での調査終了から報告までの日数を大幅に短縮することが出来る。この資格を取るまでは数日分の記録を帰宅後にとりまとめ、組合と自宅を何度も往復し報告を済ませていたため危険領域から人里に戻ったあとも中々休まる日が無かった。


「まぁそんなわけで、君が指名されたわけだ。拘束期間は一月。良かったね。毎日美人のお姉さんと一緒だぞ~?」

「ちょ……ん“んん……たしかに時間をかければ出来るかも知れないですが、他に兵隊の補充はあるんですか?」


 ニヤニヤとこちらを見る二人に耳が熱くなる。咳払いで誤魔化し、質問をする。流石にこの項目を一人でこなすのは大変である。


「それがですね。近隣の県は大雨の影響調査で、各地に駆り出されてるみたいで向こう一月は予定が抑えられなかったみたいです。もともと人数が少ない地方ですし、関西の方も全国に散ってるみたいで……」

「と言うわけで、武蔵の私と三川の君に声が掛かったわけだ。流石に私一人だと厳しいから、どうにかならない?一応、現地の調査員を案内に雇うから土地勘の無さはカバーできると思う。十代半ばで2種駆除員持ちらしいよ」

「うわぁ、やっぱりアホみたいに大変じゃないですか。まぁ山中さんからのお願いですし、力になりたいですけど。あとその現地の案内役って……」

「そう。報告の前任者。まぁ情報がスカスカなのは、向こうで教えられる人間が居なかったせいだろう。私もそうだけど、ナゴミちゃんも経験あるんじゃない?此処だけの話、中央の役人も私と君に教導役もやらせたいみたい。今の体制になって数十年、流石に因幡だけスカスカの報告を上げられ続けるのも困るからさ」

「えぇ……。関西方面で完結しないんですか?なんか有名な人が居るって聞きますよ?」


 そうなのである。関西には国で一、二を争う有名な研究所があり、組合の会報でもたびたびその成果が紹介されている。


「確かに優秀な人も多いんだけど、優秀過ぎて年中引っ張りだこみたいで、予定を組めないみたいだよ?そう言う事で頼むよ?」


 どうも、人手が足りないのは本当のようであり、頭を悩ませる。恩人の山中さんの手助けはしたいが、圧倒的に面倒で調査地は三川から遥か遠くの地方。どうしようかと首を傾げる。


「山田さん……名を売るチャンスですよ?上手く終わらせれば、他所の地方から指名入るようになりますし、ついでに恩も売っておけば、各地の名産品が定期的にお中元で届くなんてことも!」

「お中元ですか?」

「そうですよ!確か因幡は蟹が有名ですよ!地方の乾燥果実とか美味しいお芋なんかも手に入るかもですよ?」

「蟹!それってあの美味しすぎで無言で食べるあの⁉良いですね…名産品。って、そうだ肝心の契約金額は?」

「ボソ⦅単純だな……⦆、中央省庁から直接の依頼だから、金額が太いぞ~。経費で色々買えるし、装備も砂地用に更新できちゃうよ。一応、今のところは50、成果と状況によっては追加でって感じだね」

「ヤリマス!」

「はいアリガトねー。リンちゃん手続きヨロシク~」

「はい。分かりました~。手続きしておきます」


 書類を受け取り林さんは足早に退室し、再び会議室に山中さんと二人きりになる。しかし、頭の中は既に未知なる海産物である蟹で一杯だ。


「蟹!食べたこと無いんですよ。宿とかで食べられちゃう感じですかね?」

「さて、どうだろうね。宿は先方の方で押さえてもらってるから、現地に着いてのお楽しみだ。それより、出発は早い方が良いけど、どの位で動ける?」


 気持ち早口めでそう問われ、収納袋の中身を、頭の中で羅列する。食料関係を今日までに大分使い込んでしまい、乾き物をほとんど使いきっている。遠征用の道具は使ったばかりなので、特に準備をする必要がない。装備については森林迷彩のものしかなく、可能ならば流用したいが、買い出しで確認するしかない。


「えっと、消耗品で食品類をほとんど吐き出しちゃったので、その補充位ですね。今日中に準備は終わります。装備を更新するなら、店の在庫次第ですけど、砂丘用の迷彩ですか?あったほうがいいですか?」

「そうだねぇ。因幡砂丘は沙汰烏さたがらすが出るからなぁ……」

「沙汰烏ですか?この辺りじゃあ聞かない名前ですけど、どんな感じですか?」


 少し物々しい名前に首を傾げる。装備の更新費用が出るのは嬉しいが、正直準備が面倒である。現状で問題が無いなら、時間もお金も節約したい。沙汰烏なる烏の危険性はどの程度であろうかと尋ねる。


「翼長4m弱の三本足の巨大な烏だよ。因幡県固有の大型種なんだけど、上空からいきなり襲ってきて、小鬼なんかをそのまま連れ去って、地面にたたきつけて殺すみたいだ。利口ではあるが、目はあまり良くないみたいで、砂丘迷彩の衣類を纏っていれば狙われることは先ずないそうだ」


 想像以上に物騒な生物である。どうやら装備品の更新は必要だと悟り、肩を落とす。


「うわぁエグイ殺し方しますね。僕位の体格だと不味そう……」

「だから、装備に関しても更新した方が良い。買い出しは私もつき合おう。今日明日で装備を整え……明後日出発でどう?因幡まで5日を見てる」

「大丈夫です。それで行きましょう……」


 △△△


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