8 三川県調査組合吉田市地方事務所
「山田さん!お疲れ様です!」
建屋2階の一角にある調査組合の事務所へと足を踏み入れた瞬間、奥の机で作業をしていた妙齢の女性に声を掛けられる。この事務所で資料整理と四季の定期調査全般を統括している林さんだ。
「林さん、報告に来ました」
「はい。第2会議室押さえてるのでそちらへお願いしますね」
「会議室ですか?了解です」
事務室を退出し廊下を見回すと、廊下を挟んで反対側の部屋がまさに第2会議室と表札が出ていたため、特に悩まずにそのまま扉を開ける。扉の先は10畳ほどの大部屋になっており、部屋の中央に4つほど長机が寄せられ、本来あるべき椅子はすべて壁際に片付けられておりどうしたものかと固まってしまう。
「(別室対応は初めてかなぁって、これは?)、あっ……駆除した獲物の計数か」
合点がいったと、肩掛け鞄から提出予定の報告書と涸れ谷で駆除した小鬼の角と水妖の核石が詰まった収納袋を取り出していくと、少し埃臭かった室内に血と獣の臭いが充満し始める。
「スンスン……ちょっと匂うかぁ。《清めよ》」
収納袋に浄化魔法をかけると、収納袋に霧がまとわりつき、霧が晴れると同時に室内に漂っていた獣臭さが雲散する。
「よし……へ?」
「山田さん~?無許可で会議室内で魔法を使わないでくださいよ……。検査で使うから根回ししてありますけど、それが無かったら警報鳴らされて大事になってましたよ?」
背後から不意に話しかけられ肩がビクつくと、林さんが口頭で注意しながら入室してくる。どうやら魔法の使用に許可が必要であったらしい。
「重要な会議もこの部屋でやるので、警報系の魔道具が設置されてるんですよ。まぁ、今日は魔法も使うので解除してるんですけどね」
「そうなんですか?すみません。角と核石詰めた収納袋がちょっと汚れてたんで、つい……」
「そんなことだろうと思いました。今度からは気を付けてくださいね?場合によっては、密偵扱いされて長時間拘束されますからっ」
可愛らしく怒っているこの女性、林凛子さん、御年三…
「山田さん?」
「いえ!すみません」
余計なことを考えたのがバレたのか、無表情でこちらをとがめてくる。美人が無表情で起こると恐ろしい。
組合事務方の最若手である林さんは、資料整理と受付をすることが多い為、こうして報告に来る調査員ともっとも顔を突き合わすことが多い人である。なお、1階の駆除組合では、男女問わず事務職員に至るまで肉体派が揃っており、小柄でありながら出るとこは出た体型をした林さんは、この建物一の美人職員として人気がある。そのため、今のように個室で二人きりになろうものなら、建屋を出る前に体格の良い事務員に連行され懇々と男女の距離感のあり方について説われ、密室で何があったかを一から十まで説明することになる。まぁ俺については、外見的な問題(完全に子供扱いされていること)から見逃されている。
「えぇっと。それは嫌ですね。すみません。気を付けます」
「はい。大丈夫です。それじゃあ、皆さん!よろしくお願いします!」
林さんが小柄な体躯(と言っても俺よりもデカいが)に似合わない大声で号令をかけると、廊下から事務所に詰めていたらしき所員がなだれ込んでくる。
「うぇ⁉ちょっ……!」
直前の会話の流れもあり、なだれ込む所員に囲まれ、思わず両手を上げ固まれば、いつの間にか1m程まで距離を詰めた林さんが笑顔で口を開く。
「ふふふ……それじゃあ拘束を!ってのは冗談で、計数を始めましょう!」
「「「「おう」」」」」
「はい?」
「良い反応してくれますね!この袋ですね……うわぁ……。とりあえず、皆さん机に広げてください……山田さんは、浄化魔法お願いします。そのあとの作業は段取り通りでお願いします」
「「「「はい」」」」」
「えっと、はい。あと、その報告はどうします……?」
「数えて貰ってる間に確認しますので、説明があればお願いしますね?」
「あぁ、分かりました」
ジャラジャラと角と核石が机に広げられ、所員の皆さんが一心不乱で仕分けと計数を行っている横で林さんに報告書を渡す。
「確かに……《解け》」
魔法を紡がれた瞬間、封筒を封印していた麻縄が朽ち、林さんは封筒よりペラペラの日報と大判の地図を取り出す。
「うん……。あぁ、定期調査の方は問題なさそうですね。山田さんの推測通り、他の地点から移動してきた群れとそこから溢れた雄だと思います。先回の調査では大銀杏の測線では小鬼の群れは無かったので、間違いないでしょうね。この群れの状態はかなり悪そうでしたか?」
林さんは書類を取り出し、数秒程で目を通すとそう口を開いた。
「(ペラペラの報告とは言え、確認してから過去の記録と照合するのが早いなぁ。林さんてひょっとして資料系の技能持ち?)……えっと、そうですね。幼体らしき骨も見つけましたので、共食いか餓死かは分からないですが。餌も特に無さそうでしたので、夏頃には死に絶えてるかもしれません」
「なるほど……じゃあそっちは問題は無いですね。それで、問題の街道保守の方、地図はこれですか?」
裸のまま取り出しておいた1枚の地図を手に取ると、地図の書き込みを確認し始める。
「はい……場所はこれですね……川幅は5m位で水位が概ね膝丈位でした。ここの源流は崩落か何かでため池みたいなのが出来てて、結構な水量がありました」
「うわぁ……これ結構長くないですか?指定区画丸まる枯れ谷に並走してますね……普通の川ですよこれじゃあ……涸れ谷でその水量は詐欺ですね……源流の池?はどの程度の規模でした……?」
関所の高橋さんの反応的に、どこかしらに情報があっても良さそうだが、駆除組合では完全に把握していなかったようである。少し想定外の質問に目を瞑り、現地の状況を思い返す。
「うーん……奥行きは30mで……幅は15、いや20mあるかも……ですね。深さはなんとも言えないですが……大規模に抉れてて、少なくとも膝丈以上ではあると思います。周辺から浸出した水が、確か5本くらい細い川みたいに流入してたと思います」
「むぅ。実は先ほど県警づてに下から連絡あったんですが、山田さんが担当した区画で小鬼が溢れたとかで、運送業者が通行を断念したらしいんですよね。それで県警が通行禁止措置と駆除部隊の招集に動いていたそうで……山田さん、お手柄でしたねー。けど……この溜まりと涸れ谷はウチに情報が無いので判断困るところです……」
「タイムリーですね……それで関所の高橋さんが知ってたんですね。あれ?でもあの感じだとひょっとして池の事は知らないかもです……?考えて見れば、転がってた岩もかなり新しかったですね」
首を傾げながら、現地の様子を思い返せば、枯れ谷を転がる岩は地衣どころか苔も生えておらず、まるで転がり落ちてきたばかりのような状態だった気もする。水位も高く濁りも強かったため確証は無いものの、思い返せば池があった場所も真新しく崩落か陥没したばかりのようにも思えてくる。
「すみません。確認不足ですが、池事体がかなり最近に出来たものかもしれません。倒木もそんなに無かったので、鉄砲水とか山雪崩とは違うと思うのですけど……。ひょっとしたら県警が把握してた枯れ谷の規模よりかなり大きくなってるかも知れません。濁水が流れてたのと……その……、駆除の方集中しすぎて環境確認をぬかってました。この地点、ひょっとしたら測量主体で再調査した方が良いかも知れないです」
「うーん……枯れ谷があった筋に何かしらの要因で池が出来て……ついでに岩も吹っ飛んで川が出来たかもってことですか?そうなると、街道封鎖と駆除官の派遣は止めない方が良さそうね……地図起こせる人に声掛けみますね」
「そうですね。けど、仮に地形が変わる位の力ってなると大型種どころか超大型種がうろついてた可能性ありますね……」
「不味くないですか?」
「不味いですね……何かそんな記録ってあります?」
「うーん……とりあえず、県警に上級の駆除官、大型種に対応できるチームを派遣するように連絡しておきます。上位の第4種調査員で地図起こせる人……」
「正直、超大型種……いえ、大規模な合同調査となると多分僕は役立たずなんで、ご遠慮したいです」
「いえ、それは大丈夫ですよ。そうですぇ……」
「林さん、小鬼の計数終わりました!」
2人そろって頭を悩ませていると、計数をしていた集団の内、小鬼の角を担当していた集団が声を掛けてくる。
「あ、ごめんなさい。それで、いくつになりましたー?」
「小鬼で65ですね。水妖はまだ計数中ですけど、ありゃあ150位ありそうですよ。とりあえず、角は預かりで良いんですね?」
「65……通りで。あぁ。それでお願いします」
「かなり多いですね。すみません。記録残して、別の収納袋にまとめておいてください。山田さん、よく1日で駆除しましたね……水妖も150とか一人でやる量じゃないですよ」
水妖は危険度の低い小型危険生物であるが、駆除しようとなると弾性に富む体の中から各となっている核石を抜き出し、乾燥させなけらえばならないため、十匹、二十匹ならともかく百を超えてくると、大人数でローラー作成でやらなければ取りこぼしが出る上、単純に時間が掛かり過ぎる。そのため、自分でやっておきながら水妖を150近く処理していたことに閉口してしまう。
「ですね……大型種か超大型がうろついてる可能性がありましたし、周辺調査に切り替えて報告した方が良かったですかね?」
「危なかったかもしれませんね。本当は追加の調査に入って欲しいところなんですが、実は県外の案件で中央から要請がありまして……山田さんにはソッチ優先して欲しいんですよ。この件については信州にこの手の事案に強い人が居ますので、そちらに相談してみます」
「信州に?あと県外案件それも中央からですか?」
「ええ。真田さんって第4種調査員の方がいらっしゃるんですけど、大型種の生態調査を専門としている人で結構有名な方なんんですよ」
「真田さん……あぁ!あの超越種の痕跡調査をやってるおじさんですね!」
以前一度だけ話を聞いたことがある初老の男性である。超越種の、特に龍と分類される目撃例も棲息地の情報もほぼない、ほとんど伝承上の推定災害級危険生物を、趣味で調査している奇特な人である。
紹介された際は、超越種の痕跡を精確に記録する関係で測量技術と地図作成能力が高い人だと紹介され、その後も何かとお世話になったことがある。確かに真田さんであれば、痕跡だけでも正解に辿り着けそうだ。
「そうその人です。もしかしたら地形が変わるレベルの環境変化ですから、食いついてくると思います。県外案件についてなんですが、そろそろ担当の人が着くハズです。中央からわざわざここまで来てるので、そちらの人から確認して貰っても良いですか?。ちなみに、山田さんも知ってる人ですよ?」
「街道調査の件は了解です。県外案件は……一応話聞いてみますが、あんまりな感じでしたら街道調査の方へ回してもらって良いですか?」
「それは……大丈夫ですけど、うーん。まぁ分かりました」
「林さん、お客さんが来たから、第一会議室に通しておきました」
不意に廊下からかかった声に会話が途切れる。
「来られたようですね。とりあえず、話だけ聞いてもらっても良いですか?私は、こちらの報告と諸々の連絡がありますので」
「分かりました……とりあえず聞くだけ聞いてみます」
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