12 兄と姉
「はぁ?三川ってそんな変な人居たっけ?治安は良い地域だと思ったのだけど……それに民生委員の女も問題だね……」
「ウチもそうなんですけど縁故採用ってのはどこでもありまして、どうしても変なものが交じってしまうんですよね。それにしても、山中さんが、あの山中さんとは思わなかったですよ。山田くんがほんとお世話になりました」
「あれ?ということは、10年前の……」
「ええ、私は退院してからの……ですが……」
どうやら山中さんは、用事が終わり合流しようとしたはいいものの、待ち合わせ場所には誰もおらず、遠話も通じずで困っていたところで騒ぎに気付き、こうして駆け付けてくれたたようである。
「……なんてこともありまして……」
「ええ⁉それは……」
「けど、この子も……」
申し訳ないと思いつつ事情を話そうとすると、様子を見守っていた山辺さんが代わりに頭を下げ状況を説明をしてくれていたハズだったのだが、何やら(俺の)昔話に花を咲かせており、話題の中心になっているにも関わらず、知らない裏話がポンポン飛び出して完全に蚊帳の外である。
「(何なんだろう……これ)」
「しかし、因幡ですかぁ。また遠いですね。遠方で心配ではありますけど、真弓さんと一緒なら安心ですね」
「いえいえ、私もナゴミちゃんと一緒だと心強いですよ。こんな立派になって!聞けば山辺さん達に大分お世話になったそうじゃないですか。お陰様でこうして再開することも出来ました」
「いえいえ!それはこちらの台詞ですよ。やはり山中さんが居たからこうして彼も元気なわけですし。彼が今の仕事をしている理由も……」
「あのぉ?お二方?その、そろそろ恥ずかしいので、そのあたりで」
世間話に移行した二人は完全に親戚の兄と姉の会話だった。さしずめ母方の従姉と父方の従兄の邂逅であろうか。既に十数分はこの状態が続いており、いい加減に止めに入る。
「あぁ、長話になっちゃいましたね。とにかく、さっきのアレ等の対処は任せてください。キッチリと後腐れなく処理しておくので、ってそうだ。山田くん、大型の収納袋って持ってなかったよね?」
「え?そうですね。なんで、小さめのヤツをいくつか使ってやりくりしてますよ」
「実はさ、不要な大型の収納袋があるんだけど、使うかい?押収品を再利用してたんだけど、そろそろ処分予定なんだ。重量軽減措置もしてあるから物は中々良くてね?君の二輪車くらいなら入るし、出張先にも持っていけるから、どう?」
良い事を思いついた!と言わんばかりの提案に目を瞑り思案する。単車が入る大型の収納袋があれば確かに便利である。そうそうあることではないにしても、昨日、駐車した場所が分からなくなり困ったばかりだ。これは貰うべきだと思い口を開く。
「良いんですか?山中さん、向こうに単車も持って行って良いですか?」
「うん、丁度良いね。実は、私も支部でアレダ用の側車が見つけてさ。単車も持っていけないか相談したかったんだよ」
「側車ですか?それはまた、レアですね。山辺さん、そういうことなので、よろしくお願いします」
「うん。結構入り口が大きいから、側車付けてても入ると思うよ。話はしておくから、夕方以降に署の方に顔を出してくれ。ってそうそう。丹波方面(京都の北部)は大鬼でゴタついてるらしいから気を付けるんだよ?」
「そうなんですか?」
「私も初耳です」
「ええ、山中の街道で大鬼の目撃が相次いだらしく、駆除官は大忙しだったみたいです。もっとも粗方駆除は終わったそうで、街道の封鎖なんかは解かれてとか」
「へぇ。封鎖までしたんですか」
「確かにそれは大事でしたね。その話は中央までは届いてなかったです」
「そうなんですか?それは伝えておいて良かったです。あまり詳しくは聞いてないけど、山間部って話なので、山道を通る時は注意してください」
「了解です。流石に不意をつかれたら怖いですからね。注意しときます」
「そうだね。途中で情報を集めないとね」
「お二人とも気を付けてくださいね?あっ、山田くん、僕も高橋さんもお土産は要らないからね?それじゃあ、私はアレの後始末をしに戻るよ。いい加減詰め所に行かないと」
「色々ありがとうございました」
「お土産は余裕があったら買ってきますよ」
「まぁ期待せずに待っておくよ。それではこれで」
話を終わらせ詰め所へと向かう山辺さんを見送ると、山中さんが口を開く。
「しかし、警官に絡まれるとは、運が無かったね?」
「いや、昔は良くあったんですよ。まぁ今日みたいな人ではなかったですけど」
専業調査員として働き始めた直後は、頻繁に声を掛けられ、酷い場合は身分証の偽造すら疑われることすらあった。稀にある程度なら良い物の、結構な頻度であったため山辺さんに相談し、結果、遠話師の資格を取得。対処出来ない人にかち合った際は、山辺さんに遠話し身元証明と対処をしてもらう形に落ち着いたわけだ。今回は身分証の提示すら出来なかったため、かなり悪い場合だったわけだが、山辺さんに任せておけば問題無いだろう。
「とりあえず、お昼にしましょうか。ウチの子がかなりはしゃいだので、結構色々買いましたよ?」
「へぇ~。何か喰い意地が張ってるとか言ってたね。そんなに買ったの?」
「持ち切れなかったので、屋台の収納袋買ったくらいですよ?とりあえずヤキソバって、あぁっ!」
「どしたの?」
「騒ぎで商品受け取るの忘れてました!ちょっと取りに行ってきます」
「あぁそれはしょうがない。私も一緒に行くから急がなくて良いよ……」
△△△
△△△
「おー綺麗になりましたね。さっすが!」
昼食を済まし、午後からは乾物屋を中心とした消耗品の補充を行った。肉屋街の乾燥腸詰や干し肉から始まり、ちょっと高くはあったが乾燥葡萄など甘味類や普段あまり使わない香辛料まで買い漁った。ただし、行く先行く先で屋台を見つけるたびに、昨日までの粗食生活の鬱憤を晴らすように色々と買い込んだため、穀物類を買い終わる頃には日も傾き、打ち刃物屋へと走ることになった。
「お前な……これは鉈だからな?枝を掃うのと首を落とすじゃあ使い方が違うんだ!いい加減ちゃんとした得物をだな」
「そうは言っても……ちなみに何かオススメあるんですか?」
「和坊は……どっか道場通ってたか?」
「いえ、まったく」
生まれてこの方、習い事などしたことが無い。幼少期は水路の水妖退治で小銭を稼ぎ、駄菓子屋へ駆け込む日々を過ごしていた俺は、習い事など、それも数時間も同世代の子供達と共に汗を流す武道場なんて奇特なものに通う暇はなかった。
「だよなぁ……そうなると……青鋼1号の……」
「それ、包丁じゃないですか?」
目の前の包丁に添えられた『青鋼1号なので、刃こぼれしません』と書かれた解説を見つめそう返す。
「……大体、日用品専門の店で聞くのが間違ってるんだよ!ウチは代々包丁屋だぞ?鎌やら鉈までなら扱うがな、武具なんて置いてないんだよ!打ち刀やら太刀が欲しいなら、そっちの店に行け!」
「いやだって、そっちは一見さんお断りなんでしょ?」
「そりゃあ紹介状でもなけりゃ駆除免1種なんぞお断りだろうさ!そんなナリしてるから特にな……でもお前なら伝手があるだろうが!」
一般的な職業として駆除師が認めれられている今日、刀剣類を扱う武具専門店はそれなりに多い。しかし、どの店も事故防止のために初級である第1種駆除員は基本的に入店を拒否しており、第2種以上の有資格者同伴でなければ購入どころか入店すら出来ないらしい。
「それはそうなんだけど、今まで興味がなかったからさ……諸々の事情を知りたかったわけで」
剣鉈を使い始めてから今までは必要性を感じず、刀剣類のアレコレの事情を知らないため、行きつけのこの店で話を聞いているわけだ。
「はぁ……お前のやり方は隠れて一撃で首を落とすわけだろう?」
「そうだね。物陰とか霧に紛れてザシュっと」
「暗殺かよ。物騒過ぎて、紹介状無しに売れるか!他所に行くんだろ?土産物屋で適当に物色して、気に入ったのがあったらそれ見本にして打ってもらったらどうだ?俺は警察の兄ちゃんに相談した方が早いと思うがな。分かったら、とっとと行け!包丁屋の店先で物騒なんだよ!」
「なるほどね。色々ありがと、また来るねー」
「おう!今度は包丁とかナイフ持ってこい」
追い出されるように店を出て、問屋街を歩く。
「どうだった?」
「怒られましたね。土産物屋で探して、気に入った形があったら、それ見本に作ってもらえとのことです」
「あぁ。それなら甲賀で時間取ろうか?」
甲賀は古くから郷士と言わる現在の駆除員のような人間が集まって暮らしていた地域で、創作物で有名な忍者を祖とする人間が駆除人だとか駆除忍だの言われこれをモデルとした冒険譚が有名である。そのため、街道の整備が進んだ今では、県を通過する人間向けに武具類を土産物屋で買うことが出来る。ただし機能性など関係なく、冒険譚で出てくる実用的でない所謂浪漫武具が陳列される武具の大多数を占めており正直まともな物を買えるとは思えない。
「(多分、それ分かってていってたよなぁ……)」
小鬼の首を落とすのに鉈を使ってることへの遠回しな嫌味であろう。普通の武具を使えないのだから奇抜な浪漫武具で上手いこと首切りに使えそうな物を見つけて自作してしまえということだ。
「何か面倒ですね……今のままで不便があるわけでもないですし……」
「鉈より絶対に良いと思うんだけどね」
「そうは言っても、刃を立てるでしたっけ?あぁ言うのよく分からないですよ?」
「別に切り合いするわけでも無いし、問題ないんじゃない?それに刃が折れるって言っても、ソレ使ってる時も魔法を併用してるんでしょ?」
「え?はい。素の筋力だとやっぱり力が足りないですから、それに刃こぼれとかも怖いからキッチリ刃先まで強化してますね」
「それなら、よっぽどのことが無ければ大丈夫さ。強化無しで駆除討伐をする人なんて、よっぽどの達人だけだよ」
「なるほど……。まぁでもパッと買えそうではないので、良しとします……」
「まぁどっちにしろ得物を変えたら慣熟に時間掛かるし、しょうがないか。さて、あとは酒屋かなぁ」
「酒屋?あれ、山下さんて酒のみだったんですね」
「まぁ、嗜む程度かな?」
「僕はあまり飲めないので分からないですけど、どのくらい要ります?」
「えっと……5日だから……6升くらかな?」
何のこと無しに返ってきた言葉に思わず足を止める。
「6升?」
「6升」
明らかに飲み過ぎである。
「いや、冗談でしょ?」
「あぁやっぱり?ちょっと多かったよね。こっちのお酒って飲んだこと無いから気になってさ。そうだなぁ、控えめにしておくとし5升くらいにしとこうか。収納袋は余裕あるよね?」
「いやいやいや!多いですから!1升あれば十分でしょ!」
こちらを変な生き物を見るように見つめる山中さんを見返す。
「(変なのはあなたです!)」
「あれ?こっちのお酒って蒸留酒が有名だったり?」
「しません!5日間ですよ⁉第一、宿場町ってのを使うんですよね?酒ぐらいおいてありますから、そんなに要りませんって!」
今回の旅程では東海道、鯖街道と比較的大きな街道を使うため、基本的にどこかしらの宿場町で宿を取る事になっている。そのため晩酌用の酒など不要で目的地である因幡についても話を聞く限り酒造が有名であるそうなので、何升も酒を持っていく必要はないハズだ。
「えぇ⁉いや、だって寝酒は必要でしょ?晩酌分も入れたらちょっと大変なことになるって」
「一体どういう計算してるんですか!1升(約1.8リットル)もあれば1週間は余裕で持ちますよ」
「ナゴミちゃん……お子ちゃまだね?大人のお酒の飲み方くらいちゃんと覚えよう? 5日もあるってことは、5回も宿が変わるんだよ?6升あっても全部私が飲むわけじゃないんだからね?これは、情報収集に必要な道具なんだよ」
「え?うーん……。あっ、ひょっとして手土産的な?」
「半分正解かな。やっぱりさ、酒席ってのは口がどこであっても口は軽くなるんだ。今回みたいに他所の地域に行く場合は、地元でのみ蓄積共有された情報をいかに早く手に入れるかは、仕事の成否に関わるんだよ。ましてや、今回は陸路で、街道の様子に不安もある。だから余計に情報収集に力を入れないといけないわけだ。普通で考えれば、6升はかなり控えめだと思うよ。現地に着いてからも酒席で話を仕入れることもあるだろうからさ?ただ、今回は酒造りが有名な地域だから、変に他所の酒を持ち込んでも余計ないさかいになるかも知れない。だからちょっと控えめな数ではあるんだよね」
ピンと指を立て、胸を張りながら説明をする山中さんは、経験談に基づくのか自身に満ち溢れている。現地の情報など基本的に林さんが整理してくれており、酒席を利用して情報収集など初めて聞くことで自分の未熟さを痛感する。
「すみません、てっきりただの晩酌用だと思ってました。アレですね!接待ってヤツですね」
「あ、あぁ、そうそれ的なものだね。ナゴミちゃんはホラ、単独で動くタイプだからさ。知らなかってもしょうがないさ。各宿場町でお酒は潤滑剤として使うわけだから、酒席兼お土産のお土産用、交換用で1日1升は酒を消費するくらいの気概で行かないとね。私も武蔵から多少は持ってきて居るけど、それでもちょっと少ないかなぁ」
「交換用?」
「交換用!」
「えぇっと?よく分からないですけど、その感じだと5合瓶(1升=10合)で10本10升も要るんですね……確かに、酒席で5合って考えると適量っぽくに感じますね。なるほど……」
「え?」
「えっ?だって、現地の人との酒席で5合くらい飲んで、情報仕入れのでお礼か何かで5合瓶置いてくかするんですよね?」
「そ、そうだね!やっぱり足りないよね。12升くらい居るかなぁ。まぁ酒屋の在庫次第だけど、日が落ちる前に急ごうか!」
「あぁ、待ってくださいって」
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