ep.16 アイデンティティー
序章――『All of a sudden』の最後の話です。果たして杉本久楽々と楠郭公は何を思うのか?
「あ、あ……ああああああああああ!」
これまでの出来事が杉本久楽々の脳内にフラッシュバックする。
「ど、どうしたんだ久楽々……!」
『大丈夫か!?』
突然、発狂した杉本久楽々。思わず俺は駆け寄る。仮想体の『カッコー』も今は俺の漆黒のスーツに変身しているが、心配になり声を掛ける。
「久楽々はこの世界にある『機械文明史』の根幹。云わば『機械仕掛けの神』の頭脳そのもの。このゲーム世界にある全ての人・物・自然――その一つ一つが彼女の記憶と合致する。何せ、久楽々はこの世界の創造神。……だが、彼女の肉体と精神がそれを繋ぎ止める役割を拒否している」
「……具体的にどういう事だ? もっと分かり易く説明しろ」
『そうだそうだ!』
最初の戦闘から立ち直った杜鵑源が怒りを堪えて問う。仮想体の『ゲン』も同じ。
杜鵑源とその仮想体『ゲン』は勇敢に戦い、負けた。それもラスボス杉本時雨にかすり傷一つ負えさせられないまま……。
だが、それは俺。楠郭公も仮想体の『カッコー』も……増してや坂本璃々亜と彼女の仮想体『リリー』にしても同じ事が言える。
けれど……。俺達には共通して言える事が一つある。このゲーム世界のラスボス。VRMMORPG【Sacred Agent ~Living area~】の杉本時雨相手に序盤の最も低いレベルから立ち向かった事実だ。例え相手が手加減して様が、【権能】を最低限しか使わずにまるで手玉に取られる側に回ってしまっていようが、俺達は勇気を出して立ち向かったんだ。
きっかけは些細な事。自分達の進学先――『埼玉県立ロマン学園』を取り戻す為に。そして……この世界を救う為に。
友達である杉本久楽々を救う為に!
この現実が今後の糧となり、決定的に俺達を強くするだろう。
もう俺達は前を向いていた。この世界で生き抜く決意を新たにして。
――聖なる使者として。
その直後。ある人物が魔法陣を使ってここまでやって来た。
「その情報には裏があるアルネ……! 何せ久楽々は……久楽々はこの世界でしか生きられない。『屍人』なのだから!」
『情報屋』クアン。かつて現実世界にあった『埼玉県立ロマン学園』にて、唯一の杉本久楽々の親友であり、第10期生……学園が解体する前の最後の生徒だ。
「……『屍人』? 今ここに集まった宙を舞う『魂』と同じだって事……なの?」
『信じられないですわ!』
坂本璃々亜に仮想体『リリー』が驚愕の表情で応じる。
「いや、事態はもっと複雑アルネ……! 久楽々が学園を去った理由。そして、『埼玉県立ロマン学園』が閉鎖に追い込まれた本当の理由。それは――」
その時だ。杉本時雨がそれを手で制する。何の【権能】か知らないが、『情報屋』クアンはそれ以上声が出なくなってしまう。
「私が教えて上げよう。私の娘。杉本久楽々は……今、現実世界で生死の境にいる。そして、『屍人』久楽々の『魂』。生霊がこのゲーム。VRMMORPG【Sacred Agent ~Living area~】の全てを教えてくれた」
*
「……率直に言います杉本時雨さん。あなたの娘さんは重度の統合失調症に罹患している。それも、彼女の精神は長期間放置されていたせいか、現実と非現実の区別が付かなくなっています」
その精神科医の診断は心の病気によるものだと判断した 。それも精神は既に死んでいる。後は昏睡状態に陥落した杉本久楽々の肉体がどこまで持つのか……彼女は今、自分の夢の世界を彷徨っている。
障害の程度は1級。入院か在宅介護が必要。愕然とする現実が杉本時雨の前に立ちはだかった。
『埼玉県立ロマン学園』を閉鎖してゲーム会社『マギコス・キクロス』を設立したのはそれが理由である。寝たきり状態になってしまった実の娘。杉本久楽々の意識を再び呼び起こす為に、彼女の好きだった『オタク』文化を盛り上げて、いつしか少女――杉本久楽々の精神。云わば心を取り戻す。
それは……杉本久楽々の『魂』を発掘するのと同じだ。到底受け入れ難い極限の作業。人として一生を懸けても絶対に叶う事のない……そんな途方もない当て所もない夢物語。
現実的にも倫理的にもあり得ない。どこか歪んでしまった愛情。
ある種の現実逃避。だが、杉本時雨は本気だった。藁にも縋る思いで彼は自分の野心を捨てた。
『埼玉県立ロマン学園』を捨てて自分の実の娘を選んだ。血の繋がった父親ならば、当然の選択。
まさかその選択が杉本時雨自身の野望を再び繋ぐ事になるとは露とも思わずに。
しかし……彼女はある日突然杉本時雨の前に現れた。まるでカメラの中に映る被写体の様な一言で言えば幽霊。このゲーム世界。VRMMORPG【Sacred Agent ~Living area~】の中で言う『屍人』の様な不完全な霊体として。それでも、杉本時雨は信じた。
今、目の前にいるのが杉本久楽々本人だ――と。
神様の気紛れで、自分に奇跡を齎してくれた――と。杉本久楽々の幽霊。例え二次元でも誰かが創り上げたアニメや漫画のキャラクターだとしても、その時の杉本時雨の頭脳、精神、心――そして『魂』は大きく揺らいだ。
杉本久楽々の霊体はあの世から送り込まれた聖なる使者。古代中国の鑑真の様に当時の日本にとっては貴重な存在。だからこそ唐招提寺と同じく、この世界。この場所に少女杉本久楽々の居場所を創ろうと再認識させられたのだ。
唯一つ難題があった。元々学園の理事長である杉本時雨は娘の『オタク』文化とやらがサッパリだったのだ。それも当然。頭の固い彼は杉本久楽々の大切にしていた『オタク』文化を虐げてきた張本人。そしてそれをずっと拒否して彼女――杉本久楽々から楽しみを奪ってきた。
だが、その問題は杉本久楽々の霊体が解決に導いた。元々『マギコス・キクロス』社なるゲーム会社を起ち上げた杉本時雨。そこには優秀なゲーム開発者スタッフ達が軒並み揃えて集っていたのだ。杉本時雨が事前に募集して、自身のコネクションを経由。
応募者の中でゲームに強い知人から、優秀なゲームプログラマーやゲームデザイナーになる人材を発掘。登用した。
即戦力から将来有望の若手まで厳選な選考を経て、そのチームは発足された。どれもゲームエンジニアとしては最高のスタッフ陣営が整っていた訳である。
しかし、それだけでは足りない。問題はその優秀なスタッフ全てを機能させる頭脳が必要だ。
それこそトップに立つゲーム監督が総指揮を執るのである。そこに大きな課題があった。何せ、起業したは良いがその社長がエンタメ能力実質0の杉本時雨なのだから……。彼が出来る事。それは……あらゆるコネクションを経由して、人材の根回しをする。それだけだ。
唯一の武器。『埼玉県立ロマン学園』の元理事長だという立場を利用するにはどうしたら良いか。
そこに白羽の矢が立ったのが聖なる使者である杉本久楽々の霊体だ。
実質、杉本時雨はゲーム会社『マギコス・キクロス』の社長と言う肩書きだけの存在。このゲーム会社の蓋を開けてみれば、ゲーム監督として動いているのは杉本久楽々。
久楽々の『魂』を復活させるには何よりも『オタク』知識が必要で、このゲーム会社『マギコス・キクロス』を企業した杉本時雨は最高の環境を整えていた。それも実の娘。杉本久楽々の為に。
ゲーム会社『マギコス・キクロス』の動力源である杉本久楽々の霊体はサーバーの中にある『回路』を通じて、VRMMORPG【Sacred Agent ~Living area~】を創り上げた。
それは、実際に人が人工物の中。ゲーム内を通じて『魂』とリンク。共有して、フルダイブ型のアクションRPGをプレイ出来る。それも肉体と精神がそのままゲーム世界に移動するのだから、プレイ開始した瞬間に異世界へ転移するのと同じ。少なくともプレイヤー達の五感はそう感じるだろう。
『回路』に『魂』を預けるとは杉本久楽々が起因していたのだ。
全ては杉本久楽々の脳内。『魂』で出来ている。
*
「……久楽々が『機械仕掛けの神』。この世界の創造神だと?」
「どこにその証拠がある? とでも言いたげな表情だな。楠郭公! よく考えろ。君の前に現れた杉本久楽々。初めて会ったその『埼玉県立ロマン学園』入学の日。彼女から何を受け取った?」
――『鍵』だ……あの日、俺は確かに受け取った。このゲーム世界へと繋がる……。
「……フン! まあ、そう言う事だ。私の娘。杉本久楽々は人生をやり直す為に君達を利用した」
「楠郭公! 騙されないで……! 久楽々はこの物語の先にある結末を望んでいるアル!」
杉本時雨の【権能】が解けて、『情報屋』クアンは叫んだ。
物語の……結末?
不意にあの時会った久楽々の言葉を思い出す。俺――楠郭公。
――この学園の生徒。物語のヒロインやってるの♪――
「もう遅い。杉本久楽々は……私の娘は『機械文明史』の根幹。『機械仕掛けの神』に触れた。それ故に久楽々は自身の肉体と精神を繋ぐ役割を受け入れるのだ。だが、安心しろ。久楽々の肉体は私の下で手厚く保護してある」
「ちょっと待て! それは久楽々本人が望んだ事じゃない! それにサーバーにある『回路』を破壊しなければ……このゲームはまた同じ事を繰り返すだろう。逆に、『回路』を破壊すれば……俺達プレイヤーの『魂』はどうなる?」
「ふふん♪ 中々良い着眼点だ。安心しろ。サーバーにある『回路』を破壊する事は無い。このVRMMORPG【Sacred Agent ~Living area~】は蘇生した久楽々に任せて、正式にリリースする手筈になっている。かつて私達が空想として楽しんでいた近未来ゲーム。祝うべき新時代の到来だ」
「そ……そんな事――」坂本璃々亜は呆然としてそれ以上言葉に出来ない。
「あり得るのか?」杜鵑源も同じ。開いた口が塞がらない。
「……くそ! 何もかも計画通りか。俺達は奴の掌の上で踊らされてる! 肝心の久楽々の意思はどうなんだ! 本当にこんな終わり方であいつが納得する訳がない……!」
「いや、納得するさ。久楽々の将来の夢はゲームやアニメの仕事に携わる事。これ以上の環境設備。更に好待遇。そして何より私が久楽々を救ったのだ。父親である……私がな」
くっ……! どうすれば良い? どうすればこの最悪のバッドエンドを乗り越える事が出来る?
俺は必死に思考を巡らす。『屍人』の杉本久楽々。『機械仕掛けの神』の杉本久楽々。そして……仮に現実世界で久楽々の精神が元通りになれば、彼女はこのVRMMORPG【Sacred Agent ~Living area~】を運営する側に回る。総指揮権が久楽々に委ねられ、彼女の求めていた人生の思い通りに事が運ぶのだ。
それはサーバー内。その基盤である『回路』に預けられた俺達の『魂』を危険にさらす事に他ならない。何せ、このゲームが世に出たら……リリース前の『マギコス・キクロス』社の社長。杉本時雨の裏の顔。『真実』を知っている俺達プレイヤーは消される。
……ん? 『回路』に預けられた俺達プレイヤーの――『魂』?
「良いよ。もう……お父さんの言う通りにする事にしたわ。正直言ってもう疲れたの」
発狂から何とか立ち直り、杉本久楽々は全てを理解していた。何気なく俺に目配せをする。それに対し、俺は強く頷いた。
他の皆は……幸い気付いていない。坂本璃々亜、杜鵑源、『情報屋』クアン……そして父親の杉本時雨さえも。
「久楽々……! 本当に良いの?」
「諦めるなよな! 時間はまだあるぜ?」
「久楽々、久楽々の夢はそんな所には無いアルヨ!」
坂本璃々亜、杜鵑源、『情報屋』クアン……皆、久楽々の事を本気で心配している。だが、唯一俺。楠郭公だけは黙っていた。
アイコンタクトで分かった。杉本久楽々はこのゲーム世界のカラクリに気付いている。だからこそ久楽々は諦める……ふりをした。そして同時に俺も楠郭公もこんな所で終わる訳にはいかない。
『主。本当に良いのですか?』
「それ以上何も喋るな。奴に気付かれる」
仮想体の『カッコー』は俺の分身。既に俺の考えている事は理解している。
「……それでは皆さん。このゲームをお楽しみ下さい。現実世界で正式にリリースされるまで」
杉本時雨は余裕の微笑みで締め括り……来た時と同様。突如として姿を消した。
もちろんそこに杉本久楽々の姿は無い。父と娘。それなのにまるで人質の如き扱いで、久楽々は連れ去られた。
これにて序章は終了となります。次の章である話の段階は少しだけ出来ていますが、暫くお待ち頂ければ嬉しいです。その間に、『伏線』『これまでの話の改稿』『キャラクター紹介』――等々やる事が多いですが、なるべく早くご用意致しますので私の自己満に付き合って下さる方々が一人でもいたら報われます!
もちろんここまで読んでくれた方々に感謝を! ブクマ登録してくれた方、ありがとうございます!




