ep.15 埼玉県立ロマン学園
結構、シビアな内容となっております。
「今、坂本璃々亜は昏睡状態に陥ってるわ。だからたぶん……【権能】の罰則が与えられるのは彼女が起きてからかもしれないわね」
ふぅ~。取り敢えずこの大事な場面で俺だけ一発レッド、途中退場する事態は免れた訳か。具体的に言えば延期だけれども。
そんな事を思っているのも束の間の休息。少しヨレヨレになった白スーツを両手で元に戻してから、杉本時雨は――そうか。そりゃ残念。と、一言。
全然残念そうに見えない所がまた、ムカつく。寧ろ歓迎。ウェルカ~ム! と今にも叫び出しそうな気配だ。それが顔に出てる。表情で分かる。
……うふふふ。あの時雨さんをここまで追い詰めるとはねぇ~。やるじゃない彼氏さん……
……こいつが久楽々と恋仲だとはね。時雨さん、あんたも引退かぁ~?……
……見た目はダメンズに近いけれど……恋は盲目。良いわね~若いって!……
そこにまた……あの『屍人』軍団がやって来た。彼氏? 恋仲? 何のこっちゃ分からんが、色めき立つ野次馬根性抜群の『屍人』軍団です。
「久楽々……あの男と恋仲なのは本当か?」
「何の話よ! あなたも私の父親ならば少しは状況を察して……!」
え、マジ? どことなく頬を赤らめているのは気のせいか? 久楽々。でも、正直この見た目井戸から這い出てテレビの画面からも這い出てくるホラー女に俺はそんな気無いぜ?
だからこそ言ってやった。話の先を促す俺。
「さっき……戦う前に言ってた久楽々とあんたの昔話。聞かせて貰おうじゃないか」
「楠郭公……! あなた、状況を理解出来てるの?」
「もちろんだ。今、戦ってもラスボスには勝てない。なら奴からこのゲーム世界の情報を出来るだけ引き出すのは基本だろ?」
白スーツの男。『埼玉県立ロマン学園』の元理事長であり、起業家。それもゲーム会社『マギコス・キクロス』の主。代表取締役社長――杉本時雨はまたも煙草を取り出し、そして言った。信じられない言葉を。
「実はこのVRMMORPG【Sacred Agent ~Living area~】の開発元。その主は……私の娘。他でもない杉本久楽々だ」
悪夢が脳裏を過ぎる。戦慄が走る。それ以上何も言えない俺。そこから始まる昔話。
父親であり、ラスボス。杉本時雨の言葉を聞いた次の瞬間、杉本久楽々の意識は飛んだ。過去へと……!
それは確かにあった過去。本当の『埼玉県立ロマン学園』最初の姿だ。
*
埼玉県立ロマン学園。そこは埼玉県南部。さいたま市の東に位置する長閑な田園地帯。所謂見沼代用水が広がるその途中にある。
杉本久楽々は学園の第10期生として所属していた。
……杉本さんてさ~、何か無口じゃね?
……いや、つーか俺あーいうの無理。
……何でここに決めたのかな?
……父親がこの学園の理事長だかららしーよ。ぶっちゃけ迷惑なんだけど。
彼方此方に広がるその声。父親が学園の理事長という『盾』に守られた偽りの平穏。誰にもいじめられないが、誰にも相手にされない。そんな陰鬱とした学園生活がこの先始まっていくと思うと彼女、杉本久楽々はとてもじゃないがやりきれない思いがした。
どうして自分がこんな思いをしなければいけないのか? 当然、杉本久楽々にも父親に対する反発はあった。しかし、それはもう遅い。既に学園の理事長という役職に就いた父親――杉本時雨が目を光らせている以上、この偽りに満ちた監獄。
静寂に包まれた何も起こらない、何も起こり得ない、自分の身の回りに何かが起きたとしても、直ぐに揉み消される3年間は始まってしまったのだ。
それが意味する所は鳥籠に入れられた飛べない鳥。そして飛べない鳥は羽があっても……飛べない。
他の生徒達が自分をどう思おうと、それは構わない。確かに自分は……この『杉本久楽々』という一人の生徒。その存在は父親の庇護下にいる。
だけど……それは自分が望んで得た道ではない。楽しようが苦労しようが自分が選んだ道ならば、その先に何が待っていようとも後悔はしない。
だからこそ彼女は望んだ。飛びたい……! どこまでも自分の好きな場所へ羽ばたきたい! そう願わずにはいられない。
彼女――杉本久楽々にとって『青春』とは何か? 未だに理解出来ない。
それは単なる上っ面だけのごく限られた人間に与えられたそれも一瞬の悦楽。一瞬の出来事。
テレビ番組の合間に流れるCMの様な儚く、そしてどこか陳腐なものだ。
『青春』――それは自分には似ても似つかない。永遠にやって来る事のない幻想。
でも、それで良い。杉本久楽々は『埼玉県立ロマン学園』から飛ぶ事を選んだのだから。どこか遠くへ。どこまでも……どこまでも……。
だが、そんな彼女にも転機が来る。海外からやって来たという中国人。その名は『クアン』という女子の存在だ。
クアン……後に『情報屋』としてVRMMORPG【Sacred Agent ~Living area~】において欠かせない存在となる人物だ。
「クアン……正直に言うわ。あなた、私と一緒にいて楽しいの? てゆーか怖くない?」
「ハッハッハ! そりゃ楽しいし、怖いアルヨ! でも、私は久楽々との関係を壊す事の方がよっぽど怖いアル! だって、唯一の友達アルからネ!」
どうやらクアンもこちら側の人間らしかった。反日感情の強い中国人の過剰な報道は良いネタになるらしく、日本ではよくテレビやネットでマスコミに報じられている。それ故か、明るい彼女クアンもいじめの標的にされ、孤立する事が多かった。
IT革命から始まった情報のグローバル化。それは必ずしも人を幸せにするものでは無い。
「……そう。なら、良かったわ。何かあったら遠慮なく私に言ってね。これでもバックにはこの学園の理事長が控えてるんだから!」
「ハッハッハ! ありがとうアル。久楽々のそう言う所、嫌いじゃないアルヨ。……でも、分かって欲しいアル。私は久楽々の言う『盾』……権力に縋り付く程、やわじゃないアル!」
それを聞いた久楽々は……何だか嬉しくて、少しだけ本音を吐いた。
「そうね。たぶんクアン、あなたなら私にした様にきっと誰かの為に出来る事をしてくれる。そんな気がするわ」
「……もしかして、例の『らいとのべる』の話の事アルカ?」
実はこの当時、杉本久楽々は『らいとのべる』――所謂ラノベやSFファンタジー小説、純文学にミステリードラマ、更には異世界転生モノやゲーム小説に没入していた。
それだけじゃない。彼女はゲームにアニメ、洋画(海外の映画)や邦画の特撮映画、かつて『萌え』と呼称されていた所謂世間で言う所の『オタク』文化に傾倒していた。
唯、現代社会。そう言った形で自分と同じ趣味嗜好を持つ人間がこの世の中にはたくさんいる事を彼女は十二分に理解していた。男にしろ女にしろ……。
そしてそれが故に杉本久楽々は彼等彼女等の心中が手に取る様に理解出来た。彼等彼女等――『オタク』はこの現代社会ではある意味とても限定された人種。なので、一般人(とは言っても、人それぞれなのだが)から自分の趣味嗜好をバカにされたり否定されたりするのを極度に恐れている。『オタク』心は複雑なのだ。
例えばプロのサッカー選手や野球選手を目指していると言えば、誰もが称賛するだろう。応援するだろう。何せ、彼等彼女等は輝いて見える。それだけ格好良い。……しかし、その先にある未来は果たして本当に輝いているだろうか?
プロサッカー選手やプロ野球選手において海外で活躍出来る選手はほんの一握り。100人いたら1人いれば良い方だろう。もしかしたら1人もいないのかもしれない。更に世界トップクラスで活躍出来る選手になりたいのならばそこには努力と運、恵まれた才能がどうしても必要になる。
アスリート以外にも友達とバンドを組んでアーティストとしてメジャーデビューに成功したり、アパレル業界の一流デザイナーとして本場パリの現場で活躍出来る人材として登用されたり……それは人それぞれで様々。
それを始める事は誰にでも出来る。唯、結果を残す事は誰にでも出来る事じゃない。
それなのに『オタク』文化は唯、アニメやゲームが好き。漫画や小説が好きというだけで毛嫌いされる。確かにその将来は約束されたものでは無い。だが、それはプロサッカー選手やプロ野球選手と同じ道を歩く事と同じだ。彼等彼女等『オタク』は輝いている。好きな事に夢中なのだ。
事実、漫画家や小説家として成功した『オタク』は多かれ少なかれ称賛される。ファンである他者に信奉される。それは老若男女問わず、成功した『オタク』の創作物語は伝説と化すのだ。
実はそれがきっかけで杉本久楽々は理事長である父親の怒りを買い、この『埼玉県立ロマン学園』に入学を強いられた。ここ『埼玉県立ロマン学園』は新設校ではあるが、元々学力に力を入れた教育を施して県内有数の進学校を目指している。
事実、一年生時にはどの職業が自分に合っているのかをデータ化して識別したり二年生時には普通科から文系理系のクラスに分かれて三年生になると進学希望先の志望大学を受験する学生を幅広い分野から支援するシステムが充実していた。
その父親のエゴが彼女。杉本久楽々の夢をぶち壊した。
「ライトノベル……。いや、それに近いけれど何て言うか……もっと大きな事を……」
それ以上言葉に詰まる。今の自分では、人生設計の『夢』を可能に出来るだろうか?
クアンの『らいとのべる』なのか? と言う問いに内心で複雑な胸中を思い描く久楽々。
「無理して言わなくても良いアルヨ。まあ、きっと久楽々がそう言うのならたぶん……そうなるんだろうと私は思うアル。だから久楽々、これだけは約束アル!」
「……え? 何々?」
そっと自分の小指を差し出してくるクアン。指切りげんまんと言うやつだろう。何の恥ずかし気もなくそれを実行しようというクアンの大胆な性格をちょっと羨ましく思いながら、久楽々は気恥ずかし気に、自分も小指を差し出した。
「久楽々には『夢』があるアルネ? だったら迷わずにその『夢』に向かって走っていけばいいアルヨ。誰かに馬鹿にされても、否定されても、そんなの関係ない。だって私はその『夢』がいつか叶う事を信じているから! だから久楽々は『夢』を負い続けるアル……!」
そのクアンの瞳はとても真摯に満ちていて……。思わず吸い込まれそうになる。何もかも見透かされている。そんな想いが逆に久楽々の中にある何かを突き動かした。
「クアン……ありがとう。私、頑張るね。頑張るから……!」
そして二人は小指を重ねた。
指切りげんまん嘘吐いたらはりせんぼんの~ます♪
それを終えると二人は大笑いした。
……それから暫くしたある日。
杉本久楽々は突然、学園からいなくなり……
『埼玉県立ロマン学園』は理事長の強い意向で閉鎖を余儀なくされた。
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