第九章 最後の約束
冬が終わり、春が近づいてきた。
2026年3月1日、土曜日。
病院の窓から見える空は、少しずつ青さを取り戻してた。私の「最後の1年」は、もうすぐ終わる。
あと2ヶ月もないって、医者が言った。胸が苦しくて、咳が止まらない日が続いてる。体が思うように動かなくて、ベッドから起き上がるのも辛い。でも、心は不思議と穏やかだった。
学校で倒れてから3週間。秘密がバレて、母さんも彩花も悠斗も私の病気を知った。あの日はみんな泣いて、私も泣いた。でも、その後、みんながそばにいてくれるようになった。母さんは仕事を減らして、毎日病院に来てくれる。彩花は放課後に友達の話を聞かせてくれる。悠斗は本を持ってきて、静かにそばにいてくれる。
1年しかない私に、こんな幸せがあっていいんだ。
医者が「もう治療は緩和ケアしかない」って言った時、母さんが泣いた。私は「平気だよ。最後まで家にいたい」って頼んだ。入院は嫌だった。病院の白い壁より、家の温かさが欲しかった。母さんが「わかった」って頷いてくれて、昨日、家に帰ってきた。
私の部屋、懐かしい匂いがして、ほっとした。
朝、母さんがお粥を作ってくれた。スプーンで少しずつ食べて、「美味しいよ」って笑った。母さんが「良かった」って涙目で笑って、私の手を握ってくれた。私は「母さん、泣かないで。私、幸せだよ」って言った。彼女が「みさきが強いから、私も頑張るよ」って言ってくれた。母さんの手、温かかった。
昼過ぎ、彩花が来た。制服のまま、カバンからお菓子を出して、「みさき、これ食べて! クラスのみんなで選んだんだから!」って笑った。私は「ありがと。彩花、優しいね」って言って、一緒にお菓子を食べた。彼女が「学校、みさきがいなくて寂しいよ。早く戻ってきてね」って言うから、「うん、頑張るよ」って笑った。でも、もう戻れないのはわかってた。
あと2ヶ月しかないんだ。
彩花「ねえ、みさき。春になったら、一緒に桜見ようね」
美咲「うん、約束だよ」
彼女の笑顔がまぶしくて、胸が締め付けられた。彩花と桜、見たいな。でも、私にその春が来るのかな。
夕方、悠斗が来た。黒いコートにマフラー、手に本を持ってた。
美咲「悠斗くん、来てくれたんだ!」
悠斗「お前、元気そうだな」
美咲「うん、ちょっとだけ。入ってよ」
そう言って、彼を部屋に上げた。
ベッドに座って、二人で本を読んだ。悠斗が持ってきたのは、宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」。私が好きだって言ったのを覚えててくれたみたい。私は「懐かしいね。図書室で読んだよね」って言うと、彼が「うん。お前が好きだから」って言った。胸が温かくなって、笑った。
読みながら、咳が出てきた。ゴホッ、ゴホッ。私はハンカチで口を押さえて、「ごめん、ちょっと待って」って言った。血が滲んでて、隠そうとしたけど、悠斗が「隠すなよ。お前、もう限界だろ」って言った。
低い声で、目が赤かった。
美咲「…うん、そうだね」
私がそう言うと、彼が「何で言わなかったんだよ。もっと早く知ってたら…」って言葉を詰まらせた。
私は「ごめんね。普通にいたかっただけだから。悠斗くんに泣いてほしくなかった」って笑った。
彼が私の手を握って、「俺、お前が好きだよ。いなくなるなんて、嫌だ」って言った。涙がこぼれてて、初めて見る弱い悠斗に、胸が締め付けられた。
美咲「私も好きだよ。悠斗くんと一緒にいられて、幸せだった。隠しててごめんね」
私がそう言うと、彼が「謝んなよ。お前が頑張ってたの、わかってるから」って言って、私を抱きしめた。
温かくて、息が苦しかったけど、幸せだった。
私は彼の胸に顔を埋めて、「ねえ、悠斗くん。一緒に春を迎えたい」って呟いた。
悠斗「迎えよう。お前と桜、見るよ」
彼がそう言って、私の髪を撫でた。私は「うん、約束だよ」って笑った。春まであと少し。
私にその時間があればいいな。
その夜、母さんが「みさき、寝なさい」って言って、電気を消してくれた。私はベッドに横になって、目を閉じた。胸が苦しくて、息が浅かった。でも、今日のことが頭に浮かんで、温かかった。
彩花と悠斗との約束、桜を見ること。
1年しかない私の時間、もうすぐ終わるけど、最後まで笑ってたい。
次の日、母さんが病院に連れて行った。医者が「状態が悪い。入院した方がいい」って言ったけど、私は「家にいたい」って頼んだ。母さんが「みさきがそうしたいなら」って泣きながら頷いてくれた。
私は「ありがと、母さん」って笑った。
家に戻って、ベッドで過ごした。悠斗が毎日来てくれて、本を読んでくれた。彩花もお菓子を持ってきて、笑わせてくれた。私は体が動かなくて、咳がひどくて、でも幸せだった。1年しかない私に、こんな日々があるなんて。
3月5日、火曜日。朝、窓の外を見ると、桜のつぼみが膨らんでた。もうすぐ春だ。私は悠斗に「ねえ、桜見に行こうよ」って言った。彼が「まだ早いだろ。お前、動けるか?」って心配そうに聞いてきた。
私は「うん、大丈夫。約束したじゃん」って笑った。
母さんが車椅子を用意してくれて、悠斗と一緒に近所の公園に行った。桜はまだ咲いてなかったけど、つぼみがピンクで、きれいだった。私は車椅子から手を伸ばして、つぼみに触れた。
「もう少しだね」って呟くと、悠斗が「うん。咲いたら、また来よう」って言った。
私は「うん、約束だよ」って笑った。
風が冷たくて、咳が出てきた。ゴホッ、ゴホッ。私はハンカチで口を押さえて、「ごめん、ちょっと疲れた」って言った。悠斗が「帰るか?」って聞いてきて、私は「うん、少しだけ休みたい」って頷いた。
彼が車椅子を押して、家まで送ってくれた。
家に帰って、ベッドに寝た。体がだるくて、息が苦しかった。私はノートを出して、母さんに「書いて」って頼んだ。手が動かなくて、自分じゃ書けなかった。母さんがペンを持って、私の言葉を聞いてくれた。
『2026年3月5日。悠斗くんと桜のつぼみを見に行った。まだ咲いてないけど、きれいだった。咳がひどくて、疲れた。でも、幸せだよ。1年しかない私の時間、もうすぐ終わる。彩花と悠斗と母さん、みんながそばにいてくれる。春まであと少し。桜、見たいな。約束、守れるかな。私、頑張るよ』
母さんがノートを閉じて、「みさき、偉いね」って泣いた。私は「母さん、泣かないで。私、幸せだよ」って笑った。目を閉じると、胸が苦しかったけど、温かかった。悠斗と桜、見られるといいな。