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第五章 秘密の兆し

夏が終わり、秋が来た。2025年10月15日、火曜日。

朝、窓を開けると、冷たい風が部屋に入ってきて、どこか寂しい感じがした。校庭の木々は緑から黄色や赤に変わり始めてて、地面に落ち葉が散らばってた。もうすぐ文化祭だ。高校2年生の秋。私の「最後の1年」は、半分近く過ぎてた。


最近、体が重い日が増えてきた。朝起きるのがつらくて、胸が苦しい時もある。咳も前よりひどくなってて、ハンカチで押さえるだけじゃ隠しきれなくなってきた。


病院で先生に「進行が早まってるかもしれない」って言われたのは、1ヶ月前。薬を増やしたけど、効いてるのかどうかわからない。でも、私はまだ誰にも言ってない。母さんにも、彩花にも、悠斗にも。1年しかないなら、普通に笑ってたいから。


母さんは今朝も早く出てて、テーブルにメモが置いてあった。『ごめんね、忙しくて。最近疲れてるみたいだから、無理しないでね』って書いてあった。私は笑って、「母さんの方が無理してるよ」って呟いた。朝ごはんは簡単に済ませて、学校に行く準備をした。カバンにノートとペン、詩集を入れて、制服の上に厚めのカーディガンを羽織った。

鏡を見て、顔色がちょっと悪い気がしたけど、笑顔で誤魔化した。


学校に着くと、教室は文化祭の準備で賑やかだった。私たちのクラスは喫茶店をやるって決まってて、みんなで飾り付けやメニューを考えてる。私は彩花と一緒にポスターを作ってた。彩花が「みさき、ここの文字もっと可愛くしようよ!」って言って、マーカーを手に持ってきた。


美咲「うん、いいね。ピンクでハートとか入れようか」


私が笑うと、彩花が「さすがみさき! センスいい!」って褒めてくれた。私は笑って、ポスターにハートを描いた。こういう時間、好きだな。普通の高校生っぽくて、病気のこと忘れられる。


隣の席の悠斗は、飾り付けの準備を手伝ってた。彼は無口だけど、意外とこういう作業に真面目に参加するタイプだ。今日は紙で作った星を天井に貼ってて、脚立に登ってる姿がちょっとかっこよかった。私はチラッと見て、「悠斗くん、上手だね」って言った。


悠斗「まあ、こんなもん」


彼が脚立から降りてきて、そう言った。少し汗かいてて、いつもより表情が柔らかかった。

私は「文化祭楽しみだね」って言うと、彼が「うん。お前も頑張れよ」って返してきた。


お前……か。いつの間にか呼び方が変わってて、ちょっと嬉しかった。


でも、その日の昼休み、体調が急に悪くなった。胸が締め付けられるみたいに苦しくて、咳が止まらなくなった。私は慌ててトイレに駆け込んで、個室でハンカチを口に当てた。ゴホッ、ゴホッ。咳が響いて、喉が痛かった。ハンカチを見ると、うっすら赤いものがついてて、息が止まりそうになった。

血だ。初めてじゃないけど、やっぱり怖い。

少し落ち着いて、顔を洗って教室に戻った。彩花が「みさき、どこ行ってたの? 顔色悪いよ?」って心配そうに聞いてきた。私は「うん、ちょっとトイレ。平気だよ」って笑ったけど、彩花の目が少し曇った気がした。気づいてるのかな。でも、それ以上何も言わなくて、私も何も言えなかった。


放課後、文芸部に行こうとしたけど、体がだるすぎて断念した。彩花に「ごめん、今日休むね」ってLINEを送って、早めに帰ることにした。帰り道、風が冷たくて、落ち葉が足元に舞ってた。私は立ち止まって、空を見上げた。夕陽が赤くて、きれいだったけど、なんだか寂しかった。


次の日、学校を休んだ。朝起きたら熱があって、38度を超えてた。母さんが「病院行こう」って言ったけど、「ただの風邪だから平気」って嘘ついた。母さんは心配そうだったけど、仕事があるからって出かけてった。私はベッドに寝て、ぼんやり天井を見てた。


1年しかないのに、こんな風に過ごすなんて、嫌だな。

夕方、インターホンが鳴った。母さんじゃない。誰だろうって思って、起き上がってドアを開けたら、悠斗が立ってた。

私はびっくりして、「え、悠斗くん? どうしたの?」って聞いた。


悠斗「学校休んだって聞いたから。彩花が心配してた」


彼がそう言って、手に持ってた袋を差し出してきた。中を見ると、おにぎりとペットボトルの水が入ってた。


私は「わざわざありがと。入ってよ」って言って、彼を部屋に上げた。


リビングで二人並んで座った。私はおにぎりを受け取って、「手作り?」って聞くと、彼が「うん。簡単なやつだけど」って言った。梅干しが入ったシンプルなおにぎりで、食べてみると優しい味がした。


私は「美味しいよ、ありがと」って笑った。


悠斗「顔色悪いな。大丈夫か?」


悠斗が私を見て、ぽつりと言った。私は「うん、風邪引いただけだから。明日には治るよ」って嘘ついた。彼が少し目を細めて、「無理すんなよ」って言った。その声が低くて、胸に響いた。


私は「うん、気をつける」って返したけど、心臓がドキドキしてた。気づいてるのかな。私の秘密、どこまで隠せるんだろう。


その夜、熱が下がらなくて、咳がひどくなった。私はベッドで横になって、ハンカチを握り潰した。また血が出た。怖くて、涙がこぼれた。1年しかないってわかってたけど、こんなに早く悪くなるなんて思わなかった。母さんに言おうか、彩花に相談しようか、頭の中でぐるぐる回った。でも、言ったら泣かれる。普通に笑ってたいのに、それが崩れちゃう。


ノートを出して、日記に書いた。手が震えてて、字が汚かった。


『2025年10月16日。熱が出て、学校休んだ。悠斗くんが来てくれて、おにぎり作ってくれた。優しいな。咳がひどくて、血が出た。怖い。隠してるけど、そろそろバレちゃうかな。1年しかないのに、こんな風に弱ってるなんて嫌だ。普通に生きたい。笑ってたい。まだ頑張れるよね、私』


ノートを閉じて、目を閉じた。胸が苦しくて、眠れなかった。秋の夜は静かで、遠くで風の音がしてた。


次の日、熱が少し下がって、学校に行った。彩花が「みさき、大丈夫? 昨日めっちゃ心配したよ!」って抱きついてきた。私は「ごめんね、風邪だっただけだから平気だよ」って笑った。彩花が「ほんと? なんか最近元気ない気がする」って言うから、「大丈夫だよ、彩花が心配しすぎ」って誤魔化した。でも、彼女の目が真剣で、胸が痛かった。


教室で悠斗と会った。彼が「お前、顔色まだ悪いぞ。無理すんな」って言ってきた。私は「ありがと、平気だよ」って笑ったけど、咳がこみ上げてきて、慌ててハンカチで口を押さえた。悠斗がじっと私を見て、「何か隠してるだろ」って小さく言った。私はドキッとして、「何でもないよ」って首を振った。

でも、彼の目が鋭くて、逃げられなかった。


放課後、図書室に行った。悠斗も来てて、二人で本を読んだ。私は詩集を手に持ってたけど、集中できなかった。胸が重くて、息が少し苦しかった。悠斗が「佐藤、大丈夫か?」って聞いてきた。私は「うん、ちょっと疲れただけ」って笑ったけど、彼が「嘘つけよ」って言った。初めて強い口調で、びっくりした。


悠斗「隠してるなら、言えよ。俺、気づいてるから」


彼がそう言って、私をまっすぐ見た。私は言葉に詰まって、目を逸らした。言えないよ。1年しかないなんて、言ったらどうなるかわからない。泣かれるのも、怜れまれるのも嫌だ。私は「ほんと大丈夫だから」って笑って、詩集を閉じた。でも、心の中がぐちゃぐちゃだった。


家に帰って、ベッドに倒れ込んだ。秋の夕陽が部屋を赤く染めてて、きれいだった。私はノートを開いて、日記に書いた。


『2025年10月17日。学校行ったけど、体がきつかった。彩花も悠斗も心配してくれて、嬉しいけど怖い。悠斗くんに「隠してるだろ」って言われた。気づいてるみたい。どうしよう。秘密、守りたいけど、崩れそう。1年しかない私の時間、もう半分もないんだね』


ノートを閉じて、目を閉じた。胸が苦しくて、涙がこぼれた。


秋が深まるたび、私の時間も減っていく。

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