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第四章 夏の花火

季節が巡って、夏が来た。

2025年7月20日、土曜日

朝、窓を開けると、セミの声がうるさいくらいに響いてた。


桜はもう散ってしまって、校庭の木々は緑が濃くなってた。制服も半袖になって、教室の扇風機がフル稼働してる。新学期から4ヶ月経って、私の「最後の1年」も3分の1が過ぎた。早いな。


朝ごはんを食べながら、カレンダーを見た。

今日はクラスのみんなで花火大会に行く約束の日だ。彩花が「夏の思い出作ろうよ!」って言い出して、クラスのLINEグループで盛り上がった。

私は最初、行くか迷った。体調が悪い日が増えてきてて、疲れやすいから。でも、行かないなんて選択肢はなかった。1年しかないなら、こういうイベントも大事にしたい。普通の高校生みたいに、笑って騒ぎたい。


母さんは今日も仕事で遅いって言ってたから、一人で準備した。浴衣を着ようか迷ったけど、体がだるい日は動きやすい服の方がいいかなって思って、シンプルなワンピースにした。白地に小さな花柄が入ってるやつ。髪はポニーテールにして、少しだけリップを塗った。鏡を見て、「うん、普通っぽい」って呟いた。


笑顔も忘れずに。


夕方、待ち合わせ場所の駅前に着いた。彩花が先にいて、私を見つけると手を振ってきた。


彩花「みさきー! やっと来た! かわいいじゃん、その服!」


美咲「ありがと。彩花も浴衣似合ってるよ」


彩花は青い浴衣に赤い帯を締めてて、髪に花のピンを付けてた。彼女らしい派手さで、笑顔がまぶしかった。まわりを見ると、クラスの子たちが10人くらい集まってて、みんな夏らしい格好で楽しそうだった。

そして、その中に悠斗がいた。黒いTシャツにジーンズ、シンプルだけど、なんか目立ってる。彼、私と目が合うと軽く会釈してきた。


私は「ねえ、悠斗くんも来るんだ」って彩花に小声で言った。


彩花「うん、誘ったら来てくれるって! 意外とノリいいよね、彼」

彩花がニヤニヤしながら言った。

私は笑って、「そっか」って返した。悠斗と知り合ってから、図書室で何度か会って、本の話をするのがちょっとした習慣になってた。でも、こうやってクラスのイベントで会うのは初めてで、なんだか新鮮だった。


「じゃあ、行くか!」


誰かがそう言って、みんなで花火大会の会場に向かった。駅から歩いて15分くらいの河川敷で、すでに人がいっぱい集まってた。屋台の匂いが漂ってきて、焼きそばとかたこ焼きとか、夏らしい音と雰囲気が溢れてた。私は彩花と一緒に歩いて、時々悠斗をチラッと見ちゃう。彼は後ろの方で黙って歩いてて、でも嫌そうじゃなかった。


河川敷に着いて、みんなでシートを広げた。花火が始まるまで、屋台で食べ物を買ったり、写真を撮ったりして過ごした。私はリンゴ飴を買って、彩花と半分こした。甘くて、ちょっと懐かしい味。悠斗は焼きそばを持って戻ってきて、私たちの隣に座った。


美咲「悠斗くん、花火楽しみ?」


私が聞いてみると、彼が「うん。久しぶりだ」って答えた。少しだけ笑ったみたいで、いつもより柔らかい表情だった。


私は「私もだよ。小学生以来かな」って言った。


悠斗「じゃあ、いい思い出になるな」


彼がそう言って、私を見た。目が合って、胸がドキッとした。いい思い出、か。1年しかない私には、全部が大事な思い出だよ。


花火が始まる前、ちょっと体がだるくなってきて、私はシートに座って休んだ。彩花が「大丈夫?」って聞いてきたから、「うん、ちょっと疲れただけ」って笑った。ほんとは胸が苦しくて、咳が出そうだったけど、隠した。みんなに心配かけたくない。


夜8時、花火が始まった。ドーンって大きな音がして、空に赤や青の光が広がった。みんなが「わー!」って歓声を上げて、私も笑顔で空を見上げた。きれいだな。夏の夜に花火って、やっぱり特別だ。隣にいる悠斗も空を見てて、時々目を細めてた。光が彼の顔に映って、いつもより優しそうに見えた。


美咲「きれいだね」


私が呟くと、彼が「うん。夏って感じだ」って言った。私は「だよね。こういうの、もっと見たいな」って言っちゃった。もっと見たい、か。来年の夏はもう私、いないんだよね。考えたら、胸が締め付けられた。


その時、彩花が「みさき、写真撮ろう!」って言って、私を引っ張った。私は立ち上がって、みんなと一緒にポーズを取った。笑顔でピースサイン。スマホの画面に映る自分を見て、普通の高校生みたいだなって思った。病気のこと、忘れられる瞬間だった。


花火が終盤に差し掛かった頃、みんなが屋台に飲み物を買いに行った。私はシートに残って、空を見上げてた。少し咳が出てきて、ハンカチで口を押さえた。ゴホッ、ゴホッ。やっぱり隠しきれなくなってきたかな。すると、隣に誰かが座って、びっくりして見たら悠斗だった。


悠斗「一人か?」


美咲「うん、みんな飲み物買いに行ったよ。私、ちょっと休んでる」


悠斗「そうか。疲れたなら、無理すんなよ」


彼がそう言って、私にペットボトルの水を渡してきた。私は「ありがと」って受け取って、少し飲んだ。冷たくて、喉に染みた。咳が落ち着いて、ほっとした。


美咲「悠斗くん、優しいね」


私が笑うと、彼が「別に。普通だろ」ってそっぽを向いた。でも、耳が少し赤い気がした。照れてるのかな。かわいいなって思っちゃった。


花火がクライマックスになって、空に大きな光が広がった。金色の花が咲いて、ゆっくり消えていく。私はそれを見ながら、「ねえ、悠斗くん。夏、好き?」って聞いた。


悠斗「うん。暑いけど、嫌いじゃない。花火とか、夏祭りとか、いいよな」


美咲「だよね。私も好き。こういう時間、ずっと覚えてたいな」


私がそう言うと、彼が「覚えてればいいよ。思い出はなくならないから」って言った。私はびっくりして、彼を見た。思い出はなくならない。1年しかない私には、その言葉がすごく響いた。


美咲「ありがと、悠斗くん」


私が笑うと、彼が「何だよ」って小さく笑った。初めてちゃんと笑った顔を見て、胸が温かくなった。

この人、ほんとに優しいんだ。

花火が終わりを迎えて、みんながシートに戻ってきた。


彩花が「みさき、どこ行ってたの?」って聞いてきて、私は「ここにいたよ。悠斗くんと話してた」って言った。


彩花が「へえー!」ってニヤニヤして、私は「やめてよ!」って笑った。


帰り道、駅までみんなで歩いた。私は少し疲れてて、歩くのが遅くなっちゃった。すると、悠斗が私のペースに合わせて歩いてきて、「大丈夫か?」って聞いてきた。


美咲「うん、平気だよ。ありがと」


悠斗「ならいいけど。気をつけて帰れよ」


美咲「うん、悠斗くんもね」


私たちは駅で別れて、私は電車に乗った。窓から見える夜の街が、ぼんやり光ってた。家に帰って、ベッドに寝転がると、今日のことが頭に浮かんだ。

花火、彩花、悠斗。ノートを出して、日記に書いた。


『2025年7月20日。花火大会に行った。みんなと笑って、悠斗くんと少し話せた。咳が出ちゃって、隠すの大変だったけど、楽しかった。夏って、こんなにきれいなんだ。1年しかないけど、こういう日がもっと欲しい。悠斗くん、優しいな。また会いたい』


ノートを閉じて、目を閉じた。

胸が少し苦しかったけど、幸せだった。


夏の花火、ずっと覚えてるよ。

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