第十二章 エピローグ
春がまた巡ってきた。2027年3月25日、火曜日。
桜が満開を迎え、風に舞う花びらが地面をピンクに染めていた。藤井悠斗は高校3年生になり、18歳になった。あの日からちょうど1年。佐藤美咲が旅立って、1年が経っていた。
悠斗は学校を終え、制服のまま近所の公園に向かった。手に持っていたのは、カメラと、彼女が残したノート。公園に着くと、桜の木々が並ぶ道が目に飛び込んできた。去年、美咲と約束した場所だ。
あの時、彼女は車椅子に座って、桜のつぼみを見ながら笑っていた。「咲いたら、また見ようね」って言った彼女の声が、今でも耳に残っている。
悠斗はベンチに座って、カメラを手に持った。美咲が好きだった写真を撮るために、彼女が教えてくれた撮り方で桜を収めた。ピントを合わせて、シャッターを切る。桜の花びらが風に舞う瞬間を捉えた写真を見ると、彼女の笑顔が浮かんだ。「きれいだね」って言ってた彼女の声が、頭の中で響いた。
1年前、美咲が倒れてから、すべてが変わった。彼女が末期がんだったと知った時、悠斗は怒りと悲しみで胸が張り裂けそうだった。「何で言わなかったんだよ」って泣きながら彼女に問い詰めた時、美咲は「普通にいたかっただけだから」って笑った。
あの笑顔が、悠斗の心に焼き付いて離れなかった。
彼女が旅立つ日、病院の庭で桜を見た。美咲は弱々しく笑って、「悠斗くん、ありがと。好きだよ」って言った。悠斗は「俺もだ。お前、好きだよ」って返して、彼女の手を握った。彼女が目を閉じた時、桜の花びらが舞ってきて、まるで彼女を見送るみたいだった。
あの瞬間から、悠斗の時間は止まったような気がしていた。
美咲が旅立ってから、悠斗は彼女のノートを読んだ。彼女が1年間書き続けた日記だ。最初のページには、「2025年3月20日。今日、医者に余命1年って言われた」と書いてあった。そこから、彼女の想いが綴られていた。図書室で出会ったこと、花火を見た夜、紅葉の下で写真を撮った日、クリスマスの告白。最後のページには、「桜を見た。みんなと一緒に見られて、幸せだよ。ありがとう。大好きだよ。さよなら」と震える字で書かれていた。
ノートを読みながら、悠斗は何度も泣いた。彼女がどれだけ頑張って、どれだけ隠して笑ってたのか、初めてわかった。「普通に生きる」って決意が、彼女の強さだった。悠斗は自分がどれだけ彼女に救われてたのか、気づいた。
公園で、悠斗はノートを開いた。風がページをめくって、美咲の字が目に入った。
「悠斗くんと桜、見たいな」その言葉を見ると、胸が締め付けられた。約束、守れたよ。美咲、ちゃんと一緒に見たよ。悠斗はノートを閉じて、空を見上げた。桜の花びらが舞ってきて、手に落ちた。柔らかくて、少し冷たかった。
その時、誰かが近づいてきた。高橋彩花だ。彼女も高校3年生で、美咲の親友だった。彩花は制服にカーディガンを羽織って、手におにぎりを持ってた。
彩花「悠斗くん、ここにいたんだ。食べる?」
悠斗は「うん、ありがと」って受け取って、一緒にベンチに座った。
彩花「みさき、1年経ったね」
彩花が呟くと、悠斗が「うん。早いな」って返した。
彩花が「みさき、桜好きだったよね。去年、一緒に見られて良かった」って言うと、悠斗が「そうだな。お前のおかげだよ」って言った。
彩花が「ううん、みさきが頑張ったからだよ。私、みさきのこと、ずっと忘れない」って笑った。
目が赤くて、泣きそうだった。
悠斗「俺もだ。佐藤のこと、ずっと覚えてる」
悠斗がそう言うと、彩花が「うん。みさき、幸せだったよね。私たちと一緒にいてくれて」って言った。
二人で桜を見上げて、黙った。
風が吹いて、花びらが舞って、二人の肩に落ちた。
その夜、悠斗は家に帰って、美咲の写真を見た。紅葉の下で笑ってる写真、クリスマスのイルミネーションの前で撮った写真、桜のつぼみの前で撮った写真。全部、彼女が笑ってた。悠斗は「佐藤、お前、幸せだったよな」って呟いた。涙がこぼれて、写真が滲んだ。
彼女が旅立ってから、悠斗は変わった。無口で人付き合いが苦手だった自分が、少しずつ周りに心を開くようになった。彩花やクラスの仲間と話すことが増えて、学校に行くのが少し楽しくなった。美咲が教えてくれたんだ。普通に生きること、笑うことの大切さを。
悠斗はカメラを持って、外に出た。夜の桜を撮りたかった。公園に戻って、街灯に照らされた桜を収めた。シャッターを切るたび、美咲の声が聞こえた気がした。
「きれいだね」
悠斗は「うん、きれいだよ。佐藤、見てるか?」って呟いた。風が吹いて、花びらが舞って、まるで彼女が答えてるみたいだった。
次の日、悠斗は学校で進路を決めた。写真を仕事にしたいって思った。美咲が好きだった写真で、誰かを幸せにできたらいいなって。担任に「写真家になりたいです」って言うと、先生が「いいね。藤井ならできるよ」って笑った。悠斗は「ありがとうございます」って頭を下げた。美咲、お前のおかげだよ。
放課後、彩花と一緒に美咲の家に行った。美咲の母さん、真由美さんが迎えてくれた。
真由美さん「悠斗くん、彩花ちゃん、来てくれて嬉しいよ」
リビングに通されて、美咲の写真が飾ってあるのを見た。桜の下で笑ってる写真だ。
悠斗「佐藤、幸せそうですね」
真由美さん「うん。みさき、あの子、幸せだったよ。あなたたちのおかげだよ」
真由美さんが「これ、みさきが使ってたカメラ。悠斗くんに持っててほしいって言ってたよ」って渡してきた。
悠斗はびっくりして、「俺が…ですか?」って聞いた。
真由美さんが「うん。みさき、悠斗くんに写真撮っててほしいって。思い出を残してほしいって」って言った。悠斗はカメラを受け取って、「ありがとうございます。大事にするよ」って言った。
涙がこぼれて、手が震えた。
その夜、悠斗は部屋でカメラを手に持った。美咲が使ってたカメラだ。彼女が撮った写真が残ってて、紅葉や花火、桜の写真がたくさんあった。悠斗は「佐藤、お前、すごいな」って呟いた。彼女の目で見た世界が、そこにあった。
窓を開けると、夜の風が桜の花びらを運んできた。
悠斗はカメラを手に持って、空を見上げた。
「佐藤、また会おうな。お前と桜、ずっと覚えてるよ」って呟いた。
花びらが舞って、風に溶けた。
まるで彼女が笑ってるみたいだった。