第八章:真実の舞台
夜会の会場は煌びやかに装飾され、貴族たちが華やかな衣装に身を包みながら談笑していた。だが、今宵の主役は、舞踏会の華やかな雰囲気ではなく——ある『余興』であった。
ユリウス殿下が中心に立ち、会場の貴族たちに向かって軽やかに宣言する。
「皆の者、今宵はただの宴ではない。魔道具の素晴らしき性能を披露するための場を設けた。ぜひ、その真価を目の当たりにしていただきたい」
期待の眼差しが私に向けられる。私は視線をエミリアとレオナルトに向ける。
エミリアは何が起こるのかわかってはいないが、余裕の笑みを浮かべていた。彼女は優雅に微笑み、傍らのレオナルトにそっと寄り添う。
「では、始めましょうか。殿下のご許可のもと、魔道具を披露する場を設けていただきました」
私は魔道具《追想の水晶》を取り出した。
「この魔道具は、過去の映像を記録し、誰の目にも明らかに映し出すことができます。本日は、ある興味深い事例を検証いたしましょう」
水晶が淡い光を放ち、映像が宙に浮かぶ。
まず映し出されたのは、孤児院の廊下でエミリアとお姉様が一緒にいる場面。
「この直後、エリスお姉様がエミリア嬢を突き飛ばした——そう証言がありました。しかし——」
映像は続き、エリスお姉様がその場を去る姿がはっきりと映る。
「この時、エリスお姉様は大司教様に呼ばれ、寄付についての話をしていたのです。。つまり、この時点で階段の近くにはいなかった」
ざわめきが広がる。エミリアの表情が一瞬こわばる。
「そ、それは……きっと映像が間違っているのよ!」
「いいえ、これは私がエリスお姉様に持たせたペンダントに仕込んだ《追想の水晶》の記録です。あなたの証言には、矛盾がありますわね」
エミリアの顔が青ざめる。周囲の貴族たちの目が冷ややかに彼女を見つめ始める。
「で、でも……私を助けてくれた証人たちが、エリス様が突き飛ばしたと認めています!」
「では、その証人の証言が真実かどうか、確認してみましょうか?」
私は《真実の灯》を取り出した。
「この魔道具は、嘘をつくと強く発光する性質を持っています。そうですね、殿下お試し頂けますか?」
ユリウスは面白そうにうなずくと、
「この魔道具は素晴らしい、この先が楽しみだ」
と伝える。この間、魔道具は何の反応も示さなかった。そこでさらにユリウスが続ける。
「この先に興味はないからお終いにしよう」
すると魔道具が強く輝いた。貴族達から驚きと笑いが起きる。
「どうやら続きが気になるのがバレてしまったようだ。ソフィア嬢続きを見せてくれ」
ソフィアは笑いながらうなずく。
「では証人の皆様、もう一度、事件当日のことをお聞かせください」
最初に証言した令嬢が前に出る。彼女の額には汗が浮かんでいた。
「……ええと……私は、エリス様が突き飛ばすところを見たと……」
魔道具が強く輝いた。
「嘘をついている証拠ですね。もう一度、正直にお答えください」
「わ、私は……ただ、エミリア様に頼まれただけなんです!『あなただけが頼りよ』と涙ながらに言われて……つい……」
「では、あなたは実際にエリスお姉様が突き飛ばした場面を見たのですか?」
「……いえ、悲鳴を聞いて駆けつけただけで……」
魔道具はまったく光ることがなかった。
「つまり、あなたの証言は嘘だったということですね?」
「……はい……申し訳ありません……!」
会場に驚愕の声が広がる。
次の証人も同じように嘘をついていたことが暴かれ、最後にはエミリアの関与を証言する者まで現れた。
「私はエミリア様に頼まれたんです。『証人がいないと、私が疑われてしまう』って……」
エミリアの表情が完全に凍りついた。
「そ、そんな……みんな私を陥れるつもりなのね……!?」
だが、誰も彼女を擁護しない。
レオナルトはその場に立ち尽くしていた。彼は信じていたはずのエミリアが、自らの手で崩壊していく姿を前に、何も言えなかった。
レオンが静かに私の隣に立ち、小さく囁く。
「……よくやったな」
「これくらいでないと、彼女たちは認めないでしょう?」
レオンは軽く肩をすくめる。その横顔には、どこか安堵したような表情が見えた。
ユリウス殿下が微笑を浮かべながら言う。
「さて、この場はあくまで魔道具の性能を披露する場。結論を出すのは、皆それぞれの判断に委ねようではないか」
エミリアは震える唇を噛みしめ、膝をついた。レオナルトはその場に取り残され、愚かな自分の選択の結果を、ただ見つめていた。
こうして、虚構の仮面は完全に剥がされたのであった。