第一章:誤解されやすい姉
エリス・フォン・アイゼンハルトは、誤解されやすい性格をしていた。
冷静沈着で、感情をあまり表に出さない。だが、それは決して傲慢なのではなく、ただ不器用なだけなのだ。
幼少の頃からお姉様は、他の子どもたちとは違っていた。華やかな遊びや噂話には関心を示さず、読書や礼儀作法の習得に没頭していた。宮廷で求められる感情を表に出さない完璧な振る舞いを自然と身につけたが、それがかえって周囲に距離を感じさせる要因となった。
「エリス様は冷たい」「感情がないのではないか」「誰にも心を開かないお方だ」
そんな噂が流れるのに、時間はかからなかった。
だが、それらはまったくの誤解だった。
エリスはただ、口下手であるだけなのだ。
彼女は確かに多くを語らない。しかし、その分、誰よりも他人を観察し、気遣っていた。困っている侍女がいれば、無言で手助けをし、倒れそうな花瓶があれば何気なく支える。けれど、その行動を言葉にしないがゆえに、彼女の優しさは理解されることなく、「冷淡な令嬢」という印象だけが一人歩きしていった。
私——ソフィア・フォン・アイゼンハルトは、そんなお姉様を誰よりもよく知っている。
「お姉様は冷たいだなんて、そんなことはありませんわ」
私がそう言っても、社交界の人々はただ微笑むだけで、私の言葉をまともに受け取ろうとはしなかった。
幼い頃から、私はお姉様が大好きだった。
お姉様のすることはすべて美しく、完璧で、誰よりも優雅だった。幼い私はお姉様の後ろをいつもついて歩き、何をするにも真似をしていた。
「お姉様が素敵だから、私もお姉様みたいになりたいんです!」
そのときのお姉様は、ほんの少しだけ微笑んだように見えた。
ああ、なんて愛しいお方なのかしら!
お姉様の笑顔は世界で一番尊いもの。私だけがもっと見られるようになればいいのに!
そんな折、エリスは社交界の派閥争いに巻き込まれることとなる。
王国の貴族社会では、血筋や財産だけでなく、社交会での立場やコネクションが何よりも重要視される。そして、華やかな舞踏会やお茶会の裏では、権力争いが日々繰り広げられていた。
エリスは、その争いに関心がなかった。中立を貫き、誰にも肩入れしない。だが、それがかえって貴族たちの間で不信感が募ることになった。
「エリス様は、あちらの派閥の方と繋がっているらしいわ」
「何も知らないような顔をして裏では情報を売っているらしいわ」
最初は単なる噂だった。しかし、ある日を境にそれは事実のように扱われ、ついには「悪役令嬢」のレッテルを貼られるに至った。
「ふふ……お姉様は本当に損な性格ですわね」
私はそんな状況をただ黙って見ているほど、穏やかな性格ではない。
お姉様を陥れた者たちが誰なのか——その正体を暴き、すべてをひっくり返してやる。
私のお姉様を陥れようなんて倍返しよ。