第十八章:運命の婚約
王都に広がる噂は、ある者にとっては絶望を、またある者にとっては喜びをもたらしていた。
エミリアとレオナルトの没落は、貴族社会の間で囁かれる最も痛快な話題の一つとなっていた。かつて権勢を誇った彼らの名は今や嘲笑と憐れみの対象に変わり果てていた。
レオナルト・フォン・グランツは、自らが犯した過ちの代償を痛感していた。かつての婚約者エリスを裏切り、エミリアの言葉を信じて彼女を貶めた結果、彼の立場は危うくなった。グランツ公爵家の名誉は傷つき、彼自身も貴族社会から距離を置かれるようになっていた。彼が求めた愛は偽りであり、信じたものは虚像だった。
エミリアもまた、もはや貴族社会の一員とは言えないほどに転落していた。彼女に協力した者たちは次々と職を失い、取引を打ち切られ、貴族の間での信用を完全に失った。そして、そんなエミリアを助けようとする者は誰一人としていなかった。
しかし、一方で喜びに包まれていた者もいた。
エリス・フォン・アイゼンハルトと、王家直属の騎士レオン。
エリスはもはや、過去に囚われることはなかった。レオナルトに裏切られたことは彼女の人生において些細な出来事でしかなく、彼女は自らの人生を新たに歩み始めていた。そして、その隣にはレオンがいた。
「エリス様、幼い頃より貴女が好きでした。貴女の笑顔をもっと近くで見ていたい。どうか私と結婚してください。」
レオンは、鍛えた力強い腕でエリスの手をそっと取った。彼は常に彼女を支え、守り続けてきた。どんな時も偽りなく、まっすぐに彼女を見つめていた。
「私も……あなたとなら、どんな未来でも歩んでいけそうだわ」
エリスは優しく微笑み、彼の手を握り返した。
そして、二人の婚約が正式に発表されると、王都は祝福の声に包まれた。
ふたりの物語はいつの間にか、庶民にとっての憧れの恋愛として語られるようになっていった。
「エリス様とレオン様が……!結ばれて良かった!」
「お似合いの二人だわ!」
この幸福が訪れたのは、ソフィア・フォン・アイゼンハルトの存在があったからこそだった。彼女の冷静な判断と策略が、エリスを救い、レオンとの縁を確かなものにした。
「まったく、ソフィアには頭が上がらないな……」
レオンが呟くと、エリスは微笑んで頷いた。
「ええ。私の妹は、本当にすごい人だわ」
この美しい恋愛譚は、庶民の間にも広がり続けている。
「貴族の中にも、こんな純愛があるなんて……」
「騎士と幼なじみの貴族令嬢の恋……まるでおとぎ話のようだわ!」
人々の間で語り継がれるうちに、ふたりの物語はまるで伝説のように美しく脚色され、庶民にとっての理想の恋愛として語られるようになっていった。
かつてエリスを笑った者たちは、その幸せそうな姿を目の当たりにし、何も言えなくなった。
こうして、エリスは新たな幸福を手に入れ、レオナルトとエミリアは奈落の底へと落ちていった。
光と影、その明暗ははっきりと分かれた。
そして、時代は新たな章へと進んでいく――。




