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第十七章:崩壊の序曲

 レオナルト・フォン・グランツは、今までに経験したことのない焦燥感に苛まれていた。

 エミリアを信じ、エリスとの婚約を公衆の面前で破棄したあの日から、彼の人生は大きく狂い始めた。貴族社会において、婚約破棄は慎重に進められるべきものであり、ましてや公の場で感情的に訴えるなど言語道断だった。しかし、彼はそれをしてしまった。エミリアの涙に惑わされ、彼女の言葉を疑いもせず信じた自分の愚かさを、今さらながらに痛感していた。

 真実が明るみに出ると同時に、彼の評判は地に落ちた。貴族たちは冷ややかな視線を向け、かつて親しく接していた者たちでさえも距離を置き始めていた。そして今、彼はついに決断した。

「……ソフィア嬢に会わせてほしい」

 彼が訪れたのは、アイゼンハルト侯爵家の邸宅だった。

 応接室に通されたレオナルトは、じっと待ち続けた。そして、静かに扉が開く。

「お久しぶりですね、公爵家の御曹司殿」

 入ってきたのはソフィア・フォン・アイゼンハルト。彼女は毅然とした態度で彼を見据え、微かに嘲笑を浮かべていた。

「……君に謝罪がしたい」

「謝罪?」

 ソフィアは微かに首を傾げた後、冷たく笑う。

「お姉様に対してではなく、私に?」

「もちろん……エリスにも謝罪をしたい。しかし、君にも迷惑をかけたことは事実だ」

 レオナルトは真剣な眼差しでソフィアを見つめた。しかし、彼の言葉にソフィアの表情は微塵も変わらない。

「……私に謝罪される筋合いはありませんよ。私はただ、あなたの行動の結果を見ていただけです」

「だが、私は……」

「勘違いなさらないでください、公爵家の嫡男殿」

 ソフィアは一歩踏み出し、冷ややかな視線を向けた。

「貴方の謝罪が何になるのですか? 失われた信用は戻りませんし、貴族社会の評価が覆ることもありません。それに、お姉様があなたの謝罪を受け入れるとお思いですか?」

 レオナルトは言葉を失った。

「……それでも、私は——」

「愚かですね」

 ソフィアの言葉は鋭く、突き刺さるようだった。

「貴方は何もかも失ってから、ようやく自分の過ちに気づいたのでしょう。ですが、もう遅いのです。貴方がエミリア様に心を奪われ、信じ、守ろうとしたその結果、何が起きたのか……今さら気づいたところで、どうにもなりません」

 レオナルトは唇を噛み締め、拳を握りしめた。

 ソフィアの言う通りだった。全てを失い、孤立し、ようやく自分の愚かさを自覚した。だが、その代償はあまりにも大きすぎた。

「……エリスには、どうすれば……」

 ソフィアはふっとため息をつき、レオナルトを見下ろした。

「貴方の自己満足で謝罪することなど、お姉様には何の価値もありません。貴方がすべきことは、ただ静かに、その身をもって自らの罪を償うことだけです」

 その言葉に、レオナルトは何も言えなかった。

 ——その頃。

 エミリアは屋敷の一室で、震える手で報告書を握りしめていた。

「嘘よ……こんなの……ありえない……!」

 彼女に協力していた貴族や商人たちは、次々と破滅していた。取引が停止され、信用が失墜し、屋敷を手放す者まで現れていた。そして、それは確実に彼女自身にも影響を及ぼしていた。

「なぜ……なぜ、こんなことに……!」

 エミリアは必死に打開策を考えようとした。しかし、どこにも逃げ道はなかった。

「私が……負けるはずない……こんな、こんなこと……!」

 しかし、それが現実だった。

 彼女の栄光の時代は、今まさに音を立てて崩れ去ろうとしていた。

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