第十六章:崩壊の始まり
レオナルト・フォン・グランツの名は、かつて貴族社会において輝かしいものであった。王家に次ぐ権力を持つグランツ公爵家の嫡男として、将来を嘱望され、誰もが彼の周囲に集った。
しかし今、その栄光は過去のものとなりつつあった。
「申し訳ありませんが、今後の交際は遠慮させていただきます」
「お会いする時間は取れません」
これまで親しくしていた貴族たちからの微笑みは消え、冷たい言葉が投げかけられるようになった。
レオナルトは焦りを感じていた。何が起こっているのか、理解はしている。エミリアを信じ、エリスとの婚約を公衆の面前で破棄したこと。その結果、エミリアの嘘が暴かれ、彼は社交界での信用を失った。
「……いや、まだだ」
彼は思い直し、かつての仲間たちに助けを求めた。しかし、扉を叩いても誰も開けようとしない。
「レオナルト様、誠に申し訳ありませんが、主人はお会いできません」
断られる理由は明確だった。
彼と関わることが、今や貴族にとって不利益になりつつあるのだ。
そして、最も大きな打撃が、王家からの勅命だった。
「グランツ公爵家に対し、今回の一件の責任を問う。領地の一部を差し出すように」
領地の一部を失う。
それが何を意味するのか、レオナルトは愕然とした。
王家の信頼を損ねたことは、公爵家の権威そのものを揺るがしかねない。すでに家名に傷はついており、このままでは完全に没落の道を辿ることになる。
「……こんなはずじゃなかった」
愚かだった、と今さら後悔しても遅い。
だが、ただこのまま滅びるわけにはいかない。
一方、エミリアもまた追い詰められていた。
「どうして……!? 私はただ、幸せになりたかっただけなのに!」
彼女のもとを訪れる者は減り、以前は媚びへつらっていた貴族令嬢たちも、彼女から距離を置くようになった。
「ごめんなさい、エミリア様。父がもう関わるなと……」
「またお話ししましょうね(……二度と関わるものですか)」
その変化に、エミリアは震えた。
さらに追い打ちをかけるように、彼女がこれまで利用していた店の多くが、突如として取引を拒否し始めた。
「申し訳ありませんが、当店は貴族ソフィア・フォン・アイゼンハルト様のご指示により、一部のお客様への取引を見直すこととなりました」
その言葉が何を意味するのか、エミリアには痛いほどわかっていた。
ソフィアが、静かに、だが確実に彼女の世界を切り崩しているのだ。
彼女の手足となって動いていた使用人も次々と辞め、屋敷の雰囲気は一変していた。かつての賑わいは消え、今や冷え冷えとした空気が漂っている。
レオナルトは、最後の望みにすがるように、ある人物のもとを訪れた。
ソフィア・フォン・アイゼンハルト。
彼女こそが、すべての鍵を握る存在だった。
「……お願いだ。話を聞いてくれ」
ソフィアはゆっくりとレオナルトを見下ろし、冷たい笑みを浮かべた。
「さて……あなたは、何を望むのかしら?」
――追い詰められた二人の運命は、もはやソフィアの手の中にあった。




