プロローグ
静寂が支配する夜会の会場。豪奢なシャンデリアの下、煌めくドレスに身を包んだ貴族たちが談笑する中、一人の女性がその中心で冷たく微笑んでいた。
「エリス・フォン・アイゼンハルト殿、貴女との婚約を破棄する」
その言葉が放たれた瞬間、会場の空気が凍りついた。金糸を編み込んだ青いドレスを纏った姉——エリスは、驚きも怒りも見せず、ただ静かに相手を見つめていた。
婚約者であったレオナルト公爵子息は、周囲の視線を受けながら、勝ち誇ったように続けた。
「貴女が令嬢を虐げたという証拠が揃っている。これ以上、見過ごすわけにはいかない」
ざわめく貴族たち。エリスの名誉を踏みにじるような言葉に、彼女を非難する声が次々と上がる。しかし、私は知っている。
——そんなことをお姉様がするはずがない。
お姉様は誤解されやすい性格だ。表情が乏しく、感情をあまり表に出さない。しかし、それは冷酷だからではない。ただ、不器用なだけなのだ。
「お姉様はそのようなことはいたしませんわ」
私がゆっくりと歩み出すと、貴族たちの視線が一斉に私に集まった。
「ソフィア・フォン・アイゼンハルト……!」
ざわめきがさらに大きくなる。社交界では、私の名を知らぬ者はいない。天才と称されるこの身は、魔道具の分野に精通し、その才能ゆえに王宮からも一目置かれる存在だった。
「魔道具の天才令嬢……」「でも証拠があるのでしょう……?」
囁き合う貴族たちの視線を浴びながら、私はゆっくりと周囲を見渡した。彼らの目には驚きと警戒の色が浮かんでいる。
「証拠があるとおっしゃいましたわね? では、その証拠とやらを拝見できますか?」
レオナルトは少し表情を曇らせたが、すぐに自信を取り戻したように微笑んだ。
「証人もいるし、確かな証拠もある。もはや言い逃れはできまい」
「なるほど。それでは、真実を確認させていただきますわ」
私は微笑みを湛えながら、心の中で復讐を誓った。
——お姉様を陥れた者たちを、決して許しません。
天才と呼ばれた私の知恵を持って、必ずお姉様の名誉を取り戻してみせますわ。