この戦争を終わらせてくれ。
面白いかはともかく思いつきました。
「先生、あんたには失望したよ」
「よ、よせ! やめろ!」
とあるアパートの一室にて。
とある存在の悲鳴が轟いた。
だがしかし、その悲鳴は当事者以外の誰にも聞かれる事はない。
周囲から聞こえる音のせいで集中力がかき乱されないようにと、借主である存在がわざわざ選んだ、防音壁がある部屋だからだ。
「やめろと言ってもね。こっちは生活がかかっているからね……あんたに拒否権は一切ない」
「や、やめ……ぅあああああああああああッッッッ!!!!」
そして、この誰にも知られなかった事件を機に。
後に一つの業界が、一つの大いなる流れにのみ込まれていく事になる。
もはや引き返すのは難しいほど……大いなる流れに。
※
ある日、世間ではオタク探偵などと定義される僕の家に依頼人が来た。
「この戦争をいい加減終わらせてください」
相手は不機嫌な顔でそう言った。
ついでに、僕にとある少年誌のとあるページを見せつつ。
現在も連載している冒険漫画が描かれたページだ。
もう二十年以上も連載されている人気作……と言っても、本当は五年程度で話が終わるハズが、いろいろ盛った結果こんなに長く続く事になってしまった、という裏話が存在するらしい(ネット情報ではそうだ)長期連載漫画だ。
そしてその見せられたページによれば……その冒険漫画の作中のとある場所で、大規模な革命戦争が勃発しているらしい。
「…………話の方向性を変えてくれと? そういうコメントを書き込む事はできるけど、それで出版社が意見を聞いてくれるとは限らないよ?」
今の僕にできるのは漫画、アニメ、ゲーム、小説の業界の関係者が作ったサイトなどにコメントを書き込む事くらいだ。運が良ければ、さっき言ったように、良い方向か悪い方向かはともかく、方向性を変える事はできるけど……絶対じゃない。
無関心な相手だったりすると依頼を達成できない場合もある。
「でも!!」
依頼人が机を叩いた。
「この戦争の話……開戦してからもう二年以上も続いているんですよ!!?」
「…………は?」
マテ、イッタイドユコト?
戦争を主軸とした物語ならまぁ仕方ないとして。
なぜ冒険漫画の中で繰り広げられる戦争の展開がそんなに続く?
いや、確かにバトル展開はある。
僕もその漫画を時々は読んでいるから分かる。
最近は別の漫画の方に興味が移ったから読み損ねているけどね。
それはともかく、集団対集団の戦争な展開がそんなに続くなんて……いろんな人がばったばったと死んでいく展開が延々と続いているのに読者は飽きないのか?
いや、その飽きた読者の一人が今回の依頼人だろうけど。
それでも、他にも飽きた読者はいないのか? いたらすぐに出版社は話の方向性を変えようとするだろうに。
というかそれ以前に作者……そんなに戦争展開を続けるなんて、そんなにネタのストックがあるのか?
正直信じられないんだけど。
「…………まぁ、一応調べてみるよ。個人的にも気になるし」
「お願いします」
こうして、僕はまた一件依頼を受けた。
正直どうなるか分からないけど……さっきも言った通り気になるから。
※
「…………これ……トランス・オブ・ウォーって、ヤツなのか」
ネット上を漂い、その冒険漫画について書かれた最近の掲示板を巡る中。
知り合いの心理学探偵からそんな言葉を聞いた事があるのを思い出した。
なんというか、作中の戦争――後々起きる伏線が作中のあちこちに敷かれてた、そんな戦争がようやく起きてヒャッハーしている読者が七割近くを占めている……そうとしか考えられないくらいの戦争支持者が見受けられた。
親戚のハッカー探偵ほどのスペックはないから、どれだけの読者が多数の人間を装っているかは分からないけど……僕の見立てではそんな感じがした。
なんて恐ろしい結果だ。
まさか出版社は、そんな読者による人気を維持するために二年以上も戦争展開にするよう作者に依頼したのか……それはそれで怖いな。
ていうかこれじゃ、いつまでもその冒険漫画が終わらないんじゃないか?
いやそれ以前に、こんなにも長く続いて……締め切りをきっちり守るタイプで、一回も休載した事がなく、そしてキャラの描き込みに妥協がない……そんな作者の体調は大丈夫なのだろうか。
逆に心配だ。
「…………日本政府に、限定解除を申請しようかな」
今の僕――通称『主人公都市』にいる僕のできる事には限界がある。
国内で派手な事件があまり起こってしまわないよう、ここに僕は閉じ込められているから……いろいろと制限があるのだ。
そして、日本を代表する漫画と言ってもいい冒険漫画が変な事態になっているのなら……そんな制限を政府は、いい加減取っ払ってくれるだろう。
※
僕の本領は、ネットから得られた情報を基にした……普通の探偵とあまり変わらない調査活動だ。
下手をすればストーカー認定されてしまいそうだが、日本政府がバックについているからそこんところは無問題。
そしてネット情報から……さすがに作者の住所は分からなかったが、どの人物が作者の担当編集者であるかを突き止め、とりあえず保険をかけてから僕は……その担当編集者の社外での動きを観察し……ついに冒険漫画の作者の家を突き止めた。
とあるアパートに寄った後。
その担当編集者が、情報サービスの自分のアカウントで冒険漫画の最新話の原稿を受け取ったと呟いたからだ。
といっても、さすがにネタバレしないレヴェルの呟きだけど。
そして僕は。
近くのファミレスで張り込みをしていた僕は。
担当編集者の姿が見えなくなってからその作者の家の前へとやってきた。
一度はハマった漫画の作者。
その自宅の前に自分はいる。
そう思うとドキドキするが……作者がブラックな環境にいるかもしれないと思うと、すぐに気持ちを切り替えた。
まずはインターホンを押す。
返事がない。担当編集者が原稿を受け取った直後なんだからいるのは確定なのになぜか無反応……作者が次の原稿に取り組んでいるのか。
だがそれでも、アシスタントさんが出てくれるもんじゃないのか?
あまりにも不穏な状況。
僕は違う意味でドキドキしてきた。
すぐに僕は、管理人さんを呼んで部屋のドアの鍵を開けてもらった。
ちなみに、なぜ管理人さんが僕のお願いを聞いてくれたかというと、僕を始めとする通称『主人公』の活動をスムーズにするための『護国英雄派遣法』という法律が日本で施行されたおかげだ。
「?? あれっ? 本当に誰かが住んでいるのか?」
ドアを開けてすぐ。
管理人さんが眉をひそめた。
そしてその理由を……僕はすぐに知った。
玄関と廊下の明かりがついていなかった。
そしてそんな玄関には……何も置かれていなかった。
靴箱どころか靴すらも、置かれていない。
まさか、作者は海外のように靴のまま家に上がっているのか……なんて馬鹿な事をふと思ってしまうような異様な玄関だ。
「?? 奥の部屋から、音が」
すると、その時だった。
僕はブゥーン、と……機械が排気する時の音が奥の部屋からしたのを聞いた。
部屋には誰かがいる……それは確からしい。
作者だろうか。
だけどなんで靴がこの玄関に置かれていないのか。
まさか本当に作者は、海外のように靴のまま部屋に上がっているのか。
そう思いながら、僕と管理人は靴を脱ぎ。
作者の名前を一応呼びながら、その奥の部屋を目指し……ゆっくりと、暗い廊下を進んだ。
しかし、返事はない。
それだけ作者は集中しているのか。
そうだとすると、あれだけ細かくキャラを描き込んでいるんだ……アシスタントがいなきゃ体を壊すのではないだろうか。
でもってアシスタントがいるならば……アシスタントの靴がなければおかしい。
作者はいったい、どんな環境で漫画を描いているんだろう。
というかそれ以前に……果たして作者の体は大丈夫なのだろうか。
一応、僕もファンだ。
読み損ねてはいるけど……いずれは一気に読もうと思っているのだ。
だからこそ、心配だ。
そしてそうこうしている内に。
僕と管理人は音がした部屋の前に辿り着く。
「先生? 大丈夫ですか? 入りますよ?」
ハタから見たら不法侵入者だな、と思いながら声をかける。
だけど今回は、下手をすれば人命に関わるかもしれない案件。
細かい事を気にしちゃいけない。
いやそれ以前に『護国英雄派遣法』があるから『主人公』として備わった技能を悪用し誰かを害さない限りは、ある程度の不法行為は許されるのだが。
とにかく僕は、声をかけてからドアを開ける。
幸いな事に、部屋の中は明るかった。
そしてそのおかげで、僕達は部屋の中をすぐ確認する事ができ………………絶句した。
部屋の中に、ヒトはいなかった。
代わりに、室内には。
勝手に漫画が描き込まれていく白い画面。
画面の片隅の、無表情のポリゴンデザインの顔。
それらが表示されているパソコンと。
それと繋がっているプリンターしかなかった。
「な、なんだこれ!?」
管理人は驚愕した。
一方で僕は、それを見ただけで……この場の真実を把握した。
「まさか、そんな…………作者は、AIだった?」
「あぁーあ、見つかってしまいましたか」
すると、その直後の事だった。
今回の調査の中で何度も聞いた声が背後から聞こえた。
思わず僕は、そして隣にいる管理人もギョッとし……いや、違った。
いや正確に言えば、僕はギョッとしたけど。
一方で管理人は、同じように顔を強張らせたけど……僕とは違い、相手の持っていたスタンガンを受けて顔を強張らせていた。
直後に、管理人さんが倒れる。
それを見た僕は、すぐに体の向きを変えつつ後ろに下がり…………何度も聞いた声の主こと担当編集者が、背後にいた事を再確認した。
「やれやれ。見られてしまったのなら仕方ありません。作者の神秘性を利用し続け我が社の雑誌をこれからも人気の上位に食い込ませるためにも、あなた達にはこの場で失踪してもらわねば――」
しかし、その言葉は最後まで紡がれなかった。
途中で担当編集者の携帯電話が、僕が調査前にかけておいた保険のおかげで突然鳴り出したからだ。
「?? 編集長? 今いいところなのに」
そう愚痴をこぼしつつ、担当編集者は携帯電話を取り…………青ざめた。
「早く帰った方がいいんじゃない?」
そしてそんな担当編集者に、僕は言ってやった。
「まぁ、今回の火消しはいつも以上に忙しくなるだろうけど」
※
調査の前に、僕は知り合いの探偵に接触していた。
僕達『主人公』が限定解除をしてまで扱う事件の中には、命に関わるモノもあるからだ。そして今回の事件はそうじゃないとは言いきれない。
だからこその、保険。
たとえ、探偵が死んでしまったとしても……真実が世の中に知れ渡るようにするための保険だ。
そして今回僕が接触したのは……こういう保険をかけたい探偵の御用達、と言うべき探偵こと、動画探偵である。
実は、動画探偵から事前に、ボタン型のカメラを貰っており。
そしてそれが撮った映像が動画探偵のパソコンに送信されるよう設定した上で、僕はそれを、作者のまさかの正体を知ったせいで担当編集者が襲ってくるまで作動させていた。
そして動画探偵は、その映像を多少編集したりして……ネット上にアップした。
そしてそのおかげで、かの冒険漫画の作者の、まさかの実態――後に明かされた情報によれば、だいぶ前に過労死した作者に代わり、事前に秘密裏に出版社が作者にかけさせていた保険ことAI保険のAI……つまり、作者の全てをトレースした人工知能が、今まで冒険漫画を描いていた実態が暴露され、そして出版社は、読者を始めとするいろんな人達からの確認の電話を受ける事になった。
ちなみに、そのAIの人格は……今は消されていた。
なんでも、既定路線で物語を進めたい作者と、もっと戦争展開を見たい戦争支持者な読者の要望に応えたい出版社の間で衝突が起き……担当編集者が、AIに無理に戦争展開を続けさせるため、AIから作者の人格を奪ったからだそうな。
そして残ったのは、物語のネタと『描き続けろ』という命令のみ。
なんというか、いろんな業界を敵に回しかねない事件だ。
そしてそのせいで、冒険漫画の続きがこの先どうなるか本気で分からなくなってしまった。
これから先、ネットとかはいろんな意味で荒れに荒れるだろう。
そして、そんな中で冒険漫画は……果たしていつから、連載再開する事ができるのだろう。
分からないけれど……真剣に続きを望むなら、読者は待つしかない。
二度とこんな事件を起こさないために何ができるのか……それを考えながら。